冷たい帝国 作:暖かい作者
最初に異常が確認されたのは、グラ・バルカス帝国の外務省だった。
ユクド世界での外交を担い、交渉から揉め事の仲裁、時には帝王府と連携して諸外国の首脳部を招くのが外務省。
常に外国に対して帝国の利益と尊厳を誇示することを目的とした、外向きの機関である。
そして今回の危機の場合、外務省はミッドガル連邦との交渉と事態の収拾に努めていた。
しかし厚い鉄のカーテンに隔てられた両者のやり取りは、想像されるような電話によるホットラインではなく、古びた電報や書面でのやり取りであった。
そのため今回の件を受け、両国間に直接海底ケーブルを敷き、ホットラインを繋ごうとしていたのだが──
「ホットラインが繋がらない……だと?」
「は、はい……」
対ミッドガル連邦交渉役の男性職員──アメリア・オウドウィンは、外務省の上司に即座にそう伝えた。
「海底ケーブルの不具合か、どこかで途切れているんじゃないのか?」
「そんなはずはないかと……数時間前まで普通に繋がっていたんです。海底ケーブルも海流が激しい場所は避けていますし、そもそも相当重いケーブルのはずなので断線するようなことは──」
「じゃあ、意図的に相手が出ないということか?」
アメリアはその言葉には答えかねた。確かに相手が出られない状況である可能性はあったし、むしろこの状況、わざと出ていないとしか思えない。
だが遠く離れたこの地でそれを言うのは邪推だ。確証がなかったアメリアは言葉を濁してしまう。
「……すまない、プレッシャーを与えたかな」
「いえ、そんな事は……」
「まあいいさ。実は他の部署からも同じ報告が上がってて、今対応しているところなんだ」
「他の部署から?」
「ああ。他の地方……というか帝国本土以外とは全く繋がらない状況らしいんだ」
「え?」
アメリアは寝耳に水のその言葉に驚いた。この状況でミッドガル連邦と連絡が繋がらないならまだしも、他の国とも繋がらないとは、一大事ではないかと。
「そ、そんなこと、今初めて聞きましたよ!」
「一時的な現象かもしれんから公表できないんだ。現在各所が対応と原因の究明に追われている」
「…………」
「この件に関しては、帝王府の方でも今頃緊急会議が開かれているだろうが、果たしてどうなるかな……もしや本当に核戦争かもな」
「…………」
上司が天を仰ぐ。それを見てアメリアは少しふらつき、痛む頭を抱えた。
海外との連絡が繋がらない以上、外務省としてできることはほとんど何もない。自分たちはエスカレートする状況に指を咥えているしかなかった。
どうかこの現象が一時的なものであるよう、
グラ・バルカス帝国、帝都ラグナ。
古き良き街並みと、川に隔たれたさきにある高く聳え立つビル群のコントラストが特徴のこの街。
ユクド経済の中心地である新市街地は、今や
そしてグラ・バルカス帝国の帝王府は、人々が寝静まる旧市街地の古い街並みの中心にあった。昨日今日と、人々は核戦争の不安と恐怖に怯えながらシェルターで夜を過ごしていただろう。
帝国の政府中枢が集まるその場所は、帝国始まりの地であるニヴルス城の敷地が使われている。この敷地をまとめて「帝王府」と人々は呼ぶ。
「状況を説明しろ。今何がどうなっている?」
重苦しい雰囲気と、埃っぽい空気が流れる帝王府地下シェルターにて、グラ・バルカス帝国現皇帝──グラ・カバルは口を開いた。
その第一声に反応し、まずは外務省から口を開いた。
「外務省からお伝えいたします。まず、本日午前0時15分ごろ、ミッドガル連邦との間に海軍が設置した海底ケーブルによるホットラインが、突如として音信不通になりました」
立って凛々しく皇帝に伝えるのは、冷戦前の時代から外交官として活躍していた職員──現外務省長官シエリア・オウドウィンである。
「すぐさま復旧に当たりましたが、原因は未だ不明で、それだけでなく、ケイン共和国などの他の海外とのホットラインも全て繋がらない状況にあります。現在も復旧を試みていますが、未だ続報はありません」
「……説明ご苦労。座ってくれ」
皇帝カバルは、そう言ってシエリア長官に着席を促す。彼女が着席するのを確認し、皇帝は重い口を開いた。
「……何が起こっているんだ?」
わからない、を意味する沈黙が、会議室に重くのしかかった。
「一時的な障害という可能性もあります。現在復旧を試みております」
「しかし、一時的な障害ならなぜ国内の連絡網は機能しているんだ?通信妨害というわけではあるまい」
「それは……」
そう、国内の通信は普通に繋がっているのだ。繋がっていないのは明確に海外の拠点や外国とのホットラインのみ。これがこの現象を単なる障害や、通信妨害とは言えない所以であった。
「……軍部に聞きたい。各軍は海外に拠点を展開しているが、そちらとの通信は?」
「こちらも全く繋がりません。ケイン共和国の駐屯地や基地は無論、海外展開中だった原潜にも浮上して生存報告を行うよう伝えましたが、国内にいる戦力以外は音信不通です」
そう語るのは、帝国国防省*1の長官──ルムノウ・ゼリーニス。
旧軍令部時代からの古株かつ超が付く真面目なエリート軍人であるため、その言葉に嘘や誤魔化しはないだろう。海外の戦力の全滅は、にわかには信じ難い話だが。
「失礼、陛下──」
と、誰もがこの事態に納得がいかない様子の中、帝国空軍*2の制服を着た空軍長官──アーリー・トリガーがゆっくりと挙手した。
「空軍です。この事態の解明のため、海軍や即応軍*3の長官と話し合った作戦があります故、陛下にお聞きいただきたいと存じます」
「許可する。なんでも申してみよ」
「はっ。改めて申し上げますと、この状況、我が国は海外との連絡が取れず盲の状態にあります」
アーリーは冷静に、かつ慎重に現在の状況を述べる。
「そこで、多少のリスクを承知で各方角に高高度偵察機を飛ばします。直接人の目で、何が起こっているのかを突き止めるのです」
その作戦案は極めて単純な偵察任務だった。
ただ一点、現在グラ・バルカス帝国はホットライン設置に伴い、軍を引き上げなければならないことを除けば。
「待ってください、今それを行うのはリスクが高すぎます!」
「そうです!ミッドガル連邦に探知されればエスカレーションに繋がります!」
「では、他に何か妙案が?」
アーリーは極めて冷たくそう言った。
かつてケイン神国との戦争で、戦略爆撃機を用いた絨毯爆撃で彼の国を恐怖に陥れ、"バーベキュー・アーリー"との異名を得るに至ったその口から。
「陛下、単純ですが人の目で確認するのは即応性があります。海外との連絡が途絶えた以上、植民地からの輸入が途絶える可能性も……」
「それもそうだ。今はとにかく情報が欲しい」
皇帝カバルは事態の重さに納得し、多少のリスクを冒してでも情報を得ることが重要だと理解した。
そして改めて空軍長官アーリーを見て、彼が頷くのを見てゆっくりと立ち上がった。
「これより防衛準備体制レベル2に基づき、24時間体制の偵察行動を許可する。今手元にある陸海空軍は全て動員し、情報の収集にあたれ!」
「はっ」
皇帝カバルの命令により、冷たい帝国がついに動き出した。各軍で再び動員が発令され、軍人たちが集められた。まるでこれから核戦争が始まるかのように……
その夜、帝国本土から次々と航空機が発進する。空軍からは戦闘機と偵察機、そして時には戦略爆撃機まで、あらゆる航空機が偵察行動を開始した。
その先に悲劇が待ち受けているとも知らずに。