今、この場で何が起こっているのか、目の前の光景を見ただけでは俺はその全てを理解することができなかった。
魔人ブウの復活、それだけではない。あの巨人は幻魔人ヒルデガーンだ、何故奴がここにいるのかは分からない。そして悟空達の行方、彼らの気が何処にも感じられない。まさかこいつらに殺されてしまった?いや、それよりも今はやることがある。
「悟天、トランクスを連れて今すぐこの場を離れるんだ」
「え、で、でも…」
「早くしろ!」
「う、うん…! 行こう、トランクス君!」
倒れたベジータに縋りつき、涙を流し続けるトランクスを悟天に任せてこの場から遠ざける。
何が起こったのか、何が起きているのか。クウラを倒し、急いでこの場に辿り着いたばかりの俺には何一つ分からない。
だが、これだけは分かる。
ベジータがこいつらに殺された。ならばやることは一つだ。
「そこを動くなよバビディ…! すぐに地獄に送ってやる!」
ベジータの仇を討つ。それが、それだけが今の俺がするべき最優先事項だ。
俺はバビディに向かって真っすぐに歩みを進める。そんな俺を見たバビディが大慌てでブウとヒルデガーンに命令をする。
「お、お前達…! 何やってる、あいつを今すぐ止めろぉ!」
「ほいほーい、殺してやるぞー!」
「がああああああああ!!」
バビディの指示でブウとヒルデガーンが俺に向かってくる。立ち塞がる2体の魔人を前に俺は歩みを早め、駆けだした。
ヒルデガーンがその巨腕を振り上げ、俺に向かって振り下ろした。迫りくる巨大な拳を俺は渾身の力を込めて殴り返した。サイズがまるで違う拳が衝突する。
「ぐっ、ぬおおおおおおおお!」
「がぁっ!?」
そして俺は力任せに拳を振りぬいた。拳を弾き飛ばされたヒルデガーンの巨体がたたらを踏んで後退、よろめきながら尻もちをついた。倒れるヒルデガーンの巨体に踏み潰されないように、バビディは必死で逃げ惑う。
「ひ、ひいいいいいいい!? お、お前達、早くなんとかしろ!」
その時、飛来してきたピンク色のガムのような肉片が俺に巻き付いた。肉片の正体はすぐに分かった。これは魔人ブウの体の一部だ。
巻き付いた肉片に拘束され、両腕の自由が奪われる。身動きの取れない俺の前にブウが降り立った。
「へっへー、ほい!」
ブウの拳が俺の顔に炸裂する。
「…これだけか?」
「……あれ?」
頬を殴りつけたというのに一歩も動かない俺を見てブウは頭にハテナマークを浮かべた。俺は拳を頬で受け止めながらも奴を睨みつける。
「これで終わりかと聞いているんだ!」
俺は自身の体に巻き付くブウの肉片を引きちぎる。そのまま目の前にいるブウの頭の触覚を掴み、引き寄せた頭に膝蹴りをくらわせた。
その威力でブウの頭部が弾け飛ぶ。
「ブ、ブウ!? う、嘘だ…、ぼ、僕の魔人ブウが一撃で……」
バビディが驚愕の声をあげる。どうやら魔人ブウが死んだと勘違いしているようだ。しかし俺は知っている。こいつがこの程度で死ぬような存在ではないということを。
頭部を失い、よろよろと後退した魔人ブウが突如両腕を合わせ、後ろに回した。特徴的な構え、あの技は…
「ギャリック砲か…!」
「ばあっ――――!」
頭部を再生させると同時にブウがエネルギー波を、ギャリック砲を放った。迫りくる凄まじい威力を秘めたエネルギー。
俺はそれが地上に当たらないようにアッパーカットの要領で上空に殴り飛ばした。
そして上空で大爆発が起こる。
「にひひひひ!」
「は、はははは、流石僕の魔人ブウ! あの程度で死ぬもんか! それにあの威力、うひひひ、地球に当たってたらただじゃ済まなかったぞ! 運のいい奴め!」
今の爆発で己の力を誇示したつもりのなのか、ニヤニヤと笑う魔人ブウ。そしてそれを囃し立てるバビディ。俺が今の攻撃を意図的に上空に弾き飛ばしたことも知らずに喧しい連中だ。
それよりも俺が気にすることは今の技だ。
「…今のはベジータの技か。何故貴様が…いや、見て真似たのか。なんとも腹ただしい奴よ、魔人ブウ」
再生能力や魔法といった厄介な能力で忘れがちだが魔人ブウは戦闘の天才だ。一目見た技をすぐに我が物にしてしまうほどの才能を持っている。あらゆる技、とはいかないだろうが警戒しなければならない。
「ベジータ…? ああ、さっき死んだあいつのことか。ヒヒヒ、お前もすぐに同じ所へ送ってやるよ、やれ! ヒルデガーン!」
「がああああああ!」
ヒルデガーンの放った火炎放射が俺を呑み込む。凄まじい威力、まさに灼熱の業火だ。まともに当たれば大ダメージは免れないだろう。
しかし俺は超能力で上手く炎が体に当たらないようにその軌道を逸らす。炎の中から姿を現した俺を見てバビディが言葉を失った。それもそのはず、傍から見れば俺はあの業火を無傷で耐えたようにしか見えないはずだ。
しかしヒルデガーンに反撃をしてもあまり意味はないだろう。あの厄介な能力できっと避けられる。
ヒルデガーンを無視して俺はブウに狙いを定める。
「相手の技を瞬時に見切り真似する能力、大したものだな」
「エッヘン! …おう!?」
「だが相手が悪かったな、ただ怒りを買っただけだ…!」
瞬時に距離を詰め、ブウの顔面を鷲掴みにする。
「(ベジータ…、お前はどうか知らんが俺はお前のことを友人だと思っていた。思い上がりかもしれないがお前がどんな奴かも分かってるつもりだ。トランクスを庇ってこうなったんだろ?)」
俺がこの世界に来てすぐの時、あの頃はこの世界の住人達を物語の登場人物、この作品のキャラクターとどこか現実味のない目で見ていた。しかし今は違う。
共に苦難を乗り越え、何年も同じ世界で生きたことでそんな考えはとうの昔にすっかりなくなった。
心の底から彼らを仲間だと、友人だと呼べるようになったのだ。それをこいつらは殺し、嘲笑った。それも彼の息子の前でだ。その行為は俺にとって到底許せるものではない。
「貴様では理解できんだろう、その技は貴様が軽々しく使っていいものでは…ないのだ!」
ブウを握る手からエネルギー波を放ち、ブウの頭部を再び吹き飛ばす。このままではすぐに再生してしまうことは承知の上だ。
胴体だけとなったブウを俺はボールの様に遠くに蹴り飛ばす。これで少しは時間が稼げるはずだ。
その時、頭上に影が差した。
「むっ、ぬぐっ…!?」
ブウを蹴り飛ばした俺の頭上から巨大な足が降ってくる。ヒルデガーンが俺を踏み潰したのだ。
「やったぁ! ぺちゃんこだ、ざまぁみろ! …なぁっ!?」
「ぐっ、がああああああああ!」
ヒルデガーンの足を渾身の力で持ち上げる。そして…
「バビディィィィ!!」
「あわ、あわわわわ、ひぇぇぇぇぇ!?」
ヒルデガーンの巨体をバビディに向かって叩きつけるように投げ飛ばした。
バビディにとってこの戦いは悪夢そのものであっただろう。運よく手に入れた幻魔人ヒルデガーン、そして長年の野望の末ようやく手に入れた魔人ブウ。その2体がたった1人の男によって悉く蹴散らされているのだから。
投げ飛ばされたヒルデガーンの巨体から逃れるように飛びのいたバビディ。
「な、なんなんだあの男は…、へ?」
飛びのいたバビディは自らの背に何かが当たる感触に、凍り付いたかのように動きを止めた。そして壊れたブリキの玩具のようにゆっくりと振り返り、その表情を絶望に染めた。
そこにいたのは俺だ。バビディの飛びのいた方向に先回りした俺の胸板にぶつかり、奴は動きを止めたのだ。
絶望の表情で固まるバビディを殴り殺そうと拳を振り上げた。
「バ、バリアー! …ぎっ!?」
咄嗟に魔術で障壁を張るバビディ、しかしその障壁は今の俺にとって紙切れ同然。俺の拳は障壁を突き破り、バビディの顔面を殴りぬいた。
だがバリアによって威力が殺されたのか、バビディはまだ生きている。
「た、たすけ…、ころ、ころさ、ないで…」
陥没した顔面から血と涙をだらだらと流しつつも、必死に俺から逃げようと這いずるバビディ。芋虫のようにもぞもぞ動きながら逃げ回るこいつからは先程の威勢は微塵も感じられない。
その姿が俺には惨めで、無様で、滑稽で、なにより腹立たしく思えた。
「死ね、バビディ」
「あぇ」
そんなバビディを俺は一切の容赦なく踏み潰した。ぐしゃぐしゃに潰れ、派手に体液を撒き散らすバビディの死体。
魔人を蘇らせ、全宇宙を混沌に陥れようとした男の末路はあまりにも呆気ないものだった。俺は潰れたバビディの死体に何の感慨も湧かず、ただ、じっとそれを見つめていた。
「お、おいお前、お前は…コルド、なのか…!?」
その時、俺のもとにピッコロとクリリンがやってきた。
ダーブラが死んだことで石化が解け、急いでこの場に飛んできたのだろう。俺の姿に疑問を抱いているのは…そういえばこの変身を2人が見るのは初めてだからか。
「説明しろ、いったい何が起こっている!? 孫は、界王神様達はどうなった!? 何故誰の気も感じることができん!?」
「ベジータが殺された。他の者の行方はワシにも分からん、殺されてしまったか、或いは何処かに瞬間移動したか…」
「なっ、ベジータが!? ま、まさか魔人ブウが…、あの巨人がそうなのか!?」
「違う、魔人ブウはまた別にいる。あの巨人は幻魔人ヒルデガーン、ブウに匹敵する怪物だ。バビディだけは殺すことができたが…」
「ぐおおおおおおおおおおお!!」
2人と会話していると倒れていたヒルデガーンが雄叫びをあげながら起き上がりだした。ブウの気もこちらに向かってきている。これ以上話をしている時間はなさそうだ。
「奴らとはワシが戦う、お前達は邪魔だ、離れていろ」
「戦うって…か、勝てるのか? あ、あんな化け物に…、2体もいるんだぞ…?」
「分からん、ただ奴らを放っておくわけにもいくまい」
震えるクリリンをよそに、再び奴らと戦おうと構える俺。そんな俺にピッコロが待ったをかけた。
「待てコルド、ここは一度引くべきだ。奴らを同時に相手にするのはあまりにも不利だ」
「…心配は無用だ、ワシなら奴らと互角に戦える。ワシだけが奴らを倒すことができるのだ」
「冷静になれ! お前の言う通り奴らを倒せるのはコルド、お前だけだ! ベジータが殺され、孫と悟飯の行方も分からん以上、お前が死んだらこの星を守る戦士は誰もいなくなってしまうのだぞ!」
「っ…!」
冷静さを失っていた俺はピッコロの言葉で現状を改めて認識する。
確かにピッコロの言う通りだ、もし悟空達も殺されていたとする。そうなると奴らを倒すことができる戦士は本当に俺だけだ。
悟天とトランクスがゴテンクスとなれば戦闘力だけで考えると十分な戦力ではある、しかし彼らはまだまだ子供。そんな2人に全責任を押し付けてここで勝てるかも分からない戦いに身を投じるのが俺が今するべきことなのだろうか。
「(そうだ、冷静になれ…、俺の体力も減ってきている、このまま戦い続けても勝てる見込みがあるわけではない。奴らの片方だけでも倒せればいいが、最悪の場合両方が野放しになってしまう…)」
先程から俺が奴らと戦えているのは後のことを考えずに全力で戦っているからだ。その分消耗も激しく、ダメージも積み重なってきている。俺の力が尽きるのは時間の問題だろう。
もしそうなれば地球はお終いだ。この星で暮らす人々も、俺の仲間達も、そしてなにより、ベジータが己の命を犠牲に守ろうとしたものも失われてしまう。
俺が今すべきことそれは…
「クリリン、仲間達を神殿に連れて避難しておけ。ピッコロは向こうにいる悟天とトランクスを頼む」
「お前はどうするんだよ…?」
「逃げるワシらを黙って見逃す奴らでもあるまい。安心しろ、少し時間を稼いだらすぐに隙を見てワシも逃げる」
「…分かった。おい、行くぞ、クリリン!」
「あ、ああ!」
クリリンとピッコロがこの場を離れていく。
俺は2人を奴らに追いかけさせないように注意を引くべく再び戦場に飛び込んだ。幸いなことにブウもヒルデガーンも2人のことは眼中にないようだ。
「よくもやったなー…あれ、バビディ様は?」
自分の主君の姿が見えないことをブウは不思議に思い、辺りをきょろきょろと見回している。
「がああああああああ!」
「へぶっ!」
「(なに?)」
どういうわけかそんなブウをヒルデガーンが殴りつけた。よく分からない事態に驚愕する。しかしその理由を俺はすぐに理解した。
「(そうか! バビディが死んでヒルデガーンは暴走しているのか! しめた、これなら俺が戦う必要はない。…せめてベジータの亡骸だけでも、ん? あれは…)」
勝手に仲間割れを始めた2体の魔人を無視し、せめてベジータの遺体だけでも持って帰ろうとした俺はとある人物が倒れていることに気がついた。
「(あれは勇者タピオン!? そうか、ヒルデガーンがいるなら彼もいるのはおかしくはない、意識は失っているが気は感じる…放ってはおけないか)」
気絶したタピオンのもとに降り立ち、彼を抱え上げる。感じられる気はかなり弱弱しいものだが確かに生きている。急いでデンデのもとに連れて行けばまだ助かる筈だ。
タピオンを担ぎ、次にベジータのもとに向かおうとした時だった。
「おい! おまえ! 何するんだ!」
「ぐおおおおおおお!」
「怒ったぞー! 殺してやるーー!」
ブウとヒルデガーンの戦闘が激化し始めた。
2体の魔人は周りの被害なんて知った事かと言わんばかりに暴れまわる。飛び交うエネルギー弾が業火が周囲を滅茶苦茶にする。
その流れ弾の一つがベジータの遺体を消し飛ばした。
「なっ!? くっ、こ、こいつら…、よくも…!」
平静を取り戻した俺の心が再び波立つのを感じる。
しかしここで感情に任せて奴らに攻撃を仕掛けるわけにはいかない。奴らの戦いに巻き込まれれば今担いでいるタピオンも間違いなく死んでしまう。俺だって生きて帰れるか分からない。
「覚えていろ、魔人ブウ、幻魔人ヒルデガーン! いずれ必ず貴様らも殺してやるぞ…!」
再戦を、そして復讐を心に誓う。
そして俺は暴れる2体の魔人を背に、戦場を離れた。