俺が振り返った時、視界はピンク色で埋め尽くされていた。突然の出来事、肉体のダメージも多く、咄嗟に体を動かすことができなかった。
「っ! コルド、危ない!」
「なっ!? ち、違っ、お前じゃない!」
ドンッ、と俺の体が押しのけられる。いきなりの衝撃に抵抗することができず、俺はされるがままに突き飛ばされた。何が起きたか分からず、慌てて起き上がり振り返る。
そこにはピンク色の、ドロドロの肉塊に纏わりつかれるタピオンの姿があった。
「タピオン!? な、何が…、いったい何が起こってるというのだ!?」
「むぐっ! んんーーー……!!」
声を出そうにも出せず、苦しそうな呻き声をあげるタピオン。
何が起きているのか状況についていけずにいると、やがてピンク色の肉塊は形を変えていき、人の姿を形どった。ここまできて、ようやく俺は何が起きたのかを察することができた。
「き、貴様、まさか魔人ブウか!? バカな、いつの間にその姿に…!?」
先日ぶりに姿を見た魔人ブウの姿が変化している。分かりやすく説明すると魔人ブウ(善)が魔人ブウ(悪)に変化したと言えば分かりやすいだろうか。ただ、目を引く変化はそれだけではない。
今の魔人ブウが身を包んでいるのはタピオンの装束、ご丁寧に剣まで背負っている。何が起きたのか、魔人ブウが何をしたのか、俺にはすぐに分かった。しかし何故か、理由が分からない。
「答えろ魔人ブウ! 貴様、何故タピオンを吸収した!?」
俺の問いかけに、ブウは表情を悔し気に歪めながら答えた。
「ちっ、私とて好きでこの男を吸収したわけでない! 誰が好き好んでこんな雑魚を…、くそっ、余計な邪魔しやがって!」
姿が変化したからか、あるいはタピオンを吸収した影響か、ブウの口調が変化している。
「この男のせいで失敗してしまったが私の本当の目的は貴様だ、コルド!」
「なんだと…!? そ、そうか! タピオンはワシを庇って…」
タピオンの吸収はブウの本意ではなく、本来は俺を狙ったものだった。それに気づかなかった俺をタピオンが庇ってくれたのだ。ようやくそのことに気がついた俺に、ブウが飛びかかってくる。
「今度こそお前を吸収してやる!」
「くっ、そうはさせん!」
再びドロドロの体で飛びかかってくるブウに触れないように後ろに飛び退く。吸収が目的と分かってしまえばそう簡単には捕まらない。ブウ本人、そして周囲を念入りに警戒しつつも俺は構えを取る。
「ちぃっ、やはり殆どパワーは上昇していないか。これではあの時感じた大きな力には遠く及ばんぞ…!」
タピオンを吸収した魔人ブウのパワーはさほど変わっていない。悪の形態へと変化したことにより上昇はしているが今の俺が全回復して戦えば勝てる見込みはある。
「(すまないタピオン、俺のせいで…、…この戦い、負けるわけにはいかない。絶対に勝ってタピオンを取り戻す!)」
目の前のブウに、そして不甲斐ない俺自身に怒りが湧く。しかしそんな今だからこそ冷静に考えるべきだ。タピオンをブウの体内から救うのは困難だ。ブウの体内に侵入して彼を連れ出すのはリスクが高い。非情かもしれないが、ブウを倒してからドラゴンボールによる蘇生を狙う方が確実だろう。
方針を決め、覚悟を決め、俺は仙豆を素早く取り出す。そして仙豆を食べようとしたその時だった。
「…ん? ぬおっ!? なんだ…? 体の中から、何かが…何かが出ようとしている!? お、抑えられん!」
「な、今度はなんだ…!?」
突如ブウが苦しみだし、頭を押さえる。そしてブウの体から煙のような何かが排出され、収束したかと思えば再び奴が姿を現した。
「ぐおおおおおおおおおお!!」
「はぁっはぁっ、な、なんだこの巨人は、こいつはさっきこの男が戦っていた…、何故こいつが私の体の中から!?」
「ヒルデガーン!? そうか、タピオンが吸収されて意識を無くしたのか! そして奴の封印が再び解けてしまった…!」
再び姿を現したヒルデガーンは俺に対して強い敵意を向けてくる。先程の俺との戦いを未だに忘れていないのだろう。そして困惑しているブウもすぐに気を取り直して俺を吸収するべく動き始めるに違いない。もしそうなればきっと俺はブウに吸収されてしまう。ヒルデガーンから逃げ回りながらブウの相手なんて俺には不可能だ。
「な、なんということだ…、まさかこんな展開になるなんて、最悪だ…!」
完全体へと進化したヒルデガーン、姿を変えて力を増したブウ。パワーアップした2体の魔人が同時に俺の前にいる。対する戦士は俺一人、例え仙豆で回復したところでもはやどうすることもできない。
「(…せめてブウをこれ以上パワーアップさせないために俺の吸収だけは阻止して見せる。そのためには…、もうこれしか方法はない!)」
最悪なのは俺がブウに吸収されてしまうことだ。もしそうなれば潜在能力が解放された悟飯でも勝てないかもしれない。完全体のヒルデガーンだけでも勝てるか分からないのだ。これ以上敵を強くしてたまるものか。
「ブウ! ヒルデガーン! これがワシの最後の攻撃だ、このコルドと共に消し飛ぶがいい!」
体へのダメージを無視して残された気を一気に高める。
俺のやろうとしていること、言わずもがなそれは自爆だ。この世界に来て、かめはめ波を撃ったときは興奮したものだが、まさかこんな捨て身技まで経験することになるとは思わなかった。できればこれだけは真似したくなかった。
勿論俺の自爆でこいつらを倒せるとは思っていない。しかしブウによる俺の吸収を阻止できるだけでもやる価値はある。上手くいけばヒルデガーンに手傷を負わせることもできるかもしれない。
それに悟空達がこいつらを倒せば、俺のことは後々ドラゴンボールで蘇らしてくれるはずだ。 ここにきて人頼みとは情けないが俺にしてはよくやったほうだろう。
準備はできた、俺が残された最後の力を爆発させる、その時だった。
「間に合った! 大丈夫か、コルド!」
突如、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。自爆を中断して振り返るとそこには見慣れた、それでいて待ち望んでいた2人の男がそこにいた。
「そ、孫悟空! それにベジータ!」
「ちっ、ようやく帰ってこれたぜ」
きっと瞬間移動だろう、とにかく悟空とベジータが帰ってきた。
それが意味すること、それはあの世でジャネンバを倒すことができたのだ。そして彼らは急ぎ地球に戻ってきてくれたのだ。
「ハ、ハハハハハッ! よく帰ってきた、お前達! まったく、待ちくたびれたぞ!」
「へへっ、悪ぃな、随分と遅くなっちまった! それにしてもおめぇがこんなになるなんて、あいつら、よっぽど強ぇみたいだな」
傷だらけの俺を見た悟空が魔人達を鋭く睨む。そんな悟空に俺は奴らの現状を手早く説明する。
「いいか、お前達。ブウもヒルデガーンもお前達の知る姿でないのは分かるな。変わったのは姿だけでない、パワーも大幅に上昇している。一筋縄でいく相手ではないぞ」
「それで貴様も地球もこのざまか。ふん、情けない奴め」
背中を向けたベジータに手厳しい評価を受ける。彼らしいと言えば彼らしいがこれでも頑張ったのだ。こいつら相手に今まで地球をもたせただけでも評価して欲しいものだ。
「…だが俺達が戻るまでよく耐えた、貴様にしては上出来だ」
そんなことを考えていたら本当に褒めてくれた。相変わらず素直じゃない奴だ、ちゃんと目をみて言ってもらいたい。そんなベジータの背中を見ていると、彼の頭上に輪が浮いているのに気がついた。
「ベジータ、頭のそれは…」
「ああ、ベジータの奴、生き返ったわけじゃなくて特別に24時間だけ現世に戻してもらったんだ。だから悠長にしている暇はねぇ、ここで決着つけなくちゃな」
おそらく原作のブウ編で悟空が1日だけ現世に戻ったのと同じものだろう。時間が限られているのだとしたら悟空の言った通り、ここで奴らを倒してしまう方がいい。
「言われなくてもそのつもりだ。魔人共め、この前の借りを返してやる!」
「これ以上奴らに地球を好き勝手させるわけにはいかねぇ、最初から全力でいくぞ!」
俺の前に並んだ悟空とベジータが超サイヤ人3へと変身する。悟空はともかくベジータの超サイヤ人3を見るのは初めてだ。前々からなんとなくなれるとは思っていたがやはり間違いではなかったらしい。
それにしても超サイヤ人3の悟空とベジータが横に並ぶ光景は壮観だ。この2人ならどんな相手にだって勝ててしまいそうな安心感がある。
「コルド、下がってろ、ここはオラ達が…」
「下がっていろ、だと? ククク、このコルドを見くびるでない!」
俺は先程取り出した仙豆を口に運ぶ。仙豆の効果で体力も傷も全回復だ。一気に最終形態へと変身して悟空とベジータの横に並ぶ。
ついさっきは自爆しようと格好つけたがこうなったら話は別だ。仙豆で体力を戻して彼らと共に戦う方がよっぽど確実である。
「無論ワシも共に戦うぞ、今こそ奴らに目にものを見せてやろうではないか」
「なんだ、仙豆持ってんじゃねぇか。それにしてもその変身、やっぱ強ぇな、流石だぜ」
「ちっ、相変わらず気に食わない野郎だ」
全回復した最終形態の俺、そして超サイヤ人3の悟空とベジータが並んで構える。相手は完全体ヒルデガーンに悪の魔人ブウ。厳しい戦いかもしれないが勝機はある。
超サイヤ人3の爆発力、そして戦闘センスに長けた悟空とベジータならヒルデガーンを倒せる可能性は十分にある。その間に俺がブウを抑えておく、できれば倒してしまえたらベストだ。
先程までの絶望的な状況と比べれば断然マシ、悟空達の救援によって光明が差した。
「さぁ、いくぞお前達! 奴ら魔人共を一掃し、この地球を救うのだ!」
俺の号令で悟空とベジータが気を全開にする。俺も彼らに負けじと気を高める。そしてブウとヒルデガーンとの戦いに決着をつけるべく、勢いよく飛び出した。
地球を、全宇宙を賭けた戦いが始まる。
その時だった。
笛の音が聞こえた。
「(…は?)」
突然のことに動きが止まる。見れば悟空とベジータも困惑して攻撃を制止していた。
「な、なんだこの音は…!?」
「これは…、どっかで聞いたことがあるような…」
悟空とベジータは困惑しているが俺にはこの音色の正体がはっきり分かった。聞き間違えるはずもない。このメロディーはタピオンが奏でていたものだ。
しかしそれはありえない。タピオンは先程、俺を庇ってブウに吸収された。このメロディーを演奏できる存在などこの場にいないはずなのだ。そう、タピオンはブウの体内…
「ブウの、体内………」
嫌な予感が、冷たい感触が背筋を伝う。俺の考えついた最悪の想像、それが外れていることを祈りつつ俺はブウに視線を向ける。そして見てしまった。
勇者の笛を奏でるブウの姿を。
「ブ、ブウが、まさか、そんな…ありえん…」
「お、おい、見ろよ! ヒルデガーンが苦しんでる!」
悟空に促されてヒルデガーンを見ると奴は苦しみながら唸り声をあげてよろめいている。
それはタピオンがヒルデガーンを封印しようとした時と同じ光景だった。
「なんだ? あの巨人がブウに吸い込まれていくだと…?」
ヒルデガーンがたちまちにしてブウの中へと取り込まれていく。ここまできたら間違いない。ブウは吸収したタピオンの力を利用して、ヒルデガーンを体内に取り込もうとしているのだ。
それはブウの体内のタピオンにヒルデガーンが封印されていた先程とはわけが違う、今度はタピオンの力を持ったブウ本人が直接ヒルデガーンを取り込もうとしているのだ。
それが意味することは一つ。
「あ…ああ……、まさか、こんなことが…」
言葉を発することができなかった。
ただ呆気にとられる俺達を置いて、ヒルデガーンを完全に体内に取り込んだブウが姿を変化させていく。変化、いや、吸収による進化はすぐに終わった。
そこにいたのはヒルデガーンの装甲を外骨格のように身に纏ったブウの姿があった。
「ちっ、おいブウ! 貴様、いったい何をしやがった!」
「…何をした、か。すまない、私も詳しく説明することができないんだ。ただ、何故かできるような気がしてね」
説明されるまでもない。ブウはタピオンの力を利用してヒルデガーンを吸収したのだ。
「だがこれだけは言える。今ここに最強の魔人が…、いや、違うな、これからは幻魔人と名乗るべきか」
それは最強の、そして最悪の魔人が誕生したことを意味する。
「フフフ、見たまえ。この瞬間こそ未来においても二度と現れぬであろう究極の幻魔人が誕生したのだ。…幻魔人ブウ、これが今の私だ」
幻魔人ヒルデガーンを吸収した魔人ブウが、幻魔人ブウが不敵に笑った。