前編と後編に別れております。
ヒマリが迷います。
それではどうぞ。
ー特異現象捜査部部室ー
出張から帰ってきたエイミは様子がおかしいヒマリにすぐ気づいた。
無理もない。エイミが帰ってくるまでの数日間もヒマリはヴェリタスのメンバーからも不思議がられるほどに何処か抜けていた。
暇さえあれば何か考え事をしており何度か声をかけられるまで相手の存在に気づかなかったことも少なくない。
ヒマリを知る生徒たちは皆とんでもない発明をしようとしている、や新しい数式の構想を練っている、などと噂しているが今のヒマリにはそんなことなどこれっぽっちも頭にない。
もっとも本人はそんな事を言われていることなど気づいていないのだが。
「ねぇ部長、何かあったの?」
今日も惚けた顔をするヒマリについにエイミが切り出した。
外は雨が降っていると言うのに相変わらず露出の多い服を着ている。
「何がです?」
「私はいつも私ですよ、エイミ」
「そうかなぁ、なんか最近部長ってば変だよ」
「私がいない間に何かあったんでしょ」
「そうですね…話し相手が一人いなくなり少し寂しかったですね」
「あとは備品を取る時とか…調査依頼諸々…」
「ごめん、用事ができちゃったから今日はもう帰るね」
「あぁっ!待ちなさいエイミっ」
「て言うのは冗談なんだけど」
「もう…からかうのはよして下さいっ」
いつも通り軽くあしらわれてヒマリは頬を膨らませる。
「部長が言い出したんでしょ…」
エイミはどこか不満げだ。
と、言いつつヒマリのやり辛い手作業をこなしている辺りはさすがと言えるほどの息の合いようだ。
「そんなことより、本当にそれだけなの?部長」
「何か隠してる様に見えるよ」
手を動かしながらもエイミは軽い誘導尋問を始めた。
「?そうですか?」
「いつもは一言一句聞き漏らさない部長が今日の会議で聞き直した回数が3回」
「…そんなこと誰にだってあることでしょう?」
「昨日今日と見てる限り作業中に部長の手が止まった回数が13回」
「えっエイミの見間違いじゃないですか⁈」
「大事な記録忘れがひとつ」
「…あ」
思い出した。
健康管理の一環でいつもは絶対忘れないであろう午前のヘルスチェックを、今日忘れていたのだ。
「わっ私は…」
「やっぱ何かあるんだね、その顔」
「………っ」
特異現象捜査部のメンバーとして共に行動してきたエイミの目は確かだった。
振り向いた先には普段の彼女の物言いからは想像もできないような弱々しい表情を浮かべたヒマリの姿があった。
口では平然を装っているつもりだが文字通り顔に書いてあるようだ。
「それでどうしちゃったの?ヒマリ先輩」
「私に、聞かせて?」
エイミはゆっくり、宥めるように尋ねる。
「そうですね…ないことも無い、と言いますか」
「本当に、本当に些細なことなんです。なのでエイミが心配するようなことでも無いんですよ?」
珍しく弱気なヒマリに多少驚きつつエイミは、一人の少女の小さくて大きい勇気を促す。
「些細なことでもいいんだよ、ヒマリ先輩」
「私は後輩だけど、同じ部活の仲間じゃん」
「エイミ……………」
「うん」
「私は…その……」
「うん」
「な、名前は言えないのですが…その…」
「少々き、興味深い」
「…いえ、気に…気になっているお方が居るのです」
「うん」
言うまでも無いがバレっバレである。
「その方は…とても不思議なお方でして」
「周りに善を尽くす事を苦に思わず…みなに寄り添い、助け、救い出す力をお持ちです」
「なのに何処か、何処か親しみやすさもあり、ちょっとだらしない一面も持っていたりするんです」
一度語りだすとちょっと周りが見えなくなりがちになるのはヒマリの悪い癖だ。
「彼の事を考えると…胸の奥がキュッと絞まる様な、少々痛みも感じるくらい、そんな気持ちに…なってしまうんです」
「そうしたら…何故かその人のことが頭から離れず…ぼーっとしてまうんです…ついつい手が止まってしまう位には…」
勿論手が止まるどころでは無いのはエイミを含め周りの人間周知の事実である。
「ヒマリ先輩」
「その人が誰かは分かんないけど」
くり返すがエイミはとうに気付いている。
「ヒマリ先輩はその人のことをどうしたいの?」
「どうって…」
ヒマリは自分にも処理しきれない感情に混乱している。
エイミに促され初めて自分の胸の内を口にし、ますます考え込みすぎてしまっているのだ。
「…………私は」
「私は……別に」
「別に?」
「別にっ……どうしたいなどと言った事はありませんよ?エイミ」
「え?」
予想外の返しにエイミは面食らった。
「これは…あくまでそう言う気持ちになるだけ…それだけの事」
「相手に何をしたいか、なんて思いもしませんでした」
「……」
「だってそうでしょう?なんと言っても私はかのミレニアム最高学位『全知』の持ち主にして唯一無二の超天才…清楚系美少女ハッカー明星ヒマリなのですから!」
「エイミがそんな事を考えてるなんて驚きましたね…フフッ、心配いりませんよエイミ」
「これはあくまで私一個人が抱いたいっときの感情…じきに忘れてしま」
「部長」
虚な目でまくし立てるヒマリの口をエイミは遮った。
「ごめん、今日はもう帰る」
「………え?」
「じゃあね、部長」
エイミは早々と荷物をまとめ、足早に部室を出て行ってしまった。
「…………………エイミ」
残されたヒマリは一人、いつまでもエイミの出ていったドアを見つめていた。
雨足が強くなってきた。今夜は星は出ないだろう、ふとそう考えた時、外はもう暗くなっていた。
「……帰りましょうか」
こんな時はいつもエイミが傘をさしてくれていたため、自分で傘をさすのは久しぶりだと思っていると
「……あら?傘は……」
なんと傘を忘れてきたことに気づいた。星の観測は日課であるため天気予報は毎日欠かさず見る様にしてきたつもりだったが、今日はそれも忘れていた事を思い出した。
「……何をやっているんでしょうね、私は」
情けない。
こんなのは私の知る明星ヒマリでは無い。
「私は…どうしてしまったのでしょうか……」
セミナーや事務室に行けば傘などいくらでももらえる。
しかし今の自分には必要のないものに思えた。
ヒマリは上着を着、冷たい雨に濡れながら一人校門に向かった。
雨はさらに勢いを増した。
コメントしてくれると励みになります。
後編もドキドキしながら読んでいただければ嬉しいです。
ではまた。