ドキドキしながら読んでいただけたら幸いです。
ヒマリが好きです。
それではどうぞ。
下校時刻を知らせるチャイムがヒマリを我に返らせた。
返信はまだ来ない。
何時間待っただろうか、いつもなら遅くとも三時間以内には返信してくる先生が今日という日に限って遅すぎる。
ヒマリは不安感を抱いた。
先生に何かあったんじゃないか。
私の熱が移っていて今頃倒れてるんじゃないか。
いやそれよりも。
ヒマリの行動は早かった。
シャーレの監視カメラに限らずあらゆる設備は通常のそれよりも複雑な設定なので常人にはハッキングできない。
常人、ならば。
今必死に手を動かすのはミレニアム最高の頭脳を持つ超天才ハッカーである。
車椅子を飛ばしながらヒマリがカメラのハックにかかった時間は驚異の3分。
シッテムの箱の存在をヒマリは知っているため、時間との勝負であることもわかっていた。
すぐにアロナがハックに気づきヒマリはカメラの制御権を失った。その間僅か9秒。
そのわずかな時間の中で、シャーレ内部、外部に無数にあるカメラ映像の中に、ヒマリは先生の姿を捉えていた。
「あぁ…良かった……」
ホッとしたのも束の間、ヒマリの胸中には別の疑問が湧いてくる。
なんで?あれだけ高速のブロック、おそらくは先生のタブレットのセキリュティシステムがやったことだろう。
先生は、あれを見ることができる。
であれば尚更モモトークに反応がないのが不可解だ。
いつもの先生からは考えられない。
「……とにかくシャーレまで行ってみますか」
ヒマリは急いでタクシーを呼び、シャーレへと急いだ。
ーーーーーーーー
「!」
「あ」
記録処理をしていたアロナとプラナが急に反応した。
「?」
「どうしたの?」
「先生!大変です!」
「シャーレに設置されている監視カメラの制御権が消失、制御権復旧予想時間約6秒」
「なんてことを…アロナ許せません!」
「え⁈こんな時間に誰が…!」
「復旧完了、データ損傷なし」
「一体誰がこんなことを…プンプン」
「ハッキング元を逆探知中…」
「…………」
「あぁだめです…すいません先生ぇ…グスグス」
「制御権回復のためにアロナ先輩が相手のマルウェアを破壊してしまったため大元が完全に消失してしまいました。」
「そ、そうなんだ…泣かないで、アロナ」「私は大丈夫だから安心して」
「はいっ…先生ぇ」
「ですが」
「発信源はハードウェアの電気信号を追って特定できました」
「ぷ、プラナちゃん!流石です!」
アロナがプラナの頭を撫でる。
「発信源は…ミレニアムサイエンススクール、ミレニアムタワー東口から70mの歩道上です」
「先生、聞いていますか?」
ヒマリだ。
プラナの言葉を聞く前からなんとなく察していた。
考えてみれば当たり前だ、いつもは早急に返す生徒からのモモトーク。
なのに今日自分はヒマリのを無視した。
逃げたのだ、ヒマリから。
ヒマリからすれば無視される理由などない、いつも通りのように自分に話しかけているのだろう。
自分の勝手な都合で私は、ヒマリに。
「ッッ」ガタッッ
「あ!ちょっと!先生⁈」
勢いよく立ち上がった先生は上着も着ずにシャーレを飛び出して行った。
「先生、どうしてしまったのでしょう」
「あ!先生シッテムの箱を持ってません!どうしましょうプラナちゃん!」
「先生が襲われでもしたら…大変ですよ!」
「危険、危険。先生の個人用ケータイ…あ、それも置いたままです」
「あわわわわ…ただでさえハッキングを受けたばかりだというのに先生ったら…!」
匿名の救助要請も情報が不確定すぎるのとシッテムの箱のOSである存在が自発的に情報を発信することのリスクがあまりにも大きいためすることができなかった。
町中の監視カメラにアクセスすることもシッテムの箱の力を使えば造作もないことだが、先生個人の居場所を追い続けることはできても助けに行くことはできない。
アロナとプラナにできる事は、ただ先生の身を案じることだった。
「先生、どうか」
「どうかご無事で」
ーーーーーーーー
ーD.U区、タクシー内ー
「もっと早くできないんですか?急いでるんです!」
「"そう言われましても…こうも車が多くてはこれ以上スピードは出せないんです"」
「……ッッ‼︎‼︎」
D.U区内に入ったあたりから道は混み始めていた。
夜になるにつれ、この区域は通勤ラッシュも相待って交通量が激増する。
そしてタクシーはさらに速度を落とし…ついに止まった。
渋滞だ。
ヒマリは痺れを切らした。
幸い、シャーレのビルは見えており歩道の通行量はそれほどでもないようだ。
「…運転手さん、ここからシャーレのオフィスまでどのくらいありますか?」
「"ここからだと…そうですね"」
「"ま、まだ2キロ程ありますが…"」
「…そうですか」
十分だ、ヒマリは思った。
「ここで良いです、お手数ですが車椅子を下ろしてもらえますか?」
自分で決済を終わらせたヒマリはドアを開けながら言った。
「"え?"」
「"し、しかしお客様…車椅子では"」
「お願いします」
真剣な眼差しを運転手に向ける。
もう、迷わないと決めた。
通行人が振り向いては道を開けていく。
一般歩道でこれほど速度を出したのは初めてだ。
ヒマリは嫌な予感がしていた。
不安と心配に心を押しつぶされそうになりながら、ヒマリは必死に走った。
シャーレオフィスの電気はついていた。
先生が、いる。
会いたい、先生の声が聞きたい。
エレベーターの速度がもどかしく感じるくらいにヒマリの心のストッパーはとうに外れていた。
短い廊下を駆け
シャーレオフィスに入る。
「え………」
そこには誰もいなかった。
そこにいるはずの人の姿はなかった。
「せ、先生?」
「先生、いらっしゃいますか?」
「ヒマリです!」
返事はない。
ヒマリの心には消えかけていた黒い雲がまたかかり始めた。
先生はどこ?
焦る心をなんとか抑えつつヒマリはシャーレの監視カメラを確認するために制御室に向かおうとした。
その時
フォンッ
聞き慣れない音を耳にしたヒマリは振り返った。
見るとさっきまで真っ暗だった机の上のタブレットがひとりでに起動していた。
「あら?」
「誤作動でしょうか…?」
不思議に思っていると。
「コショコショ(いきますよ、プラナちゃん!)」
「モショモショ(はい、アロナ先輩)」
「「スゥゥ」」
「「待ってくださぁぁ〜〜いぃ‼︎‼︎‼︎‼︎」」
「ひゃああぁぁぁぁぁっっ‼︎‼︎」
耳をつんざくような大音量にヒマリは飛び上がるほど驚いてしまった。
「なななななななんですかだだだだだ誰ですか⁉︎⁉︎」
「説明している暇はありません!」
「私たちも手伝います、先生を探してください、お願いします」
「そ、そうでした!」
「先生は⁈先生はどこにいるんですか?」
「それが私達にもわからないんです!」
「シャーレのシステムがハックされた後急に飛び出して行ってしまってそれっきりで…」
「え?」
「シャーレのカメラが誰かにハッキングされちゃったんです!」
「それでハック元の位置情報だけ特定できたんですけどそれを言った途端…」
画面の中の二人はショボンとしてしまう。
いうまでもなくカメラをハックしたのはヒマリだが、事態の混乱を防ぐため今は言うべきではないだろう。
ヒマリは思考を巡らせる。
おそらく先生は、私に気づいたのだ。
気づいた上で、私を拒絶している。
なぜ?どうして?
分からない、先生に会うまでは。
先生の口から答えを聞きたい。
「先生を、見つけないと」
「二人ともありがとうございます、私は先生を探しに行きます」
「待ってください!」
「生徒データファイルにアクセス、生体認証中…99.9%一致、ミレニアムサイエンススクール三年、明星ヒマリと断定」
「ヒマリさん!私たちなら町中のカメラにアクセスし先生の場所を知ることができます!」
「しかし物理的移動手段がありません、ですので」
「私たちも!」
「連れて行ってください」
ヒマリは目の前で起きている信じ難い光景に目を身張ったが、敵意が全くないのを感じ取るとると言った。
「分かりました、行きましょう」
「お二人の名前は?」
「アロナちゃんです!」
「プラナです、よろしくお願いします」
ーーーーーーーー
一人と一機(の中の二人)は勢いよくシャーレを飛び出した。
すぐさまヒマリは町中のカメラをハックしようとしたがアロナがそれを差し止める。
「ヒマリさん待ってください!」
「私たちに任せてください」
「え?で、ですが…」
「先生の位置を特定しました!、現在位置から直線距離で約2.5km地点を時速約4kmで移動中です!」
早すぎる。ヒマリは目の前の圧倒的処理速度の二人に驚きを隠せなかった。
自分がかかる時間より恐ろしく、早い。
「早いですね…アロナさん」
「はい!だって私は先生の秘書兼サポーター、スーパーウルトラワンダフルアロナちゃんですから‼︎」
「私も、ですよアロナ先輩」
アロナは自信満々の笑みを浮かべ、プラナは画面の端から顔を覗かせる。
…………………そうなのか。
過ぎゆく街の風景と画面の中でにこやかな笑顔を向けてくる二人を見ながらヒマリは思った。
先生のそばには私よりすごい超天才美少女がいたのだ。その気になればハッキングもやってのけるだろう。
ならば
「私なんてただの病弱な女の子…だったのですね」
ヒマリはフフッと小さな笑みをこぼした。
ヒマリは顔を上げる。
「先生は歩いているようですね、これならすぐ追いつきます」「急ぎますよ二人とも」
「はい!行きましょう!」
「行きましょう」
ーーーーーーーー
疲れた。
足が痛い。
久しぶりにこんなに走った気がする。
でもできるだけ遠くに行かないと。
ヒマリから距離を、取らないと。
「ヒマリ…」
離れようとすればするほどヒマリのことを考えてしまう。
今日一日で何度モモトークを開けようと思ったことか。
ミレニアムに行こうと思ったことか。
でもダメなんだ。私は「先生」でヒマリは「生徒」だから。
この関係を越えてはいけないんだ。
ヒマリと会うと私は「先生」ではなくなってしまう。
…………いや、なぜだ?
ヒマリと会うだけ、会うだけで……会うだけで何故私は「先生」ではなくなる?
ヒマリが私のことを好いているから?違う。
好意を寄せてきた生徒はヒマリが初めてではない。
ヒマリが想いを伝えてきた時困ってしまうから?違う。
それは私が「先生」でなくなる理由にならない。
「あ」
簡単なことだった。
「ヒマリが」ではない。
「私が」だ。
「私が」ヒマリのことを好いているのだ。
気づいてしまった。本当は気づいてはいけなかった気持ちに。
溢れ出す想いは止まらない。
ヒマリの顔が好きだ。色白な肌が、雪のように白い髪が、コントラストの強いまつ毛と全てを知ってるような目が好きだ。
体が好きだ。ちょっと触ればすぐ折れてしまいそうな腕が、不自由ながら淑やかに揃えられた足が好きだ。
声が好きだ。か細く、透き通るような、小雨のような音色が好きだ。
そうか。
私はすっかり、「先生」ではなくなっていた。
拒む理由を私はヒマリに押し付けていた。
ヒマリをまた自分の都合で傷つけてしまったかもしれない。
一人の女の子のヒマリと向き合うべきだー自分の中の男が呟く。
生徒としてのヒマリの事を考えているのかー自分の中の先生が呟く。
頼む。
「黙っていてくれよ……!」
私はどうすれば。
その時。
「先生‼︎」
自分の望んでいた、聴き慣れた声が聞こえた。
か弱い少女の額には汗が滲んでいた。
夜のD.Uの街明かりが彼女を照らす。
その姿は正真正銘、ミレニアムの、いやキヴォトス一の美少女だった。
「先生!探したんですよ⁈」
あぁヒマリがいる。
今日一日会っていなかっただけなのに、数年ぶりのような懐かしさに襲われ思わず
「ひゃいいいぃぃッッッ⁈⁈⁈⁈」
私は思わずヒマリを抱きしめていた。
この変な声がこんなにも愛おしく思えるだなんて知らなかった。
ヒマリとの距離がもどかしい。
車椅子が邪魔に思えたほどだった。
ヒマリは驚きながらも私の胸の中で小さく嗚咽を漏らしているようだった。
「もうっ…どこにも…行かないでください…」
何も言わず先生はより一層強く、ヒマリを抱きしめた。
数秒だったか、数分だったか、はたまた数時間だったかもしれない。
とにかく長い間二人は抱き合ったままだった。
そしておもむろに離れると、どちらから言い出すこともなくシャーレへの帰路についた。
車椅子の感触と冷たい風を顔に感じながら先生はこの瞬間が終わらなければいいのに、そう思った。
その気持ちに迷いはなかった。
まだ終わりません。
二人の恋はこれからどうなるのでしょうか。
見ものですね。
次回もご期待ください。
ではまた。