蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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Prologue

 スバル FA8型 2代目ドミンゴ。

 日本ではバブル時代に大流行し、それ以降も平成の前半期には乗用車の上位グレードの定番だったが、近年はすっかり廃れたツートーンカラー。アイビーグリーンとストレートグレーのメタリック。

 足元にネオキャロのスチールホイール、クロームのセンターキャップで飾っている。

 …………が、万人受けするという意味で人気車種であったとは言い難いクルマで、一部のスバル旧車ファン以外の目には「旧いミニバン」でしかない。

 スバル旧車ファンの間では、ドミンゴはスバル製自動車史に欠かせない名前だが、その名声も主に初代KJ型ドミンゴが築いたもので、販売されていた時期的にも、FA型は少し微妙な立ち位置にある。

 外観からして、同じサンバーベースでも、かなりマッシヴになっていた初代KJ型はKR型サンバーと一目瞭然だったのだが、FA型はKV型サンバーのボディがそのまんまストレッチしたシャシーに乗っかっている恰好なので、「軽バン」にすら見えてしまう。近年は軽でも白ナンバーを付けられるようになったため、尚更だ。

 とは言え、昭和終盤に試行錯誤していた、現在では定番の乗用車の快適装備 ──── 例えば、パワーステアリング、パワーウィンドウ、カーエアコン、など、KJ型のモデル末期ではその基礎設計の旧さから導入に限界があったものが、FA型では劇的に「イマドキのクルマ」に近づいている。KJ型にはオートマチックトランスミッションも搭載できなかったが、FA型ではECVTが選択できた。

 本来、フロントのバッジは車種名のものがついていたのを、前述のKV型サンバーから引っ剥がしてきたと思しき六連星のものにすり替えている。

 補助灯も純正ではなくFETのMSC、ドライビングランプとHIDフォグランプがくっついているのだが、これも解る人間にしか解らない。

 こんな弄り方をしているドミンゴを乗っているような人間と言えば、万人受けを意識したレガシィを発売する以前の、()好みのクルマを造っていた頃のスバル旧車ファン。昔を懐かしむ壮年期か、あるいは若い国産希少車マニアか、いずれにしても男性というイメージだ。

 実際、車内には、社外品だがカセットデッキのあるカーオーディオから、昭和末期から平成前半のアップテンポの邦楽がかかっている。

 だが、MOMO製のステアリングを握っているのは、女性だった。それも若い。 ──── と言うより、一般的には幼い、と言われる事もあるだろう、見た目ローティーンの少女にしか見えない小柄な女性。

 ドライバーズシートはレカロのコンフォート系に入れ替えられているが、見た目、セミバケットのシートに座る、と言うより、座らされている、というようにも見えてしまう。

 ダッシュボードのセンターにはポータブルのカーナビゲーション。メーターパネルを挟んで、ボルトオンスーパーチャージャーがついているようで、Pivotのクラシカルスタイルなタコメーターと共に、PROSPORTの電光式ブースト計が付いている。

 本来3列シートの7人乗りだが、サードシートはたたまれていて、スズキ エポ50という、現在も高名なホンダ モンキーの対抗商品として、かつてスズキが発売したハンドル可倒式の小型バイクが載っている。

「さて……と」

 ドライバーの女性は、特に行き先を指定していないカーナビの時計表示を見る。

「あー……もうこんな時間かぁ……」

 カーナビの時計の表示は、すでに15時を過ぎていた。

 昼頃に御崎市に到着した彼女()は、ドミンゴを何処かに停めてエポで探索に移ろうか、と考えつつも、なんとなくドミンゴに乗ったまま気になる場所を()()ていた。

 というのも、真南川の西岸側にやたらバカでっかい()()があり、到着直後はその周囲をウロウロしていたというのもある。住宅街の西岸側は ──── 少なくとも、昭和40年代にスプロール現象起こして市街地が雑然と広がった東岸側よりは ──── 狭い路地はあるものの、旋回半径が軽自動車そのもののドミンゴが取り回し辛い場所は殆どなかった。エポに乗り換えるか、と考えたのは、市街地に少し()()()()()場所があって、このベッドタウンの衛星都市に似つかわしくない立派な3連ハープ橋、御崎大橋を渡って、西岸側に移ってきてからだ。

「そりゃお腹も空くよね……」

 彼女は、誰が見ているわけでもないのに、オーバーリアクション気味に、歯を見せる苦笑をした。

『まずは腹ごしらえ、かな?』

 どこからともなく、運転席の彼女とは別の、中性的な少女の声が聞こえてきた。

「そうだね、市街地を散策しながら、かな?」

 彼女は、声にそう答えると、ちらっと一瞬、駐車場の「P」マークの看板に視線を向ける。

「あそこでいいね」

 電車に乗るわけでもないので、あまり駅に近づかず、料金上限がワンコインをわずかに超えるそこへ向かって、ドミンゴのウィンカを点けた。

 

 

 ──── 武蔵御崎駅前商店街に旧くからある中華料理店、『上海亭』。

 職員会議だとかで4限で終わった御崎高校の、1年2組の生徒のグループがそこにいた。

「いいですかー?」

 メガネを掛けた、やたらエラの張った顔つきの、メガネをかけた調理服姿の男性店員が、デジタルのストップウォッチを手に、言う。

「30分以内に完食で賞金1万円、ただしお残しになられたり、時間オーバーの場合は定価3千円となります、よろしいですね?」

 その彼が向かっている、大人数向けのテーブル席で、坂井悠二と、近衛史菜(シイナ)ことシャナが、向い合せに座っている。その2人の目の前に、『上海亭スペシャルMEGA盛りラーメン』なるものが、それぞれ置かれていた。

 巨大な丼に、たっぷりと入った太麺。食欲を誘う香りは良いが、明らかにコッテリとした背脂の醤油スープ。そしてその麺の上に、切り口につややかな脂身が見えるチャーシュー、よく味の染みた煮卵、それにネギ、ナルト、海苔などが山盛りになっている。

「大丈夫なの……? 悠二君」

 悠二の隣に座っていた、最近悠二と周囲も公然のカップルとして振る舞っている平井ゆかりが、心配そうな表情で悠二の顔を覗き込む。

 ゆかりだけではない。その場にいた、悠二とシャナ以外の全員が、固唾を呑む様子で、悠二とシャナを見ている。

「近衛さんも……坂井君は男の子だからまだしも……」

 こちらは、シャナの隣りに座っている吉田一美が、やはり不安気にシャナの顔を覗き込んで問いかける。

 悠二も年齢の割には小柄な方だが、ひときわ小柄なシャナにはこれが完食できるようには、一般的な感覚ではとてもそうは見えない。

「大丈夫……行ける」

 睨むような目つきで目の前の超大盛りラーメンを見据えたまま、シャナはそう言った。

「それじゃ行きますよ!? Ready……」

 店員が、ストップウォッチを軽く振りかぶるようにする。

「GO!!」

 店員がストップウォッチのスタートボタンを押した、ピッという電子音とともに、悠二とシャナは同時にラーメンに箸をつけ始める。

「な……うぉ……」

 ずずずずずずずっ、ずずっ……

 ガツガツガツガツガツガツ……

 田中栄太が、その光景に呻くような声を出す。

 同様に、同席している池速人、佐藤啓作も、その光景を唖然としたように見ている。

「ふぇぇ……」

「凄い……」

 更に間近で見ているゆかりと一美も、思わず声を漏らす。

 すでに各々の注文したメニューも運ばれてきているのだが、やはのこの席にいる緒方真竹がかろうじて箸をつけかけているものの、それどころではないといった様子で、悠二とシャナを見ている。

 そう言っている間に、大量の麺、それにチャーシューやメンマ、ナルトに煮卵といった具が、2人の口の中へ消えていき、最後にスープを啜りだす。

「ごちそうさま!」

 そう言って、スープを飲み干し空になった丼を、2人がテーブルに置いたのも、ほぼ同時だった。

 そして、ゆかりや一美達と同じく、愕然として身体を硬直させてしまっている者が他にも1人。

「じゅじゅじゅ……」

 なんとか手を動かし、カウントを止めたストップウォッチを見て、店員はようやくといったように声を出す。

「12分……し、新記録……」

 ワナワナと震えている彼の視線は、主にシャナの方を向いていた。それはそうなるだろう。育ち盛り食べ盛りの男子高校生ならまだ解らなくもないが、見た目ローティーンにも見える小柄な少女が、大柄な男性でも持て余す代物を、その身体のどこに入ったのかと思えるぐらいに、完食してけろっとしているのだから。

「ふぅ……食べた食べた……」

 悠二は、自分の腹を撫でる仕種をしながらそう言いつつも、なんてこともなかったかのようにしている。

「近衛さん、大丈夫なの……?」

 だらしなく口を半開きにして、唖然としたままの表情をしていた真竹が、シャナに問いかける。

 シャナは無言で頷く。

「な……ぇ……」

 店員はまだ、慄いたような様子で立ち尽くしていたが、

「あの、えっと……」

「賞金」

 悠二が、どこか申し訳なさそうに苦笑しながら言いかけると、シャナは、きっぱりと言って、何かを受け取るように手を伸ばす。

「え、あ、は、はい、ただいま!」

 店員は、はっと我に返ったかのようになると、そう言って、飛び跳ねるように厨房の方に駆けて行った。

「えっと……」

 悠二は、困ったように苦笑しながら、奥に座る啓作や栄太が視界に入るように、顔を向けた。

「あの、みんな……食べないの?」

「え? あ!」

 悠二の声に、真竹が反射的に声を出し、そこで他の面子も我に返って、自分の注文したメニューに視線を向ける。

 時すでに遅し。ラーメンの類のメニューは、尽く麺は伸び切ってしまっている。

 比較的損害が少なかったのは、一美のチャーハンと、ゆかりのソース焼きそばぐらいだった。

 

 

『1番線の電車は快速武蔵遠見行発車します、ドア閉めますご注意ください』

 他社では乗降促進合図がメロディとなっている中、「プルルルルル……」と昔ながらの連続した電子音が鳴らされた後、オールステンレス車体でも初期のタイプである307系の、その登場した時節でも少数派になっていた、片側4ヶ所の片開き客室扉が、増結の3両のそれとともに閉まる。

 最後尾のクモハ5250形が釣掛式のモーターを響かせながら走り去っていくそのホームに、その走っていった列車から降り立った1人の女性が、そこから3・4歩、進んだところで、愕然と立ち尽くしていた。

「なによ……ここのトーチは……」

 纏められた金色の長髪は、多少日焼けはあるものの、薄い肌の色とともに、彼女がアングロ・サクソンであることを思わせる。男性もかくやの長身ながら、大半の異性の目を惹くだろう曲線を描いた体つき。タイトなミニスカートの衣装が、ボディラインを強調している。バストも豊満だが、全体的にアンバランスさは全く感じられない。顔つきもあどけなさというものは抜けきった、大人の女性の(かお)に、メガネをかけている。あえてウィークポイントを上げるとするなら、その顔つきがキツめな印象を与えることか。

 …………が、今の彼女は、そのキツさが緩んでしまったような、そんな表情をしていた。

『おっと、そんな間の抜けた表情はそうそう人前で晒すモンじゃねぇぜ? 我が調律されたピアノ線、マージョリー・ドー』

 女性の物とは明らかに違う、ハスキーな男性の声が、女性に忠告するようにそう言った。

『ま、無理もねぇな、こんな光景を見ちまったらよ』

「そうよ ──── ただ、ラミーのクソ野郎を追いかけてきただけだっていうのに、この街は ────」

 マージョリー、と、男性の声が呼んだ女性は、表情を引き締めつつも、まだどこか呆然としたように呟く。

 この街を出入りする、歩いて行く人にいくらかの割合で、マージョリーの視界に捉えられる “炎”。

 “トーチ”。彼女らがそう呼ぶ存在。

 本来、 “()()(ともがら)” が、あるいは、それを討滅する存在であるフレイムヘイズが、 “存在の力” を喰われた人間がいなかったことになる矛盾を和らげ、()()を目立たなくする為の、その残滓を使って作られる僅かな間の代用品。

 だが、すでに電車に乗っている間からその違和感は抱いていた。本来の存在意義からすれば、仄かに燃えて、やがて燃え尽きるはずの “トーチ”。だが、やたら “存在の力” を保持し、盛大に燃え盛っているトーチがチラホラ目についた。そして、駅に降り立った時、その発生源がこの街であることははっきりした。

 トーチを、 “存在の力” を喰らわれた()()の人間に()()()戻すことはできない。だが、 “存在の力” を補充してやれば、延命することはできる。

 しかし、 “存在の力” を他者に分け与えることは、 “徒” にとってもフレイムヘイズにとっても、文字通り己の活力、あるいは身体そのものを削る事に等しい。

 その上、この街のトーチのように、生前の人間の寿命と同じくらいか、それよりほんのすこし短い間存在し続ける程の “存在の力” を補充しては、そのトーチが消える時に残す矛盾が大きくなり、悉く忘れ去られて、 “()()()()()” にはならない。まるきり本末転倒の “()()()()()” だ。

 ── でも、そこまでは解る。

 マージョリーは胸中で呟く。

 ── 何処かの酔狂がやった “ばかげた事”、その可能性はゼロじゃない。そこはそんなに重要じゃない。

 問題は、その盛大に燃え盛るトーチが飛ばしている “火の粉”。

 マージョリーは改札を出て、駅前の雑踏の人混みを見る。そして、()()が見間違いではないと、確信する。

 なんの目的か、あるいは気のままにか、この街に辿り着いた “徒” が喰らったのだろう、トーチの炎は、薄白いものが大半で、 “明るすぎる水色” をしているものがチラホラ混ざっている。だが、その炎の色を問わず、 ────

()()()()()……っ」

 マージョリーの表情は、今度は仇が跋扈しているのを見たかのように、憎悪に歪んでいた。

 

 

「悪いな坂井、俺達まで奢ってもらっちゃって」

 『上海亭』を出てきたところで、速人が悠二に向かって、軽いが礼を言った。

「いいよ、別に賞金が目的だったわけじゃないからさ」

 レジカウンターで会計を済ませて、最後に店内から出てきた悠二が、逆に自分が少し申し訳ないような苦笑になって、そう返す。

「しかし坂井も近衛ちゃんもすげーな、どこにあれだけの食い物が入ったっていうんだよ……」

 どこか()()気味に、啓作がそう言って、苦笑交じりに「うへぇ」と声を漏らした。

「まぁ、これぐらいなら、なんとかね」

 悠二は誤魔化すような苦笑をしながら、啓作や、その隣で啓作の言葉に、うんうんと、頷いている栄太の方を見て、そう言った。

 まだウィークディの17時前だが、夕食の買い出しの時間帯でもあり、駅前商店街の人通りはそれなりにある。

 その歩道に出て、別に整列するわけでもなく、緩く纏まってぶらぶらと、御崎大橋の方へと歩いていく。

『待ってください』

 悠二が、なんとなく最後尾を歩いていると、悠二の右手の中指に嵌っている神器・『ニーベルンゲン』から、フレイムヘイズ “(ソウ)(スイ)の撃ち手” 坂井悠二の “内なる王”、 “(いただき)(くら)” ヘカテーが、悠二にだけ聞こえるようにしつつも、制するようにそう声を出した。

「!」

 “この世の本当の事” を知らない同級生達が傍にいる中で、ヘカテーが突然声を出した為、悠二は反射的に表情を険しくする。

「悠二君、どうしたの?」

 急に歩みを止めた悠二に気がついて、振り返ってみれば険のある表情をしている悠二に、ゆかりが怪訝そうな表情をして、そう問いかける。

 それをきっかけに、他の面子が一斉に悠二を振り返る。

「え、あ、ううん」

 悠二は、その視線に、慌てて苦笑しながら手を振って、誤魔化す。

「別に、なんでもない。ちょっと思い出したことがあって、思わず呟いただけ」

「なんだよ、池と言い坂井と言い……」

 作ったような困り気味の苦笑で、少し呆れたように啓作が言う。

「お前等ンとこの中学、集団で若年性健忘症でも罹ってるのか?」

「俺のと坂井のとは関係ないだろう……」

 速人は、憮然とした表情で言い、メガネを直す仕種をする。

「冗談だって、冗談」

 啓作は、軽くそう言って、彼等の一行は行路を再開した。

 その最後尾をゆっくりとついて行きながら、悠二は、表情を再び引き締める。

「何があったの、ヘカテー」

 悠二は、『ニーベルンゲン』を嵌めている右手を耳に近づけて、ヘカテーに問いかける。

「また、 “徒”?」

 悠二は、自身でも表情が険しくなってしまうのを抑えられないのを自覚していた。

 だが、

『いえ……これはどちらかというとフレイムヘイズ……ですが、少し変と言いますか』

 と、ヘカテーは、あまり危機感は高くなさそうだが、困惑気に歯切れ悪く言う。

「変って……僕やシャナだって、充分変なんだろう?」

『いえ、そうではなく……もっと本質的なところ……今、確かに至近距離を通ったはずなのですが、 “内なる王” の気配があまりに小さすぎると言うか……そこに至るまで、ほとんど感じ取る事ができなかったのです』

 悠二が、少し表情を緩めて問い返すと、ヘカテーは答えるものの、やはり歯切れ悪そうな言葉が続く。

「僕やフリアグネみたいに、気配を抑えてるって可能性は?」

『それはあるでしょうが、今、2mもないごく至近をすれ違ったのです。にも関わらず、気配……いえ、 “内なる王” の存在がはっきりと感じられないというのは……』

 ヘカテーの困惑気な言い回しに、悠二もまた、もどかしいような表情になる。

「シャナやアラストールは、気付いているのかな?」

 シャナ。この街に来て悠二がそう名付けた、真正の魔神 “天壌の劫火” アラストールを “内なる王” とする、 “炎髪灼眼の討ち手” と呼ばれるフレイムヘイズ。

『解りません』

 ヘカテーは、そう答えるしかないといったように、淡白な本来彼女らしい口調で答える。

「でも、もしフレイムヘイズだとしたら、狙いはシャナじゃなくて、僕……────」

『正確には、私、と言うことでしょうが』

 ヘカテーは言う。今年の早春、悠二と出会うまでは、フレイムヘイズと敵対する “紅世の徒” の “この世” での最大の組織[()()(・マ)()()]の最上位幹部とも言える “(トリ)()(ティ)” の1人、神属の巫女、()()()

 なので、今でも敵対してくるフレイムヘイズがいる可能性は、完全に払拭できていなかった。

 だが、

「いや……」

 と、悠二は半ば無意識に、左手で胸を押さえながら、言う。

「僕の中には『零時迷子』がある。ヘカテーが目的とは限らないよ」

 1日1度、午前零時に、その保有者が消費した “存在の力” を補填する、秘宝中の秘宝。悠二がトーチに “存在の力” を補充するという、他のフレイムヘイズや “徒” から見れば “ばかげた事” ができるのも、この存在あればこそだ。

 だが、 “徒” がそれを手に入れれば、 “この世” で思う儘に振る舞うことができる為、フレイムヘイズはそれが“徒”に渡ることを危険視している。

 悠二もフレイムヘイズではあるが、先に書いた通り “内なる王” であるヘカテーの出自が出自であるため、好戦的なフレイムヘイズと接触すると問題無用で攻撃される可能性も否定出来ない。

「悠二君?」

「え!? あれ?」

 ヘカテーのものではない、その呼びかける声で、悠二は我に返る。

「どうしたの、さっきから……」

 ゆかりが少し心配そうに、見上げる姿勢から悠二の顔を覗き込んでくる。

「いや……うん、ちょっと、考え込んじゃっててさ」

「ひょっとして、さっき言ってた?」

 悠二が苦笑してそう言うと、ゆかりはそう言いつつ、ステップを踏むようにしながら、悠二の右隣に並ぶ。

「うん、まぁ、そんなとこ」

「へぇ……悠二君て、考え事する時に口に出るタイプなんだ」

 ゆかりは、人懐こそうな笑顔で、問いかけるようにそう言った。

 入学して同級生になってから、つい最近までゆかりは悠二のことを「坂井君」と、ファミリーネームで呼んでいた。

 しかし、とある経緯をきっかけに、今のように公然とカップルとして見られるようになってから、ゆかりは現在のようにファーストネーム呼びをするようになった。

 悠二の方は、そこに至った経緯について、ゆかりに対して後ろ暗いことがあり、ゆかりが自分に対してしてくる程には踏み込む事ができないでいた。とは言え、ヘカテーの言葉で、自分もゆかりに対して好意的な感情を抱いている事を自覚してもいた。ゆかりの笑顔を見ることで、自分が気負っているものが少し軽くなるように感じ始めてもいた。

「え、あ、口に出てた?」

 悠二は、少しドキッとしながら、誤魔化すように苦笑する。

「うん。何言ってるか聞こえる程じゃないけどね。私は気になるほどじゃないと思ったけど、これだけ人通りのあるところだと、変な目で見る人もいるかもよ?」

「うん……そっか、気をつけるよ」

 悠二は、苦笑したままそう答えた。

 

 

 ── 悔しいな、あの2人、結構お似合いだよ……

 悠二とゆかりが並んで歩く数歩先、その2人が会話している声を聞きながら、一美は俯きがちになり、声には出さず、胸中で呟く。

 ── ゆかりちゃん、話上手いし、フォローも上手いし、敵わないなぁ……

 一美は、御崎高校の入学式で迷いかけたところを悠二に助けられて以来、彼に恋心を寄せるようになっていた。そしてそれは、中学時代からの友人であるゆかりに勘付かれていた。

 あの日も、悠二が、近衛史菜が時期的に微妙な転校をしてきた時、彼女と妙に親しい関係を思わせる悠二の言動に、ゆかりは、半ば野次馬根性で悠二に()()をかけようとしていた。

 だが、悠二は、史菜 ──── シャナでも、一美でもなく、その場でゆかりに告白した、と、思われる。その場ではゆかりは拒絶するように悠二にビンタを入れていたが、その後で悠二の告白を受け入れたようだった。

「はぁ……」

 ため息がついて出てくる。

「一美……大丈夫?」

 真竹が、心配したように声をかけた。

 悠二の告白シーン ──── だろうと彼女達が推測している、その場面に一美を引っ張って出歯亀しに行った1人である真竹は、視線を伏しがちに重い溜息をついた一美を見て、気まずそうに声をかけた。

「え、あ、緒方さん……」

「ごめん……私達が余計なことしたばかりに……」

 真竹は申し訳無さそうに言う。別に真竹たちの行動で、悠二とゆかりが現在の仲になったわけでもあるまいが、その場面を一美に見せてしまったということで、どこか責任を感じていた。

「え……ぁ……うん、大丈夫、だから……」

 一美は、俯いた姿勢のまま、取り繕うようにそう言った。

 だが ────

「大丈夫、という様子ではないわね」

 その言葉をかけられた一美はもちろん、傍らにいた真竹、それに男同士の会話をしていた速人達3人まで、驚いたように目を(まる)くして、その声の主を凝視していた。

「お前が……ん、一美が何を抱えてしまっているのかは解らないし、私はそれを暴こうとは思わない。でも、1人で抱え込んでいて、それがどうしても堪えきれないものなら、誰かに支えてもらったとしても、それは弱さなんかじゃない」

「近衛……さん……」

 一番そんな気遣いから程遠そうな人物のその発言に、一美はじっと視線を向けて、息を呑んでしまった。

「あれ、どうしたの、みんな」

 少し遅れていた悠二が、ゆかりとともに追いついてきて、気がついたように声をかけた。

 誰かが、何かを言うべきだと思いつつ、誰もが躊躇してしまった、その次の瞬間 ────

「うわぁあぁぁぁっ!? また来たー!!」

 という、『上海亭』のあの店員の叫び声が聞こえてきて、その面子全員が思わず振り返った。

 

 

「あぶないあぶない、フレイムヘイズが2人もいたよ……」

 ドミンゴのドライバーだったその女性は、外見上は素知らぬ顔をして、フレイムヘイズが2人も紛れ込んでいる高校生の集団とすれ違い、やり過ごしていた。

 改めてその姿は、腰の下まで届く黒いストレートの長髪、歩行者になってしまえばどう見てもローティーンの少女の年格好、と言われて納得できる姿、そして、一見勝ち気そうな顔のつくり。そして、胸から下げている宝玉のペンダント。

 それはどっかのフレイムヘイズそっくりの姿をしていたが、印象はだいぶ異なる。まず “ローティーンの少女と言われて納得できる姿” ではあるが、着衣からしてスリーブレスの前開きシャツのパンツルックだが、それなりに女性としての見栄えを整えた格好で、同じシルエットでも纏う雰囲気でずっと年齢が上のようにも見える、という感じだ。

 付け加えるなら、その()()()()()()()()と比べると、バストは見た目でも分かる程度に大きかった。 ……と言っても、決して恵まれている、とは言えないのだが。

 そして、意匠がそっくりなそのペンダントは、しかしその宝玉は深緑色をしていた。

「…………」

 フレイムヘイズの片方らしい少年が、あたりをキョロキョロとした。

 彼女は息を潜めるようにしてそれを見ていたが、やがて、連れ合い同士らしいうちの1人の少女に促されて、一緒に歩き去って行った。

「ふぅ……」

 彼女は、文字通りに胸を撫で下ろしながら、ため息を()いた。

『フレイムヘイズだからって、いきなり戦闘になるとは限らないけど……』

 と、ドミンゴの車内で発されていた、中性的なものを感じさせる少女の声が、音波としては発されずに、直接彼女の意識に()()()()来た。

『うん、だけど、 “弔詞の詠み手” に追いつかれないとも限らないし、それで戦闘になると、せっかく集めた “存在の力” を浪費することになるじゃない』

 同じように、彼女もまた、声の主に対して、音声として介さずに直接言葉を送る。

『アレは特別だと思うけど。普通のフレイムヘイズは、下手にちょっかいかけては来ないと思うよ。それに一応、私達も “徒” を討滅してはいるし……』

『それならそれで良いけどね。でも、気になってるでしょ? この街のトーチ……』

『うん、この街のトーチは元気が良すぎる。生身の人間よりほんのすこし弱い程度の力を持ってる。これは “徒” の喰い滓には見えないな。これじゃぁいくらトーチでも、消える時はただ “消え” て、 “なかった事” にはならないよ』

 彼女の問いかけに、声の少女は、説明するように、音声を介さない言葉でそう言った。

『まぁ、それならボク達の収集の対象にはならないね』

 彼女はそう返しつつ、苦笑した。

『うん。でも、私には、もっと気になることがあるよ』

『もっと気になること?』

 声だけの少女に、彼女は、キョトン、としながら、鸚鵡返しに訊ねる。

『この街の元気なトーチが噴き上げている()()()の事と、こんな “ばかげた事” をやった方法の事』

『んん?』

 声の少女の言葉に、彼女は小首をかしげる。

『これをやった方法が気になるのは解るけど……火の粉って、そう言えば、()()のそれっぽいのが噴き出ているように()()()ね。でも、なんだか知っているの?』

『確実には言えないんだよ。それに、もしそうだったとして、それが()のこの街で、起こり得るはずがないんだ。()()()() ────』

『うーん……』

『まぁ、それも確かめたいところだけど、どちらにせよ、これだけのトーチにこれだけの“存在の力”を分け与える方法は、何かしらの仕掛けが必要だよ。それこそ、「零時迷子」とかね……』

『ん? じゃあ、今、ボク達とすれ違ったフレイムヘイズのどっちかが……』

『そう言う自在式か、宝具を持っているかもね』

 声だけの少女が、彼女の言葉を肯定するように、その後に続けた。

 すると、彼女は、パキッ、と右手で指を鳴らす。

『それなら、上手く交渉できれば、()()()()()()を集めなくても、ここで一気に稼げるかもしれないね』

 快活そうな彼女の顔が、綻んだ。

『うん。でもひとまずは、 “弔詞の詠み手” をやり過ごすか、追いつかれる前にコンタクトできれば良いんだけど……』

 声だけの少女は、即答しつつも、続いて難しそうな、唸るような口調で言う。

『そうしたら、まずは……』

 そう言いながら、彼女は自分の上腹部に手を当てて、苦笑した。

『腹ごしらえだね』

『うん』

 そう言いながら、彼女は『上海亭』と暖簾を出している、チェーン系には見えないラーメン店の、出入り扉近くのガラス窓に貼られている、B4サイズのポスターというか、POPを見た。

「おお!? 今どきもこう言うのあるんだねぇ」

 そう言いつつ、彼女は、喜び勇んで、というように、自動ではない扉を開けて店内に入る。

「いらっしゃいま……って……ぇ……?」

 彼女が入店するなり、それを出迎えた、調理服姿の、メガネをかけたあまり身長の高くない男性店員が、その姿を見て絶句したかと思うと、

「うわぁあぁぁぁっ!? また来たー!!」

 と、驚愕の絶叫を上げた。

「え……は……えと……?」

 逆に彼女の方も、突然の店員の驚愕ぶりに、困惑してしまう。

「えっと、ボクはこの店に入るのどころか、この街に来たのも初めてなんだけど!? それとも、どこかで逢ったっけ?」

「え……は……? あ、えっと……」

 彼女の言葉に、店員は少し唖然とした様子を残しながらも、少し落ち着きを取り戻した様子で、彼女を一瞥した。

「ボクの名前は(グン)(フイ)(ファ)。えっと、なんならクルマの免許も見せようか?」

 阮恵華、と名乗った彼女は、ライセンスケースが入っているウェストポーチに手を伸ばしかける。

「え、いや、あの……こっちの勘違いだったみたいで……失礼を……────」

「こォらシゲ! 何をボサッとしてやがる。さっさとお客様を案内せんか!!」

 厨房の方から、この店の店主、ないしはなんらかの責任ある立場と思しき、初老だがガタイのいい男性調理師が、店員に向かって声を荒げる。

「は、はいー……」

「ったく……ボサッとしてっと真南川たたっこむからな!」

 やれやれと言った様子で、初老の男性調理師は厨房の奥に戻っていく。

「す、すみません、大変失礼致しました……」

 男性店員は姿勢を正すと、接客スマイルで恵華に、まずは謝罪してから、

「おタバコはお吸いになられますか?」

 と、訊ねる。

「あ、いえ、できれば禁煙席で」

「かしこまりました、それではどうぞこちらへ」

 男性店員に案内されて、恵華は、それほど混んでいない店内の4人がけのテーブル席に案内される。

「今、お冷お持ちしますので」

 男性店員はそう言って、厨房の方に向かおうとするが、

「あ、注文はもう決まってるんで、お願いします」

 と、恵華が呼び止めた。

「ああ、はい、了解です」

 店員はそう言うと、今時手書きのオーダー票のクリップボードを腰元のポケットから取り出し、ボールペンを右手に持つ。

 恵華は快活そうに、少年のように注文を口にする。

「『上海亭スペシャルMEGA盛り30分チャレンジコース』で!」

「は ────────」

 

 それまで月に数える程度だったこの大盛りチャレンジコースの完遂者は、今日この日だけで3人も出たのであった。

 

 

 ──── 無限の時が鼓動を止め人は音も無く炎上する

 誰一人気付く者は無く世界は外れ紅世の炎に包まれる

 

 紅世より渡り来て“(ともがら)”を滅する者

 紅世に抗いし意思持つこの世の者

 (いにしえ)よりの契約に従いて

 ここに討滅の使者とならん

 

 その名フレイムヘイズ

 

 絶望に至りつつもすべてを失う前に成った

 “守護者たるフレイムヘイズ”

 その名(ソウ)(スイ)の撃ち手”

 

 “内なる王”は“(いただき)(くら)”ヘカテー即ち

 使者たる者は人としての名を坂井(さかい)悠二(ゆうじ)という ────

 





恵華のドミンゴとかの設定(蛇足)。
https://monooki2.blog.jp/archives/21029785.html
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