蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第10話 2人、街の中 Part.III

「今日は、付き合ってくれてありがとう」

 エレベーターで1階に降りた所で、一美が、満面の笑顔でそう言った。

「…………別に、お礼を言われる様なことはしてない。 ……ただ……」

 シャナは、一旦は愛想もなく言いかけたが、言葉尻を少し濁した。

「ん?」

「その……気分転換がしたかったから……」

 一美が短く声を返すと、シャナは、決まり悪そうに視線を逸らしながら、そう言った。

「あ、そうなんだ……」

 一美は、そう言うものの、穏やかな笑顔でシャナを見た。

 シャナは、少し気まずそうになる。

 

『でも、1人で抱え込んでいて、それがどうしても堪えきれないものなら、誰かに支えてもらったとしても、それは弱さなんかじゃない』

 

 一美に対して、そう言ったのは当のシャナだ。

 だが、今、自身はその、堪えきれないものを抱え込んでしまっている。

 けれど、それを一美に ──── “紅世” と(ゆかり)のない者に、吐露するわけにもいかない。

 アラストールを除けば、最も身近な者は悠二だが、彼には直接には言い出せない事だった。

「それに、ついでもあったし」

 シャナは言う。それはウソではなかった。

「ひょっとして、パン屋さん?」

 シャナがいつも昼食にチーズデニッシュを食べているのを見ていた一美は、そう推測して訊ねる。

「そうだけど……」

 一美に言い当てられ、シャナは、覇気がない様子で、どこか曖昧に答える。

「じゃあ、付き合ってくれたお礼に、美味しいパン屋さん紹介してあげる」

 一美は、笑顔でそう提案した。

「!?」

 シャナが、ひょいっと視線を上げる。

「藍沢町の『コハーニャ』も美味しいけど……こっちのは、県外からお客さんが来るほどの評判なんだ」

「行く」

 現金というかなんというか、一美の言葉に、シャナは、今度は即答した。

「それじゃあ、こっち……」

 一美はそう言って、踵を返しかけたが、

 ドンッ

「きゃっ……」

 シャナの方に視線を向けたままだったため、不注意で、ビジネススーツ姿の男性とぶつかってしまった。

「あ、ご、ごめんなさい」

「す、すみません」

 一美と、ぶつかってしまった男性とは、お互いに謝罪の言葉を口にする。

「!」

 シャナが短く声を上げた。一美の持っていた手芸店の包みから、ボタンが転がり落ちて、コロコロと歩道の上を転がっていく。

 シャナは、咄嗟にそれを追いかける。

 転がっていったボタンは、シャナが追いつくより前に、女性向けのスニーカーの爪先にあたった。

 そのスニーカーの主が、ボタンに気付いて、それを拾い上げる。

「それは……──── えっ?」

 シャナは、ボタンを拾い上げた人物を見て、絶句し、それを凝視してしまった。

 

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン ────

 

 鼓動が早くなる。息苦しさを感じる。それは精神的な圧迫でもあったが、ついさっきまで思い悩んでいた事とは、まったく異質なものだった。

 ── フレイムヘイズ? 少し違う……? こんなに近付いているのに、 “王” の気配がほとんど感じられないなんて……

 普段、 “徒” に気取られないよう、 “力” の気配を抑えているフレイムヘイズは多い。シャナ自身はそれをしなかったが、多くのフレイムヘイズはそうしている。現に、悠二もそうだ。

 だが、目の前の相手から “力” がほとんど感じられないのは、それとは異なるように感じた。

 それに、シャナが感じる違和感は、それだけではなかった。 ──── 否、そんな事は、とるに足らないことと言ってすら良かった。

「これは、君の落とし物なのかな?」

 相手は、ニッコリと笑い、拾い上げたボタンを差し出してくる。

 だが、シャナはそれどころではない。

 ── どうして、コイツは、コイツは……────

 

 ── 私と、同じ姿をしているの……────────

 

 

「うわ……」

「すげぇ!」

 その光景に、啓作と栄太は、驚きの声を上げる。

 ミニチュアの御崎市を、人を模した様なコマが、歩きまわっている。

「うぉ、電車まで……」

 啓作が言う。8両の基本編成がステンレスで片側4扉の307系のものと、普通鋼製で3扉の8200系のものとが、わざわざ再現されてすれ違っていく。

「かなり昔、()()って行為に興味を持った、 “祭礼の蛇” って “紅世の王” がいたの。そいつが自分の作った都、『大縛鎖』を見張るためにつくったのがこれってワケ」

 マージョリーは、好奇心旺盛そうにあちこち見ている2人に、そう説明した。

『天裂き地を呑むってぇ化け物だったんだが、都作った途端、フレイムヘイズに袋叩きにされちまって一発昇天よ、ヒヒッ』

 マルコシアスが、妙に楽しそうに、 “祭礼の蛇” について説明する。

「け、けれど姐さん」

 あたりを見回しつつ、栄太が訊ねる。

「それがここにあるってことは、さっき言ってた “狩人のなんたら” っやつがここに持ってきた、って事ですよね?」

「そーいうことになるわね」

 マージョリーは、面白くもなさ気に答える。

「でも、だとしたら……マージョリーさん、そいつはここで、何を見張っていたんです?」

 今度は、啓作がマージョリーの方を向いて、問いかけた。

「ああ、それは多分……これね」

 マージョリーはそう言うと、群青色の光をまとわせた右手の指先を、パキン、と鳴らした。

 すると、暗転するかのように『玻璃壇』の表示が変わり、先程の人のコマが消え、代わりに、ターボライターのように噴き出すように燃えている、小さな炎が無数に浮かび上がった。

「やっぱり多いわね。こんなにたくさん……」

『何かしら意味があってやってたんだろーが、やっぱしそれをフレイムヘイズに勘付かれた、ってトコだろーな』

 マージョリーが淡々と言い、マルコシアスはそれに続けて、何かを思案するかのような口調で言った。

「な、なんだ……」

 啓作が言い、栄太と共に狼狽えるような動きをしながら、顔の血色を悪くする。

「なんか……見ているだけで、気持ち悪……」

「姐さん、これは?」

 栄太が、マージョリーの方を向いて問いかける。

「説明したでしょう?」

 マージョリーは、落ち着き払った様子で、あっさりと言う。

「トーチよ」

「!」

 マージョリーの言葉を聞いて、啓作と栄太は、驚愕のあまり身体を慄かせた状況で硬直させ、口を開けて絶句する。

「くっ……喰われた人!?」

 ようやく、栄太がそう言うと、

「こっ、こんなに……っ」

 啓作も血の気の失せた表情で、詰まりがちに声を出す。

 そして、2人は顔面蒼白の状態で、お互いを見る。

「馬鹿、あんた達は違うわよ」

 マージョリーは、どこか面倒くさそうにしつつも、バッサリとそう言った。

「トーチだったら最初から声なんかかけやしない」

 マージョリーは言いつつ、『玻璃壇』の示すトーチの様子を一瞥する。

「まぁでも、これだけ喰われてるとなると、あんた達の家族や知り合いにはトーチがいるかもね」

 マージョリーが、ため息交じりの様子で言った。

「嘘……だろ……」

 啓作が、なんとかと言った感じで、絞り出す様に言う。

「嘘じゃないわ」

 マージョリーは、明らかに意識して、感情を消した口調でそう言う。

「これは、良いも悪いも関係ない」

 その淡々とした口調が、逆に酷薄に、残酷に聞こえる。

「ただの、 “本当の事”」

 

 

 ──────── ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……

 

 やたらと鼓動が重く激しく感じる。どんな強敵と向き合った時にも感じたことのない圧迫感。

 パンツルックながら、スリーブレスの前開きのシャツは、女性らしさをアピールする装い。だが、それに身を包んでいるのは、自分と寸分違わぬほどにそっくりな顔、背格好の少女。

 しかも、その胸には、『コキュートス』と、その嵌っている宝玉の色以外、まるで同じ意匠のペンダントがネックレスで下げられている。

 ドッペルゲンガー……大昔の人間が作り上げた虚構の産物だ。だが、ひょっとしたら何者か、 “紅世” の者が、それを再現したのかもしれない。だとしたら、最後は ────

「やだなぁ」

 シャナが身構えていると、その、シャナそっくりの少女は、明るく笑い飛ばすような苦笑を浮かべる。

「そんなに緊張しなくても、この場所でどうこうするつもりはないよ」

 そう言って、少女は両腕を緩く開いてみせた。

「ほら、ボクは何も武装を持ってないし、何をしてもいない。解るよね?」

 少女はそう言うも、シャナは、身構えた姿勢の身体から緊張を解こうとはしない。ただ、敵意がないのは感じられたので、シャナも『夜笠』を()()()()()とはしなかった。

「近衛さん」

 シャナの背後から、一美の声が聞こえてきた。シャナの緊張が一気に高まる。

「えっ!?」

 シャナの背後まで来て、一美も驚いて目を(まる)くする。

 まるで鏡に写したように、シャナそっくりの少女が、向かい合って立っている。

「えっと……」

「ん……」

 一美がどう言葉をかけて良いのか迷っていると、向かい合った少女の方が、一美が持っていた手芸店の紙袋に気がついた。

「あ、そっか、これはそっちのお嬢さんの落とし物だね」

 そう言って、少女は白いボタンを一美に差し出した。

「あ、ありがとう」

 一美は、そう言って、シャナの肩越しに手を伸ばすようにして、少女からボタンを受け取ろうとするが、

「でも、お嬢ちゃんって……あなた、いくつ?」

 と、訊ねる。

「あ、やっぱそうくるのね」

 シャナそっくりの少女は、まるで’80年代のアニメで見られたような、カクン、と首を下に曲げるリアクションをした。

「え、えっと……?」

「一応君たちより年上だから……これでも、ね」

 そう言って、ボタンを一美に渡してから、ポーチからライセンスケースを取り出し、自動車運転免許証を見せた。

「あっ……す、すみません!」

 一美は、慌てて謝罪の言葉を口にし、一歩下がって、深く頭を下げた。

「いいよいいよ、慣れてるから」

 少女 ──── のように見える、一美より年上の女性は、手を振りながら、苦笑してそう言った。

「ところで、さっき話してたのを聞いたんだけど……この近くに美味しいパン屋さんがあるんだって?」

 ころっと表情を変えて、人懐こそうな様子で一美に訊ねる。

「あっ、はい……」

 一美は、何故か警戒しているようなシャナにちらっと視線を向けつつ、一瞬、困惑したような声を出してしまう。

「あの、あなたも『ミレ・ヴィクトワー』に?」

「店の名前は知らなかったな」

 一美の質問に対し、女性はそう答える。

「この街には、別の用で来たからね」

「お仕事、ですか」

 女性の言葉に、一美はそう訊き返す。

「まぁ、そんなとこ」

 最初はシャナそっくりに見えたその女性だったが、話してみると、フランクというか、どこか飄々とした様子で、笑顔を絶やさない様子で振る舞っていて、だいぶイメージが異なった。

「まぁこの後はそんなに急いでるわけでもないし、美味しいパンには目がなくてね」

「は、はぁ……」

 女性のあけすけな様子の言葉に、一美もどこか正体が掴めず、少し呆気にとられてしまう。

「えっと……それは……」

 一美は、戸惑ったような声を出しつつ、視線をシャナに向ける。

「私なら、構わない」

 一美の言葉の意味に気付いて、シャナはそう言った。

「でも……」

 シャナ自身はそう言うものの、女性の態度には、敵意とか害意とか言うものを、少なくとも一美は感じ取れなかったが、何故かシャナが警戒している様子に、一美も戸惑った対応をしてしまう。

「むしろ、一緒の方がいい」

 シャナは、そう断言した。シャナは目の前の女性が、 “紅世” に関係している者であれば、逆に目を離さない方が良いと考えていた。最悪一美を巻き込んでしまう可能性もあるが、封絶無しでいきなりおっぱじめるような相手ではないと判断した。

「そ、そういうことなら……」

 一美は、シャナの険しい表情は気になるが、とりあえず同道を許諾した。

「よろしく。あ、ボクの名前は(グン)(フイ)(ファ)。以後お見知りおきを」

「あ……私は吉田一美って言います」

 名乗った女性 ──── 恵華に対し、一美はすぐに自分も名乗った。

「私は近衛史菜」

 シャナは、表向き使っている名前で、相手に名乗った。

「コノエシイナ……?」

 恵華は、シャナの名乗りを反芻するように呟いてから、右手の人差し指を口元に当てて、視線を上げた状態で、少し逡巡する。

「それは、君の本当の名前なの?」

 視線をシャナに戻して、そう訊ねる。

「え……?」

 先に、一美が戸惑ったような声を出した。

「そうよ」

 シャナは、険のある表情で、きっぱりとそう言った。

「ふぅん……」

 恵華は、あまり納得していない様子だったが、

「ま、いいや」

 と、あっけらかんとそう言った。

「じゃ、案内お願いできる?」

「あ、は、はいっ」

 恵華が人懐こそうな表情で明るく笑いながら言うと、一美はすこし詰まりがちに(こた)える。

「その、こっちです」

 一美は、少しハラハラとしながらも、先導して歩き始めた。

 

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