「さて、と」
旧依田デパート、7階。
マージョリーは、『玻璃壇』の、その置かれている建物のミニチュアの上に立ち、準備が整った、というように口にした。
「マルコシアス」
『あいあいよー』
マルコシアスが
「あ、姐さん?」
栄太が、何をするのかと呼びかける。
「あの……どこへ?」
すると、マージョリーは、2人に
「自在法でこの街にいる、 “紅世” の関わりを持つ相手を探すのよ」
『「玻璃壇」がありゃあ、単に探索の法を使うより、細かい探索ができっからな』
マージョリーが言い、マルコシアスが説明を付け加えた。
「そーいうこと、だから、見晴らしのいい屋上に行こうってワケ」
マージョリーが言い、行動を起こそうとすると、
「え……お、俺達は……?」
と、啓作が、どこか縋るような表情をマージョリーに向けて、そう問いかける。
その啓作の、子犬のような表情を見て、マージョリーは一瞬、軽く驚いたように目を見開いて啓作を見ると、今までの彼女からは見られなかったような、穏やかな笑みを浮かべた。
「馬鹿」
マージョリーは、言葉ではそう言いつつも、責める様子ではなかった。
「なーにみっともない顔してんのよ。あんた達にはここでやる事があるんだから」
そこまで言うと、マージョリーの表情が引き締まり、先程までの鋭い刃物を感じさせるような表情に戻って、
「シャキッとしなさい」
と、啓作を叱咤した。
「…………」
まだ何か言いたげな様子だった啓作を余所に、マージョリーは、『グリモア』に挟まっている、いくつもの栞のひとつを取り出し、啓作に渡した。
「それを通して私と話ができるわ」
それは、紙とかプラスチックシートなどとはまた違った、滑らかに光るシート状のものでできていた。
「私達が気配探知の自在法を立ち上げたら、改めて指示を出すわ」
啓作がそれを見つめ、栄太が脇から覗き込んでいると、マージョリーは、『グリモア』に飛び乗り腰掛けるようにする。
「反応のあった場所とか位置を知らせるやり方は解るわね? そのために案内させたんだから」
マージョリーは、不敵な笑みを浮かべてそう言い、
「しっかり見てんのよ!」
と、『グリモア』に乗って飛び去った。
「……俺」
少し唖然としたようにそれを見送った啓作が、同じようにしている栄太に対して声を出す。
「そんなにカッコ悪い顔してた?」
啓作が決まり悪そうに言うと、栄太も苦笑する。
「さあな」
一方。
マージョリーは、塔屋部に繋がる正面階段を、『グリモア』にサーフボードのように乗り、上昇していく。
『ヒッヒ、見晴らしときたか』
マルコシアスが、面白そうに声を出す。
『俺を前にしてよくもまぁあんな嘘がつけるもんだ。なぁ? 我が麗しき姫君、マージョリー・ドー』
「何の話よ?」
マルコシアスに「嘘」と言われて、マージョリーは、困惑する様子もなく、好戦的な笑みを浮かべたまま、マルコシアスに聞き返す。
『自在法なんざ、あの部屋でもできるだろうが』
マルコシアスは、呆れたような口調で言う。
『ラミーのクソ野郎やご同業が噛み付いてきたら、ガキンチョどもを巻き込んじまうからだろ?』
「…………」
マージョリーは、思わせぶりに、一瞬に沈黙してから、
「バカマルコ、話が逆よ」
と、言う。
『あん?』
「思いっきり暴れるのに、あいつらは邪魔でしょうが?」
『…………』
マージョリーが不敵に言うと、今度はマルコシアスが一瞬言葉を途切れさせた。
『……ッ、キァーッハハハ!』
マルコシアスは、ひときわハイテンションな笑い声を上げる。
『いーぜぇ、いーぜぇ、最近じゃ一番の
「ありがと、我が愛しき “蹂躙の爪牙” マルコシアス」
2人の言葉とともに、上昇する速度が一気に
「“ノック・ノック”」
マージョリーが唱えると、その指先から炎の矢が螺旋を描いて迸り、屋上へと出る塔屋部の扉を吹き飛ばした。
『ヒャーッ、ハーッ! はーじめるぜぇっ』
勢いよく飛び出した2人は、空中でマージョリーが『グリモア』から飛び降りると、緩降下しながら、『グリモア』のページが開く。
「ケーサク! エータ!」
『は、はい』
『ちゃんと見てます』
マージョリーが呼びかけると、啓作と栄太が返事をする。
「よし」
それを確認すると、マージョリーは屋上の中心部で、群青色の、時計のムーヴメントを思わせる、群青色の光を放つ自在式を、円形に、水平に展開した。
「“マイタマルコヨハルカネ、四方配して寝床の夢を、破るお化けを小突かれよ”」
「…………はぁ」
悠二は、その日何度目か解らないため息を
『悠二』
いつもよりは穏やかに、ヘカテーは悠二に声をかける。
『そうため息ばかり吐いていては、千草達も心配します』
「それは、そうなんだけどさぁ……」
ヘカテーが慰めてくれているのは理解していたが、それでも気分は晴れない。
その悠二が吐き出したいことを代弁するかのように、ヘカテーが言い始める。
『シャナはともかく、平井ゆかりに “この世の本当の事” を知られてしまったのは痛恨ですね……確かに “弔詞の詠み手” は戦闘狂ではありますが、そういう配慮を欠いたバカではなかったと思っていたのですが……』
「結構知っているの?」
悠二は、意外そうに聞き返した。気分を和らげようと話題を求めたのもあった。
『はい。と言っても、私が、と言うよりは、[仮装舞踏会]の “三柱臣” として、という感じですが』
「へぇ……」
悠二が少し興味を惹かれた感じがしたので、ヘカテーは話を続けることにした。
『私と同じ “三柱臣” の1人、 “千変” シュドナイの……────』
だが、ヘカテーの言葉はそこで途切れる。
「今の!」
悠二は、一気に緊張した表情になり、ヘカテーに呼びかける。
『探索の法です。おそらく “弔詞の詠み手”』
「でも、放っとくわけにはいかないんだよね!?」
『はい』
ヘカテーが答えるが早いか、悠二はスニーカーから2対4翅の炎の羽根を出現させると、靴の踵で炎を爆ぜさせて飛び上がり、探索の気配が飛んできた方へ向かって飛行する。髪の色が “明るすぎる水色” に、瞳がそれを濃くしたような澄んだターコイズブルーに変わる。
「旧依田デパート、またあそこかよ!」
悠二は、どこかうんざりしたように言った。
「シャナは気付いたかな?」
『解りません。それに、彼女も “弔詞の詠み手” に、同じ対応をするとも限りません』
「そっか」
ヘカテーと話しつつ、悠二はそこへ向かいながら、『トライゴン』を
「来たわね」
『ああ』
マージョリーの言葉に、落ち着いた口調でマルコシアスが返す。
『こっちに向かってきてるな────式、戻せ!!』
それまでとは打って変わって、幾分緊迫感のある口調でマルコシアスが言う。
「解ってるわよ!」
いちいち言い返すマージョリーの声も、先程啓作達と話していた時より、幾分低いものになっていた。
その気配が接近してくる方角に、マージョリーは向き直る。
「この感覚は……ラミーのクソ野郎じゃないわね……」
『ああ、コイツは一昨日ド派手な爆発起こした、その時に封絶張ってた ────』
『──── フレイムヘイズだな』
「え、何ですって?」
「姐さん?」
光の
「この街にいたフレイムヘイズが、今の自在法でこっちに気付いて向かって来てるの。だからアンタ達はしばらく、そこで待機よ」
マージョリーは、一旦は面倒臭そうに言い、片手で髪をかきむしる仕種をした。
『ケド、なんか波乱の予感ってモンがするぜ? なんだろなぁ、この奇妙な気配は』
マルコシアスは、声のトーンは低いままながら、面白そうに言う。
「!」
悠二はそこへ向かいつつ、それに気付いた。
『封絶を張りました』
「解ってる……って事は、穏便に済まないってことなのかなぁ……」
ヘカテーも反応すると、悠二は少し困ったような、苦い顔で言う。
『その覚悟はしておきなさいと言ったはずですが』
「解ってるけどさ……」
「な、何だァ!?」
『玻璃壇』の中で、ミニチュアの旧依田デパートの屋上を、群青色の光が球形に包み込むのを見て、栄太が驚きの声を上げた。啓作もビクッとしている。
『封絶。解りやすく言うと、外から中を隠す結界よ』
マージョリーの声が、栞越しに聴こえてくる。
『それと同時に、その外側と因果を切り離すことで、内側で行われた変化を、元々の状態に戻せる……さっき言ったでしょう?』
「あ、 “徒” やフレイムヘイズは、戦った跡を修復するってやつっスか」
ぽん、と手を打つ仕種をしながら、栄太がそう言った。
『そーいうこと』
『つまりは、俺達のヒミツの決闘場ってことさ』
マルコシアスの声も聞こえてきた。
「で、でもマージョリーさん、相手もフレイムヘイズだって言ってたじゃないですか。それなのに、そんなの張る必要があるんですか!?」
啓作が、慌てたような声で問い質す。
『相手に喧嘩を売られりゃ、ね。別に珍しいことじゃないわ』
マージョリーは、何をそんな事を、と言った感じで、素っ気なく返してくる。
『それもさっきいったろーぉ? “紅世” の連中が “この世” に渡り来るのは、誰も彼もテメェの都合だって。フレイムヘイズの “内なる王” も、例外じゃねぇってことさ。ハッ!』
マルコシアスが、何が愉快なのか、楽しそうな口調で言う。
「あの……マージョリーさん?」
啓作が問いかける。
「俺達が……その封絶ってヤツの中に入ることは、できないんですか?」
『基本的には無理よ。言ったでしょ、一時的に因果を切り離す、って。内側での変化を外側と関係しないようにするから、普通の人間やトーチは、一見、時間が停まった
マージョリーは、そう言って、退けるように否定した。
『まー、マージョリーがおめぇらに渡した栞、それがありゃ、入る事はできるけどよー────』
『お黙りバカマルコ!』
マルコシアスの説明を遮って、バシッ、という打撃音とともに、マージョリーが怒鳴りつける声が聞こえてきた。
『待てよ、ちゃんとフォローすっトコだろうが』
マルコシアスは、やや不満気にそう言って、落ち着いた口調で説明を続ける。
『入れるには入れるけど、オススメはしねーぜ。封絶の中じゃ、生身の人間が一番無力だ。それこそ、取り返しのつけようがあるトーチよりな。動けないはずの
マルコシアスの最初のイメージとは異なる、真剣な口調に、啓作と栄太はその場で顔を見合わせて、困惑気にすることしかできなかった。
『そー言う事。アンタ達にはまだやってもらうことがあるんだから、今はそこで大人しくしてなさい』
マージョリーも言い、2人が変な気を起こさない様に釘を差した。
その、マージョリーがいる屋上。
「──── 来た!」
明らかに、自らの意図で封絶に入り込んできた存在に、目を見開いて強く視線を向ける。
『おめぇは……──── !!』
その姿に、マージョリーも一瞬言葉を発せず、先にマルコシアスが声を上げた。
『やはりアナタでしたか、 “蹂躙の爪牙”』
どこか忌々しそうに言う、少女の声が聴こえてくる。が、目の前に現れたのは、日本人、と言うか、人間離れした、 “明るすぎる水色” の髪をもつ、啓作や栄太達と同じくらいの年格好の少年だった。
『ヒッヒ、ヒャーッハッハッハッハ!!』
まるで狂喜からくる笑いが堪えきれなかったというように、マルコシアスが、甲高いハスキーな笑い声を上げた。
『[外界宿]で聞いた時は耳疑ったケドよ、マジでフレイムヘイズなんかやってんのか、 “頂の座”』
『またその説明ですか……』
ヘカテーの柄ではないが、毎度毎度 “紅世” に係わる者に同じ事を言われれば、いい加減うんざりしてくる。しかもここのところは、シャナとアラストール、フリアグネ、そして今ここと、ひと月に満たない期間に、立て続けに3回だ。
「それで、貴方はここで何をしているんですか?」
フレイムヘイズの少年 ──── 悠二が、彼にしてはやたら険しい視線をマージョリーに向けながら、問いかける。
「挨拶もなしにいきなり質問なんて、礼儀知らずなボーヤね」
マージョリーの方も、不愉快そうに言う。
「一応、答えておいてあげましょうか。この街に “屍拾い” ラミーが入り込んだのよ。私達が本来追いかけてたのは、そっちの方なんだけど……」
『そしたら、大量のトーチに “存在の力” を補充するなんて言う、 “ばかげた事” をやったのがいるんだな、これが』
マージョリーは、険しくも淡々と説明したが、それを追って、ハイテンションなマルコシアスの言葉が続いた。
「!」
マルコシアスの言葉を聞いて、悠二は、表情を少しピクリとさせ、半ば無意識に、左手で自分の胸を押さえていた。
「で、そっちもついでに探してたら、ボーヤ達が引っかかっちゃった、ってワケ」
マージョリーはそう言って、ため息を吐く様な仕種をした。
『…… “屍拾い” は、少なくともフレイムヘイズが積極的に討滅する対象ではなかった筈。
「例外!?」
ヘカテーの言葉を途中で遮り、マージョリーがヒステリックに声を上げた。
「“紅世の徒” に例外なんてあるものですか!」
「……──── !!」
マージョリーの発狂する様な言葉に、悠二は微かに顔をしかめる。
「今はたまたま奴の都合で他の気に触らないよう動いてるだけでしょうが! いつ溜め込んだ“存在の力” を使って災厄を起こすか、解ったもんじゃないわ!!」
『違います、彼女が求めているものは……────』
「“徒” はすべて殺す、殺す、殺す、殺して、殺して殺して、殺し尽くすしかないのよ!!」
途中で割り込みかけたヘカテーの言葉を意にも介せず、マージョリーは憎悪をむき出しにして、声を上げてそう言った。
『ハッハ! 前もって災厄の種を除く、俺達ってばなーんて模範的なフレイムヘイズ!!』
『他者の憎悪を利用して、自分の欲求を満たしているだけでしょうが、アナタは』
妙に楽しそうに言うマルコシアスに対し、ヘカテーは呆れた様に言う。
『ホ、言うねぇ、 “この世” の “紅世の徒” 最大の組織、[仮装舞踏会]の “三柱臣” が1臣、 “頂の座” ヘカテー様がよぉ』
『
マルコシアスの挑発に対し、ヘカテーは呆れつつも落ち着いた口調で言い返す。
「失礼ついでに、もうひとつ聞いていいかな?」
半ば蚊帳の外に置かれていたかのように、それまで会話を聞いているだけだった悠二が、そこで静かに、しかしハッキリと、そう言った。
「何かしら?」
マージョリーは、不遜な態度で訊き返す。
「平井ゆかり ──── この街のトーチの1人に、 “この世の本当の事” を教えたのは、貴方達ですか?」
「ヒライユカリ? トーチのことなんていちいち覚えてなんかいないわよ」
悠二は、至極真摯な口調で訊ねたが、マージョリーは不愉快そうに言い返す。
『いや、あのトーチじゃねーか? この街に来た時、おめぇが少し乱心した時に声をかけてきた……そうだな、背はちょっとちっこいが、このボーヤやあいつらと同じくらいの年格好だったな』
マルコシアスの方が、落ち着いた様子で、思い出す様にそう言った。
「ああ、あれね……ボーヤの知り合いだったのかしら。どのみち、今頃は自分の境遇に絶望して、発狂してるか、自殺しちゃってるかのどっちかでしょーよ」
「へぇ……」
それを聞いて、悠二は、笑っていた。
笑ったまま、『トライゴン』を構えるように引き寄せる。
『悠二』
ヘカテーが、どこか制するように言う。
「それじゃ、丁度良いや……」
悠二は、笑っていた。
その笑顔は ──── ────
────────
『悠二!!』