「フレイムヘイズ同士の戦いって、珍しくないんだろ?」
悠二は、彼が
『それは、そうですがっ……!』
こちらも滅多に聞かれないような、ヘカテーの取り乱した口調の言葉が出る。
『ヒッヒ、いーじゃねーかいーじゃねーか。そっちのフレイムヘイズも
対象的に、マルコシアスは、ハイテンションな口調で楽しそうに、悠二への挑発混じりに言う。
「そーよ、どーせこのまま済ますつもりはないんだし」
マージョリーの方は、面白くもなさそうにしている。
「“祭礼の蛇” の眷属の1人が、いきなりフレイムヘイズになったからって、はいそーですか、なんて受け入れられるモンですか」
「聞こえたか?」
「ああ」
旧依田デパート、7階。
啓作は主語を抜いて訊ねたが、栄太はそれを理解して返事した。
啓作と栄太は、『玻璃壇』の前で、僅かに身構えるような姿勢になりつつも、立ち尽くしてしまっていた。
「平井ちゃん……の名前、呼んでたよな、相手のフレイムヘイズ」
「まぁ、珍しい名前じゃないと思うが……」
啓作の言葉に、栄太は、逡巡したように顎を手で支える仕種をとりつつ、啓作の言葉に反論するように言うものの、その言葉尻は濁した。
マージョリーは相手のフレイムヘイズとのやり取りに専念しているのか、先程から啓作や栄太達の言葉には反応しない。
「けど、相手のフレイムヘイズの “王” ……自身のフレイムヘイズの事を『ユウジ』、って呼んでたよな……」
「ああ」
啓作の言葉に、再び栄太は肯定の返事を返す。
「ユウジ、って言やあ……」
啓作がそう言って、栄太が頷く。2人はゴクリ、と喉を鳴した。
「坂井の下の名前だ」
啓作が、少し低い声で、はっきりと言う。
「平井ちゃんに坂井 ──── そこまでの偶然……なんて、あるもんなのかよ……」
『悠二!』
ヘカテーが、狼狽えた様にしつつも制止の声を強く上げた。
だが、悠二は、それに対して冷静な口調で、呟くように言う。
「臆病だ腑抜けだって言われる僕でも、許せないことはあるよ……」
『わかりますが悠二、今は落ち着いてください!』
彼女にしては珍しく、取り乱した声を上げるが、しかしヘカテーその言葉は、今は悠二に対して、その意味が届く事はなかった。
「平井さんに “この世の本当の事” をバラして、その上でヘカテーの事まで侮辱するように言われて…… ゆ、許せるもんかぁ!!」
悠二は、最後に絶叫のように声を荒げてから、マージョリーを憎悪のこもった視線で強く睨みつけつつ、自身の方から動き始める。
「
マージョリーの方に向かって駆け出しながら、右手で『トライゴン』を振るい、その遊輪を鳴らした。
光弾が、散弾のようにマージョリーに向かって迸る。
ヒュッ
それが命中するかと思われた瞬間、マージョリーの姿がかき消えた。
だが、悠二はマージョリーのその動きをすでに読んでいた。左手を振り、クイックで炎の矢を放つ。その先にマージョリーの姿があった。
その炎の矢は、マージョリーは、今度は目に見える動きで、ステップを踏んでそれを回避した。
ザッ、と、悠二がスニーカーの靴底を削るようにしながら、その場に踏ん張り、姿勢を立て直す。
「ボーヤにしては、なかなかやるじゃない」
マージョリーは、睨むようにしつつ、口元で不敵な笑みを浮かべながら言う。
『ヒャッハー! 俄然、気分が高まってきたぜぇ!』
マルコシアスも、興奮した声で相槌を打つ。
その言葉の直後に、群青色の炎がマージョリーを『グリモア』ごと包み込む。それは、群青の体毛を持つ、
「!?」
悠二は、その光景に驚きつつも、
ブンッ!
と、その巨大な拳が、姿勢を完全に立て直しきっていない悠二を薙ぎ払おうとする。
悠二は、靴の踵で小さく炎を爆ぜさせてその場から瞬間に離れる。靴に2対4翅の “明るすぎる水色” の炎の羽根を出現させ、軽く浮かびあった状態で急機動に備える。
直後、群青色の炎の獣が、反対側の腕で、悠二めがけて強烈なストレートを放ってくる。悠二は、ホバリングの状態から、跳ね上がるような急機動でそれを躱した。
「星よ!」
腕が伸び切った瞬間を狙い、そこへめがけて光弾を放つ。所謂
「やったか!?」
『いえ、まだです!』
悠二の言葉に、ヘカテーが声を上げる。
悠二の方を向き、睨みつけるような炎の獣の、その胴が膨れ上がる。その腹の中で、群青色の炎が渦巻いているのが、悠二には
「
炎の獣のその口から、悠二めがけて強烈な炎が吐き出される。ほぼ同時に、悠二は、炎の攻性防壁を、相手と向かい合うその正面に出現させた。
群青色の炎のブレスを、 “明るすぎる水色” の炎の壁が堰き止め、逆に侵食して霧の様に散らしていく。
「なるほど、 “頂の座” が “王” ってだけあって、自在師ってわけね」
『ケド動きも悪くねぇ、コイツは面白くなって来やがったぜぇ!』
まるで群青色の炎の獣、そのものが喋っているかの様に、マージョリーとマルコシアスの声が聞こえる。
一方、
『トーガ! “蹂躙の爪牙” の顕現の姿の象徴です!』
「顕現の象徴、って言うことは、戦闘態勢に入った時の姿ってことか」
ヘカテーの言葉に、悠二は、完全に接地せず僅かに浮いた状態で、構え直しながら訊き返す。その間も、怒りの籠もった視線を相手に向けていた。
『はい。炎で編まれた戦闘衣装、 “弔詞の詠み手” の戦意の象徴です』
ヘカテーは、落ち着きを取り戻した口調で、そう説明した。
『“弔詞の詠み手” は攻撃に特化した自在師です。幻惑されないように気をつけてください!』
「つまり、僕と正反対ってことか。なんかのことわざみたいだな」
悠二は、ヘカテーの言葉にそう答えつつも、
── あの程度の動きなら、シャナの方がずっと速い、行ける!
と、声には出さずにそう考えていた。
『ヒッヒッヒ』
トーガは、悠二に光弾で破砕された腕を再生すると、反対側の腕も揃って、無数の炎弾を出現させる。
「それじゃあ、お次は」
『これだ!!』
腕をクロスするように振り抜き、悠二めがけて無数の炎弾放ち、悠二のいる
相変わらず馬鹿の一つ覚えだなと思いつつも、悠二は攻性防壁を出現させ、その炎弾を遮る。悠二を捉えた炎弾はそれに遮られ、防壁の炎に侵食されて弾け、霧散する。だが、幾つかの炎弾が、悠二の背後に飛んでいった。
「星よ!」
その炎の煙が晴れた瞬間、今度は逆に、悠二が、正面に捉えたトーガめがけて無数の光弾を放つ。
「!」
光弾は確かにトーガに命中した。無数の光弾に貫かれたトーガの姿が、崩壊して霧散していく。だが、悠二はその時点で、相手を倒したわけではないことに気付いていた。
「あっはははは、ハズレー」
『つ~ぎは当たるかなー? ヒャヒャ!』
背後からのマージョリーとマルコシアスの声に、悠二は振り返る。
「な!?」
悠二の表情が戦慄する。そこには、無数の “トーガ” の姿があった。
「分身!?」
『先程の炎弾を、自身に擬態させたというのですか!?』
ヘカテーも、緊張した声を上げる。
『ヒャッハハ』
『ヒッヒッヒ』
どの “トーガ” も、マルコシアスの軽い笑いを放ち、どれが本物か見極められない。
「だったら、こっちも!」
『待ってください、悠二!』
ヘカテーが止めるが早いか、
「星よ!」
悠二は、 “トーガ” の群れに向かって多数の光弾を生み出し、飛び散らせた。
ドドドドドドッ
無数の “トーガ” に光弾が着弾し、打ち砕かれ、爆炎を発しながら破裂する。その大量の炎の煙が、悠二の視界を一時的に遮った。
「はっ、自在師同士だと手の内が通じにくくて、お互いやりにくいわね!」
『ヒッヒーッ、その方が熱く熱く燃え上がるってもんじゃねぇか!?』
マージョリーとマルコシアスの、妙に楽しそうな声が、遮られた視界の向こうから聞こえてくる。
『悠二、上です!』
ヘカテーの声に、悠二が見上げると、自身を取り囲むように、トーガとその分身が自身を取り囲んで浮いていた。
「それじゃあ、そろそろ本気を出すとしますか」
『あいあいよー』
余裕綽々といった感じで言うマージョリーに対し、マルコシアスが応じた。
トーガの分身が、ヒュボッ、ヒュボッ、と、分解して巨大な炎弾に変わっていく。 ──── だが、
── 駄目だ、まだ数が多すぎる。一掃するのは無理だ。
悠二の表情が一気に緊迫する。
「“狐の嫁入り 天気雨” ……っは!」
『“この3秒で お陀仏よ” ……っと!』
マージョリーの
“トーガの分身” が分解した無数の ── 大量の巨大な炎弾が、悠二めがけて激しく撃ち込まれる。
「却焔の緞帳!」
悠二は寸での所で、自分の頭上に攻性防壁を出現させた。
「くぅっ!」
質量が伴うほどの炎弾を、攻勢障壁はすべて遮り、弾けさせるが、その強い重圧が、攻性防壁を維持する悠二にも感じられ、呻き声を漏らす。
そして、一旦は逸れた炎弾も、床に叩きつけられると、その床面を抉りながら、榴弾のように飛び散る。
炎弾の砕けた炎が悠二をかすめ、攻性防壁の脇から悠二を
『サンディエス・ミレ・ヴィクトワー』。
商店街の駅前通りから、少し路地に外れた低層ビルの1階と2階が店舗になっている。元々は典型的な “地元のパン屋さん” で、少なくないとは言え基本的に地元の人間が常連の店だった。
その後、Webで口コミが広がり、駅からそれほど離れていない事もあって、一時期の、食べ歩きブーム、高級食パンブームの頃には、県外からも鉄道や自動車で訪れる人がいるほど繁盛した。
今はその頃の勢いは落ち着いているものの、隣接自治体からクルマで訪れる人が絶えない程には繁盛している。
2階はその全盛期に、1階の店舗に追加で借りて、カフェ風のイートインスペースとしたものだ。これも大成功で、こちらは特に地元在住の学生の下校時間に賑わっている。
そのイートインスペースで、シャナ達はブランチと洒落込んでいた。
シャナのトレイの上には大量のチーズデニッシュ、恵華のそれにはやはり同程度の量のメロンパンが、山盛りになっていた。
その量に、一美は最初、唖然としていた。彼女のトレイにはチーズクロワッサンとクリームパン、チョコがけのドーナツが、幾つかだけ載っている。
「さすが評判なだけのことはあるねぇ……」
メロンパンのひとつを食べ終えた恵華が、ホットココアをひとすすりしてから、まさに至福と満面の笑顔でそう言った。
シャナは、時折チラチラと恵華の方に視線を向けるが、こちらもやめられない
「川の西側のパン屋さんも良かったし、ここってパン屋さん激戦区?」
「あ、『コハーニャ』にも行ったことがあるんですね」
恵華の言葉に、一美は、流石に名前は、と、小さめの声で聞こえた。
「うん。あっちはなんか、昔ながらのパン屋さん、って感じだったね」
こちらも元々はそう言う店だったのだが、恵華やシャナはその事を知らないし、一美もはっきり覚えているほど最近のことでもなかった。
「本当に良い国だよ、ここは……美も、食も、芸術はなんのしがらみもなく評価することができる」
恵華は、残り2つのメロンパンを口に運ぶ手を止めて、唐突にそう言った。
「え…………?」
感慨深そうな様子の恵華の言葉に、一美は、一瞬呆気にとられたようにしつつ、小さく聞き返した。
「美味しいものを食べて美味しいと感じる。美しいものを見て美しいと感じる。音楽を聞いて心を安らげる、あるいは弾ませる。でも、それはヒトが文化として生み出し、ヒトの文化に影響するだけに、ただ単純に、それだけでは済まされないことがある」
恵華は、穏やかに笑いながら話していたが、そのうちに、口元では笑ったまま、段々とその目が真剣なものになっていく。
「食に関して言えば、この国でもかつて、食肉を忌避していた時代があることは、説明するまでもないよね」
「あ、はい……」
恵華の問いかけるような言葉に、一美は、軽く驚いてしまいつつも、曖昧に返した。
「…………」
その言葉の意図を測りかねて、シャナは、チーズデニッシュにかじりついたまま、じろりと恵華の方に視線を向けた。
「他にも、宗教なんかを理由にして、特定の食材を食用にすることを禁じている事は多い。それが神聖のモノだとか、逆に不浄なモノだとか言う理由でね」
「…………」
一美は、戸惑いつつも、恵華の言葉を遮る事はなく、自分も真摯な表情で恵華の言葉を聞いていた。恵華は、一瞬だけ一美の反応を待ってから、続ける。
「いや、それが自分達の所属するコミュニティの中だけのルールだけだったら良い。でも、それは時として、他者を野蛮人だとか、自分達より劣っている存在だと決めつけて、攻撃する材料に使われる」
そこまで言って、恵華は軽くため息を
「芸術もそう。かつて美は信仰による支配の道具にされた。歴史に遺すべき貴重な芸術が、権力の維持の為に
そこまで言った恵華の表情は、口元では微笑みつつも、どこか寂しそうなものになっていた。
「あの……恵華さんって……結構歳上なんですか?」
一美は、少し引っかかったところを訊ねる。
「あれ、さっき免許見せたよね?」
「いえ……生年月日までは見なかったですから……」
恵華が、キョトン、として一美に訊ねると、一美は口元で微かに苦笑しながら返した。
「ああそうか、その程度の年の差だと思われてたのか。まだゴールドになってないし」
恵華は、納得するように言ってから、
「うん、こう見えるけど割と歳上だよ。君よりはずっとね」
と、一美に向かって苦笑しながらそう言った。
その言葉を聞いて、チーズデニッシュをパクついていたシャナが、じろりと恵華を見た。恵華は、歳が離れている事について、一美に対して、「君よりは」、と言ったのだ。「君
「この国にも昔はタブーもあった。近代に行われた破壊もある。それは事実だ。でも、他からすれば生
そう言う恵華は、何かを回想するような様子だった。
「あの、失礼ですが、恵華さんは……日本人じゃ……ない……んですよね?」
「今は日本国籍。昔は違ったけどね。いろいろな国を転々としてきた。2つの “モノ” を探してね」
少々気まずそうに訊ねた一美に対し、恵華は、苦笑ながら軽く笑い飛ばすようにそう言った。
「2つの、 “モノ”?」
「まぁ、それほど大したものじゃないよ。ボク達以外の人にはね」
「そう、ですか……」
一美は、反射的に鸚鵡返しに聞き返したものの、あっけらかんと笑いながら言う恵華の言葉に、それ以上深く追求はしなかった。
「さて、と、平らげちゃいますか」
そう言って、恵華は、温くなったココアを一口すすってから、残りのメロンパンに手をつける。
「うーん……この、外側がカリッとして内側がモフモフしている感じ、ザ・メロンパンって感じでたまらないねぇ」
恵華は、至福そうな表情で、メロンパンを齧り、咀嚼する合間に、そう言った。