蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第12話 逆上 Part.II

「フレイムヘイズ同士の戦いって、珍しくないんだろ?」

 悠二は、彼が()()()()として生まれてから、誰も、本人ですら聞いたこともないような酷薄で怜悧な口調で言う。軽く脚を開いた状況で立ち、『トライゴン』を携えている。

『それは、そうですがっ……!』

 こちらも滅多に聞かれないような、ヘカテーの取り乱した口調の言葉が出る。

『ヒッヒ、いーじゃねーかいーじゃねーか。そっちのフレイムヘイズも()る気になってんだからよぉ』

 対象的に、マルコシアスは、ハイテンションな口調で楽しそうに、悠二への挑発混じりに言う。

「そーよ、どーせこのまま済ますつもりはないんだし」

 マージョリーの方は、面白くもなさそうにしている。

「“祭礼の蛇” の眷属の1人が、いきなりフレイムヘイズになったからって、はいそーですか、なんて受け入れられるモンですか」

 

「聞こえたか?」

「ああ」

 旧依田デパート、7階。

 啓作は主語を抜いて訊ねたが、栄太はそれを理解して返事した。

 啓作と栄太は、『玻璃壇』の前で、僅かに身構えるような姿勢になりつつも、立ち尽くしてしまっていた。

「平井ちゃん……の名前、呼んでたよな、相手のフレイムヘイズ」

「まぁ、珍しい名前じゃないと思うが……」

 啓作の言葉に、栄太は、逡巡したように顎を手で支える仕種をとりつつ、啓作の言葉に反論するように言うものの、その言葉尻は濁した。

 マージョリーは相手のフレイムヘイズとのやり取りに専念しているのか、先程から啓作や栄太達の言葉には反応しない。

「けど、相手のフレイムヘイズの “王” ……自身のフレイムヘイズの事を『ユウジ』、って呼んでたよな……」

「ああ」

 啓作の言葉に、再び栄太は肯定の返事を返す。

「ユウジ、って言やあ……」

 啓作がそう言って、栄太が頷く。2人はゴクリ、と喉を鳴した。

「坂井の下の名前だ」

 啓作が、少し低い声で、はっきりと言う。

「平井ちゃんに坂井 ──── そこまでの偶然……なんて、あるもんなのかよ……」

 

『悠二!』

 ヘカテーが、狼狽えた様にしつつも制止の声を強く上げた。

 だが、悠二は、それに対して冷静な口調で、呟くように言う。

「臆病だ腑抜けだって言われる僕でも、許せないことはあるよ……」

『わかりますが悠二、今は落ち着いてください!』

 彼女にしては珍しく、取り乱した声を上げるが、しかしヘカテーその言葉は、今は悠二に対して、その意味が届く事はなかった。

「平井さんに “この世の本当の事” をバラして、その上でヘカテーの事まで侮辱するように言われて…… ゆ、許せるもんかぁ!!」

 悠二は、最後に絶叫のように声を荒げてから、マージョリーを憎悪のこもった視線で強く睨みつけつつ、自身の方から動き始める。

(アステル)よ!」

 マージョリーの方に向かって駆け出しながら、右手で『トライゴン』を振るい、その遊輪を鳴らした。

 光弾が、散弾のようにマージョリーに向かって迸る。

 ヒュッ

 それが命中するかと思われた瞬間、マージョリーの姿がかき消えた。

 だが、悠二はマージョリーのその動きをすでに読んでいた。左手を振り、クイックで炎の矢を放つ。その先にマージョリーの姿があった。

 その炎の矢は、マージョリーは、今度は目に見える動きで、ステップを踏んでそれを回避した。

 ザッ、と、悠二がスニーカーの靴底を削るようにしながら、その場に踏ん張り、姿勢を立て直す。

「ボーヤにしては、なかなかやるじゃない」

 マージョリーは、睨むようにしつつ、口元で不敵な笑みを浮かべながら言う。

『ヒャッハー! 俄然、気分が高まってきたぜぇ!』

 マルコシアスも、興奮した声で相槌を打つ。

 その言葉の直後に、群青色の炎がマージョリーを『グリモア』ごと包み込む。それは、群青の体毛を持つ、(ひぐま)に、狼の要素を足して凶暴にしたような姿をとった。

「!?」

 悠二は、その光景に驚きつつも、

 ブンッ!

 と、その巨大な拳が、姿勢を完全に立て直しきっていない悠二を薙ぎ払おうとする。

 悠二は、靴の踵で小さく炎を爆ぜさせてその場から瞬間に離れる。靴に2対4翅の “明るすぎる水色” の炎の羽根を出現させ、軽く浮かびあった状態で急機動に備える。

 直後、群青色の炎の獣が、反対側の腕で、悠二めがけて強烈なストレートを放ってくる。悠二は、ホバリングの状態から、跳ね上がるような急機動でそれを躱した。

「星よ!」

 腕が伸び切った瞬間を狙い、そこへめがけて光弾を放つ。所謂()()()()状態になった腕は、ゴワァッっと破裂するように霧散した。

「やったか!?」

『いえ、まだです!』

 悠二の言葉に、ヘカテーが声を上げる。

 悠二の方を向き、睨みつけるような炎の獣の、その胴が膨れ上がる。その腹の中で、群青色の炎が渦巻いているのが、悠二には()()た。

(キャク)(エン)(どん)(ちょう)!」

 炎の獣のその口から、悠二めがけて強烈な炎が吐き出される。ほぼ同時に、悠二は、炎の攻性防壁を、相手と向かい合うその正面に出現させた。

 群青色の炎のブレスを、 “明るすぎる水色” の炎の壁が堰き止め、逆に侵食して霧の様に散らしていく。

「なるほど、 “頂の座” が “王” ってだけあって、自在師ってわけね」

『ケド動きも悪くねぇ、コイツは面白くなって来やがったぜぇ!』

 まるで群青色の炎の獣、そのものが喋っているかの様に、マージョリーとマルコシアスの声が聞こえる。

 一方、

『トーガ! “蹂躙の爪牙” の顕現の姿の象徴です!』

「顕現の象徴、って言うことは、戦闘態勢に入った時の姿ってことか」

 ヘカテーの言葉に、悠二は、完全に接地せず僅かに浮いた状態で、構え直しながら訊き返す。その間も、怒りの籠もった視線を相手に向けていた。

『はい。炎で編まれた戦闘衣装、 “弔詞の詠み手” の戦意の象徴です』

 ヘカテーは、落ち着きを取り戻した口調で、そう説明した。

『“弔詞の詠み手” は攻撃に特化した自在師です。幻惑されないように気をつけてください!』

「つまり、僕と正反対ってことか。なんかのことわざみたいだな」

 悠二は、ヘカテーの言葉にそう答えつつも、

 ── あの程度の動きなら、シャナの方がずっと速い、行ける!

 と、声には出さずにそう考えていた。

『ヒッヒッヒ』

 トーガは、悠二に光弾で破砕された腕を再生すると、反対側の腕も揃って、無数の炎弾を出現させる。

「それじゃあ、お次は」

『これだ!!』

 腕をクロスするように振り抜き、悠二めがけて無数の炎弾放ち、悠二のいる()に対して制圧射撃をかける。

 相変わらず馬鹿の一つ覚えだなと思いつつも、悠二は攻性防壁を出現させ、その炎弾を遮る。悠二を捉えた炎弾はそれに遮られ、防壁の炎に侵食されて弾け、霧散する。だが、幾つかの炎弾が、悠二の背後に飛んでいった。

「星よ!」

 その炎の煙が晴れた瞬間、今度は逆に、悠二が、正面に捉えたトーガめがけて無数の光弾を放つ。

「!」

 光弾は確かにトーガに命中した。無数の光弾に貫かれたトーガの姿が、崩壊して霧散していく。だが、悠二はその時点で、相手を倒したわけではないことに気付いていた。

「あっはははは、ハズレー」

『つ~ぎは当たるかなー? ヒャヒャ!』

 背後からのマージョリーとマルコシアスの声に、悠二は振り返る。

「な!?」

 悠二の表情が戦慄する。そこには、無数の “トーガ” の姿があった。

「分身!?」

『先程の炎弾を、自身に擬態させたというのですか!?』

 ヘカテーも、緊張した声を上げる。

『ヒャッハハ』

『ヒッヒッヒ』

 どの “トーガ” も、マルコシアスの軽い笑いを放ち、どれが本物か見極められない。

「だったら、こっちも!」

『待ってください、悠二!』

 ヘカテーが止めるが早いか、

「星よ!」

 悠二は、 “トーガ” の群れに向かって多数の光弾を生み出し、飛び散らせた。

 ドドドドドドッ

 無数の “トーガ” に光弾が着弾し、打ち砕かれ、爆炎を発しながら破裂する。その大量の炎の煙が、悠二の視界を一時的に遮った。

「はっ、自在師同士だと手の内が通じにくくて、お互いやりにくいわね!」

『ヒッヒーッ、その方が熱く熱く燃え上がるってもんじゃねぇか!?』

 マージョリーとマルコシアスの、妙に楽しそうな声が、遮られた視界の向こうから聞こえてくる。

『悠二、上です!』

 ヘカテーの声に、悠二が見上げると、自身を取り囲むように、トーガとその分身が自身を取り囲んで浮いていた。

「それじゃあ、そろそろ本気を出すとしますか」

『あいあいよー』

 余裕綽々といった感じで言うマージョリーに対し、マルコシアスが応じた。

 トーガの分身が、ヒュボッ、ヒュボッ、と、分解して巨大な炎弾に変わっていく。 ──── だが、

 ── 駄目だ、まだ数が多すぎる。一掃するのは無理だ。

 悠二の表情が一気に緊迫する。

「“狐の嫁入り 天気雨” ……っは!」

『“この3秒で お陀仏よ” ……っと!』

 マージョリーの(うた)に、マルコシアスが(こた)える。

 “トーガの分身” が分解した無数の ── 大量の巨大な炎弾が、悠二めがけて激しく撃ち込まれる。

「却焔の緞帳!」

 悠二は寸での所で、自分の頭上に攻性防壁を出現させた。

「くぅっ!」

 質量が伴うほどの炎弾を、攻勢障壁はすべて遮り、弾けさせるが、その強い重圧が、攻性防壁を維持する悠二にも感じられ、呻き声を漏らす。

 そして、一旦は逸れた炎弾も、床に叩きつけられると、その床面を抉りながら、榴弾のように飛び散る。

 炎弾の砕けた炎が悠二をかすめ、攻性防壁の脇から悠二を()いた。

 

 

 『サンディエス・ミレ・ヴィクトワー』。

 商店街の駅前通りから、少し路地に外れた低層ビルの1階と2階が店舗になっている。元々は典型的な “地元のパン屋さん” で、少なくないとは言え基本的に地元の人間が常連の店だった。

 その後、Webで口コミが広がり、駅からそれほど離れていない事もあって、一時期の、食べ歩きブーム、高級食パンブームの頃には、県外からも鉄道や自動車で訪れる人がいるほど繁盛した。

 今はその頃の勢いは落ち着いているものの、隣接自治体からクルマで訪れる人が絶えない程には繁盛している。

 2階はその全盛期に、1階の店舗に追加で借りて、カフェ風のイートインスペースとしたものだ。これも大成功で、こちらは特に地元在住の学生の下校時間に賑わっている。

 そのイートインスペースで、シャナ達はブランチと洒落込んでいた。

 シャナのトレイの上には大量のチーズデニッシュ、恵華のそれにはやはり同程度の量のメロンパンが、山盛りになっていた。

 その量に、一美は最初、唖然としていた。彼女のトレイにはチーズクロワッサンとクリームパン、チョコがけのドーナツが、幾つかだけ載っている。

「さすが評判なだけのことはあるねぇ……」

 メロンパンのひとつを食べ終えた恵華が、ホットココアをひとすすりしてから、まさに至福と満面の笑顔でそう言った。

 シャナは、時折チラチラと恵華の方に視線を向けるが、こちらもやめられない()められないといった感じでチーズデニッシュをぱくついている。

「川の西側のパン屋さんも良かったし、ここってパン屋さん激戦区?」

「あ、『コハーニャ』にも行ったことがあるんですね」

 恵華の言葉に、一美は、流石に名前は、と、小さめの声で聞こえた。

「うん。あっちはなんか、昔ながらのパン屋さん、って感じだったね」

 こちらも元々はそう言う店だったのだが、恵華やシャナはその事を知らないし、一美もはっきり覚えているほど最近のことでもなかった。

「本当に良い国だよ、ここは……美も、食も、芸術はなんのしがらみもなく評価することができる」

 恵華は、残り2つのメロンパンを口に運ぶ手を止めて、唐突にそう言った。

「え…………?」

 感慨深そうな様子の恵華の言葉に、一美は、一瞬呆気にとられたようにしつつ、小さく聞き返した。

「美味しいものを食べて美味しいと感じる。美しいものを見て美しいと感じる。音楽を聞いて心を安らげる、あるいは弾ませる。でも、それはヒトが文化として生み出し、ヒトの文化に影響するだけに、ただ単純に、それだけでは済まされないことがある」

 恵華は、穏やかに笑いながら話していたが、そのうちに、口元では笑ったまま、段々とその目が真剣なものになっていく。

「食に関して言えば、この国でもかつて、食肉を忌避していた時代があることは、説明するまでもないよね」

「あ、はい……」

 恵華の問いかけるような言葉に、一美は、軽く驚いてしまいつつも、曖昧に返した。

「…………」

 その言葉の意図を測りかねて、シャナは、チーズデニッシュにかじりついたまま、じろりと恵華の方に視線を向けた。

「他にも、宗教なんかを理由にして、特定の食材を食用にすることを禁じている事は多い。それが神聖のモノだとか、逆に不浄なモノだとか言う理由でね」

「…………」

 一美は、戸惑いつつも、恵華の言葉を遮る事はなく、自分も真摯な表情で恵華の言葉を聞いていた。恵華は、一瞬だけ一美の反応を待ってから、続ける。

「いや、それが自分達の所属するコミュニティの中だけのルールだけだったら良い。でも、それは時として、他者を野蛮人だとか、自分達より劣っている存在だと決めつけて、攻撃する材料に使われる」

 そこまで言って、恵華は軽くため息を()いた。

「芸術もそう。かつて美は信仰による支配の道具にされた。歴史に遺すべき貴重な芸術が、権力の維持の為に(つく)られ、そしてその為に破壊されてきた。そしてそれは、決して過去のものになったわけじゃない」

 そこまで言った恵華の表情は、口元では微笑みつつも、どこか寂しそうなものになっていた。

「あの……恵華さんって……結構歳上なんですか?」

 一美は、少し引っかかったところを訊ねる。

「あれ、さっき免許見せたよね?」

「いえ……生年月日までは見なかったですから……」

 恵華が、キョトン、として一美に訊ねると、一美は口元で微かに苦笑しながら返した。

「ああそうか、その程度の年の差だと思われてたのか。まだゴールドになってないし」

 恵華は、納得するように言ってから、

「うん、こう見えるけど割と歳上だよ。君よりはずっとね」

 と、一美に向かって苦笑しながらそう言った。

 その言葉を聞いて、チーズデニッシュをパクついていたシャナが、じろりと恵華を見た。恵華は、歳が離れている事について、一美に対して、「君よりは」、と言ったのだ。「君()よりは」、ではない。

「この国にも昔はタブーもあった。近代に行われた破壊もある。それは事実だ。でも、他からすれば生(ぬる)いと言う程度のものでしかない。芸術に対して恐ろしく寛容な国だよ、ここは……」

 そう言う恵華は、何かを回想するような様子だった。

「あの、失礼ですが、恵華さんは……日本人じゃ……ない……んですよね?」

「今は日本国籍。昔は違ったけどね。いろいろな国を転々としてきた。2つの “モノ” を探してね」

 少々気まずそうに訊ねた一美に対し、恵華は、苦笑ながら軽く笑い飛ばすようにそう言った。

「2つの、 “モノ”?」

「まぁ、それほど大したものじゃないよ。ボク達以外の人にはね」

「そう、ですか……」

 一美は、反射的に鸚鵡返しに聞き返したものの、あっけらかんと笑いながら言う恵華の言葉に、それ以上深く追求はしなかった。

「さて、と、平らげちゃいますか」

 そう言って、恵華は、温くなったココアを一口すすってから、残りのメロンパンに手をつける。

「うーん……この、外側がカリッとして内側がモフモフしている感じ、ザ・メロンパンって感じでたまらないねぇ」

 恵華は、至福そうな表情で、メロンパンを齧り、咀嚼する合間に、そう言った。

 

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