蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第13話 完全なフレイムヘイズと理想のフレイムヘイズ Part.I

「あー美味しかった。これなら毎日でも……あ、でも『コハーニャ』とどっちにするか迷うなぁ」

 『ミレ・ヴィクトワー』でのブランチを終え、シャナと一美、恵華が、その店内から出てきた。

 恵華は、満足そうな様子で言い始め、途中から腕を組んでわざとらしく小首を傾げた。

 一美は、恵華の性格をひと通り見て、穏やかな笑みを浮かべていた。一方、シャナはまだ完全に心を許していないようで、恵華をヤブニラミするようにじーっと視線を向けていた。

「さて、と」

 少し歩く。有名店のある場所ではあるが、少し路地を入り込んだところにある為、そのあたりまで離れると、人通りはそれほど目立たなくなる。

 その、あまり人通りが気にならないところを狙ったかのように、から離れた所で、恵華は一美に近寄った。

「一美」

「えっ?」

 恵華は、一美の名前を呼ぶと、自分の方を見た一美に対し、その顔に向かって左手をかざす。

 すると、一美は急に眠ってしまったように、意識を失った状態になり、ゆっくりと倒れ込む。

「おっと」

 恵華が、崩れかけた一美の身体を受け止めた。

「っ、お前!」

 シャナが、牙を向くような勢いで恵華を睨む。まだ『夜笠』は()()()()ないが、明らかに戦意を持って、恵華に対して身構える。

「待って待って」

 戦闘態勢に入りかけたシャナを、恵華は、一美を抱えていない方の左手で、シャナを制するように手を振った。

「とりあえず、君()とだけ話がしたかったから。 ……一美には、ちょっと悪いことをしたと思うけど」

 恵華は、苦笑しつつも、害意や敵意といったものとは無縁の様子で、シャナに対してそう言った。

 

 

ドォオォォォン……

 旧依田デパート、7階。

「うわっ!」

「マジかよっ!!」

 啓作と栄太が『玻璃壇』に注視していると、この旧依田デパートのミニチュアの最上段で、群青色の爆炎が大爆発を起こした。それは音こそ聞こえなかったが、まるで視覚からその音が感じられるような激しいものだった。

「す……」

「すげぇ……!」

 啓作も栄太も、その光景を呆然と見ていることしかできなかった ──── はずだったが……────

「今、本当にこの上で……マージョリーさんが戦ってるんだよな……」

 啓作は、天井を見上げるようにしながら言う。まだ屋上との間には、8階、9階が挟まっているとは言え、これだけの爆発があれば、多少なりとも音と振動が伝わって来そうなものだが、2人の言葉以外は、不気味な程に静寂が支配している。

「でも……」

「ああ……」

 啓作が、何か懸念を抱えた表情で声を発すると、栄太も、言わずとも理解できている、という様子で返した。

「…………」

「…………」

 2人とも、何か逡巡するように、僅かに沈黙した後、

「俺が見てくる」

 と、啓作が、覚悟を決めた様子の険しい表情で、そう言った。

「田中はここで、『玻璃壇』を見ていてくれ」

「だ、大丈夫なのか?」

 栄太は、啓作の言葉に驚いて、反射的に訊き返す。

「遠くから見に行くだけだ……『玻璃壇』になんかあったら、携帯にかけてくれ」

 啓作は言うが、封絶の中では携帯電話が通じないことを、2人は理解していなかった。

「わ、解った」

 栄太のその返事を聞くと、啓作は、階段に向かって駆け出していた。

 

「イキがってた割には、あっけないわねぇ」

『ヒッヒ、もうちょっと歯ごたえがあると思ったんだがなぁ』

 爆煙が晴れ、傷ついた床面を見下ろしながら、マージョリーとマルコシアスはそう言った。

 しかし、その一瞬後、数発の(アス)(テル)が、マージョリー達の視界の外から撃ち上げられてくる。その1発がトーガを掠め、その部分を削り取っていった。

「くっ……」

 マージョリーは、屈辱を感じたように声を漏らしたが、それも一瞬のこと。

「どうせ殺るんなら、そう来なくちゃねぇ!」

『っハ、まだまだ楽しませて貰うぜ』

 マージョリー達の言葉とともに、再びトーガの分身が、旧依田デパート屋上の上空を占めるように、無数に出現する。

「星よ!」

 悠二は、『トライゴン』を振るい、次から次へと光弾を放って、片っ端から “トーガ” を撃ち砕こうとする。

『落ち着いてください悠二、闇雲に撃っても本物には当たりません!!』

「そんな事、解ってる!」

 ヘカテーが、必死に冷静を取り戻させようとするが、悠二は、そうぶっきらぼうに言っただけだった。

「“嵐の夜に 家の中”」

『“屋根がないから ずぶ濡れよ” っと』

 マージョリーとマルコシアスの(うた)と共に、見上げる悠二の視界の中のトーガの分身が、一気に炎の塊に分解して、悠二に向かって降り注いでくる。

「っ!」

 悠二は、やはり攻性防壁を張って凌ぐ。だが、その上部に直接降り注いでくる炎は防げても、その周囲に降り注いだ炎弾は、群青色の炎が小さな渦を描くようにしながら、攻性防壁の張られていない脇から入り込んでくる。その、火の粉と言うには大きすぎる炎の断片が、悠二の制服を、焦がし、擦れさせ、切り裂いていく。

 

 

「よっ、と」

 恵華は、ベンチに一美を横たわらせた。

 一美とシャナがいた手芸店と、『ミレ・ヴィクトワー』の、ちょうど中間にある、戦国時代の砦跡だと言われる記念公園。

 遊具が置いてある子供の遊び場というよりは、樹木が多く植えられて、落ち着いた雰囲気になっている。

 シャナは、恵華が一美を抱えているため、即行動に移すことができず、その後をついてきた。

「それからっ、と」

 恵華は、右手を振り上げて人差し指をかざし、軽い自在法の波紋を放った。

「軽い認識阻害の自在法をかけた。まぁ、結界って言うより、おまじない程度だけど」

 恵華は、そう言って、シャナの方に視線を向けた。

 シャナはまだ『夜笠』や『贄殿遮那』を()()()()てはいないが、明らかに敵意のある視線で、恵華を睨んでいた。

「そんな怖い顔しなくても大丈夫だよ。ただ、彼女に聞かれたら拙い話をしたかっただけだから」

 恵華が、困ったように苦笑しながら言うと、

『なるほど……』

 と、無言のシャナに代わって、アラストールが声を上げた。

『ならば、(ワレ)の存在を隠しておく意味は無いだろう』

「アラストール……」

 シャナは、少しだけ警戒を緩めつつ、自身の “内なる王” の名前を読んだ。

『それならば、こちらにも聞きたいことは山程ある』

「だろうね」

 アラストールが言うと、恵華はあっけらかんとした様子のまま、苦笑しつつそう言った。

『まず貴様は一体何者だ? フレイムヘイズのように感じられるが、それにしては “内なる王” の気配が小さすぎる。その事も説明するのであろうな?』

 アラストールは、いささか不躾な口調で問い質す。

「ボク? ボクは、 “(スイ)(ジン)()()(グン)(フイ)(ファ)、とでも名乗っておこうか」

 恵華は、刀も持たずに、抜刀術の構えのようなポーズを取って、不敵な笑みでそう言ってから、

「なーんてね、今のところ()()に過ぎないけど。そもそもフレイムヘイズ、()()()みたいなもんだし」

 と、身体を起こして後頭部に上でを回して、気恥ずかしそうに、決まり悪そうに苦笑した。

『その……()()()、というのは、どういう意味だ?』

 アラストールが、呆気にとられた雰囲気を纏いながら問い返す。シャナは、恵華の動きを見て、身構えた姿勢のまま、口をぽかんと開けて目を点にしている。

「それは、ボクの “内なる存在” が、 “王” の格に足らない “徒” だからだよ」

 そう言って、恵華はネックレスで下げていたペンダントを、その鎖に親指をかけて、持ち上げてみせた。それは、嵌っている宝玉の色が深緑である以外、『コキュートス』とまったく同一の意匠だった。

『お久しぶり、 “天壌の劫火”。 “螺旋の風琴” リャナンシーだよ』

『なんだと!?』

 恵華のテンションそのままに、ペンダントからその声が聴こえてくると、アラストールは驚愕の声を上げた。

「知ってるの? アラストール」

『ああ、知っている。シャナ、もう警戒は必要ない』

 アラストールがそう答えると、シャナは、完全に警戒は解かないまでも、身体の緊張を解いて、直立の姿勢になった。

『アラストール、って事は、それが当代の “炎髪灼眼” って事かな? 名前は何ていうの? さっきのは、なんか誤魔化しの名前のように聞こえたけど』

 “螺旋の風琴” リャナンシー、と名乗ったペンダント ──── 準・神器とも言うべき『アケロン』からの声が、アラストールとシャナに問いかける。

「それは……」

『答えて構わない』

 一瞬、躊躇ったシャナに対し、アラストールはそう言って促す。

『敵ではないはずだ。少なくとも今は、な』

 すると、シャナは、視線を改めて恵華の方に向け直す。

「シャナ。それが今の、私の名前」

「シャナ?」

 はっきりと答えたシャナに対し、しかし、恵華は怪訝そうな表情をする。

「シャナ、何ていうのかな? それとも何々シャナ、かな? それに、今の名前、って言うのは?」

 そう、恵華が問いかけた。

「シャナ、だけ……」

「え、そうなんだ」

 シャナがどこか気まずそうに言うと、恵華も少し気まずそうになる。

『様々な事情があってな。元々、この子には名前がなかったのだ。完全なるフレイムヘイズを目指すために、な』

「…………」

『完全なフレイムヘイズ、ね』

 アラストールが説明すると、リャナンシーが、どこか淡白な口調で反芻するように言う。恵華は、どこか胡散臭そうに、シャナ、というより、『コキュートス』に視線を向けていた。

『シャナ、という名前は、この街に来てから付けられたのだ。名前がなくては不便だということでな』

「そっか…………」

 アラストールが説明しきると、恵華は、軽くため息を()くようにしてそう言い、苦笑交じりだが穏やかな表情をシャナに向けた。

『今度はこちらの番だ。なぜ、貴様はこの子と同じ姿をしている』

「そりゃボクの方が聞きたいよ」

 アラストールの質問に、恵華は、苦く笑いながらも笑い飛ばすようにそう言った。

「まぁ、多分たまたまだとは思うけど。世の中には自分そっくりの人間が7人はいるって、この国の諺でも言うだろ?」

『ふむ……』

 恵華が言うが、しかしアラストールは、どこか()()のある言葉を発する。

「それで」

 今度は、シャナの方が恵華()に問いかける。

「お前たちはこの街で、一体何をしているの?」

『“屍拾い” ラミーって、フレイムヘイズなら聞いたことないかな』

 リャナンシーが、逆にシャナに問いかけた。

「ラミー? “屍拾い”? 弱った、消えかけのトーチを集めてるっていう?」

『そう、そのラミー』

 シャナがさらに問い返すと、リャナンシーがそれを肯定した。

『“屍拾い” とは、 “螺旋の風琴” のその行為を表す名前、俗称だ』

 続けて、アラストールが言うが、

「っ!」

 と、それを聞いて、シャナは、いきなり表情を険しくすると、『夜笠』を纏って、身構える。

「えっ? はっ?」

 話の流れからは想定できなかった、いきなりのシャナの豹変に、恵華は困惑して、目を(まる)くしながら、間の抜けた声を出してしまう。

『待つのだ、シャナ』

 アラストールは制止するが、シャナは憤怒の視線を恵華に向けていた。

「この街のトーチには、手は出させないっ!」

 シャナはそう言い、『贄殿遮那』を抜きかける。

 すると、恵華は、バタバタと手を振って、慌てた声を出す。

「わわわっ、解ってる解ってる。大丈夫、この街のトーチには手は出さないよ…… 出せないし」

『そう。この街のトーチは元気が良すぎて、下手に分解すると、周囲に与える影響が大きすぎて、世界の理を捻じ曲げてしまう』

 リャナンシーも、やはり急ぐような口調で、恵華に続けてそう言った。

『ただ、そのトーチが元気な理由……誰がこんな大量のトーチに “存在の力” を補充するっていう、 “ばかげた事” をやったのか、それを知りたかったんだけど……君はその関係者?』

 シャナの取り乱し様から、彼女がこの街のトーチに施された “ばかげた事” に関係していると見てとって、リャナンシーは説明しながら問いかける。

「違う……私じゃない、けど……」

 シャナは、どこか気まずそうに答える。

『すると、この街にいたもう1人のフレイムヘイズの方だね。一度だけ見かけてはいたけど、君とは一緒にいることが多かったりする?』

 リャナンシーが言い、問いかけると、シャナは頷いて肯定する。しかし、その態度からは、先程までの威勢の良さ、力強さが、なくなっていた。

 だが、恵華やリャナンシーは、この時点では、それにあまり気を留めた様子がなかった。

『良かった、これでやっと取っ掛かりができたよ。アテもなく1ヶ所にとどまってフラフラしているのは、できれば避けたかったからね』

 言葉はリャナンシーのものだが、まるで自分が言っているかの様に、恵華は胸をなでおろすように息を吐き出した。

『何?』

 リャナンシーの言葉や恵華の言葉に、アラストールが、どこか穏やかではない声を出した。

『そうか! “弔詞の詠み手” か! あやつら、この状況でもまだお前達を追い回しているのか!』

『そう、しつこくてね。うかつに[外界宿]にも近づけないんで、困ってたんだ』

 アラストールの言葉に、リャナンシーが、困惑混じり呆れ混じりの様子でそう言った。

「アラストール、知っているの?」

 シャナが、自分の胸にぶら下がる『コキュートス』に視線を落として、訊ねる。

『ああ、 “内なる王” は “蹂躙の爪牙” マルコシアス。フレイムヘイズの中でも特別…… “徒” に対して一切の容赦を見せない、戦闘狂だ』

 アラストールは、シャナに対して説明してから、更に続ける。

『しかし、そうだとすると不味いぞ。今、坂井悠二が戦っているこの気配は、 “弔詞の詠み手” が相手と言うことだ』

『サカイユウジ? それがもう1人のフレイムヘイズの名前? でも、フレイムヘイズ同士なら、殺し合いまでには……────』

 アラストールは切迫したような声を出すが、それに対して、リャナンシーはどこか緊張感のない言葉を返す。

『その “内なる王” が問題なのだ』

『あ! そうか!!』

 アラストールが言うと、リャナンシーも気がついて声を上げる。

『すでに知っているようだな。 “蒼水の撃ち手” 坂井悠二。 “内なる王” は “頂の座” だ』

「ソウスイノウチテ、か……」

 アラストールの説明に、恵華がその名前をつぶやく。

『確かに、いくら今はフレイムヘイズでも、 “祭礼の蛇” の眷属の1人、[仮装舞踏会]の “三柱臣” だった彼女を、見逃すとは思えない……』

 深刻な様子で、リャナンシーは言う。

『俄に信じられなかったものだから、そこまで考えが及ばなかった……』

『無理もないな。我も最初は疑ったからな。だが、 “頂の座” は、自身の描く「理想のフレイムヘイズ」足ろうとしているようではあるが』

 愕然とした言葉を出すリャナンシーに、アラストールは、まずリャナンシーにそうフォローを入れてから、更に深刻そうに言う。

『まずいな。放っておくことはできまい。今からでも何か対策を……────』

 だが、シャナは、覇気を失ったかの様に、背を丸めた状態で俯いている。

「大丈夫……」

「え?」

 シャナが、ポツリ、と言った言葉に、恵華がキョトン、としながら、あまり緊張感のない様子で、そう短く聞き返した。

「大丈夫……アイツは、悠二は、もう……────」

 その姿は、先程、リャナンシーの二つ名を聞いて、烈しい憤怒とともに戦闘態勢に入ろうとした人物とは、同一人物とは思えないような、気の抜けた、虚ろなものだった。

「──── 私より、強い……」

 

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