蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第14話 完全なフレイムヘイズと理想のフレイムヘイズ Part.II

「“蛇の巣だと 思って突けば”」

『“ドラゴン出てきて さあ大変”』

 ゴワァッ

 トーガが巨大な炎弾を吐き出す。その圧力と熱で、その周囲の物体もΩ字形に歪んでいく。だが、それが目標に達するその直前で、群青色の炎弾を “明るすぎる水色” の光が侵食し、次の瞬間、その大きさと熱量からは信じられないほどあっさりと、炎弾は砕けて霧散した。

 その、2色の炎の霧が掻き消えるかという寸前、

 しゃりん

(アステル)よ!」

「っ!」

 直前まで、マージョリー達が存在した空間に、5発ほどの光弾が撃ち込まれる。その瞬間にはトーガの姿は、そこよりわずかに離れた場所まで急機動し、躱していた。

「ちっ」

 マージョリーが、忌々し気に口にする。

 光景的には、トーガから繰り出される派手な技が、その場を圧倒しているようにみえるが、実際にはその攻撃手段は殆どが防がれている。その際に飛び散った炎が、徐々に相手にダメージを蓄積させてはいるのだが。

「チンケな技しか持ってない割には、しぶといわね」

 視界が晴れた時、屋上の床の上に、悠二が『トライゴン』を掲げるように構えて、一見、悠然と立っている。ただ、その着ている学生服は、あちこち焼け焦げ、炎の掠めた線が切り裂かれていた。

『……範囲攻撃は止めた方が良いかも知ンねぇな』

 マルコシアスが呟くように言う。

「っと」

 マージョリーの攻撃が途切れたところを見計らったように、悠二がさらに(アス)(テル)をトーガに向かって放ってくる。

 マージョリーはそれを躱すが、危なげなく躱せるのは、それだけ相手の狙いが正確だということだ。

 それに対して、トーガの左腕を上から大きく振り、複数の炎弾を、その腕全体で投げるように放つ。見た目には派手だが、特に大技というわけでもなく、牽制して相手の攻撃のタイミングをずらせる目的のものだった。

「どういう意味よ」

 悠二を牽制してから、マージョリーは不機嫌そうに、マルコシアスに聞き返す。

『これだけ攻撃を受け止め続けるってこたぁ、それだけあっちも “力” を消費しているってことだ。しかもその隙間を狙って撃ち返してきやがる』

「だったら、それこそこっちが有利でしょ」

 マージョリーは、悠二に対して警戒はしつつ、マルコシアスに対してぶっきらぼうにそう返した。

『普通ならな』

 マルコシアスは、静かな、冷静だが深刻そうな声で言う。

『けどよ、あの “ばかげた事” をやったのが、このボーヤだったらどうなるよ?』

「!?」

 それまで、ただ苛立ったようだったマージョリーの様子が変わる。

「消費した “力” を、大量に確保する方法があるっていうの!?」

『プッツンいってぶん回している割に衰える様子が無ぇのも、そうだとしたら合点がいく。このペースだとこっちの方が先にガス欠ンなるぜぇ? 我が音速の(スタ)(ンピー)(ダー)、マージョリー・ドー』

「そうね……それに」

 悠二はそれを見ることができないが、トーガに覆われたその下で、マージョリーは酷薄な笑みを浮かべる。

「それなら、ラミーのクソ野郎をおびき寄せる()にも使えそうね……」

 ゴワァッ

「!?」

 悠二は身構える。

 その数こそ多いものの、単純な炎弾での攻撃が続いたかと思ったら、幾度目かのそれを攻性防壁で払った炎が霧散して視界がひらけたところへ、トーガが至近距離に接近してきていた。

「“少年工哀歌 煤に塗れて”」

『“鉄打つハンマーが 子守唄”』

 マージョリーの(うた)とともに、トーガはその両腕を交互に振り下ろし、悠二を脳天から叩き潰すかの様に殴りつけてくる。

 コンクリートの床に叩きつけられると、そこが放射状に砕け、クレーター状の凹みができる程の威力のものだが、悠二はそれを、ステップを踏むように躱していく。

「“戦場送られ 故郷も焼かれて”」

『“明日の寝床は 小さな棺桶”』

 打撃での連続攻撃の後に、合間を入れずにトーガが巨大な炎弾を口から吐き出す。

「っ!」

 その時、悠二はトーガの連続攻撃により、屋上の塔屋部まで追い込まれてしまっていた。

 咄嗟に攻性防壁を張って受け止めるが、それが至近距離過ぎて、炎弾の炎どころか、自身の生み出した炎の攻性防壁の放つ熱までもが、悠二の身を焦がす。

 ── 自在師同士の戦いで、間合いを詰めて近接攻撃に切り替えてきた? “弔詞の詠み手” が? 敢えて?

 炎が途絶えた瞬間、隙を突くようにしてすり抜けながら、悠二は炎弾の速射をトーガに撃ち込む。

 その他方で、ヘカテーが思考を巡らせ、言葉には出さずに呟く。

 ── 『零時迷子』に気付かれましたか!?

 ヘカテーがそこまで思考を巡らせた時、悠二が牽制目的で放った、精密に狙いをつけていない炎弾が、しかしトーガの右肩に命中した。

「調子に乗ってんじゃ、ないわよっ!」

 トーガが両手を組み、悠二に向き直って、その正面から強烈に叩きつける。

 だが、その瞬間には悠二は靴裏で炎を爆ぜさせ、更に背後へと回避をしていた。靴底を削りながら、『トライゴン』を両手で握って構え直す。

 ── 確かに動きは、以前より良くなっている……シャナとの鍛錬の成果でしょう。

 攻撃特化のマージョリーに対し、並の “徒” ならもう2~3回は致命打を貰っているだろうところを、悠二はそれを防ぎ、躱している。その事自体は、ヘカテーも感心するところだった。

 だが、それこそがヘカテーを憔悴させていた。

 ── ですが、逆上のあまり、()()()()()を失っている……!!

「はぁっ、ひゅぅっ……」

 余裕を持って動けているように見えた悠二だが、連続した激しい連続攻撃から、近接攻撃に切り替えられ、相手の強烈な攻撃に翻弄されて、少しずつ息が上がってきていた。

 ── “蒼水の撃ち手” 坂井悠二の本当の強さは、体捌きでも術の多さでもなく、その冷静な判断力 ────

 

 

 シャナが悠二と出会った頃、悠二は他に師になれるものが傍にいなかったこともあって、フレイムヘイズとして身体能力は向上しているとは言っても、体術、身体を使った格闘術、戦闘術、というものにおいては、多少格闘技に長けた人間、というレベルのものでしかなかった。

 ヘカテーが教え得る自在法の基本的な術式、そこから、さらに編み出した幾つかの技やその運用法を、自身の戦い方の主体としていた。その一方で、体術に関しては、ヘカテー自身は並の “徒” やフレイムヘイズより優れていると自負しているものの、それを悠二に伝える方法が限定される以上、先述のレベル以上となると難しいものがあった。

 “紅世の王” でも実力者だったフリアグネとの戦いの時は、シャナが前面に出て凌ぎ、その後方から攻撃するかたちを取っていた。また、そのシャナが囚われた時は、奪い返す為に搦め手の騙し討ちのような真似をしている。

 しかし悠二は、そのフリアグネとの戦いの後、元々戦闘のスタイル自体が違うとはいえ、多少は不利な点を解消しようと、自身よりも体術に長けたシャナに鍛錬を申し出た。

 最初は、悠二はシャナの繰り出す、その1撃目を見極めきることすらできず、綺麗に入れられてしまっていた。

「無言でいきなりやるとか、反則だろ……」

 そう言って愚痴っていた悠二を、

『やはり貴様は愚かだな。燐子や “徒” が、わざわざ宣言しながら襲いかかってくるとでも思っているのか』

 と、アラストールに窘められてしまうこともあった。

 だが、それは最初の、僅かな間だけのこと。

 悠二はすぐに、シャナの1撃目を躱すようになっていた。

 シャナはそれを見て、攻めの形を変えた。打ち込みの方向を変える、突く、棒ではなく脚での攻撃、その度に悠二は、一度は食らっていたが、多くとも三度は同じ手は通用しなかった。

 そうなるとシャナは、今度は連続して攻撃を入れるようになった。これも最初のうちは、悠二は初手を躱す動きがオーバーリアクション気味だったこともあり、簡単に入れられてしまうことが多かった。

 これは、それまで視界外の警戒をヘカテーのフォローに頼り切っていた、という部分もあった。回避した直後に、シャナがそこにいるということに対して、意識が離れてしまっていた。

 だが、それもやがては、2撃目を躱し、3撃目も躱す様になってきた。もちろん、ヘカテーはこの間は黙っている。

 だが、それは()()()()()黙っているだけだ。深夜に、悠二がヘカテーと体術の事を話し合っているのを、時折呆れたようなヘカテーの言い種と慌てて取り繕う悠二の声と混じりに、聴こえてくることがあった。

 ついに昨日は、 “存在の力” による身体強化を無意識に発動させてしまったとは言え、4撃目まで躱してみせた。

 元々、アラストールや “祭礼の蛇” が類別される、 “神” に次ぐ存在と言えるヘカテーを “内なる王” としているのだから、その程度のポテンシャルを持っているのは、それほど不思議なことではない。

 

 そう、そこまでは理解できた。

 だが、それだけでは説明できない事があった。

 悠二はシャナからそれらを吸収できているのに、対するシャナの方は芳しくなかった。

 やはり、フリアグネとの戦いで自身の弱みを自覚したシャナは、悠二に自在法の修練を頼んだ。

 だが、

「僕なんかがシャナほどの……良いのかな。そんな持ち技がたくさんあるってわけでもないのに」

 と、謙遜していた悠二だったが、シャナが『贄殿遮那』を媒介にしないとロクに炎も出せないと理解しきると、ヘカテーと揃って呆然とした。

 封絶やその内側の復元、トーチの作成、存在の割り込み、と言ったものは、一見高度に見えるが、既にパッケージ化されたコンピューター・ソフトウェアのようなものだ。手順を辿って()()()をすれば、目的の結果を得ることができる。

 あるいは、自動車に例えられるかもしれない。交通手段として理由するだけなら、現代の自動車に使われている高度な排ガス浄化技術や、事故防止装備の機構などを詳しく知っている必要はない。日本では本来自動車教習所で習うはずの4ストローク往復内燃機関の基本構造とその行程さえ、記憶している人間が少ないほどだ。

 もちろん、プロのレースドライバーともなれば、自動車の機械的技術にも無知ではいられないのだが、少なくともエンジニア程の整備技術を持っているわけではない。

 要するに、これらの法は術式の手順を正しく組み立て、それに “存在の力” を流してやることで動く。クルマで言うなら、一般的なドライバーは、適切な点検を受けている事を確認して、ガソリンを入れて、イグニッションスイッチを倒すだけで、運行の体制になる。

 だが、もっと根本的なところに手を入れる ──── 例えば、 “炎弾” は多くの “徒” やフレイムヘイズが使うとされている。使用者の想像力の影響が大きいため、それが “炎の矢” を(かたど)ることも多い。だが、それに貫通力を持たせて目標物に()()()()、その状態で爆散させ、対象をより大きく破壊する ──── このような、まるでダムダム弾のような真似を悠二はやる。

 こうなると、基礎たる “炎” の構成そのものに追加要素が必要なため、他から術式を持ってくるということはできない。自分が発露させる “炎” を認識し、()()()()()必要が出てくる。

 このような “力” の使い方を、シャナは今まで不得手、と言うか、その必要性も考えていなかった。

 だが、フリアグネに侮蔑され、その上一時的に虜にされた事もあって、多少なりとも身につけたいと感じて、悠二に修練を頼んだ。

 ──────── だが。

 シャナの決して上手いとは言えない鍛錬で、確実に身に着けていく悠二。

 それに対して、自分は悠二の辛抱強い指導にもかかわらず、未だに目立った進展も見られない。

 いつしかそれは、絶望や諦観といったものとして、シャナの心の中を支配し、いじけさせていった。

 

『君より強い……──── って、君は “紅世の王” でも絶対的な存在、 “天壌の劫火” アラストールのフレイムヘイズなんだよ? 君より強いフレイムヘイズなんて、そうそう存在しないはずだよ?』

 シャナの呟くような言葉を聞いて、リャナンシーが、戸惑ったように問いかける。

「でも、悠二は私から技術を吸収して強くなっていくのに、私は悠二から何ひとつ吸収できない……」

 背ごと丸めるように俯いたまま、右手で左の上腕をつかむ姿勢で、シャナはボソボソと言う。

「私は、強くなれない……」

「ふぅん……」

 すると、それまで顔の作りに反して、人前で笑みを欠かさなかった恵華の表情が、蔑み、シャナに()(くだ)す視線を向ける。

「で、いつまで()()()()と契約してるつもり? “天壌の劫火”」

「な!?」

 心底呆れ見下しきったような口調で、恵華が端的に言う。それを聞いて、シャナは目を(まる)くしながら、愕然とした表情で恵華に向かって視線を上げる。

「ちょっと思い通りにならないからって、相手の方が先んじてるからって、こんないじけた言葉を出す人間が、リャナンシーも畏れる “炎髪灼眼” に相応しいとは、到底思えない」

『な、なんだと!?』

 恵華の言い種に、アラストールも驚いたように、戸惑い混じりの声を出す。

『恵華、ちょっと言いすぎだよ』

「そう?」

 リャナンシーが嗜めるが、恵華は態度を改めようとしない。

『でもアラストール。私も恵華の言葉を否定出来ないよ……ようやく見つけた、自分と契約できる “器” だからって、少し甘やかしてるんじゃない?』

「私は、甘えてなんかない!」

 アラストールへのリャナンシーの言葉に対し、シャナ自身が反応し、激昂したような声を張り上げた。

「じゃあ、逆に思い上がってるのかな。自分は “炎髪灼眼の討ち手” だって。どのフレイムヘイズよりも優れた、絶対的な存在なんだって」

「言うな……」

 恵華の蔑むような言葉に、シャナは、低く、しかし、相手を威嚇するような唸る声で、言う。

 だが、それに構わず、恵華は続ける。

「天道宮がどんなところか、リャナンシーから聞いた話でしか知らないけど、 “炎髪灼眼” の候補として、それこそ蝶よ花よと育てられたんだろうからね」

「言うな……!」

「それなのに、後進が追いついてきたもんだから、いじけてるんだ」

「言うな! それ以上言ったら……っ!!」

 明らかに挑発の意図が感じられる恵華の言葉に、シャナは、荒く声を張り上げ、『夜笠』から『贄殿遮那』を抜こうとする。

「やる気……? 構わないよ」

 険しく細めた目でシャナを見据える恵華の右手にも、鞘に収まった『平成一刀』が握られていた。

「“天壌の劫火” だろうが “炎髪灼眼の討ち手” だろうが、そんないじけた腑抜けの刃なんか怖くない」

「言うなぁっ!!」

 シャナの髪と瞳が、燃え上がる炎のような紅に染まる。恵華を睨みつけたまま、『夜笠』から『贄殿遮那』を抜き、構える。

 同時に、恵華も携えた『平成一刀』を腰の位置に下げ、抜刀の構えをとる。右手の親指で刀の鍔をチン、と鳴らした。

 

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