蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第15話 完全なフレイムヘイズと理想のフレイムヘイズ Part.III

「すげ……ぇ……」

 敬作は、屋上の塔屋部に身を潜めつつ、その視線の先で繰り広げられている光景に圧倒されていた。思わず声を漏らして呟きながら、ゴクリ、と喉を鳴らす。

 群青色と “明るすぎる水色” の閃光が、もつれ合うように発される。

「けど……マージョリーさんのあの相手……────」

 険しい表情で、自分達と同じ年格好をした、相手のフレイムヘイズを注視する。

 日本人離れ、と言うか、人間離れした髪と瞳の色。

 だが、それらの要素を除いて見ると、その顔つきや身体的特徴は、啓作がよく知っている人物のものだった。

「──── 坂井……?」

 

 

『はいはいはいはい、2人とも落ち着いて』

 一方が燃え上がるような紅い髪と瞳をしている以外、鏡に写したようにそっくりな2人が、各々戦闘態勢の構えで緊迫した空気を作り出しているところへ、呆れたような声がそれに入った。

『恵華、いい加減にしなよ。変に煽らない』

 リャナンシーの声に、恵華は一瞬、おどけたような表情になって軽く舌を出しながら、抜刀の構えを(ほど)く。が、まだ『平成一刀』から利き手は離さない。

『シャナ、って呼んで良いんだよね?』

 未だ、敵意を持った視線で恵華を睨んだまま、『贄殿遮那』を構えているシャナに対して、リャナンシーが声をかける。

 シャナは答えず、構えを解こうともしないが、自分から仕掛けることもなく、ただ沈黙している。

 僅かに間をおいて、リャナンシーは、シャナの沈黙を行程と判断して、続ける。

『シャナ、君はそれを確かめたの?』

「確かめる……?」

 リャナンシーの問いかけに対して、シャナは、一瞬理解ができないと言った様子で鸚鵡返しにする。表情の険が少し緩んだ。

『例えば……その、 “蒼水の討ち手” から、直接言われたの? 自分は君より強い、もう君の助けは必要としていない、って』

「それは…………」

 リャナンシーの言葉に、シャナは口籠る。

『言われてないんだよね?』

 リャナンシーが更にそう言うと、シャナは視線を伏せながら、軽く頷いた。

「リャナンシーが今まで知らなかったぐらいだから、その彼はまだ、フレイムヘイズになって日が浅いんだろう?」

 恵華は、はっきりとした口調ながら、少し穏やかな様子になって言う。『平成一刀』の柄から利き手を離し、その片手を腰に当てる。

 シャナが無言で頷くと、恵華がさらに続ける。

「だから、必死さが違うんだよ。強くなりたいって言うね」

『動機がどうあれ、討滅者となった以上、少なからずそう思うはずだ』

「…………っ」

 恵華に続いて、リャナンシーが言う。シャナは奥歯を食いしめた。

『そして、それは自分の弱さへの裏返しでもある。早く強くなりたい、一人前になりたい、っていうね。一種の強迫観念と言ってもいいかな』

「そうよ…………」

 リャナンシーの言葉に、視線を深く伏せたままのシャナが、ボソリ、と声に出した。それを聞いて、恵華が、おやっ、と言うような表情をシャナに向ける。

 ── 見てきたじゃない、私は、同じフレイムヘイズとして!

 平和で豊かなこの国で、ごくありふれた人間として育ち、おそらくは突然に “この世の本当の事” を突きつけられて ──── 嘆き挫けるのではなく、その理不尽と戦う事を、 “王” とともに決断し、フレイムヘイズになった少年。 ──── 唯、自分が生きてきた、そして生きていくはずだった “世界” を守る為に。

「アイツは! 悠二は必死なのよ! ただの復讐者じゃない、 “守護者たるフレイムヘイズ” なんだから! まだ、失うものがあるんだから!!」

 シャナの言葉は、本人も無意識のうちに、荒いものになり、最後には絶叫のようになっていた。

 ── 私も、ああなりたいとすら思った。

 だから、名を求めた。形は違うだろうけれど、 “世界” を求めた。自分にもあったから。それまでよりももっと強くなりたいという気持ちが、負けたくないという気概が。

 ── なのに。

 それが少し上手くいかなかったと言うだけで、或いは、 “完全なフレイムヘイズ” となるべく育て上げられた自分が、まだ人としての感情を歪むこともなく残したままの後進に教えを請うということに対する余計なプライドで。癇癪を起こして、相手を拒絶して、現実から目を背けて……

 ── みっともない。何が “完全なフレイムヘイズ” よ。アラストールと契約できるっていうだけの、()()() “器”。文字通りの()()の方が、まだ存在意義がある。

 俯いたまま、シャナは、ゆっくりと、『贄殿遮那』を『夜笠』に収めた。 “炎髪灼眼” も、元の、恵華とよく似た、アジア人らしい黒髪と黒い瞳に戻る。

「……どう、するのかな」

 恵華も『平成一刀』を()()する。そして、シャナに穏やかな表情を向けて、問いかける。

「私は、まだ強くなれる?」

 視線は伏せたまま、シャナは問いかけるように言う。

『君に、その気持ちがまだあるんなら』

 リャナンシーの言葉が答え、恵華が穏やかな苦笑を浮かべる。

「でも、ちょっと……時間を取りすぎたかな」

『ああ……』

 恵華の言葉に、アラストールが低い声で(こた)えた。

「────っ!!」

 シャナは、はっと目を見開いて、振り返って見上げ、視線を向ける。

 その先に、旧依田デパートがあった。

「悠二!!」

 

 

「くっ…………」

 煤け、ボロボロになった学生服姿で、悠二は肩で息をしながら、なんとか立っていた。

 力を使い果たしているわけではないが、身体が、関節がギシギシと軋む。

「流石に限界のようね」

 マージョリーの声が言う。

「褒めてあげる。まだ、立っているだけでも大したものよ」

『ああ、これ以上粘られっと、こっちもガス欠が見え始めているしな』

 妙に楽しそうなマージョリーの言葉に対し、マルコシアスが彼にしては落ち着いた口調で言う。

「理由までは解らないけど、アンタには利用価値があるみたいだし、これ以上は見逃したげるわ。しばらく動けないように、一撃入れさせてもらうけど」

 マージョリーが酷薄そうに言う。

「…………っ」

 悠二の表情が、屈辱に歪む。

 ──無念を晴らせないどころか、利用されるっていうのか、僕は……

 マージョリーに対する鬱屈、憤怒が、悠二の胸中で渦巻く。だが、その意思に対して、身体がついてこれそうにない。

 ──ヘカテーの制止を無視して、イライラに任せて突っかかっていった結果がこれか……

『ヒャッハ、そんな顔すんなよ、ボーヤ。それなりにだけど、久しぶりに楽しめたぜぇ』

 マルコシアスが、どこか小馬鹿にしたように、そう言った。

 その間にも、マージョリーはトーガを纏ったまま、術を展開していく。

 トーガを取り巻くように、群青色の炎で編まれた、複数の剣が出現する。

「“日月火水木金土”」

『“誕婚病葬 生き急ぎ”』

 キィィィン……

「っ……」

 悠二は攻性防壁を展開しようとしたが、出現した剣は直接悠二に向かわず、周囲を取り囲むように、床に突き刺さって直立した。

「!?」

 悠二は一瞬戸惑う。まるで牢獄の中に閉じ込められたようになっている。

「“ソロモン グランディ”」

『“はい、それまで” ────』

 ひときわ大きく膨れ上がったトーガが、その口を悠二に向かって開いた時。

「待ってください、マージョリーさん!!」

 塔屋部から、何者かが飛び出してきて、トーガと悠二の間に割り込んでこようとする。

「佐藤……!?」

 悠二は、それに気を取られるが、一瞬後、軋む身体に強引に指令し、『トライゴン』を振るう。(アス)(テル)が悠二を取り囲んでいる剣の1本を砕く。悠二は啓作の方に少しでも近づこうと、もがくように動いた。トーガの口から、群青色の炎の塊が吐き出されようとしている寸前だった。

「却焔の緞帳」

 悠二は、ギリギリのところで『トライゴン』を屋上の床に突き立て、自分から啓作までも覆うように、攻性防壁を展開する。

『──── “よっ”、と』

 ゴワァアァァッ

 トーガから、群青色の炎の濁流が吐き出される。

「ケーサク!?」

 その瞬間、マージョリーも、視界の中に啓作がいることに気付く。しかし直後、攻性防壁に阻まれた炎の濁流の広がりに、それは遮られてしまう。

 群青色と “明るすぎる水色” 、2つの炎がぶつかりあい、群青色の炎の濁流を “明るすぎる水色” の炎が侵食し、お互い絡み合い、爆ぜる光が巻き散らかされる。

『チャンスです! 視界が遮られている間に、流されるようにして封絶の外に離脱してください!』

 ヘカテーが声を張り上げて言った。

「で、でも!」

 反射的にうずくまっている啓作にチラリと視線を向けつつ、悠二は躊躇う声を出す。

『“弔詞の詠み手” と言えど、生身の人間には手はかけないはずです! 記憶を消すなりして対処するはずです』

 ヘカテーは、悠二の言葉を遮るように、強い口調でそう言った。

「っく、 ────」

 悠二は、攻性防壁にぶつかってくる炎の濁流が弱まってきたところを見計らうと、啓作の前にだけ攻性防壁を残し、わざと炎の流れに圧されるようにして、自身の背後へと足から飛び去っていった。

 

 

『大丈夫、まだ生きてるよ』

 リャナンシーが言った。

「なんか、まぁ、後でものすごーく面倒なことになりそうだけど」

 恵華が苦笑しながら言う。

『「零時迷子」に気付かれたか』

『……………………ちょっと待って、 “天壌の劫火”。今なんて言った?』

 アラストールは深刻そうに言ったのだが、それに対して、リャナンシーが、半オクターブ程低くした声で問い質す

『……はっ!? お前達も気付いていたわけではないのか!?』

 アラストールは、失言に慌てて声を出す。

『そりゃぁ、こんな “ばかげた事” をやるくらいだから、何らかしらの、人やトーチを大量に喰わないで “存在の力” を得る方法があるんだとは思ってたけど、まさか「零時迷子」とはね……』

 リャナンシーは、興奮したあまりに返って淡々としてしまったような口調で、そう言った。

『ぐぬぬ……』

 アラストールが呻くような声を出す。

「…………悠二が……私の、せいで……」

 シャナは、深刻そうな表情で俯き、呟くように言った。

『お陰で私達は、ひとまずは助かったけどね』

 リャナンシーが、どこか宥めるようにそう言った。

「まー、生きてるんだ。 “炎髪灼眼の討ち手” の君がいじけるほど強いっていうんなら、この先はどうにでもなるさ」

 恵華も、苦笑しつつ、シャナが鬱々としないように、敢えて軽い口調で言った。

「…………」

 しかしシャナは、俯いたまま気落ちしたようにしている。

『…………ひとつ聞いておきたい。そうでもしないと “頂の座” に合わせる顔がないからな』

 シャナの行動、それにうっかりと、広言すべきでないことを漏らしてしまったアラストールは、決まり悪そうにしつつ、恵華とリャナンシーに問いかける。

「何?」

 聞き返したのは恵華の方だったが、

『いや…… “螺旋の風琴”、なぜ “王” の格に足らぬお前が、フレイムヘイズの “内なる存在” になっている?』

 と、アラストールは訊ねた。

『えっと……それは……』

 それに対して、リャナンシーは最初、言いにくそうにする。

『………… “強制契約”』

『なに……だとすると、 “探耽求究” か?』

 リャナンシーの答えに、アラストールは少し動揺した様子を感じさせつつも、低い声で更に問い質す。

『……そう』

 リャナンシーは、どこか淡々としたように答えてから、更に続ける。

『だけど、教授の酔狂だけじゃない。[仮装舞踏会]が噛んでる』

『何!?』

 リャナンシーの言葉に、アラストールはらしくなく、素っ頓狂な声を出した。

『“頂の座” はそのようなことは言っていなかったぞ。むしろ、 “探耽求究” が再び “強制契約” を実行しないかどうか、気にかけていたぐらいだ』

『あそこも常に一枚岩ってわけじゃないからね……』

 どこか他人事の様に、リャナンシーが言う。

『“頂の座” は教授に思い入れがあるだろうけど、 “逆理の裁者” なら、目的があれば欺くだろうさ』

『むぅ……確かに、有り得る話だ』

 アラストールは気まずそうに唸るような声を出しつつ、肯定する言葉を発した。

『その目的っていうのははっきりしていないんだけど、恵華の器としての素質が高かったのと、後は恵華が合意してくれたから、咄嗟に私が補完する術式を組んで、こう言うかたちになったわけ』

「あとは隙を見て、なんとか脱出するだけで精一杯だった。あのときは文字通りの丸腰だったし……」

『“星黎殿” からか』

 リャナンシーに続いて、恵華が苦笑しながら説明すると、アラストールが聞き返す。

「そう言うことになるのかな……」

『なんか教授と “壊刃” が騒ぎを起こしててね……もっとも、そっちに構ってる余裕はなかったし、 “星黎殿” の位置の記録もできなかったけど』

 今度は恵華が答え、リャナンシーが付け加えた。

『それは止むを得ぬな……生命があっただけでも儲けものだ』

 アラストールは低い声でそう言った。

「そう言うわけだから、一応フレイムヘイズっぽいこともやってる。まぁ、[仮装舞踏会]から目をつけられちゃ、そうするしかないからね……」

 恵華がそう言って、何も困っていないような苦笑をする。

『大変だな……』

 珍しく、気遣うようにアラストールが言った。

「うん、まぁ、目的があるからね、ボクも、リャナンシーも」

 恵華は苦笑したまま、妙に照れくさそうな様子でそう言った。

『“螺旋の風琴” の目的は知っているが……お前は何か目的があるのか?』

「んー? とるに足らないことだよ。少なくとも、リャナンシーのそれに比べたらね」

 アラストールに問いかけられて、恵華は笑いながらはぐらかした。

『そーかなー……』

 リャナンシーが、妙に棒読みっぽい抑揚で一言言う。

「さてと」

 恵華は、ちろっと小さく舌なめずりをして、一美の方に視線を向けた。

「そろそろ、眠り姫を起こそうか」

 

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