蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第16話 完全なフレイムヘイズと理想のフレイムヘイズ Part.IV

「それで……」

 トーガを解いて、『グリモア』を背負ったマージョリーが、苛立ったように啓作に視線を向けて、問い質す。

「どういうことなのか、説明してくれるんでしょーね」

 旧依田デパート屋上。

 敬作は叱られた子供のように縮こまっている。隣に、栄太も駆けつけてきていた。

「すいません、その前に……相手のフレイムヘイズ、死んだんですか?」

 啓作がおずおずと、右手を上げるようにしながら問いかける。

 すると、マージョリーは「はんっ」と鼻を鳴らしてから、

「あの程度で跡形もなくなっちゃう相手なら、あんなに梃子摺ってないわよ」

 と、あからさまに不快そうにそう答えた。

「で、そっちの言い分は?」

 マージョリーが、改めて啓作に問いかける。

「実は……────」

 

 

「今日はいいところ案内してくれてありがとう」

 国道沿いの手芸店、その隣りにある有料駐車場の前まで来たところで、散開することになり、恵華は一美とシャナに向かってそう言った。

「いえ……すみません、こちらこそなんか、迷惑かけてしまったみたいで……」

 一美は、申し訳無さそうにそう言った。意識を失って、気がついたときに記念公園のベンチに横になっていた事に、一美は自身がよく起こす貧血によるものと思いこんでいた。

「いや、……まぁ、うん、気にしなくていいよ」

 恵華は、真実を説明するわけにもいかず、苦笑しながらそう言って誤魔化した。

「それじゃあ、また、縁があったら」

「あ、はい」

 恵華がそう言うと、一美は反射的な返事をした。シャナは、じっと恵華を見ている。

 恵華は、駐車場の精算機を操作する。K(カネボウ)E(エレクトリック)D(デバイス)製のスマートフォンで『Budding Pay』という決済サービスのアプリを立ち上げ、精算機の電子読み取り機にかざす。濃いピンク色のスマホと、精算機との両方から、決済完了の音声が発された。

 スマホを、画面を消灯させてポケットにしまい、精算機から吐き出された領収書を取ると、恵華は、駐車場の奥の方のパーティションに駐めてあるドミンゴの運転席に乗り込んだ。抱えていた、メロンパンの詰まった紙袋を、助手席に下ろす。

「あれで、クルマ運転できるんだ……って」

 一美は、運転席に乗り込む恵華を見ながら、半ば無意識に呟いてしまい、

「って、免許持ってるんだから当たり前か……」

 と、シャナが一美の方を見ているわけでもないのに、一美は恥ずかしそうに視線を外しながら、誤魔化すように小声で言った。

 一美達がそうしている間にも、恵華は、エンジンを始動させると、シートベルトを締める。マニュアルトランスミッションを1速に入れる、ゴンッとする音がする。

 恵華は、ドミンゴをゆっくりと駐車場の通路まで出してくる。そこで一美とシャナが並んで自分を待っているのを見つけて、運転席の窓を開けた。

「ありがとう。それじゃあね」

「あ、はい……」

 恵華は、苦笑しながら挨拶をすると、一美の返事を待ってから、パワーウィンドゥを閉めつつ、そろっとドミンゴを発進させる。左ウィンカを出すと、一瞬運転席側のドアミラーで一美とシャナの姿を確認してから、反対側のミラーを確認しつつ、国道へと走り出す。

「リャナンシー」

 視線は前を向いたまま、胸に下がった『アケロン』に話しかける。

「もし再戦か、それかあの、シャナが “弔詞の詠み手” と戦うようなら、加勢しに行くよ」

 先程までの、一美と話していた時のフレンドリーさは消え、険しさを感じさせるような引き締まった表情で、言う。

『解ってる。多少の消耗は覚悟しとくよ』

 リャナンシーも、真剣そうな声で答えてから、

『でも、恵華、わざわざあそこまで気にかけるってことは、ひょっとして?』

 と、問いかけた。

「解らない。フレイムヘイズって可能性はあまり考えてなかったし」

 恵華は、真剣な表情のまま、そう答えた。

『でも、あれだけそっくりってことは、彼女は恵華の ──────……』

「それは、この際今はどうでもいいよ」

 少し拘るように言うリャナンシーに対し、恵華はさっぱりと言う。

「彼女の事もほっとけないし、いい機会だからこの際、決着つける」

『了解』

 

 

 ── あの人、やっぱり近衛さんとなにか関係があるのかな……

 一美は、チラチラとシャナを見ながら、彼女と並んで歩く。

 すると、不意にシャナが歩みを止めた。

「近衛さん?」

「私もここで」

 気付いた一美が、シャナの方を向いてそう言うと、シャナはニュートラルな表情でそう言った。

 それでも顔のつくりのせいか、何処か険を感じてしまう……と、そこで、ここまでそっくりな顔をしていながら、飄々とした様子で ── 悪い言い方かもしれないが、ヘラヘラした様子の恵華と比べてしまい、

 ── 表情次第でここまでイメージが変わるんだなぁ……

 と、思ってしまった。

「それじゃ」

 立ち去りかけたシャナに対して、

「あ、あの!」

 と、一美は声をかけた。

「何?」

「きょ、今日は付き合ってくれてありがとう」

 シャナが、別に本人は怒っているわけでもなく、素で短く聞き返すと、一美は、照れたような様子で、今日の礼を告げた。

「そう」

 シャナは、素っ気なくそう言って、踵を返しかけたが、気がついたようにはっとして、一美に視線を向け直す。

「私も……一美が誘って、連れ出してくれなかったら、手遅れになっていたかも知れないから……」

 照れたように仄かに赤面しながら、シャナはそう言った。

「え、あの」

「さよなら」

 一美は、一瞬、その言葉の意味を理解しきれずに、軽く戸惑ってしまう。しかしシャナは、それを気にしないかのように、

「また、学校で」

 と、言った。

「あ、うん」

 反射的に一美がそう言うと、シャナは走ってその場から去って行った。

「…………多分、良かったんだよね」

 一美は、戸惑って立ち尽くしかけたが、そう呟いて、口元で微かに笑った。

 

 

「…………」

 悠二は、()()()()()()()まで帰り着いたものの、軽合金の門扉に手をかけたところで、躊躇して止まる。軽くため息を()いて、自身の格好を見回した。

「母さんにどう説明すればいいかな、これ……」

 朝、学校へと出発した時の学ラン姿だが、マージョリーとの戦闘で、あちこち焦げたり擦り切れたりしてボロボロになっている。

『服を修復する程度なら些細なことではありますが、午前零時までは可能な限り “力” を温存しておきたいところです』

「そうなんだよね……」

 ヘカテーの言葉に、悠二は脱力したような表情になる。

『“弔詞の詠み手” の方も、それなり以上には消耗しているでしょうから、今日は仕掛けてこないとは思いますが』

 ヘカテーはそう言うものの、それはなにかの保証があるわけではない。

「転んだとか言って……納得してくれるかな?」

 悠二は、困った表情で、ヘカテーに、と言うよりは、誰にともなくといった感じで口にする。

 しかしヘカテーは、彼女もやはりどこか困惑したような口調で、言う。

『千草ですからね……笑って気にしないか、深く追求してくるか、どちらの可能性も否定できません』

「うん……」

 悠二は、僅かな間だけ逡巡したようにしてから、覚悟を決めたようにすっと息を吸い込んで、坂井家の敷地内に歩みを進めた。

『坂井悠二』

 悠二が玄関に辿り着く前に、聞き覚えのある低い声が聞こえてきた。

「アラストール? シャナ、いるのか?」

 悠二が、その声のした方を振り返って問いかけると、庭先の植え込みの影から、おずおずとした様子で、シャナが出てきた。

「それ……負け、たのよね…………?」

「え?」

 シャナは、気まずそうな態度で、伏せがちの顔から、ちらちらと上目遣いに悠二を見てくる。シャナの問いかけに対して、悠二は、反射的に、短く聞き返してしまう。

「あ、ああ……うん」

 悠二は、まずは肯定の言葉を口に出してから、シャナが纏っている気まずそうな雰囲気と、自分の負い目みたいなものとを、そろって誤魔化すように、苦笑して明るい声を出す。

「見事に負けた。最近調子に乗ってたからかな。丁度いい経験になったよ」

 すると、シャナが、

「…………その……ごめんなさい」

 と、悠二にとっては唐突に、謝罪の言葉を口にした。

「……別に、シャナが謝る事じゃないと思うけど」

 悠二は、シャナが謝ってくる理由が解らず、単に思ったままに口に出した。

『そうです。今回の結果の原因はすべて悠二本人にあります』

 悠二に続いて、ヘカテーが、淡々とした口調でそう言い切った。

「ちょ、ヘカテー!」

 ヘカテーの言い方に、悠二は、ぞんざいに扱われたように感じて、オーバーリアクション気味のポーズになりながら、抗議の声を上げる。

『事実でしょう?』

 ヘカテーは、バッサリとそう言った。

「私は……────」

 悠二がヘカテーと掛け合い漫才になりかけたところで、シャナが、最初は低く、しかしはっきりとした声で言い始める。

「──── 悠二が強くなっていく事に嫉妬して……今、私より強いフレイムヘイズはいるだろうけど……悠二に追いつかれるとは思ってなくて……」

 シャナの言葉は徐々にテンションが上ってくる。その内容に、悠二は目を(まる)くしてシャナを凝視してしまう。

「その事が認められなくて! 勝手にいじけて! 癇癪まで起こして! 挙げ句自分が一番大事にしてきた、フレイムヘイズの “使命” まで投げ出して、悠二に押し付けて!!」

 悲痛な様子で叫ぶようなシャナに、驚いた表情をしていた悠二は、姿勢を直すと、穏やかな表情になる。

「別に押し付けられたって思ってないよ。これは、僕の意思で挑んだ戦いだから」

『うむ』

 悠二の言葉に、アラストールが頷くかのように声を出した。

『道を外したフレイムヘイズを正すのもまたフレイムヘイズの使命。己の感情と攻撃性に任せて、この街で外道を起こしかけた “弔詞の詠み手” と、貴様達が対決したのは、確かに当然と言えよう』

「いやまぁ、そこまで大層なことは考えていなかったんだけど……」

 アラストールになんだか壮大な事を言われた気がして、悠二は、気恥ずかしそうに、頭を掻く仕種をしながらそう言って、苦笑した。

『だが、シャナ、この子もまた、その役割を負って然るべき者。それを怠った事実に変わりはない。無論、それを黙認した我の責任でもある』

『気付いていたのですか、 “天壌の劫火”』

 アラストールの言葉を聞き、悠二もその事に気がついて、ハッとした表情になりかけた時、先んじてヘカテーが問いかけた。

『何者かと、フレイムヘイズと戦っているということはな。だが、 “蒼水の撃ち手” 坂井悠二は、とうに並の “徒” 程度の実力は凌いでいるし、仮に負けたところで、いい経験になると思ったのだ。よもや相手が “弔詞の詠み手” だとは思っていなかった』

 アラストールは、動揺の様子はないが、どこか言い訳じみたようにそう言った。

『最初からそうだと解っていれば、無理にでも向かわせていた』

「…………、アラストールがそこまで言うほど凄いんだ、 “弔詞の詠み手” って……」

 悠二は、まだ少し疑問に思ったことがあったが、それは敢えて飲み込んで、そう言った。 “真正の魔神” たるアラストールが明言せずにはぐらかしているということは、何か重大な理由があるからだ。そしてその理由にもだいたい心当たりがついていた。ヘカテーもその事に気付いているから、あえて更に追求しないのだと理解した。

『うむ。自在師としては極端に攻撃に特化した戦闘狂、しかも “徒” に対して異常なほどの敵意を持っている。同じフレイムヘイズと言っても貴様には危険な存在だ。 “内なる王” が “頂の座” とあっては、本気で殺しにかかってもおかしくはない』

「本人がそう言ってたよ」

 アラストールの言葉に、悠二は少し気まずそうに言う。

「でも、僕には利用価値があるから、って、見逃されたんだ」

『「零時迷子」に気付かれたか』

 悠二の説明に、アラストールが言う。

『実際に、悠二が持っている特異性がそれだとは気付かれていないようですが』

「けど、僕の存在が “屍拾い” ラミーって “徒” をおびき寄せるのに使える、とは言ってた」

 ヘカテーの推測の言葉に続いて、悠二が説明した。

『なるほどな』

 アラストールは納得した声を出す。

『“屍拾い” ラミー、(まこと)の名を “螺旋の風琴” リャナンシーと言う。もっとも、彼の者に関しては、 “頂の座” の方が詳しかろう』

『はい。彼女はとある目的のために、大量の “存在の力” を欲しています』

 アラストールの言葉を受ける形で、ヘカテーがそう説明し始める。

「それって、 ……かなり大胆な事を考えているって事?」

 “棺の織手” やフリアグネの事を思い浮かべ、少し戦慄した様子で、俄に険しくなる表情から、視線を右手の『ニーベルンゲン』に向ける。

『大胆な事であることは確かですが、それがこの世界、宇宙も含めたそれに対して与える影響は、おそらくとるに足らない事だと考えて構わないと思います。もちろん、 “螺旋の風琴” 自身にとっては、重要なことですが……』

「うーん……そうなんだ……」

 悠二は、返事をするものの、どこか納得のいかない様子になる。

『より具体的な説明は後ほどします。確かに、悠二の懸念しているレベルの危険性はあるものですから。 “螺旋の風琴” がどうというよりは、模倣犯が出ると』

「なるほど、まぁ、解ったよ」

 歯切れの悪い言い方をするヘカテーに、悠二も言葉通りに納得してはいない様子で、とりあえずはそう言った。

『はい。それで、彼女はそれを成し遂げるための “存在の力” を、既に他者から認識されていないような、消滅寸前の弱ったトーチを摘むことで、少しずつ、少しずつ、集めてきました』

「どうして? 放蕩して一気に喰らった方が、早いんじゃ……」

 ヘカテーの説明に、悠二は、今度は純粋に疑問を口にする。

『悠二、 “棺の織手” や “狩人” は、どうなりましたか?』

「あっ!」

 ヘカテーに言われて、悠二は声を上げる。

「うまくいったとしても、その後でフレイムヘイズに討滅されて終わり……」

『はい。勿論、彼女が “この世” に執着するが故に、理を大きく曲げることを望まない、という事もありますが』

 悠二が得た答えに、ヘカテーが付け加えて説明した。

「なるほど……ヘカテーがあの時言ってたのがそう言うことなのか。それを ──── それなのに、 “弔詞の詠み手” は討滅しようとして、しつこく追い回しているって事か」

『はい。私がその事を知ったのが、悠二と契約するより遥かに前のことですから、かなりのしつこさですね』

「感心するんだか暇人なんだか」

 悠二は、腕組みをしながら、呆れたように口を左右に伸ばす。

 しかし、すぐにハッと気がつく。

「それで、僕を使っておびき寄せる……──── か」

『トーチに “存在の力” を分け与えるという、お人好しで、しかもその行為を可能にする存在だからな』

 悠二の言葉に、アラストールが肯定してそう言った。

「確かにそうかもしれないけど……それを知ったら、ますます利用される、なんてことはできないよ」

『はい、勿論です』

 悠二が、意思を固めるように、少し険しい表情で言うと、ヘカテーがそれを肯定する。

「もし戦う時があれば、私も行く」

 シャナが、真摯な表情を悠二に向けて、そう言った。

「いいの?」

「アラストールが言ったでしょう、これもフレイムヘイズの “使命” だって」

 悠二が意外そうな表情で聞き返すと、シャナはそう答えた。

「それと……」

 そこからは急に、おずおずとした様子になりつつも、視線を悠二から離さないようにしながら、言う。

「その……また、自在法の修練、してもらってもいいかしら……」

「…………」

 シャナの言葉と態度に、悠二は、一瞬、軽く驚いて目を真ん円くしてキョトン、としたが、

「うん、解った」

 と、穏やかな笑顔でそう言った。

「あ……でも、明日の夜からでいいかな? 今日はちょっと、零時になるまでは……辛い」

「あ、う、うん、解った」

 悠二が申し訳無さそうに言うと、シャナは慌てたように返事をして、頷いた。

「それじゃあ、もし来るんなら、夜に」

「うん」

 悠二は、そう言って、シャナの返事を待ってから、玄関の扉の方に向かおうとした。

『すまぬ、もうひとつ、 “頂の座” に伝えておかなければならぬことがある』

「えっ?」

『私に、ですか?』

 悠二が反射的に『コキュートス』に視線を向け、ヘカテーが意外そうに聞き返した。

『お前の祈りは届かなかったようだ……』

『それは、どういう……』

 戸惑いながら、意味を問おうとするヘカテーの言葉を遮るように、アラストールが重苦しい言葉を発する。

『“強制契約” が行われた。 “探耽求究” の手によって、な』

「っ!!」

 ヘカテーの言葉を代弁するかのように、悠二が戦慄したように表情を引きつらせる。

『そう……ですか……』

 ヘカテーの口調は、すすり泣きを連想させるような、悲壮なものだった。

『おじさま…………っ』

 

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