『情けないところをお見せしました……』
ヘカテーが、珍しく決まり悪そうな口調でそう言った。
「いや、別にそうは思ってないよ」
坂井家の
「ヘカテーにとっては、大事な人なんだろ?」
『はい……』
悠二の慰める言葉に、しかし、ヘカテーは弱ったような口調のまま、言う。
『“
「ふぅん……」
それを聞いた悠二の脳裏に思い浮かんだのは、スーツの上からくたびれた白衣を着た、理科教師の松野の姿だった。
『私が以前所持していた笛を改造していただいたり、開発した宝具を見せていただいたり……異性を意識したものではありませんでしたが、気の許せる数少ない相手の1人でした……』
「そうなんだ」
ヘカテーの言葉に対して、悠二は、とりあえずの返事をしてから、
「って……[仮装舞踏会]の中って、ヘカテーにはそう言う相手、そんなにいなかったの?」
と、聞き返した。
『そうですね……以前説明しました通り、組織と言っても、 “紅世の徒” はもともと群れることに適していませんから……』
ヘカテーは、弱ったような口調のまま、説明する。
「ああ……うん、それは以前も聞いたけど…… “三柱臣” 同士なんかは仲が良かったんじゃないの?」
悠二は、『ニーベルンゲン』に視線を向けて、そう問いかける。
『はい…… “逆理の裁者” とは意見がぶつかる事が少なくありませんでしたし、 “千変” は “星黎殿” に居着かず放蕩している事が多くて……中には “嵐蹄” のような、実直な……この国のサラリーマン然とした者もいますが……────』
「プッ」
“嵐蹄” の説明を聞いたところで、悠二は思わず吹き出してしまった。
「ごめん、思わず……」
悠二は、まず謝罪の言葉を口にする。
「でも、確かにそれじゃ気が休まる感じがしないな……」
『そうですね……積極的に仲が悪いと言う程ではなくても、盟主からの “大命” の成就という目的もあって、緊張が解けなかったのは事実です』
悠二の言葉に、ヘカテーが答えるが、悠二はそこで、ハッと気がつく。
「ヘカテー」
『悠二、その心配は不要です』
悠二が口にしようとした事に気がついて、ヘカテーが先にそう言う。
『今の私は、フレイムヘイズ “蒼水の撃ち手” 坂井悠二の “内なる王” 。それを
ヘカテーは、いつもの淡々とした口調に戻り、そう言い切った。
「…………」
悠二は、まだ気にかかるところがあったが、口にだすことは止めた。
僅かな間沈黙が流れる。悠二は、少し気まずそうな心地になった。
「あ、そ、そう言えばさ……」
その雰囲気を打ち破ろうとするかのように、悠二は声を出す。
「ヘカテーやアラストールの言葉だと、なんかリャナンシーって、討滅の必要がない、って言うより、
『その通りです』
悠二が怪訝そうに訊くと、ヘカテーが答える。
『先程説明しました通り、 “螺旋の風琴” は莫大な “存在の力” を欲し、その為に、長い年月をかけて採取してきました。現在は、既にかなりの量を保持しています。その本人が討たれれば、その “存在の力” は、制御を失って漂うことになります。そうなれば ────』
「そうか! そうなったら、他の “徒” に目をつけられるか、何らかの衝撃で暴発するか……どっちにしても、照準の狂ったミサイルのようなものか……!!」
ヘカテーの淡々とした説明に、悠二は、慄いた表情になり、ゴクリと喉を鳴らしてから、呟くように言った。
『そう言うことになります』
「くそ!」
ヘカテーの答えに、悠二は、自分に浅はかさ、不甲斐なさを感じて、自分に対して毒つきながら、机を右手の拳で、ドン、叩いた。
『悠二』
それまでより、声のトーンを低くして、ヘカテーが言う。
『今回の敗因は、理解していますね?』
「ああ……うん」
悠二は、先にとりあえずと言ったように返事をしてから、続ける。
「頭に血が上って我を忘れてた……それに、動きが良くなったからって調子に乗ってた処もあると思う。ヘカテーはさんざん注意してくれてたのに……」
悠二は、真摯な表情で言いつつ、言葉の最後のところで、苦笑してしまっていた。
『冷静になれば、やはり冴えるのですね』
「そうでもない。むしろ、自分で思ってるより結構バカだって思い知ったよ」
ヘカテーの言葉に対して、悠二は、自嘲気味に苦笑しながらそう言った。
『ふむ』
「相手はずっと経歴の長い、戦闘に慣れたフレイムヘイズなのにな……平井さんやシャナの事でイライラしてて、八つ当たり先にしようとしてたんだと思う」
そこまで言って、悠二は軽く息を
「反省してる。ごめん、ヘカテー」
『私に謝ってもらう事ではありませんが、それなら、次は大丈夫ですね』
「多分」
ヘカテーの問いかけに、悠二は断言を避けたが、
『悠二の “弔詞の詠み手” に対する認識は間違っていないと思いますが、本来の悠二であれば、あそこまで一方的な戦いになる事はないでしょう』
「そうかな?」
『はい、保証します』
悠二は、少し照れくささ混じりに疑問形の声を出したが、ヘカテーはきっぱりとそう言った。
「…………」
悠二は、一度息を整えるようにしてから、ふと思い出す。
「そういえば、さっきヘカテーが言わなかった、リャナンシーの目的って……?」
『…………そうですね、流石にここで盗聴はないと思うので明かしますが』
悠二の問いかけに、ヘカテーは半オクターブ低くなった声で言う。
『“螺旋の風琴” が求めているものは、過去に……かなりの過去に破壊された、ある絵画の再生です』
「…………? それが、ヘカテーが危険視するほどのことなの?」
悠二は、呆気にとられた表情で、聞き返した。
『今、私は再生、と言いましたが、少し異なります』
「え?」
『再生、もしくは復元は、その元の存在が断片的にでも残されている、或いは、設計の図面が残されている場合に、現在に於いて可能なことです。ですが、それさえなく破壊され尽くした、しかも芸術品とあっては、それを取り戻すというのは……────』
「──── 一種の、
悠二は、それに気づき、息を呑むようにしながら、呟いた。
「だから、模倣犯が出ると困る、ワケか……」
『はい。 “紅世” の者はもちろん、人間にも彼女の “法” を知られたくないのです』
「なるほど……確かに、際限なくなるもんな……」
唖然とした様子のまま呟きつつも、ボロボロになった学生服を着替えようとボタンを外し始めた。前を開いたところで、内ポケットからスマートフォンを取り出す。
すると、スマートフォンの通知ランプが点滅していた。
「ああそうか、ずっと封絶の中にいたから……」
悠二はそう言って、スマートフォンのディスプレイを点灯させる。すると、メールと電話通話の着信通知が繰り返し入っていた。
ロックを外して内容を確認すると、電話着信も、キャリアメール宛の受信メールも、同一の相手からだった。
キャリアメールの最新のものを開く。
「あ……」
発信元が「平井携帯」と表示されているメールの、本文にこう書かれていた。
『PM7時、御崎大橋の西側で待つ』
「それじゃぁつまり、あのフレイムヘイズはケーサクとエータの同級生かもしれないって事?」
啓作の説明を聞いたマージョリーは、確認するように問い質す。
「ええ、まぁ……」
啓作は、息苦しそうに言い、視線を泳がせる。
「確信は持てないんスけどね……佐藤の話だと。そいつは普通の人間ってか、日本人ですから……髪の色とか」
栄太が、フォローするように、手振りを加えながらそう説明した。
『そいつはあれだな、そいつのフレイムヘイズとしての “器” に対して、 “内なる王” の存在がでかすぎるか、保持している “存在の力” の量が多すぎるかで、 “頂の座” の炎の色が外に出ちまってるんだな』
マルコシアスが推測混じりに言う。
「そんな事が……あるんですか?」
『ある』
聞き返す栄太に、マルコシアスは即答した。
『例えば “炎髪灼眼の討ち手” ってやつがいる。その “内なる王” ってのが “天壌の劫火” っていう規格外のやつでな……髪や瞳が燃え上がるように……鮮やかな
「……ーっても、そうそうそんな
マルコシアスが例を出したが、マージョリーは、逆に訝しげな表情で、口元に親指を押し当てながら呟く。
『そうだな……確かに “頂の座” は多少
「って事は……」
『ああ』
マージョリーが気がついたように口にすると、マルコシアスがそれに同意する言葉を発する。
「えっと……つまり?」
栄太が、何の事か理解できずに訊ねる。
「この街のトーチについて、説明したわよね?」
「えっと……?」
栄太と、啓作までもが、困惑して考え込む表情を見せたため、マージョリーは少し呆れたような表情になった。
「トーチに “存在の力” を補充するっていう “ばかげた事” をやったやつがいるって話よ」
「え?」
「それは聞いてませんよ」
マージョリーの言葉に、啓作と栄太は戸惑った声をだした。
「あれ、そーだっけ」
マージョリーは、とんとん、と自分の側頭部を軽く叩いて、そう言った。
「俺達が聞いたのは、 “銀” がどーたらってことだけっス」
栄太が言う。
「ああ……あのボーヤと話の内容がごっちゃになってたか……」
マージョリーはそう呟いた。
「あ……いや、そういえば坂……あのフレイムヘイズとそんな事を話していたな……」
栄太が腕組みをして言う。途中、「坂井」、と言いかけて訂正した。
「え、そうだったか?」
啓作が、栄太の顔を覗き込んで聞き返す。
「ああ」
栄太は、啓作の方を向いてそう言った。
「この街のトーチには、そのままでも元々の寿命か、それよりほんの少し短い間だけ存在できる程度の “存在の力” が補充されている ──── けど、いくらトーチでもそれだけの力を補充したら、かなりの量になるのよね。 “徒” はもちろん、フレイムヘイズでも短時間のうちに扱える力の大きさは限られているし、普通に考えたらそんな事はできないんだけど……」
『だから、それを実行したヤツは、なァーんかしらの、 “存在の力” を供給する方法があるってワケだな。で、それがあのボーヤじゃねーかって話だ』
マージョリーとマルコシアスに説明されて、啓作と栄太はどこか唖然としつつ、顔を見合わせた。
「これは言った筈だけど、ラミーのクソ野郎は “存在の力” を欲している。もしそいつが、世界の理を歪めずに大量の “存在の力” を供給する手段を持っているんだとしたら……────」
「そいつに接触しようとする、って事っスか」
マージョリーの説明に、栄太が被せるようにそう言った。
「それがケーサク達の同級生って言うなら、調べてみる価値はありそうね……」
マージョリーは、ニヤリ、と、怜悧な笑みを浮かべた。
「…………」
「…………」
啓作と栄太は、困惑気な表情になる。
まだ、まさかとは思っているが、もしそうだったら? 2人とも、坂井悠二とは知り合ってからの期間はそれほど長いわけではないが、今では親しい級友の1人だ。だが、今更マージョリーを裏切ることも本意ではない。
啓作と栄太の胸中に、そんな、複雑な思いが渦巻いた。
「まぁ、とりあえず今日のところは、回復と休息。お酒でも飲んで一息つきましょーか」
急にあっけらかんとした表情と口調になって、マージョリーはそう言った。
「あ、それなら……」
啓作は、はっと思いついて、提案するように言う。
「いいところがありますよ」
「シャナは……ついてきてくれてるみたいだな」
半袖のポロシャツにデニムパンツという格好で、悠二は真南川の河川敷の方に向かっていた。振り返って、呟く。
『本来、好ましい状況ではないのですが……』
ヘカテーが、どこか苦々しい様子でそう言った。
「解ってるよ。でも仕方ないだろ、放っとくわけにいかないしさ……それに、 “弔詞の詠み手” も今日はもう動かないって、ヘカテーも言ってたじゃないか」
悠二は、困ったようにしながら言い返す。
『それはそうですが……はぁ……』
ヘカテーは、どこか疲れたように言い、ため息を吐いた。
『情けないとは思わないのですか?』
「そりゃ……思ってるよ。最悪の場合はシャナ頼みだし、その状況を作り出したのも、結局は僕自身なんだしさ……」
『そう言うことではなくてですね……』
悠二の言葉に、ヘカテーは呆れ返った言葉を出した。
「? ……じゃあ、どういうことなのさ」
『もう、どうでもいいです』
悠二が、理解しきれないといった感じで、キョトン、としながら聞き返すと、ヘカテーは、匙を投げるように言った。
「ちょっ、変なところで諦めないでよ! 気になるじゃないか!」
『気にしないでください。私も気にしない事にしますから』
悠二が少し声を張り上げて聞き返すと、ヘカテーは、彼女らしい淡々とした口調に戻ってそう言った。
「ちょ、気になるってば」
悠二は、少し慌てた様子になって、再度聞き返す。
『私の話より、今はゆかりとの問題の決着が先でしょう』
「あ、うん」
ヘカテーの言葉に、悠二は、表情を少し険しくした。
「解ってるよ……逃げないで、ケジメつけないとって……」
悠二は、重く、真摯な口調でそう言った。
── 解ってませんね、まったく……