蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第21話 蒼き爪牙と水色の星 Part.I

「さて、と」

 シャナとの朝の鍛錬の後、シャワーを浴びた悠二は、それを終えて浴室から脱衣場に出てくる。シャープ製のタテ型洗濯乾燥機のフタに置かれていた、『ニーベルンゲン』を右手の中指に嵌め直す。

「今日は学校に行っても大丈夫かな……」

 狭い脱衣所だというのに、あたりを見回すような仕種をしてしまいつつ、悠二はそう言った。

『大丈夫でしょう』

 ヘカテーが答える。

『こちらが気配を抑えていれば、あちらも自在法なりなんなり、探知をしなければなりません。それを行えば、こちらも逆探知することが出来ます』

「それからその場を離れても間に合う……か」

『はい』

 悠二はヘカテーと会話しながら、修練の間に来ていたジャージを洗濯かごに放り込み、用意しておいた制服を着ようとしているところだった

 

 

「おはよーさん」

 御崎高校。

 始業前、雑談する生徒で賑わっている1年2組の教室に、そんな軽い挨拶をしながら、栄太が入ってきた。

「おはよう」

 と、教室前側の出入り口にいた速人が、栄太に挨拶の声をかけた。

「……────」

 速人が、さらに何か言おうとしたが、その速人と栄太の間に割り込んでくるように、真竹が駆け寄ってきた。

「おはようじゃないわよ! 昨日、一体何処で何してたのよ!?」

 真竹は、速人が訊ねようとした内容をほぼそのまま、栄太を咎めるかのような荒い声で、一気にまくし立てるようにして問い質す。

「はぁ……」

 栄太は、なぜ真竹が問いかけてくるのか解らないと思いつつ、まず戸惑ったような声を漏らした。

「急にどうしても手が離せない用事ができちまってな……別にサボりたくてサボったわけじゃない」

 栄太はそう答える。 “紅世” の事や “この世の本当のこと” を説明することは出来ないと思ったが、とりあえず嘘はついていないよな、と思いながら、そう話す。

 しかし、真竹は納得がいっていないのか、怪訝そうな表情を栄太に向ける。

「ところで、佐藤は一緒じゃなかったのか?」

 速人が、栄太に問いかける。

「ああ、一緒に巻き込まれた感じでな。アイツは今日も手が離せない感じなんだ」

 そう言いながら、栄太は、軽そうな学生鞄から、1冊のノートを取り出す。

「これ、佐藤が借りてたノート」

 栄太は、軽そうな学生鞄から取り出した1冊のノートを、速人に手渡した。

「ああ、すまん」

 何故か反射的に謝るような声を出しつつ、速人は栄太の差し出したノートを受け取る。

「そうすると、佐藤は今日も休みか」

 速人が問いかける。

「多分そう言うことになると思う。俺も途中でフケることになるかも知れん」

 栄太がそう答えると、その内容に速人は、少しだけ顔を訝しげにしかめたが、栄太の様子が巫山戯ているものではないように見えたため、敢えてさらに問いただしはしなかった。

 一方で、真竹は、どこか悲しそうな表情を栄太に向けた。

 栄太はというと、キョロキョロと教室内を見回す。

「坂井は……まだ来ていないのか?」

「そうみたいだな……アイツにしては少し遅いが」

 栄太の言葉に、速人は、そう言ってから、

「坂井に何か、用事でもあったのか?」

 と、問いかける。

「いや……用ってほどのモンでもなかったんだが……な」

 栄太は、少し歯切れの悪い、誤魔化すような口調でそう言った。

 

 

「ゔ~……あーうー……う~」

 佐藤家のリビング。

「死~ぬ~いっそ殺して~」

 昨晩、啓作がマージョリーにかけた毛布にくるまった状態で、のたうち回っている。美女らしい色気もへったくれもない状態だ。

「ユーリイにヴィルヘルミナにイーストエッジ、みんなしてみーんなして頭の中で~鐘鳴らしてるぅ~……」

『ヒッヒヒ、いい薬……いや毒か』

 二日酔いの激しい頭痛に襲われているマージョリーの傍らで、マルコシアスは妙に愉快そうに言った。

「ゔ~……あーゔ~……」

『ま、どっちにしろ、清めの炎はしばらくお預け。しばらくそーしてろ、我が酔いどれの天使、マージョリー・ドー』

 苦しみ悶え、寝転がったままの位置から、マージョリーは『グリモア』に、憤怒したような、睨む視線を向ける。

「ううー……バカマルコ殺す~……でも死ぬぅぅ~……殺してー死ぬ~……死んでー……殺し~……あ~う~」

『ヒッヒッヒ』

 啓作は苦い顔でマージョリーを見ながら、カウンターテーブルに手をかける。その手元に、シオノギ胃腸薬Kと、セデスの箱が載っている。

「なぁマルコシアス、もういいんじゃないか?」

 自業自得とは言え、苦悶して転げ回るマージョリーの姿に、憐れみと少しの呆れを感じて、啓作はそう言った。

『駄目だ駄目だ、甘やかすと今日の晩もあーなるぞ』

「そりゃ勘弁」

 マルコシアスの言葉に、啓作は苦笑して肩を竦めた。

「う~ら~ぎ~り~もぉーの~」

 啓作の、処置なし、と言った感じの言い種に、マージョリーは、恨みがましく啓作を睨むが、昨日のスパルタンな姿と表情から放たれるそれとは異なり、迫力の “は” の字も無かった。

「あとでー殺して~……あう~……死ぬ~」

 

 

「おはよう」

 教室の入口前で、速人と栄太、真竹が話し込んでいると、登校してきた悠二がそこへ通りかかった。

「お、坂井……」

 栄太は、つい、元々の細目をさらに細くして、悠二をまじまじと見つめてしまっていた。

 それに、悠二が気がつく。

「田中……僕の顔に何かついてる?」

 悠二は、口元を苦笑したように引きつらせながら、栄太に訊ねた。

「え、あ……いや、別にそう言うわけじゃないんだが……」

 栄太は、軽く驚いて、背を反らせるようなリアクションをしつつ、そう言って誤魔化した。

 一方の悠二も、

 ── 佐藤に顔を見られているってことは、田中も知っていると考えた方がいいだろうな……

 と、少し緊張していた。

 悠二は、キョロキョロとあたりを見回す。

「佐藤は? 珍しく一緒じゃないんだ?」

「ああ……あいつは今日もまだ手が空いてなくてな。今日も休みだ」

 悠二の問いかけに、栄太はそう答える。

「今日()?」

「あ、いや、別に深い意味はなかったんだが……」

 栄太は言葉を濁そうとしたが、悠二にはそれで充分だった。

 ── やっぱり、田中も関わっているんだ。

 言葉には出さずに、そう逡巡する。

「悠二君?」

 不意に、声をかけられる。

 栄太に対して訝しげな表情のまま、悠二は自分の席のところまで歩いてきていた。

「あ、おはようゆかりさん」

 悠二は、少し慌てたようにしながら、隣の席を向いて、ゆかりを見る。

「おはよ。なんかすごい顔してたよ?」

「そ、そう? 気をつけなきゃいけないかな」

 ゆかりの言葉に、悠二は、苦笑しながらそう答えた。学生鞄を机の上に置き、椅子に腰掛ける。

「…………」

 その2人が向かい合って雑談しているのを見て、一美は心中穏やかでいられなかった。

 ── 仲直り、したんだ…………

 一昨日、昨日と、悠二とゆかりの関係がどこかギクシャクしているような様子があったが、今はそれが感じられない。むしろ、一層(ちか)しくなったように見える。実際、ゆかりだけではなく、悠二の方もゆかりをファースト・ネームで呼ぶようになっていた。

 ── ずるいよ、ゆかりちゃん……私の気持ち、知っていたはずなのに……

 そうとも考えてしまう。だが、流れから言えば、ゆかりにアプローチしたのは悠二の方であり、ゆかりはそれに(こた)えたかたちだ。だから、ゆかりを責めるのは筋違いだとは解っているが、どうしてもその想いが止められない。

 ── 私、嫌な子になっちゃったのかな……

 一美が思い詰めていると、教室の後ろ側の扉が開いた。

 一美が反射的に振り向くと、シャナが教室に入ってくるところだった。

 珍しく、笑顔で教室に入ってきたシャナだったが、鞄を机の上に置いたところで、気が付いたように一美の方に向かう。

「一美」

「ひゃっ」

 半ば背後からいきなり声をかけられた感じになって、一美は小さく悲鳴を上げてしまう。それほど大きな声ではなかったが、教室中の視線が、一瞬、一美達の方を向いた。

「えっと、あ、近衛さん……」

 声を上げてしまったことを気恥ずかしく思いながら、声をかけてきたシャナの方を向く。

「ブックカバー、上手くできそう?」

 シャナが、一美にそう訊ねる。シャナはブックカバーを贈る相手は弟だと思っていたので、他意はなく、製作が上手く行っているかどうか気にかけて、訊ねた。

「え、あ……うん、明日には……なんとか」

「そう、よかった」

「うん…………」

 一美は、複雑な気持ちを隠すように、目を伏せがちになってしまうものの、気持ちが負のスパイラルを描いていたところへ、シャナに声をかけられて、それが幾分救われた気持ちにもなっていた。

 まだ、何人かが興味本位でシャナと一美に視線を向けていた。悠二もその1人だったが、軽く驚いて唖然としている。

「悠二君? 本当になんか変だよ?」

「え、あ、ぁぁ、うん」

 ゆかりに言われて、悠二は、身体と表情の緊張を解いた。

 

 

 3時限目が終わり、正午も近付いてきた頃の、休み時間。

「今のところ、それっぽい行動はしてないように見えるな」

 教室の隅で、栄太は、スマートフォンのXperiaで啓作に、報告がてら電話をかけていた。

 その悠二はと言えば、相変わらず席が隣のゆかりと談笑している。

 たまに、ゆかりの方が悠二を肘で軽くつついたり、飛びかかる様にじゃれついたりしているが、それも “御崎大橋事件” 以来、大して珍しい光景ではない。

 初々しさを残しつつ、時折周りの空気を読みきれていないバカップルぶりだった。

『そ、そうか……』

 電話越しの啓作は、なんだか先程から、歯切れが悪いというか、鈍いような感じのものだった。

「佐藤、さっきからなんだか様子が変みたいだけど、調子でも悪いのか?」

 栄太は、怪訝そうにしつつも、緊張感に欠けた様子で、啓作に問いかける。

『いや、そう言うわけじゃないが……』

「?」

『田中も、後で覚悟しておいたほうがいいぞ』

 栄太は、啓作の言葉の意味が解らず、首を傾げるばかりだった。

 

 

「はぁ…………」

 啓作は、スマートフォンの終話ボタンをタップすると、ディスプレイを小問させながら、軽くため息を吐いた。

 頭には、マージョリーが文字通りの()()()()に『グリモア』を振り回した時、それが命中してできたタンコブができていた。

「今のところ、動きはないそうです」

「ちっ」

 啓作の言葉に、すっかり快復した様子のマージョリーは、忌々しそうに言う。

「居場所がそこかもしれないって思っても、気配を感じ取る事ができないわ」

「そいつも、気配を隠すのが上手いってことですか?」

 啓作は、意識して「坂井」と言ってしまうのを避けて、そう言った。

「それも当然あるけど……アンタらの学校に、他にも隠すつもりもないようなバカでっかい気配があるのよね。そのせいで、周囲の、他の特異な気配を感じ取る事が難しいの」

「他のバカでっかい気配!?」

 マージョリーの言葉に、啓作は思わず慄いてたじろぐ。

「あんたらは大丈夫よ、こいつもフレイムヘイズだから。ただ、気配を隠すのがよっぽど下手みたいね。解りやすいのは良いけど、他の対象の探知の邪魔でしゃあないわ」

 マージョリーは、片手で頭を抱えるようにして、忌々しさに多少の困惑が入り混じった様子の口調で言う。

「つまり、フレイムヘイズがさか……あいつの他に、もう1人いるってことですか?」

 啓作は、驚いて、訊き返す。

「そう言うことね、チッ、最悪2対1か」

 マージョリーは答えつつ、舌打ちをし、イラついた口調で言う。

『おうおう、どーしたい。それぐらいで怖気付いたってのかい、我が力の計略家、マージョリー・ドー』

 マルコシアスが、ハイテンションな口調で、煽るようにそう言った。

「怖気づく? はっ、そんな事あるわけないじゃない!」

 マージョリーは、バッサリと斬って捨てるようにそう言った。

「ただ、手加減ができるかどーか、微妙ってだけよ。特に “頂の座” のボーヤは、殺しちゃうわけにいかないから」

『ヒャヒャ、なーる程な。確かにラミーのクソ野郎をおびき出すエサを手に入れて、ついでに “頂の座” から()の情報を搾り取る、千載一遇のチャンスだからな』

 マルコシアスも、すっかりハイテンションでそう言った。

「そう言うことよ」

 やはり、素面のスパルタンな笑みを浮かべながら、マージョリーはマルコシアスの言葉を肯定した。

 ── ってことは、そいつが坂井だったとしても、いきなり殺されるってことはないか……

 湧き出した脂汗を無意識に拭いながら、啓作は声には出さずにそう言った。

 

 

「さて……と」

 恵華は、ドミンゴは市街地の駐車場に駐めたまま、エポで東岸側の築堤、御崎高校がすぐ近くに見える場所まで来ていた。

 停車したエポに跨ったまま、右手を掲げて、人差し指を立てる。

「始めるよ」

『うん』

 『アケロン』からのリャナンシーの返事を確認して、それを実行に移した。

 

 キィン…………

 

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