蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第22話 蒼き爪牙と水色の星 Part.II

「!?」

 佐藤家のリビングにいたマージョリーは、()()を感じると、『グリモア』のショルダーベルトを掴んで、庭へと飛び出した。

「マージョリーさん!?」

 啓作は、それを追って、サンダルを履いて掃き出しの窓から外へ出る。

「今の気配は ────」

『間違いねぇ、ラミーのクソ野郎だぜ』

 マージョリーの言葉に、マルコシアスが愉快そうな口調で続いた。

 マージョリーは、直接視認できるわけではないが、御崎高校の方に視線を向けていた。

「なるほど ──── そっちからお誘いって訳?」

『ヒャヒャ、どういう心変わりか知らねぇが、正面切ってヤル気になったってコトかい、上等だぜ!』

 マージョリーの唇の端が釣り上がり、マルコシアスがひときわハイテンションな声を出した。

「マージョリーさん!」

 啓作が、少し緊張した声をかける。

「“本命” の方が引っかかったのよ。誘いに乗らないって手はないわ!」

 マージョリーは、酷薄そうな笑みを浮かべつつ、そう言いながら啓作の方に視線を向けた。

「け、けど……」

「いいから、アンタはさっさと『玻璃壇』のところへ行きなさい!」

 少し戸惑った様子の啓作に、マージョリーが言う。

「居場所を明らかにしたって、一瞬の事よ。別の場所に移動されるかもしれないから、見張りが必要なの!」

「あ……」

 マージョリーに言われて尚、一瞬、躊躇うような素振りを見せた啓作だったが、

「は、はい、解りました!」

 そう言って、スニーカーに履き替えるために、一旦掃き出しの窓から家の中に戻っていく。

 マージョリーはそれを見送ると、浮かべた『グリモア』に飛び乗るようにして、気配がした方へと飛んでいく。

 啓作は、最初はマージョリーについて行きたいと考えた。だが、ついて行ったところで、自分が何もできないことは、先日の戦いで相手のフレイムヘイズに庇われたことで、嫌という程思い知らされている。

 ── このままじゃ……マージョリーさんについて行くことなんか……!!

 忸怩たる思いを心中で言葉にしつつ、玄関から飛び出し、旧依田デパートへと駆け出したところで、ポケットのスマートフォンに着信があった。

 

 

 電波を使うレーダー、もしくは、潜水艦やその探知などに使われる音波式のアクティブ・ソナーは、発した電波や音波の反射で相手の存在を発見する、という原理で成り立っている関係で、その有効探知範囲外から自身の位置も露呈してしまうという点がある。

 “紅世” 縁のものが使う、探知の自在法も、これと同じ特性があった。

 恵華はそれを利用し、自身の位置を敢えて知らせる為に、探知の法を飛ばしていた。

「よっと!」

 恵華はエポのハンドルを握ると、ギアを入れ、アクセルを開く。御崎高校の方へ向かって、その場から走り去った。

 

 

「!」

 悠二は、それに気がつくと、はっとした表情になった、その一瞬後に、

「封絶」

 悠二の座る椅子の下から、 “明るすぎる水色” の術式が円を描いて床面に広がり、1年2組の教室の中が世界の因果から切り離される。

「わざわざ封絶まで張る必要はないんじゃない?」

 やはり、自分の席から立ち上がったシャナが、そう言った。

「いいだろ、いちいち言い訳考える必要もなくってさ」

 悠二は、そう言い返しながら、『トライゴン』を()()()()た。

傀儡(クグツ)よ!」

 悠二が両手で『トライゴン』を掲げると、その錫杖頭から “明るすぎる水色” の炎が淡く立ち上り、それがさらに糸のように細く伸びて、2人の目前に降りてくると、編まれるようにして、悠二とシャナの姿を作り出した。

「別に、私の分は用意しなくてもいいのに」

「いきなりいなくなったら、周囲も混乱するだろ」

 シャナの言葉に、悠二がそう返す。

 ()()()()悠二とシャナが、それぞれの席に向かい、椅子に座って、授業を受けているかのように振る舞い始めた。

「!?」

 2人が教室を出て、廊下を階段に向かって駆けている最中に、また()()が飛んできた。

「近い!」

「屋上だ!」

 シャナと悠二はそう声を上げると、下りようとしていた階段を逆に上っていった。

 一方 ────────

 教室では、息を殺すようにしていた栄太が、2人が出て行ったのを確認すると、ふぅっ、と息を吐く。

「田中、どうした?」

 封絶が解けた教室内で、凄く渋い顔をしていた栄太に、教壇の上からそれに気付いた松野が、問いかける。

 すると、栄太は、松野の方を向いて手を挙げると、

「すんません、ちょっと腹の調子が悪いんで、今日はこのまま、早退します!」

 と、そう言うと、松野の反応を待たず、席を蹴飛ばすようにして立ち上がり、教室から飛び出していった。

 悠二とシャナは、階段を駆け上がる。その踊り場にたどり着く寸前に、悠二の左手の指から、 “明るすぎる水色” の光の筋が、施錠されている扉の鍵に走った。両面シリンダー錠が、カチャン、と音を立てて解錠される。

 先に悠二が扉を開けて、屋上に飛び出すと ────

「え……!?」

 悠二は、その視界の正面に飛び込んできた存在を見て、短く声を出した後、絶句し、扉を開けた姿勢のまま、立ち尽くしてしまった。

 

 

 栄太は、追って出たはずの2人を見失っていたが、自分が何処へ行くべきかを考え、昇降口で上履きを運動靴に履き替えながら、スマートフォンを操作する。

 通話履歴から啓作の携帯電話番号を呼び出し、呼出をタップする。

 発信が始まったスマホを耳元にあてながら、昇降口から飛び出し、走る。

『どうした?』

 電話が繋がり、電話の向こうから、啓作が、こちらも息を弾ませている様子の声で、訊ねるように言ってくる。

「やっぱり坂井だった!」

『! そうか……』

 栄太が言うと、啓作はどこか悔しそうな声で、呻くようにそう言った。

「それだけじゃない! 近衛さんも一緒に行動してたんだ!」

『え!?』

 栄太の言葉に、啓作が思わずと言った感じで訊き返してくる。

「封絶の中で行動してたんだ!」

『な……!? それじゃあ、マージョリーさんが言ってた “バカでっかい気配のフレイムヘイズ” って、近衛さんのことだったのか……!?』

 栄太が再度言うと、啓作が、驚いて絶句しかけた様子の言葉を返してきた。

「姐さんはどうした?」

 栄太が訊ねると、

『追ってたラミーってヤツの気配があったとかで、飛び出していった』

 と、啓作が答えた。

「! それじゃあ、坂井達もそれで動き出したのか」

『多分な。それで、俺はマージョリーさんに言われて、旧依田デパに向かってるところだ』

「解った。俺もそっちへ向かう」

『了解』

 栄太は通話を終了すると、スマホを手に握ったまま、御崎大橋の方へ向かって、走るピッチを上げた。

 

 

 悠二は、(まる)くした目で凝視してしまっていた。僅かに間を開けて、振り返ると、シャナはそこにいる。

 再度、悠二が視線を向けたそこには、12~13歳の年格好、長いストレートの髪、きついツリ目の幼い顔立ち ──── 着ている衣服と、下げているペンダントの宝玉の色以外、まるっきりシャナと同じ姿をした人物。

「君が “蒼水の撃ち手”、坂井悠二クンかな?」

「え、あ、えと……」

 姿は同じだが、いつも仏頂面をしているシャナのイメージに反して、フランクな様子で悠二に声をかけてくる。

 悠二が立ち尽くした状態で戸惑っていると、

『やぁ、 “頂の座”』

 と、少女のペンダントから、別の少女の声が聞こえてきた。

『ヘカテーって呼んでいいのかな?』

『“螺旋の風琴” ……リャナンシー……アナタ、なのですか?』

 ヘカテーもまた、唖然としたような、詰まりがちの声を出した。

『そうだよ。久しぶり』

 ヘカテーの問いかけるような言葉に、そう答えが返ってくる。

「初めまして。ボクは “翠刃の繰り手” 阮恵華。まぁ、今ンとこ自称だけど」

「あ、え……あ、はい、初めまして……」

 恵華の挨拶に対し、悠二は、現在の状況も忘れて、場違い気味な言葉を発してしまっていた。

「シャナ」

 恵華が、シャナの方に視線を向ける。

「自信は取り戻せたかい?」

「…………」

 シャナは、中途半端に頷くように、僅かに顔を伏せた。

「え、シャナ?」

 悠二が、シャナの方を振り返る。

「う、うるさいうるさいうるさい、悠二には関係ないことなの!」

「ま、まだ何も言ってないじゃないか」

 シャナが怒鳴るようにして悠二に言うと、悠二は少し面食らったような表情で返した。

「まぁまぁ、お2人さん」

 恵華が、苦笑しながら割って入るように言う、が、

「色々話したいことはあるけど、とりあえず、ここでやり合うのはマズいんだろう?」

「!」

 と、恵華が急に険しい表情になって言うと、悠二も我に返ったように、表情を引き締めた。

 封絶を張っての戦いならば、破壊があっても、それを修復することは、悠二には難しいことではなかったが、それでもやはり、大勢の人間が集まっている場所での戦いは避けたい。増して御崎()高校()は尚更だ。

「“弔詞の詠み手” はボクを追っている。だから今、挑発した。確実におびき出せるはず」

 恵華がそう言ったところで、恵華とは別の気配探知の法が飛んできたのが、悠二達に感じられた。

『これは、 “弔詞の詠み手” ……っ』

 代弁するかのように、ヘカテーが戦慄した声を出す。

「よし、行こう」

 恵華が言うと、その背中に、濃い翠色の炎で、猛禽類のそれのような翼を背中から出現させた。その翼が煌めいたかと思うと、屋上の床から離れ、上昇する。

「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!!」

 シャナが声を上げる。恵華が見下ろすかたちで視線を向けた。

「え、2人とも、飛べないの?」

「あ、いえ、僕は大丈夫なんですけど」

 恵華が意外そうな顔をしながら訊き返すと、悠二はそう言って、靴に2対4翅の細い “明るすぎる水色” の炎の羽を出現させ、恵華と同じ目線まで上昇する。

 だが、シャナはまだ、屋上の床の上で抗議の姿勢を取っている。

「あちゃ~」

 恵華は、そう言って顔を手で覆った。

 ── なるほど、これは重症だわ。

 恵華は、声には出さずにそう呟いてから、

「──── って、今はそんな、悠長な事してる場合じゃないっ」

 恵華は。そう言いながら、一度、軽い旋回とともに床スレスレまで急降下すると、シャナを担ぎ上げて、再度上昇した。

「早く、 “弔詞の詠み手” がここまで来る前に!」

「あ、は、はいっ」

 恵華がそう言って、真南川の方へ向かって飛翔すると、悠二は軽く慌てたような様子を見せてから、それを追った。

『でもさ』

 恵華は、直接精神の間のやり取りで、リャナンシーに言葉をかける。

『“天壌の劫火” のフレイムヘイズが、この程度の自在法も使えないって、あり得るの?』

『うーん……私も考えにくいと思うんだけどなー……』

 リャナンシーも同様の方法で、戸惑ったような言葉を返してきた。

「!」

 その瞬間、恵華と悠二の表情が動く。

 “弔詞の詠み手” と思しき、探知の自在法が、再度感じられた。

 

 

「ひぃ……はぁ……ひぃ……ふぅ……っ」

 当然だが、旧依田デパートへは真南川西岸に旧くからある佐藤家のほうが、東岸側の御崎高校より近い。なので、啓作は栄太よりもだいぶ早く、旧依田デパートへとたどり着いていた。

 晩春から初夏へと季節が変わりつつある時期、晴天の気温の中、全力疾走し、さらに、当然エレベーターもエスカレーターも動いていないビルを、7階まで駆け上がってきた啓作は、酸素を求めて息と鼓動は激しくなり、全身は汗ぐっしょりだった。衣服が肌に張り付き不快だが、そんなことは構わず、ふらつきながら『玻璃壇』の傍に向かっていく。

 そこには、群青色の炎が出現していた。啓作は、その炎に向かって、

「ま、マージョリーさん……今、到着……しました……」

 と、荒い息が混ざった状態で、そう言った。

『いいわ、そうしたら今からまた、私の方から気配探知を放つから。その瞬間だけは、「玻璃壇」にフレイムヘイズも写るはずよ。その場所を報告して頂戴』

「あ、は、はい……」

 マージョリーの指示に、啓作は、一旦はそう答えたが、

「ただ、その、さっき、田中から報告があったんですが」

 と、マージョリーの行動を制するように、声をかける。

『何?』

「あのフレイムヘイズ、やっぱり坂井でした……その、俺達のクラスメイトの、坂井悠二ってやつです……」

 少し不快そうな、棘のある声でマージョリーが訊き返すと、啓作は、なにかに縋りつこうとするかのように、そう伝えた。

『…………』

 マージョリーは、僅かに、沈黙してから、

『だったら、どうだって言うの?』

 と、事もなげに言った。

「マージョリーさん!? 坂井なら、話のわからないやつじゃ……」

『悪いがな』

 困惑した啓作の言葉を遮るように、今度はマルコシアスの低い声が聞こえてきた。

『昨日の一件で解ってる通り、俺達とそいつとはラミーの野郎について真っ向ぶつかり合ってる。どっちも譲れないってんだから、ぶつかり合うしかねぇワケよ』

「そんな……」

 マルコシアスの説明に、啓作は軽く呆然としてしまった。

 ── 俺は……

 自身の非力さと、完全にどちらかを選ぶことができない不甲斐なさに、啓作はその場に立ち尽くし、唇を噛み締めた。

『別に友達を売りたくないって言うなら、構わないわ。その場を離れて、私の事は完全に忘れなさい』

 マージョリーは、冷たく、突き放すようにそう言った。しかしそれは、啓作を思いやって、敢えてそうしたようにも感じられた。

「いえ、やります。こうなったら、最後まで見届けさせてください」

 啓作は、心に決めてそう告げる。

 例えここで自分達が放棄したとしても、マージョリーは悠二とラミーを追い続けるだろう。

 悠二がどうなってしまうのか、それを見届けることができないというのは、後味の悪い思いをすることになりそうに感じられた。

 それに、今更マージョリーと切れてしまうことも、躊躇われた。

 だから、見届けることに決めた。

 ただ…………

 啓作にとって、坂井悠二という人物は、出会ったばかりの頃は、あまり快い存在ではなかった。

 平々凡々としていて、ただそれ故に、周囲の評価は芳しい、という、優等生とまではいかないが、つまらない人物、そう捉えていた。

 実際、()()()()()()()は、啓作の思っていた人物像とほとんど乖離していない。

 学級委員になった池速人が、啓作達が級内でまっとうに振る舞えるように心がけてくれた関係で、悠二とも友人関係を構築するようになったが、そうでなければ、袖さえ振りあっていなかっただろう。

 ── だってのに……俺は……

 悠二はフレイムヘイズとして、 “紅世の徒” やそれに関わる者たちと、命を賭けたやりとりをしていた。中学時代、反抗心から悪ぶって喧嘩に明け暮れていた自分など、それと比べたら文字通り子供の戯れに過ぎない、そう言ってもいい闘いに身をおいていた。

 ── 俺は、見ているしかできないってのかよォ!

 啓作は、声に出さずに慟哭した。

 

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