蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第23話 蒼き爪牙と水色の星 Part.III

「気配探知、飛ばすよ!」

 御崎高校の校舎から離れ、真南川の上空に差し掛かったところで、恵華は、シャナを抱えたまま、悠二に向かって声を上げた。

「は、はいっ!」

 悠二の答えを聞いてから、恵華は、両腕で抱えていたシャナから片腕を離し、その手の指をかざしながら、気配探知の法の自在式を駆動する。

 

 ドクン…………

 

 それを感じて、シャナは恵華に抱きかかえられた状態で、目を(まる)く見開いた。

 恵華と密着する状態の、シャナの体内で、何かが膨張するような、何かの重い響きが感じられた。心臓の鼓動とはまた違うそれは、胸の奥底からシャナの全身へと、熱のような感触が、共鳴し合うようにしながら、全身に響いていった。

「これは……アラストー……ル……?」

 シャナは、小声で呟くように言った。悠二と恵華には、その言葉は聞こえなかったようだった。

「向こうも飛んでくる!」

 恵華は、悠二に視線を向けて、怒声のように声を張り上げた。

 

 

「!?」

 その瞬間、佐藤家から市街地の上空まで上昇してきたマージョリーは、恵華の放った気配探知の法を感じ取っていた。

「また、別のところから自在法を使った?」

 マージョリーは、一瞬だけ戸惑ったように、周囲を見回すようにする。

「ケーサク! 今の反応はどのあたりから!?」

『あ、は、はい!』

 マージョリーが、旧依田デパートの7階で、玻璃壇の前にいるはずの啓作に問いかけると、反射的な慌てた声が帰ってきた。

『真南川の上……御崎大橋より北側、線路の橋の上辺りです。駅の北口側の市街地に向かってるみたいです!』

 啓作は、軽く興奮した様子で、軽く叫ぶような声でそう答えたが、

『ただ……』

「ただ?」

 急に、不安そうに声のトーンを落とした啓作に、マージョリーが訊き返す。

『その、坂井と……それにもう1人、フレイムヘイズの反応も写ったんです! 多分一緒に行動しているみたいで……』

「なるほどね」

 マージョリーは、逆に怜悧な表情を浮かべて、唇の端を吊り上げた。

「素敵な舞踏会(バル)にお誘いってワケ」

仮面(マスケ)を被るのは、ゴメンだけどな! ヒャヒャ!』

 マージョリーの言葉に、マルコシアスも愉快そうな声を出す。

『だ、大丈夫なんですか!?』

 啓作は、2人のフレイムヘイズがクラスメイトだということは差し置いて、純粋にマージョリーの身を案じて、緊張して慌てたような口調で訊き返す。

『最悪、3対1ですよ!?』

「ふっ、上等よ」

 啓作の憔悴した言葉に、マージョリーは、不敵に笑う。

「たとえどんな理由、どんな妨害があろうと!」

 マージョリーの周囲から、群青色の炎が溢れ出す。

「 “この世” に渡り来る “紅世の徒” はすべて!」

 ゴォッ、と轟く音とともに、マージョリーの身を包み、炎は “トーガ” となる。

「殺す! 殺す! 殺す! 殺す!!」

『殺すぜ、壊すぜ、食いちぎるぜぇ ──── っ!!』

 狼のそれを模ったようなトーガの頭は、さらに2人の兇暴な意志を表すかのように、唇の端を吊り上げて、冷酷そうな表情になった。

 そのまま、群青色の炎の尾を引いて、北へ向かって空を駆けていく。

 

 

「…………」

 旧依田デパート7階、玻璃壇の前。

 啓作は、不安が混じった様子で、呆然と立ち尽くしていた。

 そこへ、ようやくたどり着いた栄太が、袖で額の汗を拭いながら、荒い息を整える。

「佐藤……? 姐さんはどうした? 坂井は? 近衛さんは?」

 栄太の問いかけに、啓作は直接答えない。

「無理しないでくれよ……坂井も……近衛さんも……」

「…………」

 うつむき加減で立ち尽くしながら、そう呟く啓作を、栄太はわずかに困惑しながら見ていることしかできない。それに、栄太自身も、啓作に近い想いを持っていた。

 例え自分達がどれほど説得したとしても、マージョリーが “徒” の討滅を断念するはずがない。それは、縁の濃薄の話ではない。

 マルコシアスに見せられた、あの “最悪” の光景 ────

 あれに実際に逢ったのだとしたら、そして、自分の大切な何かを奪われたのだとしたら、憎悪の感情を持つなというのは無理だ。

 啓作自身がマージョリーの立場でも、同じ感情を抱くだろう。

 だから、後は悠二や、近衛史菜 ── 彼らは、この名前が仮初めのものであることはまだ知らない ── が、マージョリーに殺されない程度の引き際を……────

「な、なぁ、佐藤、俺、思うんだが……」

 どこか居心地の悪い雰囲気に耐えかねたように、栄太が切り出した。

「坂井もフレイムヘイズだとしたら、そうなる機会があったって事だよな……?」

「っ!?」

 栄太の言葉に、啓作は、俄に表情を険しくした。

「なんで、坂井は “紅世の徒” を庇ってるんだろーな……って、佐藤?」

 栄太の疑問の言葉に、しかし、啓作は目を見開いた状態で、絶句していた。

 

 

 すでに、敢えて気配探知を飛ばさなくとも、相手の位置が判るところまで接近している。

「どこへ引っ張る!?」

「え、えっと……」

 恵華に言われて、悠二は一瞬、逡巡してしまった。

 真っ先に思い浮かんだのは、旧依田デパートだった。

 ── けど、あそこは……

 だが、昨日、マージョリーとやり合ったとき、啓作が出てきたこと、その啓作がマージョリーの協力者なのだとしたら、あそこになにかがあって、啓作や栄太がそこにいる可能性がある。そうだとしたら、また巻き込むことになる。

 悠二が躊躇った事で、悠二と恵華の動きが、一瞬ほとんど止まる。

 その瞬間。

 ドンッ

 恵華が滞空している空間の、その直下に、群青色の光を放つ自在式の円が出現し、放射状に広がる。

「封絶!?」

 悠二が我に返った瞬間。群青色の奔流が、恵華めがけて迸ってきた。

「ぐっ」

 恵華は、それを急機動で回避したが、

「しまった!」

 その急激なGに、恵華は抱えていたシャナを振り落としてしまう。

「くっ」

 恵華は、落下するシャナを追って急降下する。背中の翠色の炎の翼が爆ぜるように煌めくと、重力加速度を超えて増速していく。

『悠二!』

「解ってる!」

 ヘカテーがそう言った瞬間には、悠二も恵華を追うかたちで急降下していた。

 シャナはひとつのビルに向かって()()している。落下しながら体勢を立て直し、落下の速度を減衰させて、着地しようとする。そのシャナの落下していく先には、ガラスのアーチ型ドームを持つビル ──── 御崎アトリウムアーチが迫っていた。

 シャナが減速をかけようとした寸前で、恵華が抱きつくようにシャナを掴まえる。恵華の炎の翼がまた煌めき、降下に対して急減速をかける。

 

 ドクン…………

 

 その瞬間、再びシャナの身体の中で、先程の重い響きを感じられた。自身の奥底から、熱いものが感じられる。恵華が接触する程の極至近距離で強く “力” の行使をする度、それに共振するかのように、四肢に染み渡った熱が響く様な感触がある。

「!」

 そんなシャナを片腕で抱えたまま、恵華はぐるっ、と身体をひっくり返すようにして、背面飛行に移る。

 その視線の先に、トーガを纏ったマージョリーの姿があった。

「こぉんにちわ、 “屍拾い” ラミー」

『会ーいたかったぜぇ?』

兇悪な笑みをトーガに浮かべさせながら、マージョリーとマルコシアスは恵華に向かって、()()()()とっぽい口調で言う。

「!」

 恵華は、右手に、自在法の媒介でもある現代刀『平成一刀』を右手に()()()()が、シャナを抱えているため、抜刀の構えを取ることができない。

「どうしてそんな “器” を手に入れたのかも知らないけど、アンタの逃避行もここで終わりよ」

『ヒッヒ、熱いベーゼを受け取りな。一生一度の激しさだ』

 マージョリーとマルコシアスの言葉とともに、恵華に向かって、トーガが腕を振りかぶる。

「っ!」

 そこへ、ギリギリのところで悠二が割って入ってきた。恵華をシャナもろとも殴ろうとしていた拳を、 “明るすぎる水色” の炎を纏った『トライゴン』で受け止める。

『性懲りもなく来やがったなぁ! “祭礼の蛇” の使いっ走りと、その操り人形がよぉ!』

『悠二!』

「大丈夫、今度は……!」

 トーガの腕を “明るすぎる水色” の炎が侵食する。一方で、『トライゴン』を介して悠二に伸し掛かるトーガの圧力で、悠二とマージョリーはともに、ガラスドームの屋根に向かって落ちていく。

 

 ── これ……は……アラストール……の……

 恵華が、ガラスドームを避けて屋上のコンクリート部分に着地し、一旦シャナを放す。

 自身の足で立ったシャナは、先程から自分の身体に感じられる現象に、それをより深く認識しようとして、両手を眼前で広げて見つめた。

 ガシャァアン…………!!

「悠二クン!」

 恵華の声に、シャナもその派手な破砕音がした方を振り返る。ガラスのアーチ型ドームを破り、悠二と、トーガを纏ったマージョリーが、ビルの中へともつれ合いながら落下していく。

『気をつけろ! “弔詞の詠み手” の方が上にいる!』

 アラストールの声に、シャナも『夜笠』を()()()()て、その身に纏う。

 果たして、ガラスドームが粉砕されたビル屋上の開口部から、トーガの巨体が這い上がってきた。

 シャナも『贄殿遮那』を構えようとしたが、恵華がそれより前に出て、『平成一刀』で抜刀の構えを取る。

「なーによ、ヤル気だっていうの? せいぜいが()()()止まりのフレイムヘイズが」

「あはは、悪いけど、最初から負ける気なんかなかったよ。逃げ回ってたのは、都合が悪かっただけさ」

 マージョリーの、低く、脅すような口調に対し、恵華は、あっけらかんと笑い飛ばすように返した。

「なんですって!?」

 マージョリーは、恵華の言葉を逆挑発ととったか、不快そうな口調で言い返す。

『ヒャーッヒャッヒャ。コソコソ逃げ回るだけの臆病者が、口ならなんとでも言えらぁな』

『そう、言葉だけならなんとでも言える』

 さらに挑発し返すような、マルコシアスのハイテンションな言葉に、リャナンシーがそう返す。

『だけど、残念だけど、君らの相手をするのは私達じゃあない』

『あん?』

 マルコシアスが訊き返す言葉を発した直後、トーガの後頭部で “明るすぎる水色” の爆発が起こった。

「──── っ!!」

 トーガの外からその表情は見えないが、マージョリーは忌々しそうに、背後を振り返る。

 そこに、マージョリーの方にその錫杖頭を突き出すようにして、『トライゴン』を構えた悠二の姿があった。

「自己紹介がまだだったよね」

 悠二は、マージョリーの方に軽く睨むような視線を向けながら言う。

「僕は、神属の巫女 “頂の座” のフレイムヘイズ、 “蒼水の撃ち手” 坂井悠二」

 

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