『さあ、選んでもらいましょうか』
悠二は『トライゴン』の錫杖頭を、突き出すようにして、トーガを纏うマージョリーの頭部に向けている。その右手から、ヘカテーが、意識して威圧するような声で言う。
『“螺旋の風琴” と、彼女を “内なる存在” とする阮恵華に手を出さないと誓うか、それとも、実力行使でそれを止められるか』
『ヒーハッ! 相変わらず上から目線だなぁ、 “頂の座” ァ! [仮装舞踏会]の三柱臣は辞めたんじやなかったのかい?』
ヘカテーの言葉に、ハイテンションなマルコシアスの声が、笑い飛ばすように返した。
「最初からリターンマッチが目的だったってワケ? わざとラミーに自在法を使わせて?」
マージョリーが、苛立ちにわずかな呆れを交えつつ、悠二達に向かって言う。
「けど、ザコが頭数揃えたって……────」
緊張感もなく、気だるそうにそう言いかけたマージョリーだったが、視線がある一点に向いたとき、ハッとしたように、それを凝視する。
「なによ、そのラミーの
シャナを見たマージョリーは、一瞬息を呑んだ。しかし、それは本当に一瞬の事だった。
『ケケーッ、誰かと思えば、
マルコシアスが、緊張感もない、笑い飛ばすような声で言った。
『っつーことは、そいつが当代の “炎髪灼眼の討ち手” ってコトかい』
「ふん、なーに? それで
マルコシアスの言葉に続いて、マージョリーが、特に焦った様子もなく、3人を見回すようにしながらそう言った。
『いや』
アラストールが言う。
『無粋な真似をする必要もあるまい。一先ずは我らと “翠刃の繰り手” らは防御に徹しさせてもらおう』
「ふん」
アラストールの言葉に、マージョリーは、再度3人を見回すと、表情から余裕気な様子を消す。
「その貧弱なボーヤと世間知らずの箱入り巫女に、私達を止められると思ってんの?」
『…………』
『“天壌の劫火”?』
マージョリーが、ヘカテーがよく陰口として言われている表現を口にする。それに対して、アラストールが微妙な沈黙を返すと、ヘカテーが問いただすような声を出した。
「まぁ、いいわ、そう言う事なら ────」
マージョリーの言葉に、余裕気な様子が戻ってくる。
「そっちから喧嘩売ってきた以上、今度は逃さないわよ!!」
『火傷程度じゃ、済まねぇぜ!』
マージョリーとマルコシアスの言葉とともに、トーガの表情が兇悪に歪む。
「“サリー、お日様のまわりを回れ!”、あっはっは!!」
『“サリー、お日様のまわりを回れ!”、ヒャッヒャッヒャ』
マージョリーとマルコシアスの即興歌とともに、トーガの姿をした分身が無数に現れ、悠二を取り囲む。
── そうか、相手に合わせて撃てばいいってわけじゃないんだな ……
悠二は言葉には出さずにつぶやきながら、落ち着いた様子で、周囲の
「
『ブフォッ、ア・タ・リ・ッ!?』
悠二が『トライゴン』の錫杖頭から放った光弾が、トーガの頭部めがけて迸る。トーガ姿のマージョリーは、腕をクロスさせてそれを凌ごうとするが、光弾はその腕を破砕し、群青色の炎の靄となってかき消えた。マルコシアスが驚いたような悲鳴を上げる。
腕のなくなったトーガが、吸い込むような準備アクションからその腹部をふくらませる。だが、その瞬間には、悠二はマージョリーの視界から消えていた。
「下!?」
『いや、後ろだ!』
一瞬、 “明るすぎる水色” の光が瞬いた事を感じ、マージョリーはそちらに意識を向けるが、すぐさまマルコシアスがそれを覆した。
ブワッ
トーガの背後に回り込んだ悠二が、クイックで炎の矢を放つ。 “明るすぎる水色” の炎の矢が、トーガの左耳のあたりに突き刺さった。
「なによ、こんな ────」
“明るすぎる水色” の炎の矢は、トーガを構成する群青の炎に侵食されて消えかけていた。マージョリーが、受けたダメージは小さなものだと判断しかけた瞬間、
「爆ぜよ!」
と、悠二の言葉とともに、炎の矢が炸裂し、トーガの頭部の一部を破砕した。
「ガキが!!」
マージョリーがそう言いつつ、トーガの腕と頭部を再生しながら、周囲のトーガの分身を、巨大な炎弾として炸裂させる。
── 今は止まっちゃダメだ、逆に追い込まれる!
そう判断した悠二は、攻性防壁の展開ではなく、靴の踵で炎を爆ぜさせながら、群青の炎が飛び散る中を敢えて突っ切り、本体であるマージョリー達のトーガと間合いを詰める。
トーガが振り向き様に、腕を振るって無数の炎弾を放つ。しかし、その炎弾の着弾する範囲に、既に悠二はいない。
「──── ッ!!」
悠二に間合いを詰められまいと、トーガは後ろに下がろうとする。しかし、悠二はそれを許さず、再度靴の踵で炎を爆ぜさせ、追いすがる。
── 速いッ
トーガの中で、マージョリーの表情が歪む。
ブンッ
「
トーガが右腕を悠二に向かって振り下ろすと、それが解っていたかのように、悠二は攻性防壁を出現させて、それを受け止める。トーガを構成する群青の炎が、 “明るすぎる水色” の炎の幕に遮られ、侵食されていく。
── これが、昨日ボロッカスにやられたやつ……!?
── こっちゃトーガの再生だけで手一杯だ! まるで別人だぜ!!
マージョリーとマルコシアスが、声に出さずに、焦りの言葉を呟く。
「アンタ……」
マージョリーが、思わず声に出しかけた時、悠二は踵に炎を爆ぜさせて飛び上がりながら、
「一体、何?」
「フレイムヘイズだよ。 “頂の座” を “内なる王” として、この街を護る、 “守護者たるフレイムヘイズ”」
悠二は、トーガの顔を睨むように見据えつつ、しかし落ち着き払った口調で、はっきりそう言った。
「──── ッ!」
その時、マージョリーの脳裏に、ある過去の出来事がフラッシュバックした。
『あの! 僕、貴女の事、ずっと尊敬してたんです!』
眼の前の少年と、年格好も同じくらいの、メガネを掛けたコーカソイドの少年。
『今度くらいは、誰かを助けたいんです』
助けたい、守りたい、そんな、おおよそフレイムヘイズらしくないフレイムヘイズ。
だが、マージョリーは、彼を……────
『マージョリー!!』
マルコシアスの注意を促す言葉で、マージョリーははっと我に返る。
悠二は、『トライゴン』に “明るすぎる水色” の炎を纏わせ、トーガの頭上に打ち下ろそうとしている。マージョリーの動きを鈍ったと見て、致命打を入れようとしているところだった。
「ッ!!」
マージョリーは、トーガの身体を捻ってそれを躱す。
「ふざけないで!!」
マージョリーは、思わず絶叫していた。
「フレイムヘイズは復讐者よ! ただ、 “徒” の討滅を使命とした!!」
『底が知れますね』
悠二の右手から、ヘカテーが言う。最初は彼女らしく淡々としていたが、段々と激昂の様子が表れていく。
『人が自らの命を賭す程の絶望を味わうのは、すべてを失ってからとは限らない! 人には時として、自身の命と両天秤にかけるモノがあると知りなさい!!』
「知るものですか、そんなモノ!」
『マージョリー!』
明らかに心理的な余裕を失い、悲壮さの伴った叫び声を上げるマージョリーに対し、マルコシアスは冷静さを取り戻させようと、声を上げる。
「大丈夫よ、頭は回ってる」
マルコシアスにそう答えつつ、マージョリーは、実際に冷静な目で、悠二を観察する。
── 自在師として、特別、技を増やしたわけでもない。動き自体も、特段良くなったわけでもない。
悠二の一撃を避けた状態から、姿勢を直す動きのその勢いで、再生したトーガの腕で、悠二を薙ぎ払おうとする。
── とすると、この急激な変化は、内面的なもの?
悠二は攻性防壁ではなく、靴の踵で炎を爆ぜさせてほぼ垂直に飛び上がり、それ回避すると、そのまま靴に炎の翼を出現させて、トーガを見下ろせる位置に浮遊する。
一方のマージョリーも、それは計算のうちだった。
── 何か、そうさせるだけの理由が……
わざと派手かつ、直接的な攻撃で、悠二の方から間合いを取らせると、状況を確認しつつ、周囲を見渡す。
そして、それがマージョリーの視界に入った。
── あった。
── 今のは!?
悠二は、攻撃を回避して、空中に浮遊した状態で、目を見開いて訝しむ。
力技に見せかけて幻惑してくる “弔詞の詠み手” にしては、一瞬前の状況で、敢えて直接的な攻撃を使ってきた。それが、悠二がその間合いの内側にいることを嫌ったからというのは、すぐに理解できた。
だが、搦め手の要素がないということが、悠二には気にかかった。その為に、着地せず、観察できる位置で浮遊した。
「“…………隣の芝に 雨よ降れ”」
「!?」
マージョリーの即興歌とともに、封絶によって色が褪せた状態の空が、群青色に染まり始める。悠二には、それがなんの前兆か、自らの経験から、理解することができた。
「“木にも屋根にも、雨よ降れ”」
『“私の上だけ、避けて降れ”!!』
マージョリーとマルコシアスの
── さぁ、守護者気取りのボーヤ。ラミーを護るなり、動揺するなりしなさい。
マージョリーは、トーガの下で酷薄そうな笑みを浮かべながら、心のなかでそう言いつつ、周囲の様子を見る。
悠二は、攻性防壁を自身の上に展開し、その炎の礫を凌ぐ。若干の圧力は感じたが、それ以上ではなかった。
── この程度なら……
悠二は、焦りを感じた様子もなく、攻性防壁を展開したまま、視点を下に向ける。
「な!?」
驚愕の声を上げたのは、マージョリーの方だった。
綿密に降り注ぐ炎の雨が、まるでその上に不可視のドームがあるかのように、炎弾の雨が遮られている。霧散する群青色の炎の残滓が、不可視の球形の空間を浮かび上がらせる。
『マージョリー!!』
マルコシアスの逼迫した声で、マージョリーは我に返る。
「っ!」
ドォンッ!!
至近距離に迫った悠二が、ほぼゼロ距離の位置に『トライゴン』の錫杖頭を突き出し、炎を爆ぜさせた。貫通力のある光弾ではなく、敢えて爆圧の強い攻撃を加えた。
「あッ」
その爆圧によって押されたトーガは、マージョリーが自ら生み出した炎の弾丸の雨に、その背中を晒す形になってしまう。トーガの背中を、無数の炎の弾丸の雨が掠め、粗いおろし金のようにささくれ立たせていく。
「っぐ、あああっ! ああ゙ッ、あ゙あぁ!! ぁ、あ! ぐあ」
自らの炎に灼かれ、マージョリーは苦悶の声を出す。
マージョリーが放った炎の豪雨が、自分達の周囲だけ逸れていくと同時に、恵華の、背中の炎の翼がかき消え、『平成一刀』に流し込もうとしていた翠色の炎も消えたのを見て、恵華は驚いたようにしつつ、シャナに視線を移す。
「それは、火除けの宝具?」
恵華は、シャナの右手の中指に嵌る指輪を見つけると、シャナに向かって訊ねた。
「そうよ。まぁ、 “狩人” が落としていったものだけどね」
シャナは、恵華に『アズュール』を見せつつ、そうさらっと説明した。
『“狩人”!! そうか、ここでトーチを溜め込んでいたのは彼だったんだね』
リャナンシーが、驚きとともに、納得の声を出す。
「“狩人”って……リャナンシーが気をつけろって言ってた、 “フレイムヘイズ殺し” かぁ……それを斃しちゃうなんて、本当に君達には驚かされることばかりだよ」
恵華がそう言って苦笑する。そう言われて、シャナは、少し不機嫌そうな表情になった。
しかし、2人の余裕もそれまでのこと。
バキッ
『え』
「おろ」
足元からしっかりとした感触がなくなり、傾く。リャナンシーと恵華がやや緊張感に乏しい声を上げた。
ビシッ、バキッ……
繰り返し、炎の弾丸に穿たれた屋上の床は、そのダメージが蓄積され、床にヒビが広がっていく。やがてその破壊は致命的なものになり、鉄筋コンクリートの床が崩壊を始める。
バキッ、バキッ、グニュッ、ガラ、ガラガラガラガラ……
ついには、鉄筋が曲がって波打ち、コンクリートは砕け散っていく。
「くっ」
恵華は、反射的に手を伸ばして鉄筋に掴まったが、シャナは、『アズュール』の結界に包まれたまま、ビルの中に落下していく。
「──── っ!」
恵華は、躊躇うことなく鉄筋に掴まっていた手を離し、シャナを追う。頭を下にすると、シャナに追いつくべく、靴の踵で翠色の炎を爆ぜさせ、重力加速度を越えて加速した。