蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第24話 蒼き爪牙と水色の星 Part.IV

『さあ、選んでもらいましょうか』

 悠二は『トライゴン』の錫杖頭を、突き出すようにして、トーガを纏うマージョリーの頭部に向けている。その右手から、ヘカテーが、意識して威圧するような声で言う。

『“螺旋の風琴” と、彼女を “内なる存在” とする阮恵華に手を出さないと誓うか、それとも、実力行使でそれを止められるか』

『ヒーハッ! 相変わらず上から目線だなぁ、 “頂の座” ァ! [仮装舞踏会]の三柱臣は辞めたんじやなかったのかい?』

 ヘカテーの言葉に、ハイテンションなマルコシアスの声が、笑い飛ばすように返した。

「最初からリターンマッチが目的だったってワケ? わざとラミーに自在法を使わせて?」

 マージョリーが、苛立ちにわずかな呆れを交えつつ、悠二達に向かって言う。

「けど、ザコが頭数揃えたって……────」

 緊張感もなく、気だるそうにそう言いかけたマージョリーだったが、視線がある一点に向いたとき、ハッとしたように、それを凝視する。

「なによ、そのラミーの()()()のそっくりさんは……まさか…………」

 シャナを見たマージョリーは、一瞬息を呑んだ。しかし、それは本当に一瞬の事だった。

『ケケーッ、誰かと思えば、(うるさ)(がた)の “天壌の劫火” じゃーか!』

 マルコシアスが、緊張感もない、笑い飛ばすような声で言った。

『っつーことは、そいつが当代の “炎髪灼眼の討ち手” ってコトかい』

「ふん、なーに? それで()()()にしようってワケ?」

 マルコシアスの言葉に続いて、マージョリーが、特に焦った様子もなく、3人を見回すようにしながらそう言った。

『いや』

 アラストールが言う。

『無粋な真似をする必要もあるまい。一先ずは我らと “翠刃の繰り手” らは防御に徹しさせてもらおう』

「ふん」

 アラストールの言葉に、マージョリーは、再度3人を見回すと、表情から余裕気な様子を消す。

「その貧弱なボーヤと世間知らずの箱入り巫女に、私達を止められると思ってんの?」

『…………』

『“天壌の劫火”?』

 マージョリーが、ヘカテーがよく陰口として言われている表現を口にする。それに対して、アラストールが微妙な沈黙を返すと、ヘカテーが問いただすような声を出した。

「まぁ、いいわ、そう言う事なら ────」

 マージョリーの言葉に、余裕気な様子が戻ってくる。

「そっちから喧嘩売ってきた以上、今度は逃さないわよ!!」

『火傷程度じゃ、済まねぇぜ!』

 マージョリーとマルコシアスの言葉とともに、トーガの表情が兇悪に歪む。

「“サリー、お日様のまわりを回れ!”、あっはっは!!」

『“サリー、お日様のまわりを回れ!”、ヒャッヒャッヒャ』

 マージョリーとマルコシアスの即興歌とともに、トーガの姿をした分身が無数に現れ、悠二を取り囲む。

 ── そうか、相手に合わせて撃てばいいってわけじゃないんだな ……

 悠二は言葉には出さずにつぶやきながら、落ち着いた様子で、周囲の()()に対して感覚を研ぎ澄ます。

(アステル)よ!」

『ブフォッ、ア・タ・リ・ッ!?』

 悠二が『トライゴン』の錫杖頭から放った光弾が、トーガの頭部めがけて迸る。トーガ姿のマージョリーは、腕をクロスさせてそれを凌ごうとするが、光弾はその腕を破砕し、群青色の炎の靄となってかき消えた。マルコシアスが驚いたような悲鳴を上げる。

 腕のなくなったトーガが、吸い込むような準備アクションからその腹部をふくらませる。だが、その瞬間には、悠二はマージョリーの視界から消えていた。

「下!?」

『いや、後ろだ!』

 一瞬、 “明るすぎる水色” の光が瞬いた事を感じ、マージョリーはそちらに意識を向けるが、すぐさまマルコシアスがそれを覆した。

 ブワッ

 トーガの背後に回り込んだ悠二が、クイックで炎の矢を放つ。 “明るすぎる水色” の炎の矢が、トーガの左耳のあたりに突き刺さった。

「なによ、こんな ────」

 “明るすぎる水色” の炎の矢は、トーガを構成する群青の炎に侵食されて消えかけていた。マージョリーが、受けたダメージは小さなものだと判断しかけた瞬間、

「爆ぜよ!」

 と、悠二の言葉とともに、炎の矢が炸裂し、トーガの頭部の一部を破砕した。

「ガキが!!」

 マージョリーがそう言いつつ、トーガの腕と頭部を再生しながら、周囲のトーガの分身を、巨大な炎弾として炸裂させる。

 ── 今は止まっちゃダメだ、逆に追い込まれる!

 そう判断した悠二は、攻性防壁の展開ではなく、靴の踵で炎を爆ぜさせながら、群青の炎が飛び散る中を敢えて突っ切り、本体であるマージョリー達のトーガと間合いを詰める。

 トーガが振り向き様に、腕を振るって無数の炎弾を放つ。しかし、その炎弾の着弾する範囲に、既に悠二はいない。

「──── ッ!!」

 悠二に間合いを詰められまいと、トーガは後ろに下がろうとする。しかし、悠二はそれを許さず、再度靴の踵で炎を爆ぜさせ、追いすがる。

 ── 速いッ

 トーガの中で、マージョリーの表情が歪む。

 ブンッ

(キャク)(エン)(どん)(ちょう)!!」

 トーガが右腕を悠二に向かって振り下ろすと、それが解っていたかのように、悠二は攻性防壁を出現させて、それを受け止める。トーガを構成する群青の炎が、 “明るすぎる水色” の炎の幕に遮られ、侵食されていく。

 ── これが、昨日ボロッカスにやられたやつ……!?

 ── こっちゃトーガの再生だけで手一杯だ! まるで別人だぜ!!

 マージョリーとマルコシアスが、声に出さずに、焦りの言葉を呟く。

「アンタ……」

 マージョリーが、思わず声に出しかけた時、悠二は踵に炎を爆ぜさせて飛び上がりながら、(アス)(テル)を放って、トーガの右肩を破砕した。

 

「一体、何?」

 

「フレイムヘイズだよ。 “頂の座” を “内なる王” として、この街を護る、 “守護者たるフレイムヘイズ”」

 

 悠二は、トーガの顔を睨むように見据えつつ、しかし落ち着き払った口調で、はっきりそう言った。

「──── ッ!」

 その時、マージョリーの脳裏に、ある過去の出来事がフラッシュバックした。

 

 

『あの! 僕、貴女の事、ずっと尊敬してたんです!』

 

 眼の前の少年と、年格好も同じくらいの、メガネを掛けたコーカソイドの少年。

 

『今度くらいは、誰かを助けたいんです』

 

 助けたい、守りたい、そんな、おおよそフレイムヘイズらしくないフレイムヘイズ。

 

 だが、マージョリーは、彼を……────

 

 

『マージョリー!!』

 マルコシアスの注意を促す言葉で、マージョリーははっと我に返る。

 悠二は、『トライゴン』に “明るすぎる水色” の炎を纏わせ、トーガの頭上に打ち下ろそうとしている。マージョリーの動きを鈍ったと見て、致命打を入れようとしているところだった。

「ッ!!」

 マージョリーは、トーガの身体を捻ってそれを躱す。

「ふざけないで!!」

 マージョリーは、思わず絶叫していた。

「フレイムヘイズは復讐者よ! ただ、 “徒” の討滅を使命とした!!」

『底が知れますね』

 悠二の右手から、ヘカテーが言う。最初は彼女らしく淡々としていたが、段々と激昂の様子が表れていく。

『人が自らの命を賭す程の絶望を味わうのは、すべてを失ってからとは限らない! 人には時として、自身の命と両天秤にかけるモノがあると知りなさい!!』

「知るものですか、そんなモノ!」

『マージョリー!』

 明らかに心理的な余裕を失い、悲壮さの伴った叫び声を上げるマージョリーに対し、マルコシアスは冷静さを取り戻させようと、声を上げる。

「大丈夫よ、頭は回ってる」

 マルコシアスにそう答えつつ、マージョリーは、実際に冷静な目で、悠二を観察する。

 ── 自在師として、特別、技を増やしたわけでもない。動き自体も、特段良くなったわけでもない。

 悠二の一撃を避けた状態から、姿勢を直す動きのその勢いで、再生したトーガの腕で、悠二を薙ぎ払おうとする。

 ── とすると、この急激な変化は、内面的なもの?

 悠二は攻性防壁ではなく、靴の踵で炎を爆ぜさせてほぼ垂直に飛び上がり、それ回避すると、そのまま靴に炎の翼を出現させて、トーガを見下ろせる位置に浮遊する。

 一方のマージョリーも、それは計算のうちだった。

 ── 何か、そうさせるだけの理由が……

 わざと派手かつ、直接的な攻撃で、悠二の方から間合いを取らせると、状況を確認しつつ、周囲を見渡す。

 そして、それがマージョリーの視界に入った。

 ── あった。

 

 ── 今のは!?

 悠二は、攻撃を回避して、空中に浮遊した状態で、目を見開いて訝しむ。

 力技に見せかけて幻惑してくる “弔詞の詠み手” にしては、一瞬前の状況で、敢えて直接的な攻撃を使ってきた。それが、悠二がその間合いの内側にいることを嫌ったからというのは、すぐに理解できた。

 だが、搦め手の要素がないということが、悠二には気にかかった。その為に、着地せず、観察できる位置で浮遊した。

「“…………隣の芝に 雨よ降れ”」

「!?」

 マージョリーの即興歌とともに、封絶によって色が褪せた状態の空が、群青色に染まり始める。悠二には、それがなんの前兆か、自らの経験から、理解することができた。

「“木にも屋根にも、雨よ降れ”」

『“私の上だけ、避けて降れ”!!』

 マージョリーとマルコシアスの(うた)が完成した時、空に溜まっていた群青色の炎の塊のが、無数の礫となって、御崎アトリウムアーチの屋上に降り注ぐ。その1発1発は、拳銃用マグナム弾程度の威力だったが、詩のとおりにトーガだけを避けて、コンクリートの床の表面を破砕していく。

 ── さぁ、守護者気取りのボーヤ。ラミーを護るなり、動揺するなりしなさい。

 マージョリーは、トーガの下で酷薄そうな笑みを浮かべながら、心のなかでそう言いつつ、周囲の様子を見る。

 悠二は、攻性防壁を自身の上に展開し、その炎の礫を凌ぐ。若干の圧力は感じたが、それ以上ではなかった。

 ── この程度なら……

 悠二は、焦りを感じた様子もなく、攻性防壁を展開したまま、視点を下に向ける。

「な!?」

 驚愕の声を上げたのは、マージョリーの方だった。

 綿密に降り注ぐ炎の雨が、まるでその上に不可視のドームがあるかのように、炎弾の雨が遮られている。霧散する群青色の炎の残滓が、不可視の球形の空間を浮かび上がらせる。

『マージョリー!!』

 マルコシアスの逼迫した声で、マージョリーは我に返る。

「っ!」

 ドォンッ!!

 至近距離に迫った悠二が、ほぼゼロ距離の位置に『トライゴン』の錫杖頭を突き出し、炎を爆ぜさせた。貫通力のある光弾ではなく、敢えて爆圧の強い攻撃を加えた。

「あッ」

 その爆圧によって押されたトーガは、マージョリーが自ら生み出した炎の弾丸の雨に、その背中を晒す形になってしまう。トーガの背中を、無数の炎の弾丸の雨が掠め、粗いおろし金のようにささくれ立たせていく。

「っぐ、あああっ! ああ゙ッ、あ゙あぁ!! ぁ、あ! ぐあ」

 自らの炎に灼かれ、マージョリーは苦悶の声を出す。

 

 マージョリーが放った炎の豪雨が、自分達の周囲だけ逸れていくと同時に、恵華の、背中の炎の翼がかき消え、『平成一刀』に流し込もうとしていた翠色の炎も消えたのを見て、恵華は驚いたようにしつつ、シャナに視線を移す。

「それは、火除けの宝具?」

 恵華は、シャナの右手の中指に嵌る指輪を見つけると、シャナに向かって訊ねた。

「そうよ。まぁ、 “狩人” が落としていったものだけどね」

 シャナは、恵華に『アズュール』を見せつつ、そうさらっと説明した。

『“狩人”!! そうか、ここでトーチを溜め込んでいたのは彼だったんだね』

 リャナンシーが、驚きとともに、納得の声を出す。

「“狩人”って……リャナンシーが気をつけろって言ってた、 “フレイムヘイズ殺し” かぁ……それを斃しちゃうなんて、本当に君達には驚かされることばかりだよ」

 恵華がそう言って苦笑する。そう言われて、シャナは、少し不機嫌そうな表情になった。

 しかし、2人の余裕もそれまでのこと。

 バキッ

『え』

「おろ」

 足元からしっかりとした感触がなくなり、傾く。リャナンシーと恵華がやや緊張感に乏しい声を上げた。

 ビシッ、バキッ……

 繰り返し、炎の弾丸に穿たれた屋上の床は、そのダメージが蓄積され、床にヒビが広がっていく。やがてその破壊は致命的なものになり、鉄筋コンクリートの床が崩壊を始める。

 バキッ、バキッ、グニュッ、ガラ、ガラガラガラガラ……

 ついには、鉄筋が曲がって波打ち、コンクリートは砕け散っていく。

「くっ」

 恵華は、反射的に手を伸ばして鉄筋に掴まったが、シャナは、『アズュール』の結界に包まれたまま、ビルの中に落下していく。

「──── っ!」

 恵華は、躊躇うことなく鉄筋に掴まっていた手を離し、シャナを追う。頭を下にすると、シャナに追いつくべく、靴の踵で翠色の炎を爆ぜさせ、重力加速度を越えて加速した。

 

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