蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第25話 蒼き爪牙と水色の星 Part.V

「シャナ!」

 悠二が叫ぶ。

 ガラスドームがあった、アトリウムアーチの屋上の、ガラスドームが破壊されたその開口部の周辺部も崩壊し、トーガを纏ったマージョリー達と悠二も、そのビルの中、吹き抜けの中へと、巻き込まれるように落下していく。

 トーガは、落下しながら、手足を広げてその速度を調整しつつ、シャナや恵華達を追うように下を向いた。

 悠二は、落下に対して減速をかけつつ、『トライゴン』をトーガの背中に向ける。 ──── が。

『悠二!』

「ダメだ!」

 ヘカテーと悠二が、ほぼ同時に声を上げる。

 ── 回避されたら……逸れたらシャナに当たる!!

 シャナは『アズュール』を持っているが、その結界が防ぐことができるのは炎の属性を持つものだけだ。(アス)(テル)は貫いてしまう。

 悠二の出す炎弾では、トーガを一気に行動不能にするほどの威力は出せない。炎の矢を爆裂させる法を使っても、片腕をもぎ取るのがせいぜいだ。

 それを判断すると、悠二は、その瞬間に落下速度の減速を()め、逆に重力加速度を越えて、トーガを追う。

 一方、その最中に、落下中のシャナに恵華が追いつき、正面から抱きつくように抱える。だが、

「シャナ! 結界解いて! 飛行の式が呼び出せない!」

 と、恵華が言う。彼女の翼は、炎をそう模らせるかたちで出現させているため、『アズュール』の結界の中では発動させる事ができなかった。

「ダメ! まだヤツがこっち狙ってる!」

 シャナは言う。恵華の肩越しに上方に視線を向けていたシャナの視界の中で、まだ、トーガが下側にいるシャナと恵華の方を見ていた。

「くっ……」

 恵華が、表情を歪めながら、トーガの方を振り向こうとする。

「あっ!」

 恵華の視界にトーガが入る前に、シャナが声を上げた。トーガがぐるり、と、向きを上の方に変えていた。

「結界切る、今!」

 シャナは、そう叫ぶような声を出しながら、2人を取り囲んでいた『アズュール』の結界を消す。

 恵華は、そのタイミングその背中から、深い翠色の炎の翼を出現させた。 ──── その時。

 

 ドクン…………

 

 ── あ……

 

 恵華のそれに共鳴したかのように、シャナの中で、自身を満たす()()が、揺らぐのを感じた。

 その一瞬が、まるで時が止まっているかのように、シャナには感じられた。

 

 ── これは……

 

 それが、自身の中に存在するアラストールから発される熱だと、シャナは感じていた。

 それ自体は以前から感じられていたものだった。だが、体の芯の部分で留まっていたそれが、溢れ出してくる、初めての感覚だった。

 

 ── 私にも……────

 

「できる!!」

 

 ゴワァッ

「シャナ!?」

 恵華が驚いたような声を出す。

 シャナの背中から、炎の翼が出現する。それは、恵華が発現させるものとよく似ていた。ただ、翼を模る炎の色は、アラストールを象徴する紅蓮をしていた。

「できる、私にも!」

 驚いた表情をしている恵華に向かって、シャナは、嬉しそうに笑ってそう言った。

「強くなれる、私も!!」

 

 

 ブンッ!!

 振り向き様に、トーガの腕が遠心力で広げるように振るわれ、悠二に向かって無数の炎弾を放つ。

「!」

 悠二は、攻性防壁を展開すると、それを、吹き抜けのフロアの()の面積いっぱいにまで広げる。ぶつかってきた群青色の炎弾を、 “明るすぎる水色” の炎が破砕していく。

「後ろは!?」

『大丈夫です』

 悠二がヘカテーに訊ねると、ヘカテーは即答した。悠二は、群青色の炎弾が破砕された炎の霧に視界を遮られつつも、トーガのいる方に視線を向けたままにしている。

 悠二が、攻性防壁 “却焰の緞帳” を吹き抜けの開口部ギリギリの面積にまで広げたのは、以前、躱したと思った炎弾が、トーガの分身になることを経験していたからだ。さらに念を入れて、ヘカテーに確認を頼んだ。

 群青色の炎の霧が晴れ、 “明るすぎる水色” の炎の壁の向こうが透けて見える。と、その先で、トーガの顔がニタリと笑ったかのように見えたかと思うと、再びくるり、と、寝返りをうつように向きを変えると、頭を下げて急降下を始める。

「!」

 悠二もまた、攻性防壁を解除すると、それを追って、重力加速度を越えて急降下し、トーガを追っていく。

 

 ドンッ

 シャナが、一瞬、炎の翼を爆ぜさせるようにしながら減速し、吹き抜けのフロアの最下段に、ほぼ垂直に着地した。

 恵華の方は、そのシャナの軌道をくるっと旋回してから、そのすぐ傍らに着地する。

 ズンッ…………

「“打ち込め杭を、吸血鬼に”」

『“親兄弟の仇の、その胸に”』

 即興歌と共に、トーガの右腕が巨大な鉄槌のように膨れ上がり、恵美めがけて打ち下ろされる ────

「一刀 ────」

 その一瞬前、右手に携えた『平成一刀』に、翠色の炎をその柄から流し込みながら、恵華は、抜刀の構えを取る。

「──── (じゅう)(じん)

 恵華が、そう唱えた次の瞬間、翠色の閃光が、今、振り下ろされようとしていたトーガの腕の付け根、両肩に()()った。

 恵華が、『平成一刀』を()()()状態にした時、ポロッ、と、呆気なくトーガの腕が肩口から脱落し、恵華を打ち据えようとしていた質量を伴って、ドスンッ、と、床に落ちてから、霧散していく。

「なっ……」

『なんじゃこりゃあ!?』

 恵華が『平成一刀』を構え直すのと同時に、マージョリーとマルコシアスが、軽い混乱を伴った声を上げる。

『てめェ、ラミーの()()()のクセにフィジカル系かよ!』

 マルコシアスが、わずかに呆れた様子を混ぜつつ、憤慨した声を上げた。

『“蹂躙の爪牙” 、君に言われたくはなかったよ』

 恵華の胸の『アケロン』から、リャナンシーが、呆れたような疲れたような声を出す。

「アンタ達は手を出さない約束だったんじゃないの?」

 腕を失ったトーガの肩口から、渦巻く群青色の炎を発し、腕を再生しながら、マージョリーが忌々しそうに言う。

「わざわざこっちに手を出してきたのはキミたちの方だよ」

 恵華は、一切悪びれた様子もなく、むしろ妙に楽しそうに言う。

「これくらいは、正当防衛だと思うけどな」

「チビジャリ共が! 調子に乗るんじゃないわよ!!」

 恵華の言葉に挑発されて、マージョリーが激怒した様子で怒鳴る。

『調子に乗ってるのは、どっちかな?』

 ドンッ

 リャナンシーの言葉の一瞬後に、恵華は、踵で炎を爆ぜさせる。

「シャナ!」

「えっ!?」

 恵華はシャナに向かって駆け寄ると、その手を取って、自らの背中の翠色の翼を爆ぜさせるようにして、ほぼ垂直に急上昇していく。

『撃つってことは、誰かから撃たれるってこと。そのこと自体は、君達は知っていたはずだ』

 急速に離れていくトーガ、マージョリーに向かって、リャナンシーが言う。

『けれど、君は自分の憎しみを正当化するあまり、相手の想いを軽んじすぎたんだよ』

 しゃりん

 恵華とシャナを追って見上げたトーガ、マージョリーの視界の外で、何度か聞いたその音が響いた。

「なっ!?」

 感じられたその膨大な “力” に、トーガ姿のマージョリーは振り返るが、もう、遅い。

(アステル)よ!」

 発生させていた無数の光弾が、悠二が『トライゴン』の錫杖頭を鳴らしながら振るうと、雨のように、トーガの立っていたフロアに降り注いだ。

 鋭い貫通力を持った光弾が、トーガとその周囲に向かって降り注ぐ。

『ふ・せ・ぎ・き・れ・ね・ぇッ!!』

 マルコシアスが悲鳴を上げる。トーガの腕を膨らませ、炎を纏わせてクロスさせて防ごうとするが、何発かの光弾を潰したものの、それと対消滅するかたちで纏っていた炎も霧散する。腕は穴だらけにされてしまう。

 トーガはその防護の炎を凝縮して、マージョリーの身を守ろうとする。その分、トーガの表面は密度が薄くなり、光弾に貫かれて削られていく。

 ガガッ、ガリガリガリッ

 防護の炎を光弾が削り、砕く、その破滅的な音が、マージョリーの身体を包むかのように響いてきた。

 

 

 …………

 ………………

 ……………………

 ……視界を満たしていた “明るすぎる水色” の光が晴れる。

 見えるのは、長年追い続けてきた “紅世の徒” の入れ物と、それと瓜二つの姿をした “炎髪灼眼”。

 そして、視界の正面、その中央にいるのは ──── 自分よりずっと、その経歴は短いはずの、曰く、 “守護者たるフレイムヘイズ”。空中に立つそのシルエットが、マージョリーを()()ろしていた。

 ── アンタも……そうやって……

 破られたトーガは霧散し、マージョリーは床に横たわらされていた。

 ── 上から……見下ろすのね……

 

 ── 私も……また……

 

 ── 惨めに……地べたに寝転がって ────

 

 

 ──── イングランドの貴族の家に生まれた娘は、いつも誰かに頼られていた。

 けれど。

 それは、彼女自身を必要としていねわけではなかった。ただ、彼女の家が持つ力が欲しかっただけだ。

 だから。

 

 ── 最初から、大事な物など、何もなかった。

 

 ブリテン島を巡る諸侯の戦いで、彼女の家は没落してしまう。

 挙げ句には、信頼していた陪臣に裏切られ、売り飛ばされてしまった。

 

 ── 全てを奪われて、生きていた。

 

 彼女の目の前に映るもの。

 自分達を()()という()として扱い、自らの欲望を満たそうとする者。

 自分達を売り飛ばすことで、本来敵だった者の下で生を謳歌する者。

 

 ── だから、私から全てを奪った、そこにある全てを……

 ── 壊して、殺して、奪って、嘲笑ってやろうとした。

 

 空っぽだった彼女に生まれた、初めての感情 ──── それが、()()だった。

 

 ── その為に長い時を耐え、我が身に代えて用意を整え……

 ── 周到に、身長に、準備した。

 

 自分と同じ様に囲われる情婦達と結託し、出入りの商人を誘惑して内通者と変え、あるいは自身の身体に溺れた権力者達をも手駒ともした。

 

 ── そして、そこにある全てを、壊して、殺して、奪って……

 ── 嘲笑ってやろうとした ────

 

 全ての準備は整った。

 だが ────

 

 ── まさに、その時 ────

 

 次の瞬間、彼女の視界に映っていたのは、破壊され半壊した屋敷。無惨に焼き尽くされる街。夜空へ向けて立ち上る、激しい炎と煙。

 瓦礫が積もる石畳の床の上に、血塗れになって仰向けに倒れている自分。

 そして、一瞬前に突然現れた、髪の代わりに銀の炎を拭き上げる、全身甲冑の化物。

 ──── それは彼女に見せつけるように、それを始めた。

 血に濡れて重傷は負っているが、まだ絶命には至っていない、彼女を囲っていた権力者とその仲間達。彼女が、壊し、殺し、奪い、嘲笑うはずだったもの。

 ──── 彼女の、存在意義の全て。

 だが、それらが彼女の目の前で、銀の炎の塊と化し、その化物に吸収されるかの様に、消滅していく。

 

 ── 奴は、全てを知っていた。

 ── 奴は、私に見せつけた。

 

 全身鎧のケインから、無数の目が、彼女を()(くだ)してくる。

 それは不気味でおぞましい見た目だったが、彼女はそれよりも、その化物の悪意を感じていた。

 

 ── 私が壊し、殺し、奪うはずだったもの。

 ── ()()()()が ────

 

 ── “存在” ごと……消える……

 

 化物は、彼女を喰らわなかった。

 だから、それが化物の悪意だと解った。

 

 ── 私は……空っぽになってしまった。

 

 残されたものは、何もなかった。

 ──── 否。

 

 ── 瀕死の私を前に、銀の炎が嘲笑う。

 

 残されたモノ、唯一の理由。

 

 ── せめて……

 

 人間の限界を超えた憎悪の形相で、化物(ソイツ)を睨みつける。

 

 ── せめて……コイツだけでもいい……

 

 すべてを喪失し、脱力していた虚ろな感情が、再び激しく燃え上がる。

 ギリッ……

 噛み締めた奥歯が鳴った。

 

 ── コイツの全てを壊させて!!

 

「ッブチ殺させて、よぉぉぉぉッ!!」

 

 ── いいとも。

 

 彼女の絶叫に、答える声が響いた。

 

 ── いいとも、空っぽの器。

 ── 群青の映える、綺麗な器 ────

 

 空を舐め尽くしていた炎と煙の中から、群青色の巨大な狼が姿を現す。

 彼女は、瀕死になる程の全身の怪我もなかったかのように、立ち上がり、それを凝視する。

 

 ── ブチ殺しの雄叫びを上げて、俺を呼べ。

 ── 俺の求めを満たす ────

 

「麗しき酒杯(ゴブレット)

 

 それに(こた)えるかのように、彼女は烈しい咆哮の声を出した。

 空を蹂躙していた群青色の炎が消えていく。否、それらは彼女の中に収まり、空っぽの彼女を満たしていた。

 眼光鋭く、廃墟と化したその地に立つ。

 ──── それが、フレイムヘイズ・ “弔詞の詠み手” の誕生の瞬間だった。

 

 

『!! 悠二!』

 ヘカテーが、強い調子で緊迫した声を上げた。

『危険です! 離脱してください!』

「え!?」

 悠二は、聞き返すような声を出すが、同時に行動を開始していた。

 靴から生えた2対4翅の、 “明るすぎる水色” の羽を煌めかせ、急上昇する。上を向いた視界の先で、恵華とシャナが先に、吹き抜けの天井の開口部から、脱出しようとしているところが見えた。

 ドンッ

 下方から感じる強烈なプレッシャーに対し、悠二は踵で炎を爆ぜさせ、さらに加速する。

「っ!!」

 悠二が、御崎アトリウムアーチの、ガラスのドームが破壊された屋上の開口部から脱出した、その次の瞬間だった。

 ゴゴゴゴゴォォォォッ……!!

 巨大な吹き抜け構造のビルをコップに見立てたような状態で、その底から群青色の炎が大量に湧き出し、一気に満たしていく。

 悠二が寸でのところでビルから脱出した、次の瞬間、その大量の炎が吹き出した。

 

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