蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第26話 蒼き爪牙と水色の星 Part.VI

「うぉ……」

 『玻璃壇』の前にいた栄太が、その光景を見て、思わず仰け反る。

 そこに再現された、御崎アトリウムアーチの中で、群青と “明るすぎる水色”、2色の光が交錯しているのが見て取れた。

 最初は、御崎アトリウムアーチの上空で2色の光が交錯した。もつれ合うようにアトリウムアーチのガラスドームに落下していき、マージョリーの纏う群青色の炎、フレイムヘイズ・坂井悠二のものと思しき “明るすぎる水色” の炎が、鮮やかに光を引いて、ガラスドームの中に落ちていった。

 一度光が途切れたと思ったら、アトリウムアーチの屋上の、ガラスドームの “縁” の部分で、再び群青色と “明るすぎる水色” の光が交錯した。

「おぉっ……!?」

 啓作と栄太が驚いた声を漏らし、反射的に腕で自身をかばう仕種をする。

 それだけでも啓作達には圧巻だったが、今度はアトリウムアーチの屋上に “明るすぎる水色” の光が出現したかと思うと、その光が群青色の光の礫を弾き返した。

「これ……坂井がやってるのかよ……」

 啓作が、愕然とした様子で、絞り出すように、呟くようにそう言った。栄太もゴクリ、と喉を鳴らす。

「!」

 群青と “明るすぎる水色” の光が、もつれるようにして、御崎アトリウムアーチのビルの中に落下していく。そのビルの中でも群青色と “明るすぎる水色” の光が瞬き、強烈にビルから放たれる。

「……ぁ……!」

 啓作が、微かに声を漏らした。

 ひときわ強く “明るすぎる水色” の光が放たれたかと思うと、それきりどちらの光も『玻璃壇』に写らなくなった。

 静寂 ──── 『玻璃壇』にはもとより、音を再現する機能はないのだが、視覚的なものから、啓作と栄太はそう感じた。

「これ……は……」

 息を呑むようにしながら、栄太がようやく、絞り出すような声を出す。

「まさか……」

「言うなよ」

 栄太の、わずかに悲壮さの混じった言葉に、啓作が、低い声で遮るように言う。

「けど、これって、姐さん……」

「言うな!!」

 それでも、おずおずと口に出しかけた栄太の言葉を、啓作は、さらに強い、半ば怒声になりながら遮った。

「田中、栞は?」

「あ、ああ……」

 啓作が詰めるようにして問うと、栄太はポケットに手を突っ込み、マージョリーが彼らに渡した、光の栞を取り出す。啓作は、それをひったくるようにして自分の手に取る。

「あ、お、おい!」

 啓作が、2人が入ってきた非常階段の方へ駆け出そうとするところへ、慌てた様子の栄太が呼び止める。

「何処へ行く気だよ!?」

「マージョリーさんを探しにに決まってるだろ!」

 啓作は、一度だけ振り返ってぶっきらぼうに言うと、非常階段へ向かって駆け出した。

「ま、待てよ!」

 栄太も、啓作を追って、その方向へ駆け出していった。

 

 

 悠二は、破壊されたガラスドームの、残骸である骨組の隙間を通って脱出し、その横へと逸れる。

 バキ、バキン!!

「うわ、わあぁぁぁぁっ」

 悠二は、背後から轟音とともに強烈な衝撃波を感じ、反射的に悲鳴のような絶叫を上げる。

 群青色の巨大な狼が、残っていた鉄骨を噛み砕き、ガラスドームの屋上の開口部から飛び出すと、さらに膨れ上がった群青色の炎が、周囲を満たした。

「な……なんだ?」

 悠二は、さらに上昇して、それを見下ろす。

 吹き出した炎が渦を巻きながらまとまり、ひとつの形へと纏まっていく。

「群青の……狼……!?」

 悠二は、その巨体に圧倒されるかのような様子で、呟くような、問いかけるような口調で言う。

『あれは…… “蹂躙の爪牙”、彼の “この世” での顕現の姿です』

 ヘカテーも、わずかに戸惑うようにしつつ、悠二にそう言った。

「でも……フレイムヘイズの “内なる王” が、こんなかたちで顕現するって……」

 群青色の狼は、ビルの屋上で爪を立て、咆哮を上げる。その音が、あるいは何らかの力を帯びているのか、空中の悠二を激しく揺さぶった。

「くっ……」

 軽く声を漏らし、右手に『トライゴン』を握ったまま顔を覆うように腕をクロスさせて、空中でそれをやり過ごす。それから、周囲を一瞥して、別の小規模ビルの屋上にいるシャナと恵華を見つけると、自分もその傍らに降り立つ。

 ォオォォォォォォ ━━━━ ォォォン……

「っ…………」

 悠二が着地した時、再び、群青色の狼が波動の放射を伴う雄叫びを上げた。

『まずいな』

 その声に悠二は思わず振り向く。恵華の胸元の『アケロン』から、リャナンシーの深刻そうな言葉が聞こえてきた。

『封絶を張った本人が、深手を負って暴走しているせいで、封絶が不安定になってる』

「それって、封絶が解けるかもしれないってことですか?」

 悠二が、険しい顔と驚いたような口調で聞き返すと、

『そう。今のところはゆっくりではあるけど、確実に壊れていってる』

 と、リャナンシーが、やはり重めの口調で、そう答えた。

「この状況で、封絶が解けたら……」

 御崎アトリウムアーチの屋上の群青色の狼と、その足元から溢れ出す炎を見て、悠二は呟き、ゴクリと喉を鳴らした。

『封絶によって切り離されている因果が繋がってしまえば、この破壊された状態が()()のものとなってしまいます。それに、溢れ出した炎がより広い周囲を()き尽くし、街も人も甚大な被害に見舞われるでしょう』

 ヘカテーもまた、淡々としながらも深刻そうな言葉を発した。それを聞いて、悠二は、さらに戦慄した表情になり、群青色の狼を見た。

「この状態だと、多分、壊れかけの封絶の外にまで影響が出ているね」

 恵華も群青色の狼の方に視線を向けたまま、そう言った。

「どういう、こと?」

 シャナが聞き返す。

『生身の人間でも、あまりに強い “力” に対しては多少の何かを感じる人はいるんだよ。そこへこれだけの憎悪と悲鳴が溢れ出してるんだ。封絶の外は多分、パニックになってるよ』

「つまり、子どもの泣き声に当てられるようなもの?

 リャナンシーの言葉に対し、悠二より先に、シャナが反射的に聞き返した。

『そう』

 リャナンシーが短く答える。

「だとすると、封絶が崩壊する前に止めないと」

 悠二は、そう言うと、群青色の狼に向かい合い、『トライゴン』を引き戻すように構えて、睨むような険しい表情で見た。

 すると、

「それは、悠二の “使命” として?」

 シャナの問いかけに、悠二は、シャナを振り返ると、一瞬だけ、キョトン、とした表情になった。しかし、その表情をすぐに引き締めつつ、不敵な笑みを浮かべた。

「もちろん、そうだよ」

「なら、私も行く」

 悠二が力強く答えると、シャナもまた、真摯な表情でそう言った。

「それは助かる。あの中に飛び込む方法をどうしようか考えていたんだ。『アズュール』の結界があると助かる」

「なるほど、火除けの結界の力が欲しいってわけね」

 悠二が、頼もしそうな視線をシャナに向けながらそう言うと、シャナはそう答えた。

「うん。でも、それはシャナにしか頼めない。 “炎髪灼眼” にね」

「もちろん、それは解っているわ」

 悠二の言葉に、シャナも真剣な表情ながら、口元に笑みを浮かべた。

「それじゃあ、ボク達は最悪の事態になった時に、被害を最小限にできるよう、備えておくよ」

 恵華がそう言った。悠二の視線が、そちらに向くと同時に、

『! いいのですか、リャナンシー』

 と、軽く驚いた声でヘカテーが聞き返した。

『いいも悪いも、このままここで暴発されると、この場だけじゃない。この街の()()()()()()が連鎖反応を起こして、より広範囲に破滅的な被害が出るし、私達にとってもあまりいい状況じゃないからね。それに比べたら多少、溜めた “存在の力” を使ってしまっても仕方ないよ』

「だいたいさ」

 リャナンシーが、どこかあっさりとした口調でそう言うと、それに恵華が続く。

「失敗するつもりなんかないんだろう? 悠二クンは」

 その恵華の言葉に、悠二は一瞬呆気にとられたような表情になったが、表情を引き締め直すと、力強く言う。

「もちろん」

 そして、悠二は、群青色の狼の方を、身体ごと真正面に捉えるるように立った。

「行くよ」

「うん」

 悠二は、ヘカテーだけを意識して言ったつもりだったが、シャナが力強く答えた。

 ドンッ

 悠二は、真正面に向かって駆け出すようにしながら、靴の踵で炎を爆ぜさせて空中に躍り出ると、靴に2組4翅の “明るすぎる水色” の羽根を出現させ、半壊した御崎アトリウムアーチの頂点に居座る群青色の狼に向かって、飛翔していく。

 同時にシャナも、背中に紅蓮の炎の翼を出現させると、シャナの方は一度ふわりと浮かび上がるように飛び上がると、炎の翼を爆ぜるように閃かせると、一気に加速して、先行した悠二に追いついていった。

 

 

「はっく、はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

「はっ……はっ……はぁっ……はぁっ……」

 啓作と栄太は、武蔵御崎駅の北口駅前商店街まで駆けてきていた。

 目指しているのは、『御崎アトリウムアーチ』。

 だが、その場所も、その建物の姿も、2人ともよく知っているにも関わらず、どうしてもそこへと辿り着けなかった。

 やがて、がむしゃらに駆け回っていた2人の足の筋肉が悲鳴を上げ、2人はその場に立ち止まる。2人とも、身体が酸素を求めて荒い息をしている。啓作は、中腰の状態で開いた脚の膝に手をついた姿勢になり、栄太は手近な電柱に寄りかかっていた。

「ぜぇ、ぜぇ……ぜぇ……っく……」

「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ……」

 周囲の通行人が、何事かと2人に視線を求めるが、当の2人には、精神的にも肉体的にも、それを構っている余裕はなかった。

「ッ ──── くっそぉ! マージョリーさんは何処にいる、何処で戦ってる!?」

 啓作は人目も憚らず、そう荒い声を上げた。

「なんで……なんで辿り着けねーんだよ!!」

「封絶ってやつのせいか……」

 啓作とは対称的に、栄太は、いくらか落ち着いた口調でそう言った。

「畜生ォ……坂井の野郎……」

 啓作は、憤りの表情を表し、爪が自身の掌を傷つけてしまう程、強く両の拳を握りしめた。

「お……落ち着けよ」

 栄太が、啓作を宥めるように言う。

「確かに形勢は不利だったように見えたけど、あの姐さんが、はいそーですかって簡単にやられる人じゃないだろ」

「じゃあ、なんで居場所が分からねーんだよ!!」

 栄太はそう言ったが、啓作は返って激昂した様子を見せる。

「それに、どうして封絶の場所が解らないんだよ!」

 そう言うと、啓作は、左手で握りしめていた栞を、栄太の胸元あたりにつきつける。

「マージョリーさんがやられちまったから、この栞の力も働かないんじゃないのか!?」

「い……言われてみれば」

 完全にそう言いきれるわけではなかったが、栄太は、啓作のその仮定に納得せざるを得なかった。

「もしそうだったら……許さねぇぞ、坂井のやつも、 “紅世の徒” も……!!」

「…………」

 栄太は、啓作のその言葉と態度に危うさを感じつつも、どう声をかけるべきか逡巡した。それに、もし啓作が言ったことが本当だった場合、自分も冷静でいられるか、栄太自身にも疑問だった。

 ──── その時。

「うわぁぁぁぁぁっ!!」

「きゃぁぁぁぁぁっ!!」

「いやぁぁぁぁぁっ!!」

 周囲の、雑踏の中の何人かが、突然悲鳴のような絶叫を発した。

「な、なんだ……」

 栄太が言う、啓作とともにあたりを見回す。

 何人か、決して少なくない人数の人間が、頭を振り乱したりかきむしったりしながら、苦悶の絶叫を挙げている。

「な、何が起こっているんだ……?」

 啓作は、その場に立ち尽くしながら、その様子を見て、戸惑いの声を出す。

「おい、佐藤、この人達は何を感じて叫んでるんだ……?」

 栄太も、戸惑ったようにあたりをキョロキョロとしながら、啓作に問いかけるような言葉を出す。

「わ、わかんね……」

 啓作は、そう言いかけたが、その時に、何かがあたりを舞っている事に気がついた。

「!? これは……」

 啓作が、ギョッとした様子を見せながら言う。

 あたりを、花びらのような存在がキラキラと煌めきながら、あたりを舞っていた。

「この、色!」

 啓作は、それに気がついた。辺りに舞っているそれは、マージョリーとマルコシアスの “炎”、群青色をしていた。

「マージョリーさん!!」

 啓作は、思わずその名を大きな声で呼んでいた。

 一方。

「これは……」

 栄太は、それがある方向から流れてくる事に気が付き、それを目で追った。

「向こうか!!」

 栄太は言い、その流れてくる方向の空に視線を向ける。

「何が出来るか解らねぇが、とにかく行ってみよう」

「ああ!」

 栄太がそう言うと、啓作も力強く答え、2人はその方角に向かって駆け出した。

 

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