蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第27話 蒼き爪牙と水色の星 Part.VII

「もっと出しても大丈夫! ついて……行ける!!」

 追いついてきたシャナが、悠二に対して張り上げる声でそう言った。

「解った!」

 悠二は、そう答えると、踵で炎を爆ぜさせ、その勢いでさらに加速する。シャナの炎の翼も爆ぜるような勢いで後方に向かって炎を噴き出し、悠二に追随していく。

 すると ────

 ゆらり

 それまで遠吠えを続けていた、群青色の炎の狼は、姿勢を変えて悠二たちの方を向いた。

 悠二は、それを視認すると、

「シャナ! もっと僕の傍に寄って!」

 と、声を張り上げてそう言った。

「『アズュール』は!?」

「まだ!」

 シャナもまた、飛翔する風切り音の中でも悠二に伝わるように、声を張り上げて問いかけた。

 視界の中で迫ってくる ──── 実際には悠二とシャナの方がそちらへ近づいていっている ──── 群青色の狼が、全身から炎を立ち上らせると、それが炎弾と変わるのが見えた。

「右へ避ける!」

 悠二が言い、ロールを打って、それまでの進路方向から右へと逸れていく。シャナも、それに続いていく。

 次の瞬間、回避する寸前までの悠二とシャナが飛行していた軌道を、無数の群青色の炎弾が舐めるように飛んでいく。──── が、そのうちの何発かは、方向を変えて、悠二達を追い始める。

「シャナ! 上昇して! 上から迫る!!」

 悠二はそう言うと、ビルの外壁スレスレに沿って急上昇する。

「悠二、後方から追いかけてきてる!」

 シャナは、悠二に追随しながら、後ろから迫ってくる炎弾を意識して、悠二に向かって声を張り上げる。

「解ってる!!」

 悠二はそう言いつつも、さらに急上昇を続けた。

 そして、狼の頭上まで上昇すると、悠二は、そこで体勢を高速飛行のそれから、立って身構える姿勢になった。

「シャナ! 結界を!!」

「うん!」

 悠二に言われて、悠二の傍らの位置にまで上昇・接近してきていたシャナが、『アズュール』の結界を展開する。それと同時に、悠二はシャナの肩に掴まった。

 悠二の足元の羽根、シャナの背中の翼も、その結界の影響でかき消える。2人は球形の結界に包まれた状態で自由落下する ──── かと思われた瞬間、無数の群青色の炎弾が結界に命中した。

 炎とその熱は結界によって遮られるが、重力に支えられていない『アズュール』の結界は、遮られた炎弾が炸裂する爆圧で、その中心であるシャナが持ち上げられる。シャナの肩に掴まっていた悠二も、それに持ち上げられる。

 2人は、群青色の狼の頭上まで浮かび上がった。狼が、その2人を狙うように、顔を上に向け、視線を2人に向ける。

「結界解いて!」

「でも!」

 悠二はそう言ったが、シャナは、その意図を理解できずに、一瞬躊躇った。

 眼下では、狼が口を開きかけていた。その口腔内では炎が渦巻いており、2人に炎のブレスを浴びさせようしているのが見て取れた。

 だが、悠二は、

「いいから!」

 と、強い調子でシャナに言う。

「『贄殿遮那』を構えて!」

「解った!」

 シャナは、贄殿遮那を両手で構える姿勢に移行しつつ、その途中で『アズュール』の結界を解除した。

 『アズュール』の結界が解かれた次の瞬間に、狼はほぼ真上に向けて炎の奔流を吐き出す。

「却焰の緞帳!!」

 悠二は、自分達の下側に攻性防壁を出現させる。狼の吐き出した大量の炎は、それに遮られて、 “明るすぎる水色” の炎に逆に侵食されつつ、その周囲に散っていく。その圧力に逆らうように、悠二はゆっくりと降下する。

 その群青色の炎の奔流が途切れ、 “明るすぎる水色” の幕越しに、狼の姿が見えた。

「シャナ! やつの口だ!!」

 悠二がそう言い終えたときには、シャナは、すでに狼の頭部めがけて、紅蓮の炎の翼を背に、突進していく。両手で構えた大太刀を振りかぶり、一度閉じかけていた狼の口を縦に切り裂いた。

 グォオォォォォォン……────

 狼は、その前足でビルの屋上のコンクリートを握り潰してしまいつつ、一度のたうつように首を振ってから、切り裂かれた口をシャナの方に向け直す。その4つに別れてしまった内側で、再び炎が渦巻き出す。

(アステル)よ!!」

 しかし、悠二がその、狼の口腔内で集束しようとしていた炎の塊に光弾が撃ち込んだ。光弾を撃ち込まれた炎の塊は、吐き出されることなく、狼の口腔内で低速な爆発現象を起こす。それはあまりにも大きかったため、狼の口の外にまで、砕け散った炎が小さな塊となって飛んでくる。

 だが、悠二とシャナは、その時すでに次の行動に移っていた。お互い下を向いたまま、悠二がシャナの肩を抱き寄せるようにして、身体を接近させる。

「結界を!」

「うん!」

 悠二が言うと、シャナは、『アズュール』の結界を展開する。

 2人はそのまま、自由落下するかたちで、爆散した群青色の狼の頭部から、その内部へと侵入していく。奥では当然、狼を模る群青色の炎が渦巻いていたが、『アズュール』の結界でそれを押し退()け、その最深部へと向かって進む。

 すると、炎が存在していない、周囲の炎がそこを包み込むような空間があった。

「悠二!」

 シャナが、険しい表情で声を上げる。

 そこには、鮮やかなブロンドのロングヘアを持つ長身の女性が、アタッシュケースほどの大きさもある本を抱えつつ、膝を立てて曲げるかたちで座り込んでいた。

 悠二は、ゆっくりと歩き、その女性の正面まで歩いていくと、『トライゴン』を振りかぶると、その錫杖頭で ──── ──── ──

 

 

「おっ」

 恵華は、近くのビルから、『御崎アトリウムアーチ』の屋上を見据えられる姿勢で、瞑想して精神を研ぎ澄ますようにしながら、抜身の『平成一刀』に深い翠色の炎を薄く纏わせ、技の発動を準備していた。

 だが、それを向けていた存在に対して変化を感じると、ぱちっ、と目を開いて、短く声を出した。

 ォオォォォォェン……オォォォン……────

 恵華の視線の正面にあった、群青色の炎が模る巨大な狼が、哀しげな泣き声を遺しつつ、それを構成する炎が陽炎のように揺らぎながら霧散していくところが見て取れた。

『さすが “炎髪灼眼の討ち手” と “頂の座のフレイムヘイズ” 、と言っていいのかな、この場合』

 リャナンシーがそう言っている間に、恵華は『平成一刀』に流し込んでいた “力” を収めると、その刀身を鞘に納めた。

 断末魔とも言える哀しげな咆哮の響きを残し、群青色の巨大な狼と、その足元から噴き出していた炎は、最後は風に流されるかのようにかき消えていった。

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 悠二は、アトリウムアーチの、崩壊しかけた屋上に立つように浮遊しながら、『トライゴン』を両手で掲げている。その錫杖図から昇る、陽炎のような “明るすぎる水色” の炎が、損傷したアトリウムアーチの建物の内部、さらにその周囲の建物の損傷部にまでも行き渡り、その破壊の跡を、封絶が張られる前の状態に復元した。

「これで、よし、と」

 悠二は、そう言って『トライゴン』から立ち上らせていた炎を収めると、構えを解き、『トライゴン』は右腕だけで握って、力を抜いて緩く腕を下げた。

「休館日で人がいなかったのが幸いだったよ」

『そうですね、あまりに酷い深手を負った生身の人間がいると、トーチとして再生するしかありませんでしたから』

 悠二がそう言ってため息をつくと、ヘカテーも同意の言葉を発した。

 それから、悠二はアトリウムアーチのビルから外に出ると、恵華達が立っていたビルの屋上へと向かう。

 悠二がそこに着地すると、

「よ、おつかれさん」

 と、恵華が悠二に、フランクに声をかけた。

『それにしても』

 やはりその場に立っていたシャナの、胸元にある『コキュートス』から、アラストールが言う。

『意外に容赦がないのだな、貴様は』

「ひ、人聞き悪いこと言わないでよ」

 悠二は、アラストールの言葉を否定的なものととり、引きつった苦笑を浮かべて、そう言った。

「あのまま暴走を許していたら、仮に封絶が保ったとしても、被害はこんなものじゃ済まない……それこそ僕とシャナ、恵華さんで全力を尽くしても、修復しきれるかどうか」

 悠二は、言い分けをするように、引きつった苦笑のままそう言った。

『そうです。私達は最悪の状況を回避するために、最速かつ最善の策を採ったまでです』

 さらにヘカテーも、悠二を擁護する発言をする。

『むぅ……(ワレ)は、必ずしも否定的な意味で言ったわけではないのだが』

 アラストールは、自分の意図と異なる捉え方をされたことに、ぼやくように呟いた。

 そのやり取りの声が、彼女達の意識を呼び覚ました。

「…………」

 マージョリーは、横たえられたまま意識を取り戻すと、目を開く。

 その時、悠二達はまだ会話の途中で、すぐにそれに気づかなかった。彼女はあまりに弱っていたため、ヘカテーやアラストール、リャナンシーも、目の前の会話に夢中で、その気配を感じていなかった。

 マージョリーは、ふと、顔を横に向ける。空はすでに茜色に染まり、だいぶ傾いた陽が、真南川の西岸の奥にある山々の、その影に差し掛かろうとしていた。

「っつ……」

 マージョリーが身を起こそうとすると、頭に外傷的な痛みが走った。半ば反射的にそこを押さえると、軽く晴れた瘤ができていた。

 それでもマージョリーは、左手を床について、身を起こした。

『よう』

 マージョリーの傍らに置かれていた、やはりボロボロに傷ついた『グリモア』から、マルコシアスが、マージョリーに静かに声をかける。

「生きてんのね」

『お互いにな』

 マージョリーが、呆れと披露が混じった静かな口調で言うと、マルコシアスも短くそう返した。

 その時、気がついた悠二が、マージョリーに向かって近寄ってきた。マージョリーはそれに気付いたが、すぐに視線を悠二の顔へと向けようとしなかった。

「……よく殺さなかったもんね。生かしておけば、またアンタやアンタの周囲に、危害を加えるかもしれないのに」

 マージョリーの淡々とした言葉に、悠二は、逆にそれが気まずいような感じになり、誤魔化すように苦笑してしまう。

「まぁ……そうなんだけどね。でも、討滅対象ってわけじゃないし、命までとるのは後味悪いしさ……」

「…………」

 悠二のその言葉を聞いて、マージョリーは僅かな間、何かを逡巡したように沈黙した。

「……アンタも、アイツみたいな甘いことを言うのね…………」

「え?」

 マージョリーの呟くような言葉に、悠二は、一瞬キョトン、としてしまっていた。

「なんでもない、こっちの話よ」

『…………』

 マージョリーは言ってから、軽いため息を()いた。

「本来、復讐者であるフレイムヘイズが、 “紅世” の者を憎むのは仕方ないことかもしれない。でも、少なくともこの街で、道を外すことはして欲しくない」

 その言葉を聞いて、マージョリーは、ようやく悠二の顔へと視線を向けた。悠二の表情は、先程の苦笑は消え、真剣な表情でマージョリーを見ていた。

 その悠二の意志を見て、マージョリーは、言葉では返さず、ただきゅっと下唇を噛み締めた。

『ようやく止まったね、 “弔詞の詠み手” マージョリー・ドー』

 リャナンシーのその言葉とともに、悠二がマージョリーの正面から身体をずらし、代わって恵華がそこに立った。

 悠二に対しては何処か諦観したような様子を見せていたマージョリーだが、恵華がその視界の真正面に来ると、忌々しそうに表情を歪めた。

「わわっ、そんなに睨まなくたって大丈夫だって、ボク達ももう、今更何をする気もないからさ」

 マージョリーの、敵意が残っている表情を見て、恵華は両手をパタパタと振った。

『さっきも “蹂躙の爪牙” に脅されたばかりだよ「俺の酒杯(ゴブレット)に手を出したら、顕現しててめぇらを噛み殺してやる」ってね』

 恵華の言葉に続くように、リャナンシーがそう続けた。

『うるせぇ、今も変わらねぇぞ』

 マルコシアスがぶっきらぼうに言う。

『そうなったら、世界のバランスなど知ったことか。周りの “存在の力を” 全部飲み込んで、てめぇらを殺して殺して殺して殺し尽くしてやる』

 自身も深手を負っているはずのマルコシアスの言葉に、マージョリーは思わず目頭が熱くなる感触を覚えたが、()()()()()()() ──── 恵華に対して、それを見せることがないように堪えた。

『やれやれ……仮にもフレイムヘイズの “内なる王” とは思えない言葉ですね』

 淡々としつつも、ヘカテーが明らかに呆れたようにそう言った。

『うるせぇ。だいたい、そっちのラミーの入れ物だって、あれだけの力を持っていながら、わざわざコソコソと逃げ回りやがって』

「ああ、あれ」

 マルコシアスが粗い声で抗議するように言うと、恵華はあっけらかんと言う。

「ボク達が正面切って戦わなかったのは、実力の問題じゃなくて、もっと別の問題だよ」

『ひとつは、せっかく溜めた “存在の力” を消費したくなかったこと。もうひとつは、フレイムヘイズとして高名な “弔詞の詠み手” を倒したとなると、私達の立場が不味くなる可能性があるってこと』

 恵華の言葉に続けて、リャナンシーが説明した。

『なるほど』

 アラストールが言う。

『今回は我等がいる。それならば、他のフレイムヘイズも基本的には敵対しない、ということか』

「そう言うこと。真正の魔神・ “天壌の劫火” が立会人なら、こちらの立場が悪くなるって可能性は低かったからね」

 恵華が、苦笑しながら、アラストールの言葉を肯定し、説明を付け加えた。

『ケーッ、てめぇらこそ、フレイムヘイズらしくねぇこすっからい真似しやがってよぉ』

『私は “頂の座” と違って “王” の格に足りていない存在だし、フレイムヘイズとしては中途半端な存在だからね。そう言う打算もしなきゃならないんだよ』

 呆れ混じりに荒く言うマルコシアスに、リャナンシーが、苦笑している姿が見えるかのような口調で、そう返した。

『“弔詞の詠み手”』

 悠二の方から、ヘカテーの声が聞こえてきた。

「…………!」

 その声に、マージョリーが悠二の方へ視線を向けると、『トライゴン』の錫杖頭に灯っている炎を見て、ギョッとした表情になった。

 それは、 “明るすぎる水色” ではなく、群青色をしていた。

 

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