『“弔詞の詠み手”』
「……………!」
ヘカテーの声に、マージョリーが、悠二を見上げると、それをみてぎょっとした表情をした。
『トライゴン』の錫杖頭に、小さな炎が灯り揺らめいている。それは、ヘカテーに由来する “明るすぎる水色” ではなく、群青色をしていた。
『申し訳ありませんが、見させていただきました』
「ごめん。失礼な事だとは思ったんだけどさ、僕や……というか、ヘカテーに対して変なこと言ってただろ? その理由を知りたくてさ」
悠二は、気まずそうな表情をしながら言った。
『ですが、これで貴方の、私への妙な固執の理由がわかりました』
「!」
『てめぇ、やっぱりヤツを知ってるのか!?』
マージョリーがハッとして悠二を凝視し、マルコシアスも問いただすように声を上げた。
『“頂の座”、いいの? 言っちゃって』
『全ては本意ではありませんが、仕方ないでしょう』
軽く驚いたようなリャナンシーの言葉に、ヘカテーがそう答えた。
『この先、リャナンシーと阮恵華、そしてこの街とその住人やトーチに手を出さないと誓うのでしたら、その正体を教えましょう』
『くっ、足元見やがって……!!』
ヘカテーの出した条件に対して、マルコシアスが忌々しそうに低い声で返す。
「…………わかったわ」
しかしマージョリーは、神妙な面持ちで、頭を片手で支えるようにしながら軽く俯いた姿勢で、ヘカテーにそう答えた。
『あれは……貴方を襲ったのは、 “紅世の徒” ではありません』
「な!?」
ヘカテーは、淡々とした口調で冷静に、しかしはっきりと言った。それに対しマージョリーが驚愕の声を上げ、悠二の顔を凝視する。
『おいおいおい……何を言い出すかと思ったら、何の与太話だ?』
マージョリーとは対照的に、マルコシアスは、呆れ返った様子で口調と言葉遣いでそう言った。
『どう説明すればいいのか……────』
ヘカテーは、少し逡巡するような、困惑の混じった声でそう言いかけたが、
『──── いえ、この際、悠二にも知っておいてもらったほうがいいでしょう』
と、落ち着いた口調に戻って、そう言った。
「僕にも?」
悠二がそう言って、『トライゴン』を握る右手の中指に視線を向けて、『ニーベルンゲン』を見る。
『はい。場合によっては、悠二も無関係ではいられないことになるでしょうから』
ヘカテーは、淀みない口調でそう答えた。
「いいから、さっさと話しなさいよ」
本筋になかなか入らないことに、焦れたマージョリーが、荒っぽい声を上げる。悠二は、マージョリーの方に視線を戻しつつ、『トライゴン』を左手に持ち替え、その場にいる全員が『ニーベルンゲン』を見えるように、前に突き出した。
『では……まず、我が盟主、 “祭礼の蛇” は、「大縛鎖」を巡る戦いで討滅された、と言われていますが、実際には完全に
『なんだと!?』
聞き捨てならないとばかりに、ヘカテーの説明を遮り、マルコシアスが声を上げる。
『盟主は現在、 “この世” と “紅世” の間の
『なるほど。盟主の復活、[仮装舞踏会]が目指しているものは、妄言の類ではないという事か』
ヘカテーがそこまで説明すると、アラストールが納得したような声を出した。
『そう言うことです』
『ちょ、ちょっと待ってよ』
ヘカテーが、アラストールの声に肯定の言葉を出すと、今度はリャナンシーが、慌てたように声を上げた。
『私もそれは確かに知ってる。彼の炎の
焦ったような口調で、リャナンシーは、問いただすようにそう言った。
『はい。ですので、彼女達を直接襲ったのは、盟主本人ではありません』
『どういうことだぁ?』
ヘカテーの説明に、ますますワケが解らない、と言ったように、マルコシアスが声を上げる。
『現状では “この世” に干渉することができない、盟主の意志を反映する代行体、「暴君」。それが、 “弔詞の詠み手” を襲った者の正体です』
「な……!?」
マージョリーも短く声を上げて『ニーベルンゲン』を凝視するような表情になったが、同時に、悠二も、軽く驚いたように、身体をひねるようなリアクションをした。
『現在は、盟主の意志を充分に反映させるだけの仮想意思総体が育っていないため、自身の維持と稼働のための “存在の力” の採取と同時に、人間のあらゆる感情とそれに伴う行動、そのサンプルを収集するために運転されています』
意思総体とは、 “紅世” の者が使う用語だ。人間や “徒” など、意志を持つモノのパーソナリティーを司る本質そのものの部分を示す。精神というソフトウェアが運用する、データベースにあたる存在である。
「仮想……ってことは、つまり、人工的に、都合のいい “徒” を作っているってこと?」
緊張した面持ちで、悠二は『ニーベルンゲン』にそう問いかけた。
『大雑把に、かつ単純化して表現するなら、そう言うことになります』
ヘカテーは、そう言って悠二の言葉を肯定した。
「それじゃ、私はソイツの活動にぶつかったって事!?」
『そう言うことになります』
マージョリーが問いかけると、ヘカテーはあっさりと答えた。
「それで……」
マージョリーが、険しい表情で『ニーベルンゲン』に睨むような視線を向けながら、凄むような声で更に問う。
「ソイツは、今何処にいるの?」
『残念ですが、それは現在の私には知る術がありません』
『そりゃ確かに』
ヘカテーの答えに対し、リャナンシーが何処か緊張感に乏しい声を出した。今のヘカテーは[仮装舞踏会]を出奔してしまった状態なのだから、知りようがなかった。
『ただ、地上に現れた「暴君」を叩いても意味がありません』
ヘカテーはそう言った。
「それは……どういう事?」
低い声で、マージョリーが問いただす。
『地上に現れて活動するのは、「暴君」の影の部分に過ぎないのです。ですから、それを撃退しても、その存在を破壊することはできないのです』
「それじゃ、その本体は一体何処に?」
マージョリーより先に、悠二が問いかけていた。
『私がいた頃は、「星黎殿」の最深部に在りました。現在もそのままかは断言できませんが、何れにせよ、[仮装舞踏会]によって厳重に管理されている事は間違いないでしょう』
ヘカテーは、自分から[仮装舞踏会]とその根拠地の名前を出し、そう説明した。
「つまり、そこへ行けばソイツに会えるってワケね……」
マージョリーは、唇の端を釣り上げ、そう言いながら歪に笑う。
『待つのだ』
しかしそこへ、アラストールが強い制止の声を出した。
『「星黎殿」と言えば、[仮装舞踏会]の本拠地であると同時に、高度に隠蔽された空中移動要塞。所在すら……今の “頂の座” にも、解らぬのであろう?』
『はい。私がそこを離れた時は、ネパールの山岳地帯にありましたが、当然、すでに別の場所に移動しているでしょう』
アラストールの問いかけに、ヘカテーはそう答えた。
『それにだ』
ヘカテーの答えを待ってから、アラストールがさらに続ける。
『たとえ運良く見つかったとしても、 “頂の座” の言う通りであれば、それに対する守りは並大抵のものではないはずだ。そこに単身で乗り込むなど、いくら貴様達でも自殺行為に過ぎん』
「っ……!!」
アラストールの厳しい言葉に、マージョリーの表情が悔しさに歪む。
「そんなっ……そんな事だけで! 私の全てを諦められるもんか!!」
マージョリーは、振り絞るように声を上げ、絶叫するように言う。
「誰にも駄目なんて言わせない!! この復讐は私のもの、この憎しみは私のものよ!!」
「…………」
悠二と恵華が、困ったような複雑そうな表情で、マージョリーを見る。
「…………」
『今、無理して追う必要はないという事です』
マージョリーを慰めるかのように、ヘカテーが言う。
『そう遠くない将来に、あれは動き出します。盟主の代行体として……その時になれば、遭う機会もあるでしょう』
『おい待てよ、 “頂の座” 』
マルコシアスが、訝しむ様子を混ぜつつ、咎めるような声を出した。
『さっきから聞いてりゃ、 “銀” の正体だの、[仮装舞踏会]にとって重大な事を随分軽々しく話しちまってるが、おめぇ、 “祭礼の蛇” への忠誠心は捨ててねぇんじゃなかったのか? まさかフカシじゃねーだろうな?』
『虚構の書き手ではあるまいし、何処の世界にここまで壮大な話を嘘として語れる者がいるでしょう』
「!」
マルコシアスの言葉に対するヘカテーの答えを聞いて、悠二がはっとした。
「ヘカテー、じゃあ、僕にも知っておいて欲しいって言うのは……」
『はい』
身体で慌てたようにリアクションをしながら、悠二が問いかけると、何処か重々しくヘカテーが言う。
『私は盟主に対する忠誠心を失ってはいません。ですが、今の私はフレイムヘイズ “蒼水の撃ち手” 坂井悠二の “内なる王” でもあります。私と悠二の間の
「ヘカテー…………」
淡々としながらもはっきりと言いきったヘカテーに対し、悠二は何処か切なげな表情で『ニーベルンゲン』を見つめた。
「はん…………」
恵華が、悠二達にどう声をかけるか迷っていた時、マージョリーが何処か投げやりな声を出した。
「結局はアンタ達も、自分達の価値観で動いてるだけじゃない」
「まぁ、そうなんだけど」
マージョリーの言葉に、悠二が、お人好しそうな苦笑を浮かべる。
「だから、この街に ──── 僕に関わる人達に、迷惑をかけないで欲しいってこと」
『もし、アナタ達が悠二の周囲でまた外れれば、私達が止める。それだけです』
悠二は、口元では笑みを浮かべたまま、表情を引き締めてそう言うと、ヘカテーがそれに同意する言葉を発した。
マージョリーは、改めてフレイムヘイズ “蒼水の撃ち手” に視線を向けて、下から上へと、一瞥した。
「…………」
悠二の顔を見た後、マージョリーは、それを悠二達には見せないようにしつつ、辛そうな表情をして、顔を伏せた。
「マージョリーさーん!」
「姐さーん!!」
啓作と栄太は、ようやくにして『御崎アトリウムアーチ』にたどり着くと、周囲の目も憚らず、声を上げて、マージョリーに呼びかける。
「何処にいるんですかー!?」
「姐さーん!!」
「マージョリーさーん!!」
それに答える声はない。
「坂井―ッ!! お前は近くにいるのかーっ!?」
啓作は、少し荒っぽい口調になってそう言った。
しかし、それに対しても
「佐藤……」
「見てるんなら返事しろォ! マージョリーさんをどうしたァ!? 答えろーッ!!」
痛ましそうな表情で啓作を見る栄太を他所に、啓作は絶叫を上げ続ける。
「ちっくしょぉおぉォォォ!!」
啓作は、両手の拳を握り、あたりを照らす陽の光が街灯のそれへとほぼ変わった路上で、慟哭の声を上げた。
…………ぎっこんばったん マージョリー・ドー
ベッドを売って わらに寝た…………
啓作達の頭上で、微かに流れる即興歌。
……身持ちが悪い 女だね
埃まみれで 寝る……なん……て…………
自嘲気味な、哀しげな
しかしそれは、唐突に止んだ。
「…………」
バタン
啓作は栄太と共に、自宅へと帰り着いた。
何も収穫はなかった。マージョリーを見つけることはできなかった。徒労感と無力感、それに、まだ本格的には燃え上がっていないものの、たしかに燻り始めている、坂井悠二への憤り。それながないまぜになった心を抱えたまま、虚しい雰囲気をまとっていた。
明かりのないリビングへ入ろうとする。
「…………!」
照明を点ける前に、啓作のつま先に、転がってきたワインボトルが当たった。
啓作が驚いたようにしつつ、証明をつける。華美ではないが、高級感のある装飾のシーリングライトが点灯する。
そして、2人の視界に飛び込んできたのは ────
『いよう』
その声とともに、消沈していた2人の表情に精彩が戻り始めた。
『おかえり、ご両人』