蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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Epilogue

 ──── ()()()()()()()

 

「ふぅ……」

 

 パタッ……

 QN401のフリップが倒れ、PM8:36を表示した。

 悠二は、自分で淹れたアイスココアを煽った後、そのカップを学習机の上に置き、言ったまま軽く息をついた。

 ステレオはカセットデッキが動いており、()()()()()()()、貫太郎が過去に編集した、サザンオールスターズの楽曲が入ったテープを再生している。

「フレイムヘイズは復讐者……か」

 悠二は呟き、マージョリーの激昂を思い出す。

 

『フレイムヘイズは復讐者よ! ただ、 “徒” の討滅を使命とした!!』

『 “徒” はすべて殺す、殺す、殺す、殺して、殺して殺して、殺し尽くすしかないのよ!!』

 

「──── それがフレイムヘイズの大部分かと思うと、なんだか哀しいな……」

 悠二は、やるせなさそうな表情で、軽く俯きながら呟いた。誰にともなく言ったつもりの言葉だったが、聞いている者はいる。

『“弔詞の詠み手” ほど、自身の復讐だけに縛られたフレイムヘイズばかりではありません。ただ……満足した、と言うよりは、長い年月を経て、そのプレッシャーにより鈍化していった者がほとんどですが……』

 ヘカテーが、悠二を慰めようとしつつも、言い辛そうに言う。

「……そう……なんだ」

 悠二も、重々しいままの口調でそう言ってから、重く息を吐き出した。

『それに、 “弔詞の詠み手” が悠二に強く反発するのは ────』

 ヘカテーがそれを言いかけた時、

「!」

 ヒュトッ

 と、ベランダに、何者かが着地したような音がし、悠二はそちらに視線を向ける。

 そこに、黒いストレートの長髪、ややキツめの風貌を持った、小柄な少女が立っていた。

 コン、コン

 その少女が、掃き出しの窓の、ガラスを軽くノックした。

 まだ、シャナがいつもの “修練” をする時間には早い。と、するならその姿は ────

「あ、鍵開いてますよ」

 悠二が、何処か苦笑のような微笑でそう言うと、サッシが外から、カラカラ、と開けられた。

「お邪魔するね」

 気さくそうな口調で入ってきたのは、 “翠刃の繰り手” を名乗る、その見た目だけはシャナそっくりの存在だった。

『そろそろ来ると思っていましたよ。阮恵華、リャナンシー』

 ヘカテーがそう声をかける。

「あ、それだと、こっちの目的は知られちゃってる感じ?」

 恵華が、何処かきまり悪そうに、後頭部に片腕を回しながら、苦笑してそう言った。

 ── 本当、何から何までシャナそっくりなのに、言動だけで全然違って見えるもんなんだなぁ……

 悠二は、恵華の姿を一瞥して、改めてそう思った。先程は戦いやすい格好で、ということで、Tシャツと作業着風のズボンを身に着け、コンバットブーツを履いていたが、今はパンツルックながらも、スリーブレスのブラウスと、小洒落た感じのコットンパンツを履いている。ベランダに脱がれているのはミディアムヒールのパンプス。

『悠二?』

 ヘカテーの咎めるような口調の言葉に、悠二ははっと我に返る。別に下心があって恵華を見ていたわけではなかったが、言われてみれば失礼な気がする。

「あーっと……つまり、僕から “存在の力” の供給を受けたいってことですよね?」

「うん、まぁ、そうなんだけど」

 悠二が半ば誤魔化すように言うと、恵華の方も苦笑交じりにそう言った。

『“弔詞の詠み手” の妨害もなくなったし、私だけなら今までのやり方でもいいんだけど、恵華のことがあるから、ね』

 リャナンシーが、付け加えるようにそう言った。

「僕としては構わないけど、ヘカテーは?」

『悠二の判断に任せます。リャナンシーの性格と人柄は解っていますから』

 悠二が答えつつ、ヘカテーの意見も求めると、ヘカテーはそう答えた。

「──── ってことだから、ひとまずOKなんですけど、交換条件ってわけじゃないですが、できたら一つ、お願いしてもいいですか?」

『うん?』

「何かな?」

 悠二がそう言うと、リャナンシーと恵華が、ほぼ揃って聞き返してきた。

「自在法の組み方を……協力してもらえると有り難いんですけど……」

「え?」

 悠二が手探りをするように言うと、恵華がキョトン、として悠二を見る。

『君は確か、 “炎髪灼眼” ──── シャナの、自在法の師なんだろう?』

 リャナンシーも、何処か唖然としたような表情が見えるかのように、悠二に聞き返す。

「そんな大層なモノじゃないですよ……」

『彼女自身や “天壌の劫火” には絶対に直接言えませんが、今の彼女はほとんど、基礎を教えこんでいる段階ですから』

 悠二が苦笑しながら謙遜すると、ヘカテーがそれに続けて、何処か疲れたような口調でそう言った。

「自分でも制御には自信がありますし、編集のやり方も大体は把握してますけど、今回の “弔詞の詠み手” みたいな自在師を相手にした時、少し手持ちの技を増やした方がいいかな、と……」

 悠二は、口元で微かに笑いつつも、真摯な表情になって、恵華達に向かってそう言った。

「なるほどね、そう言う事なら協力させてもらうよ。ね、リャナンシー?」

『うん、ここでショートカットできる量を考えたら、安すぎるぐらいだよ』

 恵華が、悠二に快諾しつつリャナンシーにも確認すると、リャナンシーも即答した。

「──── と、言うわけでOKだよ」

 リャナンシーの答えを聞いて、恵華は、とん、と、Bカップのバストの少し上を拳で叩くようにする。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 悠二が、軽く礼をしてそう言うと、恵華は、どこか照れくさそうに笑いながら返した。

 ガチャッ

「!」

 恵華は、その音で気がついて、悠二の背後を覗き込む。

「うっわー! カセットデッキ!」

 恵華は、思わずと言ったように悠二のステレオの方に駆け寄り、悠二が使っているダブルオートリバースのカセットデッキ、AD-WX808をしげしげと見つめる。

「AIWAの全盛期のだよね……でも、今どきの高校生って、カセットなんか使ったこともないって子が多いんじゃないの?」

 恵華が、まるで待望のプレゼントを貰った少年少女のように、好奇心旺盛そうな表情でWX808を見つめながら、悠二に訊ねる。

「ああ、それは父が買ってほっぽりっぱなしにしていたものなんですよ」

 悠二は、苦笑しながらそう説明する。

「あれ、じゃあ今かかってるこのテープも……」

『貫太郎が編集したものですね。このデッキではないですが』

 恵華が、左右のスピーカーを見て呟くように言うと、ヘカテーがそう説明した。

「どうりでサザンにしても、若い子にしては渋いセレクトだと思った」

「僕はどっちかと言うと洋楽派なんですけど」

 恵華がそう言いながら悠二を見ると、悠二は苦笑しながらそう言った。

「ふーん……でも、いいものはいいからね」

「ええ」

 ニコっと笑う恵華の言葉に、悠二は、苦笑しながら肯定の返事をした。

『…………リャナンシーの目的は私も知っていますが、阮恵華、アナタ自身の目的はなんですか? “強制契約” を受容して、フレイムヘイズになってまで……────』

 ヘカテーが、ずっと気になっていた、というように、恵華に訊ねた。

「う……ん……」

 恵華は、少し考え込むように、口元で声を漏らしてから、

「そうだね、悠二クン達には説明しておいてもいいかな」

 と、意を決したようにそう言って、視線を悠二に向けた。

「ボクはずっと……天涯孤独だと思ってた。[仮装舞踏会]の虜になる前からね。でも、教授の ────」

『!』

 恵華がそこまで言ったところで、ヘカテーが軽い衝撃を受けたが、それには悠二も気付けなかった。

「──── 持っていた、ボクに関するデータで解ったんだ」

「何が、ですか?」

 恵華が、そこまで言っていたずらっぽい笑みを浮かべると、悠二が反射的に聞き返す。

「ボクは双子だったんだ。そして、ボクの兄妹がまだ何処かで生きているんだ」

「え……────」

 恵華の言葉に、悠二は、短い声を漏らしつつ、恵華を見ながら、意図せずに1人のフレイムヘイズを思い浮かべていた。

 そしてそれは、ヘカテーも同じだった。

『それは……────』

「あ、言いたいこと解ってる」

 ヘカテーが声に出しかけたところに、恵華が制止するように手を広げた。

「シャナだよね? ボクも一瞬そう思ったよ。でも、彼女は()()()()()()()んだ」

「そっくりすぎる、って、どういうことですか?」

 悠二は、戸惑った様子で恵華に問い返す。

「えっと、教授と “壊刃” が言い争っているところを、スキをついて逃げ出してきた……って話はしたよね?」

「いえ、初耳です」

「あれ?」

 恵華が問いかけると、悠二が心当たりもない、という様子で否定したので、恵華は小首を傾げて、惚けた声を出した。

『でもまぁ……何があったのか大体見当付きますね……』

「そうなの?」

 ヘカテーが呆れた声を出すと、悠二は、視線を恵華から『ニーベルンゲン』に移し、聞き返す。

『えぇ……その……「ドォォーリル」……ですよね?』

『あたり』

 ヘカテーが、彼女らしくない、疲れたような口調のまま訊き返すと、リャナンシーがアッサリとそう言いきった。

「ドリル?」

『そのうち説明します。私も、ソレが異常だと理解したのは悠二に出会ってからのことなので……』

 悠二が反射的に訊き返すと、ヘカテーはそう答えた。

「ククッ」

 ヘカテーの答えに、何処かキョトン、としている悠二に対し、恵華が思わず失笑した。

「え?」

「あ……ぁあ、ごめん……本題に戻すね?」

『はい、そうしてください』

 悠二は何がなんだかわからないと言った様子のまま、恵華とヘカテーの間でやり取りが成立し、恵華が話を続ける。

「そのドサクサ紛れに逃げ出してきたんだけど、その時、教授が “逆理の裁者” から受け取っていた、ボクのデータを見たんだけど……」

『…………』

 それを口に出した時、恵華はわざと言葉を伸ばすようにして、ちらりと、悠二の右手の『ニーベルンゲン』に視線を走らせた。

「──── それに書かれていた情報だと、双子は双子でも、二卵性双生児、だったっぽいんだよね」

「ああ……そう言うことですか」

 ようやく、悠二は、恵華の言う「恵華とシャナは似すぎている」、という言葉の意味を理解した。

 双子はそっくりになると言うが、それは遺伝子を共有している、単一の受精卵が多胚化した一卵性双生児の場合だ。複数の受精卵が成立し成長する二卵性双生児の場合、そこまでの相似性を持たない。 ──── が、年齢差のある兄弟姉妹でもそっくりになる可能性はないとは言い切れない以上、()()()()()()()()()()()があり得ないわけではない。

「一番気になるのはさ ────」

 悠二がその事を呟きかけた時、恵華が先に言葉を発した。

「──── 性別が確認できなかったんだよ」

「え……」

「ボクの双子がさ、男か女かわからないってこと」

 悠二が訊き返すと、恵華は再度そう言った。

「ああ、そうなんですね……」

 悠二は納得の声を出した。

 一卵性双生児は、受精卵の成立後に多胚化するため、基本的には同じ性別である。希少な例外が存在するものの、きれいに「XX」「XY」に分かれることはほとんどなく、何らかの遺伝子エラーを抱えた結果になる。

 それに対して、二卵性双生児は、遺伝子には「同一の親を持つ」という以外の共通項がないため、性別や血液型が異なる事は普通にある。

「[仮装舞踏会]が、こういう事をするのに片手落ちだなとは思うんだけど」

『それは……申し訳ありません』

『いや、今の “頂の座” が謝ってもしょーがないでしょ』

 苦笑して言う恵華に、思わずといった感じでヘカテーが申し訳無さそうに声に出すと、リャナンシーが何処か呆れたようにツッコミを入れた。

「まぁ、そう言うことで。とりあえず少し滞在することになりそうだし、その間、車中泊ってのもなんだから、この街での滞在先を決めたら、また連絡するよ」

 そう言って、恵華は、掃き出しの窓の方へ向かう。

「あ……すみません。なにか出すでもなくて」

「いいっていいって。こっちもそんなつもりで来たわけじゃないんだし」

 慌てて申し訳無さそうにする悠二に、恵華は、ひらひらと手を振りながら、苦笑してそう言った。

「それじゃ」

 そう言うと、恵華はサッシを開け、パンプスを履き直すと、軽く跳躍して、そのまま坂井家の前の道路に降り立つ。

 悠二が、見送るつもりでベランダに出ると、バンッ、と、自動車のドアを閉める音がした。小排気量車特有の軽い()()モーター音の後に軽いエンジンの音が響く。恵華のドミンゴのヘッドライトとテールライトが点灯し、爆音を残しながら走り去っていった。

「恵華さん、クルマ運転するんだな……」

 悠二は、ファンタジーを感じさせる “紅世” 絡みのことで、極めて現代的なツールである “自動車” を乗り回すフレイムヘイズがいることに、妙な違和感を覚えた。

 悠二がサッシを閉めたところで、

『すみません、悠二』

 と、ヘカテーが声を出す。

『──── “器” を用意していただけないでしょうか?』

「え、あ……うん」

 ヘカテーの何処か重さを感じさせる口調に、悠二はそう答えると、右手の指をかざし、 “明るすぎる水色” の炎を呼び出す。それは立ち上ると、糸のように細くなり、悠二の目の前で人の形に、 ──── ちょうど、シャナの見かけの年格好と、ゆかりのそれとの中間あたりの、宗教法衣を思わせる、大きな帽子を持つ白い衣装の少女の姿に編み上がった。 ──── かと、思うと。

「すみません、悠二」

 と、先程まで『ニーベルンゲン』越しに聞こえていたヘカテーの声が、より直接、はっきりとした言葉となって、その少女の姿の口から発された。

 悠二とヘカテーが編み出した燐子の亜種、 “傀儡(クグツ)” の使い方のひとつがこれだった。 “紅世の徒” が一時的に灯るための宿白。『零時迷子』を保有する悠二が内包する “存在の力” のみで発現させるため、外部からそれを取り入れる必要がない。 ……が、あくまで一時のものだ。 “徒” の()()にもよるが、仮初めの五感を得て、感情表現をするのが関の山。まして “王” であるヘカテーをまるごと受け入れようとしたらそれだけで爆散してしまう。その仮初めの五感すら、ヘカテーの規模だと最大限 “力” を込めておいて5時間保たせられるかどうかというところだった。

「──── ゆかりには申し訳ないのですが、どうしても縋りつきたくて」

「うん、それは構わないよ」

 申し訳無さそうに言うヘカテーに、悠二がそれほど重くもなく返す。

「ゆかりさんはその……大切な人だけど、僕にとってはヘカテーだって同じくらい大切な存在なんだ。比べるなんてできないよ」

 悠二が照れくさそうに苦笑しながらそこまで言うと、ヘカテーは、ひしっ、と、悠二に縋るように抱きついた。

「なんかの本で読んだ覚えがある。『普段冗談を言わない人間が、冗談を言う時は、心の安定を欲している時だ』って」

 ()()()()ヘカテーを包み込むように抱きとめながら、悠二は、そう言い、その後で表情を真剣なものにした。

「そこから、気付いていたのですね」

「うん」

 弱々しいヘカテーの言葉に、悠二ははっきりと言い、頷いた。

「“強制契約” の事だろ?」

「はい」

 悠二が言うと、ヘカテーは即答した。

「あれは、数多の悲劇を生み出し、禁忌とされた “法”。もし、おじさ…… “探耽求究” がその外道を行ったのだとしたら……それも、[仮装舞踏会]がそれを行わせたのだとしたら……────」

 ヘカテーが、それまで伏せるようにしていた顔を上げる。悠二は、その悲壮感の漂う表情を受け止めるように、向き合った。

「貴方の手で……私達の手で、討滅してください」

「…………っ」

 悠二は、ヘカテーがそう言うのを見て、奥歯を噛みしめる力が入るのを自覚していた。

「解った、もし出会うことがあるのなら、その時は ────」

 

 

 ──── 翌日。

 悠二は、通学路を登校するために歩いていた。別に急ぐわけでもなく、()()()()()()()

「なんか今朝のシャナ、変じゃなかった?」

 朝の “鍛錬” の時の感じを思い出して、悠二は呟くようにそう言った。

『そうですね、何かがあったかのようなのは、私も気付いていました』

 ヘカテーも、それを肯定する。

 別に、機嫌を損ねたという感じではなかったのだが、なんだかいつもと違う、そんな感触があった。

 悠二が、そんな事を考えながら歩いていると、

 ドンッ

「おっはよー!!」

 と、背中を叩くような感触とともに、元気のいい声が聞こえてきた。

「お、おはよ、ゆかりさん」

 悠二は、危なげなく体勢を立て直すと、ゆかりを振り返って、挨拶を返した。

「んー…………?」

 振り返った悠二の様子を見て、ゆかりは、首と言うか、上半身を傾けるポーズをしながら、悠二の顔を覗き込んだ。

「な、何かな?」

「ん、悠二君、何か嫌なことあった?」

 悠二が少し焦ったように訊き返すと、ゆかりは、少しだけ不思議そうな表情をしながら、悠二に問いかけた。

「え?」

「あ、その顔は図星なんだ」

 悠二が、反射的に身体を離すようにしながら短く声を出すと、ゆかりは悠二を指差してそう言った。

「一応カノジョなんだし、それでなくても毎日傍でずっと見てるんだから、解るって」

 わざとらしくむくれたような表情を作りながら、ゆかりはそう言った。

「で、そうなんでしょ?」

 ゆかりは、やれやれと言った感じで軽く息を吐いてから、改めて訊ねる。

「いや……大したことじゃないよ」

「!」

 悠二が、咄嗟のことで曖昧にして誤魔化そうとすると、ゆかりの眉が、わずかに外側がつり上がった。

「そっか……私に言えないってことは、 “紅世” 絡みのことなんだ」

 言葉でそう言うと、今度は逆に眉の外側を下げ、穏やかな表情で軽くため息を()く。

「あ…………」

 悠二は、ゆかりの反応に、逆にわずかに表情を強張らせつつ、自身の失敗を自覚した。

「ゆ、ゆかりさん」

「いいよ、そう言う事なら、無理に聞こうとはしない」

 わずかに狼狽するような悠二に対し、ゆかりは、わずかに苦笑気味になりつつ、サラリとそう言った。

「その代わり、黙って居なくならないでね」

「え…………」

「それだけが、不安なんだ……どうしても」

 ゆかりは、そう言いつつも悪戯っぽくクスクスっと笑った。

「それは……約束するよ」

 悠二は、真剣な表情をゆかりに向けつつ、まずはそう言った。

「だけど……」

「ん?」

 悠二が続けて切り出す言葉に、ゆかりは、好奇心旺盛そうな視線を悠二に向ける。

「後で、時間取れないかな」

「えっ?」

「“この世の本当の事” を知っている以上、ゆかりさんはもう無関係な人間じゃないんだ。だから……話せる事は、 ──── ゆかりさんに危険が及ばない範囲の事は知っておいてほしいんだ」

 キョトン、としてしまったゆかりに、悠二は、焦ったように一気にそう言った。

「うん……私も、その方がいい、かな」

 ゆかりは、一度、強く感じた緊張感から逃れるように視線を伏せてしまいながらそう言った後、視線を悠二に向け直した。

「じゃあ、行こっか」

「あ、うん」

 ゆかりが言い、悠二と2人、連れ立って登校の(みち)を再開する。

「悠二君、お昼また、コンビニ?」

「あ、そうだね、寄って行こうかな」

「それだと財布厳しいでしょ……私が作ってきてあげようか?」

「え」

「か……」

「か?」

 言いかけて、ゆかりはその言葉を飲み込んだ。

「なんでもない」

 ゆかりは、何処か強気そうな笑みを悠二に向ける。

 そして、ゆかりが、悠二の左手を自分の右手で握る。悠二は、気恥ずかしく感じつつも、それを振りほどかず、並んで歩いていった。

 

 

「すいまっせーん、表に出てた即入居可の部屋のことなんですけどー」

「はぁ? あの、失礼ですが保護者の方は?」

「…………えっと、すいません、ボク一応、こういう年齢なんで……」

「し、失礼しました! ど、どうぞおかけください」

 

 

 キーンコーンカーンコーン……

 御崎高校の4限目が終わる。

「きりーつ、れーい」

 着席、と日直が言うのと同時に、ゆかりは隣の悠二の方を向く。

「どうする?」

「あっと、飲み物買いに行かないと」

「あ、じゃあ一緒に行く」

 悠二が、制服の上から内ポケットを探り、財布がある事地を確認すると、ゆかりと共に教室を出て、飲み物を買いに購買部へと向かっていった。

「…………」

 その2人が教室を出ていったのを確認してから、窒息しかけたような表情で、一美は伏せていた顔を上げた。

 彼女の自席の机の上には、2つの、女性モノの弁当箱が載っていた。

 ── なんで……諦めきれないんだろう……

 一美は息を全力で吐き出しながら、声に出さずに呟いた。

「…………」

 速人は困惑気な表情で、少し離れた場所からそれを見ていた。

「一美」

「ひゃっ!?」

 シャナには全く他意はなかったし、特段足音を消して忍び寄ったつもりもなかったのだが、結果的に別の緊張の状態にあった一美は、突然の自身を呼ぶ声に、素っ頓狂な声を出してしまっていた。

 だから、

「ど、どうかした……?」

 と、シャナは、彼女らしくなく、戸惑ったような声を出してしまっていた。

「あ、……ううん、ごめんなさい、驚かせちゃってごめん」

 それまでの自身が纏っていた嫌な雰囲気を誤魔化すかのように、一美は、シャナを振り返って決まり悪そうに笑った。

「…………一美」

「え……近衛さん?」

 シャナの普段のとっつきにくさを感じさせるそれとはまた違う、神妙な面持ちにを見て、一美は、笑みを消してその顔を凝視してしまう。

「ごめん」

「え?」

 唐突なシャナの謝罪に、一美は、わけが分からずおろおろとしてしまう。

「私、近衛さんに謝られるようなことしたかな?」

「違う……私が一美に偉そうなこと言ってた。なのに、私は自分の悩みや葛藤を抱えてしまって……それは、一美達にはっきりと言えるものじゃなかったっていうのもあるけど……でも、自分で言っておいて、自分はそれを実現できていなかった」

「あ…………」

 

『お前が……ん、一美が何を抱えてしまっているのかは解らないし、私はそれを暴こうとは思わない。でも、1人で抱え込んでいて、それがどうしても堪えきれないものなら、誰かに支えてもらったとしても、それは弱さなんかじゃない』

 

『私も……一美が誘って、連れ出してくれなかったら、手遅れになっていたかも知れないから……』

 

 一美は全てを識るわけではなかったが、理解した。

「うん、別に謝ることじゃないよ。よくある事だと思うし」

「ありがとう。でも、その上で改めて言う」

 

 ────復讐心の権化とも言える “弔詞の詠み手” を、それ以上の、別の意思で上回ってみせたフレイムヘイズ、そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()故に、それを支えることが出来る “紅世の王”。

 

「1人で抱え込んでいて、それがどうしても堪えきれないものなら、誰かに支えてもらったとしても、それは弱さなんかじゃない」

 

「うん……ありがとう」

 シャナの、些か剣のある言葉に対して、一美は、穏やかに笑って言う。

「でも……そう……もう少し自分で考えてみたい、かな……」

 自身の中に抱える葛藤を、今はまだ吐露できなかった。

「そうだ……近衛さん、よかったらこのお弁当、食べない?」

「えっ!?」

 いいことを思いついた、というように、一美に2つあるうちの弁当箱の1つを渡されて、シャナは戸惑う。

「私に……?」

 反射的に差し出された弁当箱に向けてしまった視線を、一美の表情に戻しながら、シャナは、少々訝しげにそう問いかけた。

「うん……その、弟の分を作ったんだけど、要らないって言われちゃって……」

「…………」

 そんなものは受け取る意味がない、と、言い返そうとしたシャナだったが、それが口から出かけたところで、一旦飲み込んだ。

「……ありがとう。頂くわ」

 シャナは、そう言ってしまってから妙に決まり悪さを感じるが、一美は、そんなシャナを見て「クスッ」と笑った。

「何よ…………」

「ううん。あ、よかったら感想、聞かせてね」

 

 

 一方 ────

「!」

 教室を出たところで、悠二とゆかりが歩いていこうとする先に、2人の男子生徒が立ちはだかった。

「佐藤、田中…………」

 その顔を確認して、悠二は反射的に軽く構えてしまう。それを見て、ゆかりも少し不穏さを感じ取ったような表情をした。

 栄太はそれほどでもないが、啓作は、何処か不機嫌と言うか、微かに敵意のこもった視線を悠二に向けている。

「悪い、平井ちゃん」

 そう穏やかに声をかけたのは、栄太の方だった。

「ちょっと、坂井借りてってもいいかな?」

「え…………」

 その言葉に、ゆかりは、少し戸惑った声を漏らす。

「ごめん、ちょっと男同士だけで相談したいことがあってさ」

 ゆかりを拝み倒すかのように、栄太はそう言った。

 ゆかりは、視線を悠二に向ける。

「ごめんゆかりさん、ちょっと付き合って来る」

「う、うん。悠二君がそう言うならしょうがないけど……」

 ゆかりは、不穏な気配を感じつつも、悠二がそう言う以上、自分が出来ることはあまり無い。

「ってワケだ。坂井、ちょっとツラ貸せや」

「あ、ああ……」

 ぶっきらぼうに言う啓作に従うようにして、悠二は歩いて行く。

「ごめん、いずれ埋め合わせするから」

 栄太は、ゆかりに再度謝罪の言葉を発してから、小走りで2人を追いかけていった。

 3人は連れ立って、普通教室のある1号棟の裏手、あまり陽が差さず、昼休みにも人気のないところまで歩いてきた。

『このあたりでいいでしょう』

「!」

「!?」

 男だけの3人連れのはずのところへ、突然女性の声がして、啓作と栄太がギョッとしたように悠二を見る。

 悠二は、肩の高さに挙げた右手の甲を2人に向け、中指に嵌る『ニーベルンゲン』を見せるようにした。

『あなた方は、 “弔詞の詠み手” の、この街の協力者ですね?』

「そう言うアンタが、 “頂の座” か」

 ヘカテーの淡々とした口調に対し、啓作は、問い質すような荒い口調で、逆に訊き返すように言う。

『ヘカテーと申します。今後ともお見知り置きを』

 ヘカテーは、苛立った様子を見せることもなく、事務的に答えた。

「その事を知ってるってことは、俺達が言いたいことも解るんだろう?」

「お、おい……」

 血気盛んな様子を見せる啓作に対し、栄太が多少それを抑えるように慌てた声を出す。

「うん、大筋ではね」

 ヘカテーではなく、悠二が、静かだがはっきりとした口調でそう言った。

「……マージョリーさんに、何をした?」

「討滅する必要のない “徒” を追いかけていたから、それを止めた」

 啓作が低く凄んだ声で問い質すように言うと、悠二も、睨む、まで行かないまでも、視線を鋭くしてそう言った。

「“紅世の徒” に、良いも悪いもあるのかよ!」

 激情を顕わにし、啓作は、思わずと言った形で悠二の胸倉を掴む。

「佐藤、落ち着けって……」

 栄太が啓作を宥めようとする。悠二は、啓作から視線を逸らさず、しかし抵抗することもないと言った感じで、立ち続けている。

『価値観がひとつだとは言いません。私達が絶対だとも言いません。彼女には彼女の理論、目的、美学、それがあることは認めます。ですが ────』

「僕にもヘカテーとの誓いがある。使命がある。それを放棄することはできない」

 敢えて啓作のなすがままになりながら、ヘカテーの言葉に続く形で、悠二はそう言った。

()()()()が交わってきた、そして、これから交わるはずだった人の輪を護る。それが、フレイムヘイズ “蒼水の撃ち手” の、私と悠二の誓い。 “弔詞の詠み手” はそれを侵そうとした。だから対立した。それだけの事です』

「だからって、お前達は……────!!」

 ヘカテーのその言葉か、それとも悠二の態度を目にした結果か、啓作は、そこで自制の限界を突破し、悠二を突き放すようにすると、姿勢を立て直しかけた悠二の顔面を狙って、右の拳を鋭く放とうとする。

「待て、佐藤 ────」

 栄太は、啓作の行為に驚いて制しようとするが、次の瞬間、その眼前の光景にギョッとした。

 『狂犬』。中学時代、喧嘩に明け暮れ、そう呼ばれた啓作の、軽くフックのかかった右の拳を、悠二は、自身の左手で、事もなげに受け止めていた。

 悠二は、軽く地面を踏み締めているものの、力んでる様子すらない。否、そもそも、本格的に力を込めようとすれば、 “存在の力” の(ちょう)(いつ)が発生して、髪は “明るすぎる水色” に、瞳はそれを濃くしたようなターコイズブルーに変わる。だが、今はそれにすら至っていない。

 それにも関わらず、啓作がどれだけ力を込めて拳を振り抜こうとしても、ついにそれは叶わなかった。

「畜生!!」

 腕を引き戻し、啓作は慟哭の声を上げる。

「俺もフレイムヘイズなら! マージョリーさんについていくことだって出来るのに!! どうして坂井なんだ!!」

 啓作は、そう声を振り絞ると、過呼吸気味になって前へ姿勢を崩しかける。悠二もそれを受け止めようとしたが、それより先に、背後側の栄太が支えた。

「僕は運が良かったんだ。たまたま、 “紅世” に関する事と、それに対して生身の人間が無力である事、 “この世の本当の事” を、僕自身にとって破滅的な事態になる前に知ることができた。そして、その時にヘカテーが、僕との契約を受け入れてくれた」

『貴方がたがどれほどの事情を知っているかは分かりませんが、悠二もまた、自身の全てを引き換えにする決意を、それをするに至る事実を目の当たりにして、それ以上の犠牲を抑えるために、私にそれ以外の全てを捧げてくれたのです』

 ヘカテーは淡々と言う。啓作は、まだ粗い息をしていた。その啓作を、栄太が心配そうに覗き込んでいたが、ヘカテーの言葉を聞いて、視線を悠二の方に向けた。

「坂井も……あんな恐ろしい思いをしたっていうのか……」

『あんな?』

 栄太の言葉に、ヘカテーが反射的に問い返すような言葉を出す。

『“弔詞の詠み手” の過去を、貴方がたも知っているということですか?』

「あ、ああ……マルコシアスに見せてもらった」

 ヘカテーの問いに対し、啓作を支えたまま、栄太がそう言った。

「“弔詞の詠み手” のそれに比べると、確かに僕のはそれほどでもなかったとは思うけどね……でも、眼の前で “紅世の徒” に人間が蹂躙されるところを、それを誰も識らないままに人が喰われるところ、それに対して()()()()()()僕が何もできないって事を目の当たりにしたのは事実だよ……それに、あの場にヘカテーがいてくれなかったら、僕も両親も喰われていたこともね……ただ、その点に関しては、僕の方が運が良かったのは認めるよ」

 悠二は、淡々とした、しかし一本筋の入った強い言葉で言う。

「坂井の……両親……」

 それを聞いて、啓作がはっと、顔を上げる。

「そうだ、お前、両親も、家族も、池みたいな友達だっているじゃないか!」

 まるで糾弾するかのように、啓作が声を上げる。

「それは……すでに存在していない僕……()()()()()()()()()()が存在していたという事実が無くなったことによる矛盾に、今の僕自身を割り込ませているんだよ」

「何?」

 悠二の説明に、啓作が訊き返す。

「佐藤も気付いてただろ、池が、僕の過去に関して質問された時に、曖昧な答えしかできない事。あれは、そう言う事なんだよ。実際には一個の存在としては連続していないんだ。生身の頃の僕と、今の僕とはね。ただ、生身の僕がいなくなったことによって生じる筈の矛盾、隙間って言ってもいいかな、そこに今の僕を割り込ませてあって、他の人は、僕の事をもう居なかったことになっている筈の()()()()だって錯覚しているだけなんだ」

「坂井……それじゃ、親とかも……」

 今度は栄太が訊き返す。すると、悠二は、真剣な表情のまま、一度頷いた。

「そう。池と同じ。今の僕を、もう “この世” の何処にもいない()()()()だと思いこんで、区別できないってだけ」

「そう……なのか…………」

 栄太は、呆然としたように絶句しかけながら、その場に立ち尽くしかけた。

「俺は……なる…………」

 啓作の呟く声に、栄太は視線を啓作の方に移した。悠二は、少し険しめの眼差しで啓作を見る。

「なってやる、俺も、フレイムヘイズに!! そして、マージョリーさんと肩を並べて戦える存在に、なってやる……──── !!」

「それを止める権利は、僕にはないよ」

 慟哭に近い啓作の言葉に、悠二は、直接声に出しての言葉としては、そうとだけ答えた。だが、

 ── 佐藤、悪いけど、お前には失うものが少なすぎるんだ。

 と、声には出さずに続ける。

 ── フレイムヘイズは、自身の全ての存在を “王” に捧げて成る……だけど、お前には、それが薄すぎるんだ。

 啓作の中学時代のことは、悠二にも漏れ伝わってきていた。自宅がそれなりの資産家であること。だが、その為に、幼い頃からほとんど両親に放擲されたかたちで育ち、その結果、思春期になって人間関係が維持できなくなり、荒んだ生活を送ったこと。

 ── 今のお前が用意できるだけのものじゃ……いつでも捨てていいような過去と現状だけじゃ、 “王” を呼び込むには足りなさすぎるんだよ……

 だが、それを実際に告げたところで、啓作には、ただ残酷な告知をするだけだ。

『まだ昼食を摂る時間は充分あるでしょう』

 ヘカテーがそう言って、会話を纏め始めた。

『ゆかりも心配するでしょうし』

「ああ、うん。そうだね」

 悠二は、それまで纏っていた、啓作の敵意に対抗する雰囲気を解くと、ヘカテーにあっさりとそう言った。

「…………」

 今まで、啓作の従属的な立場だったとは言え、一端のワルぶって、高校生相手にも吹っかけて回っていた自分だが、啓作より明らかに鋭い何かを持った凄みから、瞬時に見た目通りの人畜無害そうな雰囲気に切り替わった悠二を見て、息を呑むしかなかった。

 悠二は、陽のあたる処まで歩いてくると、自分の操る炎のような蒼穹の空を見上げた。

 その陽射しは、夏至に向かって徐々に強くなり始めている。

 “弔詞の詠み手” 、それに啓作や栄太が、悠二の行動の結果、どうするのかは解らない。それは悠二がどうこうできる事ではなかった。

 ただ、今できるのは ────

 

 やがて、或る必然を呼び込む、次なる戦いまでの、僅かな “日常” を謳歌する事だけだった。

 

 to be continued...

 

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