「!」
恵華はエポ50を駆って、昨日、フレイムヘイズが封絶を張ったあたりに来ていた。
その時、視界の中に坂井家が入っていたが、恵華は当然それを意識はできていない。
停止して、ギアを抜いてから、ヘルメットのシールドを上げて、あたりを見回す。
「今、フレイムヘイズが力を使った」
『私も感じた。多分、昨日、封絶を張っていた方だと思う』
本来、近い位置であればそれだけで場所は特定できるのだが、今は、その上手くコントロールしていると思える気配の方が、
恵華が周囲を見渡すようにすると、敢えて高層と言うほどでもないが、住宅街の中では多少目立つ、学校らしい建物がその視界に入った。
「あそこか……でも、あの馬鹿でっかい気配もやっぱりそこにいる感じ。一緒に居るってことなのかな?」
『うーん……だけど、あれ、学校だよね……フレイムヘイズが人間社会に紛れ込んで、日常的な社会に溶け込んでいるって、考えにくいことなんだけどな……1人なら酔狂なのがいるって事かもしれないけど、2人でしょう?』
恵華が口に出すと、ペンダントの声も疑問を言葉に出した。
「あそこ、あのバカでっかい気配、昨日もあのあたりにいたしなぁ……他に “徒” がいるようにも見えないし、同じ場所ウロウロしてるってのは、確かに考えにくいよね」
恵華も、微かにため息を
「できれば1人ずつ、分けて話を聞きたかったんだけどなぁ……」
『確かに。下手に2人同時に話になって、同時に敵対するとなったら、厄介だもんね』
恵華が苦笑しながら呟くと、ペンダントの声も苦い口調で言った。
「ま、でもとりあえず、あのあたりもう1回調べてみますか」
そう言うと、恵華はヘルメットのシールドを下ろし、エポのギアを入れて、その建物 ──── 御崎高校の方へと向かった。
悠二は、ゆかりを抱えて校舎より高く跳び上がった。ゆかりを空中で横抱きに抱き留め直すと、校舎の屋上に着地してから、ゆかりを降ろした。
「坂井君……もしかして?」
ゆかりは、唖然としながら、悠二を指差してしまいつつ、驚きで震える声で問いかける。
悠二は、ゆかりの「もしかして」が意味するところに対して、それを理解していると判断して、頷いて肯定する。
少し “力” を解放する。髪が “明るすぎる水色” に、瞳が澄んだ濃いターコイズブルーに染まる。
「“頂の座” のフレイムヘイズ、 “蒼水の撃ち手” 坂井悠二。それが今の、僕」
「フレイムヘイズ……そう言えば、あの人もそう言ってた……」
ゆかりは、驚いてはいるがあまり動揺はせず、漏らすような声でそう言った。
「平井さんに “紅世” の事を教えたのも、フレイムヘイズなの?」
「うん、確か…… “蹂躙の爪牙” ……とか名乗ってたかな……」
『それは!』
この場には悠二とゆかりの姿しか見えないのに、突然響いてきた声に対して、ゆかりがキョロキョロとあたりを見回す。
「知ってるの?」
『ええ、ちょっと遭遇したくはない相手でしたが…… “蹂躙の爪牙” マルコシアス。フレイムヘイズでも群を抜く戦闘狂、 “弔詞の詠み手” の “内なる王” です』
悠二が右手を上げて、甲の側から『ニーベルンゲン』に問いかけると、ヘカテーがそう答えた。
「“弔詞の詠み手” ……そう言えば問答無用で戦闘になりかねないって、相手の1人だったっけ……」
悠二は、何度かヘカテーから聞かされていたそのことを思い出すようにして、呟くようにそう言った。
「それが、坂井君の “王”?」
ゆかりが、『ニーベルンゲン』を指差すようにして、興味を惹かれるように見ながら、悠二に問いかける。
「え? あ、そうか。そう言うところまで知っちゃってるんだ」
悠二はそう言うと、右手の甲をゆかりに向けて、『ニーベルンゲン』を見せる。
『言葉をかわすのは初めてですね。 “頂の座” ヘカテーと申します。今後ともお見知りおきを』
「あ、は、はい、えっと、は、初めまして」
ゆかりは、毒気を抜かれてしまったように、呆気にとられていた状態から、そう言って『ニーベルンゲン』に向かってお辞儀をしてしまう。
『それから、いきなりですが……平井ゆかり、貴方は確かに今、 “トーチ” ですが、そう簡単に消えたりはしませんよ?』
「え?」
ヘカテーが言うと、頭を上げたゆかりは、思わずと言った様子で訊き返す。
『以前、 “狩人” フリアグネという “紅世の徒” が、この街に居たのです。その時ゆかりが喰われたのは事実です。ですが、その時に作られたトーチには、全て悠二が “存在の力” を補充しています。今のままでも、生身の人間の時の寿命と同じか、それよりほんの少しだけ短い程度の間、存在し続けます。そして消えるときにもその灯した “存在の力” の総量に応じて “この世” に痕跡が残ります。つまり、 “なかった事” にならない、他者に悉く忘れ去られるという事にならないのです』
「あ、そ、う……なんだ」
ヘカテーに説明されて、ゆかりは少し困惑気味にしつつも、理解したように返事をした。
「でも、さ……」
ゆかりは、身体を起こして悠二の顔に視線を向けると、どこか自嘲的な笑みを浮かべる。
「そうすると、坂井君は最初から、私がトーチだって知ってたって事でしょ?」
「え、まぁ、そうだけど……」
『悠二』
ゆかりの問いかけの意味に、ヘカテーが注意を促すように声を出すが、既に悠二は答えてしまっていた。
「だから……私に告白したんじゃないの?」
「! そ、それは……」
ゆかりに問いかけられて、悠二は、狼狽えてしまい、言葉に詰まってしまう。無意識に左手で胸元を抑えていた。
「私が……本当の私はもう、死んじゃってるって知ってるから……」
「ひ、平井さん!」
ゆかりの言葉に、悠二は、反射的にゆかりの両肩を掴んでいた。
「平井さんはまだ死んでない! トーチは、その
悠二は、思いつく限りの言葉を投げかける。
「……でも、普通の、生身の人間とは、違うんでしょ?」
悠二の反応に驚いた様に目を円くしていたゆかりだが、再び自嘲的な笑みを浮かべて、問いかけるように言う。
「え、そ、それは……」
一転、悠二は言葉を詰まらせてしまう。
「不都合だって、あるんだよね?」
「そんなことはない……ハズ……」
悠二は、ゆかりの言葉を否定しようとするが、歯切れ悪く言葉尻を濁すことになってしまう。
それは、実際に悠二とヘカテーがその結果を実際に見たわけではないが、おそらくそうだろうと推測できる項目が、いくつか存在していた。
「だったら、なんであの時、私に告白したの?」
「え…………」
ゆかりに問い返されて、悠二は、小さく声を漏らした後、絶句してしまう。
「その直前まで、一美か近衛さんかって言われて、必死に誤魔化そうとするばかりだったのに、いきなりになって私のことが好きだ、なんて言ったの?」
「その、それは……」
ゆかりの口調は、それほど咎めようとするものではなかったが、悠二は言葉をつまらせつつ、必死に考える。
「ひ、平井さんに直接、言うのは気恥ずかしくて……」
「嘘」
悠二が懸命に絞り出した言葉を、ゆかりは、静かだが、すっぱりとした言葉で否定した。
「だったら尚更、あのタイミングで告白したりしないよ」
「う……」
実際、その場ではゆかりは1度、悠二にスナップの効いた1発を入れている。
「それに、坂井君もフレイムヘイズだから、普通の人間とは違うんでしょ? 一美や近衛さんの事ではっきりした態度取らなかったのは、そのせいだよね?」
「…………」
悠二は答える言葉を見つけられなかった。事実だったからだ。もっともシャナに関しては同じフレイムヘイズだったが……
「だから、そう言うことにしたんだよね? 私と池君とが付き合って、不幸にならないように、坂井君が私に告白したんだよね?」
ゆかりは、穏やかな笑みを浮かべていたが、目尻から涙が
悠二は、わずかに逡巡していたが、意を決したように表情を引き締め、逸らしがちだった視線をゆかりに向け直す。
「確かに平井さんの言う通りだよ。僕は、平井さんがトーチだって知ってたから、あの場でああしたんだ。池と付き合って、生身の人間じゃない事で起きる不都合で、苦しませたくなかったから」
「そっ、か……」
悠二に告げられて、ゆかりは、涙はまだ止まらなかったが、吹っ切れたように声に出した。
「でも、僕は本当に演技だけでそんな事ができる程、器用じゃない。フレイムヘイズになっても、そこだけは直ってない」
「…………え?」
ゆかりは、悠二のその言葉に、反射的に聞き返す声を出していた。
「僕は平井さんが好きだ。付き合いだしてから、どんどん好きになってた」
「…………」
「ひょっとしたら、本当に池に嫉妬してたから、あんな事をしたのかも知れない」
「…………」
「平井さんの言っていることは事実だよ。でも、僕は平井さんのことが確かに好きになった」
「…………」
悠二は、静かにだがハッキリとした言葉でそこまで告げたが、ゆかりの方は、悠二をじっと見つめつつ、言葉を失ったように黙ってしまっていた。
「ごめん、これって平井さんにとっては、最低な事だよね。酷い事してるって、自覚あるよ」
「…………」
「許さなくてもいいよ、ごめんね」
悠二は、最後に表情を緩めて、申し訳無さそうにそう言った。
「……さ…………ゆ……ぅじ……君……」
悠二が
「少しだけ……時間、欲しい……」
「え?」
その言葉の意味が理解できず、悠二は、少し気の抜けた様な顔になってしまいながら、反射的に訊き返していた。
「お願い……気持ちを整理したいから」
「解った」
悠二は、ゆかりの言葉の真意を完全に理解することはできなかったが、ゆかりが胸を痛めていることは充分解っていた。だから、そう伝えることしかできなかった。
「ごめんね、平井さん」
恵華は、前日はドミンゴに乗ったまま周回した、御崎高校の周囲を、改めてエポに乗りながら探索した後、正門前で少し休憩がてらに、その放課後を待っていた。
「お、ここのパン屋さん、当たりかも」
一通り御崎高校の周囲を回った後、その周辺を少し散策している内に、住宅街にぽつっと存在していた『コハーニャ』というパン屋の紙袋から取り出した、いかにもと言ったメロンパンをパクついていた。
これが中年男性なんかだったりすると昨今、不審者として通報されてしまうところだが、恵華は見た目が見た目故に、たまーに訝しげな視線は向けられるものの、そこまでしようという者はいないようだった。
キーンコーンカーンコーン……
「!」
恵華が、メロンパンをかなり遅い昼食として食べ終えかけた時、御崎高校のチャイムが鳴る。
恵華は、口の中の残りをパックのストロベリーオレで流し込むと、ノースリーブのブラウスの上に着ている長袖のサマージャケットの左手首をめくり、アナログ型のBaby-Gが示す時刻を確認する。
「放課後……かな?」
恵華が呟く。僅かに経って、校舎の昇降口から制服姿の生徒達が吐き出されてきた。
「よーし」
恵華が行動を始めようとした時、
『待って』
「!」
と、ペンダントの声とほぼ同時に、恵華自身も急に、御崎大橋の方を向く。
「この気配は
『主人が討滅された後の
「ッ ────」
恵華は、悔しそうにしつつ、ヘルメットの顎紐を留め直すと、エポのエンジンを始動させる。ギアを入れて、御崎高校の正門が面している国道を、御崎大橋の方へと走らせていった。