蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第4話 憂鬱のフレイムヘイズ Part.IV

「!」

 恵華はエポ50を駆って、昨日、フレイムヘイズが封絶を張ったあたりに来ていた。

 その時、視界の中に坂井家が入っていたが、恵華は当然それを意識はできていない。

 停止して、ギアを抜いてから、ヘルメットのシールドを上げて、あたりを見回す。

「今、フレイムヘイズが力を使った」

『私も感じた。多分、昨日、封絶を張っていた方だと思う』

 本来、近い位置であればそれだけで場所は特定できるのだが、今は、その上手くコントロールしていると思える気配の方が、()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()の近くにいるため、大体の方角しか掴むことができなかった。

 恵華が周囲を見渡すようにすると、敢えて高層と言うほどでもないが、住宅街の中では多少目立つ、学校らしい建物がその視界に入った。

「あそこか……でも、あの馬鹿でっかい気配もやっぱりそこにいる感じ。一緒に居るってことなのかな?」

『うーん……だけど、あれ、学校だよね……フレイムヘイズが人間社会に紛れ込んで、日常的な社会に溶け込んでいるって、考えにくいことなんだけどな……1人なら酔狂なのがいるって事かもしれないけど、2人でしょう?』

 恵華が口に出すと、ペンダントの声も疑問を言葉に出した。

「あそこ、あのバカでっかい気配、昨日もあのあたりにいたしなぁ……他に “徒” がいるようにも見えないし、同じ場所ウロウロしてるってのは、確かに考えにくいよね」

 恵華も、微かにため息を()いて、そう言った。

「できれば1人ずつ、分けて話を聞きたかったんだけどなぁ……」

『確かに。下手に2人同時に話になって、同時に敵対するとなったら、厄介だもんね』

 恵華が苦笑しながら呟くと、ペンダントの声も苦い口調で言った。

「ま、でもとりあえず、あのあたりもう1回調べてみますか」

 そう言うと、恵華はヘルメットのシールドを下ろし、エポのギアを入れて、その建物 ──── 御崎高校の方へと向かった。

 

 

 悠二は、ゆかりを抱えて校舎より高く跳び上がった。ゆかりを空中で横抱きに抱き留め直すと、校舎の屋上に着地してから、ゆかりを降ろした。

「坂井君……もしかして?」

 ゆかりは、唖然としながら、悠二を指差してしまいつつ、驚きで震える声で問いかける。

 悠二は、ゆかりの「もしかして」が意味するところに対して、それを理解していると判断して、頷いて肯定する。

 少し “力” を解放する。髪が “明るすぎる水色” に、瞳が澄んだ濃いターコイズブルーに染まる。

「“頂の座” のフレイムヘイズ、 “蒼水の撃ち手” 坂井悠二。それが今の、僕」

「フレイムヘイズ……そう言えば、あの人もそう言ってた……」

 ゆかりは、驚いてはいるがあまり動揺はせず、漏らすような声でそう言った。

「平井さんに “紅世” の事を教えたのも、フレイムヘイズなの?」

「うん、確か…… “蹂躙の爪牙” ……とか名乗ってたかな……」

『それは!』

 この場には悠二とゆかりの姿しか見えないのに、突然響いてきた声に対して、ゆかりがキョロキョロとあたりを見回す。

「知ってるの?」

『ええ、ちょっと遭遇したくはない相手でしたが…… “蹂躙の爪牙” マルコシアス。フレイムヘイズでも群を抜く戦闘狂、 “弔詞の詠み手” の “内なる王” です』

 悠二が右手を上げて、甲の側から『ニーベルンゲン』に問いかけると、ヘカテーがそう答えた。

「“弔詞の詠み手” ……そう言えば問答無用で戦闘になりかねないって、相手の1人だったっけ……」

 悠二は、何度かヘカテーから聞かされていたそのことを思い出すようにして、呟くようにそう言った。

「それが、坂井君の “王”?」

 ゆかりが、『ニーベルンゲン』を指差すようにして、興味を惹かれるように見ながら、悠二に問いかける。

「え? あ、そうか。そう言うところまで知っちゃってるんだ」

 悠二はそう言うと、右手の甲をゆかりに向けて、『ニーベルンゲン』を見せる。

『言葉をかわすのは初めてですね。 “頂の座” ヘカテーと申します。今後ともお見知りおきを』

「あ、は、はい、えっと、は、初めまして」

 ゆかりは、毒気を抜かれてしまったように、呆気にとられていた状態から、そう言って『ニーベルンゲン』に向かってお辞儀をしてしまう。

『それから、いきなりですが……平井ゆかり、貴方は確かに今、 “トーチ” ですが、そう簡単に消えたりはしませんよ?』

「え?」

 ヘカテーが言うと、頭を上げたゆかりは、思わずと言った様子で訊き返す。

『以前、 “狩人” フリアグネという “紅世の徒” が、この街に居たのです。その時ゆかりが喰われたのは事実です。ですが、その時に作られたトーチには、全て悠二が “存在の力” を補充しています。今のままでも、生身の人間の時の寿命と同じか、それよりほんの少しだけ短い程度の間、存在し続けます。そして消えるときにもその灯した “存在の力” の総量に応じて “この世” に痕跡が残ります。つまり、 “なかった事” にならない、他者に悉く忘れ去られるという事にならないのです』

「あ、そ、う……なんだ」

 ヘカテーに説明されて、ゆかりは少し困惑気味にしつつも、理解したように返事をした。

「でも、さ……」

 ゆかりは、身体を起こして悠二の顔に視線を向けると、どこか自嘲的な笑みを浮かべる。

「そうすると、坂井君は最初から、私がトーチだって知ってたって事でしょ?」

「え、まぁ、そうだけど……」

『悠二』

 ゆかりの問いかけの意味に、ヘカテーが注意を促すように声を出すが、既に悠二は答えてしまっていた。

「だから……私に告白したんじゃないの?」

「! そ、それは……」

 ゆかりに問いかけられて、悠二は、狼狽えてしまい、言葉に詰まってしまう。無意識に左手で胸元を抑えていた。

「私が……本当の私はもう、死んじゃってるって知ってるから……」

「ひ、平井さん!」

 ゆかりの言葉に、悠二は、反射的にゆかりの両肩を掴んでいた。

「平井さんはまだ死んでない! トーチは、その(もと)になった人の本質があって初めて存在するんだ! 平井さんの心は、尊厳はまだ消えてないんだ! 死んでない、生きてるんだ! まだ、生きてるんだよ!」

 悠二は、思いつく限りの言葉を投げかける。

「……でも、普通の、生身の人間とは、違うんでしょ?」

 悠二の反応に驚いた様に目を円くしていたゆかりだが、再び自嘲的な笑みを浮かべて、問いかけるように言う。

「え、そ、それは……」

 一転、悠二は言葉を詰まらせてしまう。

「不都合だって、あるんだよね?」

「そんなことはない……ハズ……」

 悠二は、ゆかりの言葉を否定しようとするが、歯切れ悪く言葉尻を濁すことになってしまう。

 それは、実際に悠二とヘカテーがその結果を実際に見たわけではないが、おそらくそうだろうと推測できる項目が、いくつか存在していた。

「だったら、なんであの時、私に告白したの?」

「え…………」

 ゆかりに問い返されて、悠二は、小さく声を漏らした後、絶句してしまう。

「その直前まで、一美か近衛さんかって言われて、必死に誤魔化そうとするばかりだったのに、いきなりになって私のことが好きだ、なんて言ったの?」

「その、それは……」

 ゆかりの口調は、それほど咎めようとするものではなかったが、悠二は言葉をつまらせつつ、必死に考える。

「ひ、平井さんに直接、言うのは気恥ずかしくて……」

「嘘」

 悠二が懸命に絞り出した言葉を、ゆかりは、静かだが、すっぱりとした言葉で否定した。

「だったら尚更、あのタイミングで告白したりしないよ」

「う……」

 実際、その場ではゆかりは1度、悠二にスナップの効いた1発を入れている。

「それに、坂井君もフレイムヘイズだから、普通の人間とは違うんでしょ? 一美や近衛さんの事ではっきりした態度取らなかったのは、そのせいだよね?」

「…………」

 悠二は答える言葉を見つけられなかった。事実だったからだ。もっともシャナに関しては同じフレイムヘイズだったが……

「だから、そう言うことにしたんだよね? 私と池君とが付き合って、不幸にならないように、坂井君が私に告白したんだよね?」

 ゆかりは、穏やかな笑みを浮かべていたが、目尻から涙が(こぼ)れ始めていた。

 悠二は、わずかに逡巡していたが、意を決したように表情を引き締め、逸らしがちだった視線をゆかりに向け直す。

「確かに平井さんの言う通りだよ。僕は、平井さんがトーチだって知ってたから、あの場でああしたんだ。池と付き合って、生身の人間じゃない事で起きる不都合で、苦しませたくなかったから」

「そっ、か……」

 悠二に告げられて、ゆかりは、涙はまだ止まらなかったが、吹っ切れたように声に出した。

「でも、僕は本当に演技だけでそんな事ができる程、器用じゃない。フレイムヘイズになっても、そこだけは直ってない」

「…………え?」

 ゆかりは、悠二のその言葉に、反射的に聞き返す声を出していた。

「僕は平井さんが好きだ。付き合いだしてから、どんどん好きになってた」

「…………」

「ひょっとしたら、本当に池に嫉妬してたから、あんな事をしたのかも知れない」

「…………」

「平井さんの言っていることは事実だよ。でも、僕は平井さんのことが確かに好きになった」

「…………」

 悠二は、静かにだがハッキリとした言葉でそこまで告げたが、ゆかりの方は、悠二をじっと見つめつつ、言葉を失ったように黙ってしまっていた。

「ごめん、これって平井さんにとっては、最低な事だよね。酷い事してるって、自覚あるよ」

「…………」

「許さなくてもいいよ、ごめんね」

 悠二は、最後に表情を緩めて、申し訳無さそうにそう言った。

「……さ…………ゆ……ぅじ……君……」

 悠二が()()()姿()に戻すと、俯いた姿勢になっていたゆかりが、まずはボソボソと声を出した。

「少しだけ……時間、欲しい……」

「え?」

 その言葉の意味が理解できず、悠二は、少し気の抜けた様な顔になってしまいながら、反射的に訊き返していた。

「お願い……気持ちを整理したいから」

「解った」

 悠二は、ゆかりの言葉の真意を完全に理解することはできなかったが、ゆかりが胸を痛めていることは充分解っていた。だから、そう伝えることしかできなかった。

「ごめんね、平井さん」

 

 

 恵華は、前日はドミンゴに乗ったまま周回した、御崎高校の周囲を、改めてエポに乗りながら探索した後、正門前で少し休憩がてらに、その放課後を待っていた。

「お、ここのパン屋さん、当たりかも」

 一通り御崎高校の周囲を回った後、その周辺を少し散策している内に、住宅街にぽつっと存在していた『コハーニャ』というパン屋の紙袋から取り出した、いかにもと言ったメロンパンをパクついていた。

 これが中年男性なんかだったりすると昨今、不審者として通報されてしまうところだが、恵華は見た目が見た目故に、たまーに訝しげな視線は向けられるものの、そこまでしようという者はいないようだった。

 キーンコーンカーンコーン……

「!」

 恵華が、メロンパンをかなり遅い昼食として食べ終えかけた時、御崎高校のチャイムが鳴る。

 恵華は、口の中の残りをパックのストロベリーオレで流し込むと、ノースリーブのブラウスの上に着ている長袖のサマージャケットの左手首をめくり、アナログ型のBaby-Gが示す時刻を確認する。

「放課後……かな?」

 恵華が呟く。僅かに経って、校舎の昇降口から制服姿の生徒達が吐き出されてきた。

「よーし」

 恵華が行動を始めようとした時、

『待って』

「!」

 と、ペンダントの声とほぼ同時に、恵華自身も急に、御崎大橋の方を向く。

「この気配は燐子(リンネ)!? でも昨日今日の感じじゃ、この街に “徒” は ────」

『主人が討滅された後の()()()燐子かも知れない。残している “力” が少なくなっていると、正常に動かなくなってて暴走するかも!』

「ッ ────」

 恵華は、悔しそうにしつつ、ヘルメットの顎紐を留め直すと、エポのエンジンを始動させる。ギアを入れて、御崎高校の正門が面している国道を、御崎大橋の方へと走らせていった。

 

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