蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第6話 もうひとつの出会い

 ガシャ、ガシャン……

 朝。

 通勤・通学の時間帯だが、誰かが通るわけでもない建物の隙間。

 人気がないどころか、通り抜け防止用にフェンスが張られている。

「よっ……!」

「いよっ……と」

 その通り抜け防止のフェンスを、啓作と栄太がよじ登って越えてくる。

「この道通るのも久しぶりだな」

 啓作は、自分の方が先にフェンスの上に上がると、続いて上ってくる栄太に手を貸しながら、そう言った。

「ちぃーとばかし危ねートコだけど、遅刻するよりマシだろ」

「だな」

 栄太がそう言うと、啓作もそれに同意した。

「しっかし、久しぶりに夜遊びが過ぎたかな、結構キツイって……」

 啓作は戯け混じりに苦笑しながら言うが、その最中、不意に表情を険しくする。

「ん?」

 啓作の視線の先で、1人の女性が、かつて “チーマー” と呼ばれた風の不良少年数人に、取り囲まれていた。

「どうした?」

「しっ」

 フェンスから降りてきた栄太が、啓作に問いかける。啓作は険しい表情で、栄太に声を潜めるように言いながら、女性が取り囲まれている方を見る。2人は、そちらからは死角になる建物の影に身体を隠し、様子を窺う。

 女性は、纏めた髪がなおも腰に届くほどの長髪は鮮やかなブロンド、日本人には男性でもそうはいないほどの長身、メガネをかけているその下の、鼻の高い整った顔立ちと、アングロ・サクソンと連想できる特徴。

 体付きも出るべきところは出ていて、括れるべきところはくびれている、豊満だが、決して太っているわけではない、理想的な体型。

 そして、巨大なハードカバーの本を、ベルトで締めてカバンのように担いでいる。

「オネーサン、マジ美人だね?」

「ドコの人? ハーフ?」

「本、チョー重そう」

 言葉をそのままに解釈するならそれほどでもないが、少年達の女性を見る目、かける言葉は、品性というものを欠いた、女性を挑発しながらの下劣な口調のものだった。

 挙げ句には、

「モシモーシ、ニホンゴワカリマスカぁ?」

「オレんち連れてっちゃうよ?」

 などと、侮蔑したり、害意を持っているかのような言葉を発して、何がおかしいのか「ギャハハハハ」と笑い声を上げたりしている。

「す、すげえ美人……だな」

「ああ、間違いなく超・美人だ」

 栄太の言葉に、啓作は同意してから、

「そして、大ピンチのようだ」

 と、険しい視線でそう言った。

「そりゃ当然」

 そう栄太は返事をするものの、少年達の年は、啓作達と同じか、それより少し年上。しかも多勢に無勢。真正面からやりあっては不利なのは明らかだ。

「……ま、数が多いし、不意打ち1発か増してから、引っさらって逃げる…………」

 栄太が算段を立てていると、

 ゴッ……

「ブッ……グッ……」

 女性の背後から接近しようとしていた少年が、鼻血を出しつつ、仰け反るようにして後ろに倒れた。女性が、その少年の顔面に裏拳を入れていた。

 倒れた少年は、脳震盪を起こしたのか、涎を垂らしながら路上に転がると、すぐには起き上がれない様子で、のたうちまわった。

 一瞬、何が起きたのかわからないといった様子で、残りの少年達も呆然としていたが、やがて、

「……っの、アマぁ! オラァ!!」

 と、1人の少年が、女性の前方から殴りかかった。

 だが、女性はその拳をひょいとよけると、その腕をつかんで逆に引き寄せ、強烈な膝蹴りを少年の腹部に打ち込む。

「ガハッ……」

 少年は口から反吐を吐きながら、蹲るように倒れ込む。

「てっ……てめ……」

「このっ」

 2人の少年が、同時に女性に飛びかかるが、その動きはバラバラで、連携した攻撃とはとても言えるものではなかった。

 ガッ!

 ゴッ!!

 女性は巨大な本のハードカバーの角で、1人の頭部を打ち付けると、返す刀で、もう1人の顔面にもそれを叩きつけた。

「ッ……くそっ」

 残っていた1人の少年が、折りたたみナイフを展開して握り、

「くそがぁッ!! 死ねぇっ!!」

 と、女性に斬りつけようとする。だが、それより一瞬早く、女性のしなやかな長い脚から繰り出されるリーチの長いハイキックが、ナイフの少年の顎を強烈に打ち付けられていた。

「あ……ぐ……」

 意識が混濁しているのか、倒れ込んだ少年は、くぐもった声を漏らす。

 不良少年達を鮮やかに返り討ちにした光景に、啓作と栄太は惚れ惚れとした表情を向け、次いで、お互いの顔を見合わせた。

 一方 ────

「こう言うクズはどこにでもいるわね。どうしてこう言う連中程、喰われていないものなのかしらね」

 女性 ──── マージョリー・ドーが、不愉快そうに言う。言いながら、ナイフを持っていた少年の手を蹴り飛ばす。ナイフが少年の手から離れて、遠くへ滑っていった。

『ヒヒッ、「世界はこんなはずじゃなかったって事ばかり」ってか?』

 男の声 ──── マルコシアスが軽口を叩くようにそう言った。

『しかしまー、トーチがやたら多いってことで探索してみたけど、この調子だと “屍拾い” の野郎、とっくにどっかに行っちまってるかもなぁ』

「確かに、ヤツは力を残しているトーチは喰わない……けど、仮にそうだったとしても、あのクソ野郎を追うのは棚上げにしてでも、もう少しこの街を、本格的に探索したいところね」

 どこか呑気そうに言うマルコシアスに対し、マージョリーは表情の険を更に強めて、呟くようにそう言った。

『ヒヒヒッ、やっぱりそうなるかい?』

「当たり前でしょう!? “()()()()()” を飛ばすトーチなんて。絶対、()()に何か関わりがあるはず」

 マルコシアスの口調は相変わらず軽かったが、マージョリーは、それ自体には批判をしないものの、怒りと憎悪を露わにした表情で、そう言った。

「ヤツの手がかりを手に入れられるチャンス、みすみす逃してなるものですか……!!」

『しょーがねーな。あんまし派手なことはできねぇかも知れねぇけど、もともと、それがおめぇさんの一番の目的だし、契約の誓いだモンな。わが麗しの酒杯(ゴブレット)、マージョリー・ドー』

 マージョリーの言葉に、マルコシアスは軽い口調のままながら、戯けた様子は消して、そう言った。

「昨日一昨日調べた感じじゃ、 “徒” 本人はもういないようだし、これ以上となると2人だけじゃ探索は難しいわね。マルコシアス、案内人を見つけて」

『あいあいよー』

 マージョリーの言葉に、マルコシアスが答えると、巨大な本を括っていたベルトが外れ、本 ──── 神器『グリモア』が浮き上がり、マージョリーの前でそのページが広がる。

『んで、選定の括りは?』

 今度は、マルコシアスの方が真面目そうな口調で言ったのだが、

「そーね……この街の住人で、若くて、私の事『超・美人』って口にしたやつ」

『ケーッ! 色ボケが!』

 マージョリーが、それまでの嫌悪感を隠して薄く笑いながら言うと、マルコシアスは呆れたような声を出す。

「お黙りバカマルコ。年食ってるやつは都合も見かけも駆け引きも、色々面倒でしょうが」

 マージョリーは、マルコシアスの言い種に少し不満を感じたように、そう声を上げた。

「それに、私に好意的な方が、何かと便利なのよ」

『あーあー、そーゆー事にしといてやるよ』

 マルコシアスは、呆れた口調のまま、どこか投げやりっぽく言う。

 その間に、開いた『グリモア』の、何も書かれていなかったページに、鈍く光る群青色の文字が出現する。

『いたぜ、それもすぐ近くに』

 マルコシアスは、口調を真面目そうなものに戻して、言う。

「そう? どこ?」

『真後ろだ』

「はぁ!?」

 マルコシアスの言葉に、マージョリーは、怪訝そうな声を出しつつ、振り返る。

 そこには、かつて日本では学生服として主流だったが、近年は高校生のそれとしては少数派になりつつある、黒い制服を着た少年が2人、立っていた。片方は優男風で背はやや低め、もう1人は見た目体育会系のガタイが良い、という感じの凸凹コンビである。

「コイツらって、今のやつらの仲間なんじゃないの?」

 マージョリーは、マルコシアスに向けてそう言ったが、

「ち……違います!!」

 栄太が一瞬どもったが、結果的にハモるようにして、啓作と栄太はきっぱりとそう言った。

 

 

 ──── 御崎高校、1年2組。

 悠二は、既に登校して、自分の席に腰掛けていた。始業前のこの時間、速人と話をするでもなく、ただ、胸の中のもやもやを誰にも吐き出せず、気怠そうにしながら、何度もため息を吐いていた。

 ── くそ、やっぱりなんか落ち着かないな……

 シャナは、悠二より先に登校していたが、悠二の顔をジロっと見ただけで、言葉もなく自分の席に着いてしまった。

 ゆかりは、たまに悠二の方をチラチラと見るが、悠二の方からゆかりを見ていると、それに気付いた瞬間に、慌てたように視線を逸して、前を向いてしまう。

 ── 平井さんに関して言えば、明らかに悪いのは僕の方だ……

 それは認めざるをえない。独善という形でゆかりに自身のエゴを押し付けていた。と、悠二は理解していた。

 ── シャナだって、修練や鍛錬をしないのは、単なる気分の問題かもしれないじゃないか。

 今朝、悠二が目覚めると、既にシャナは室内にいなかった。悠二は、以前そうしていたように、我流の棒術鍛錬だけをした。

 ── 偶然悪いことが重なったんだ……そう、そう言うことだってあるんだ……なのに、なんで……なんでこんなに僕の胸は苦しいんだよっ……!

 やたら大きい鼓動に、息苦しささえ感じて、無意識に左手で胸を押さえる。

 その、一瞬後 ────

「!」

 ()()を感じた悠二は、右手を耳に近づけて、潜めた声で言う。

「ヘカテー」

『はい、私も感じました』

 ヘカテーも、周囲に聞き取られない程度の声で、言う。

「これ、 “徒” じゃないね、フレイムヘイズだと思うんだけど……」

『はい。ですが、一昨日すれ違った者とも、また違うようです』

「だとすると……」

『“弔詞の詠み手” だと思われます』

 ヘカテーの答えに、悠二の顔に緊張が走る。

 ヘカテーは悠二に、問答無用で戦闘になりかねない相手、と、危険な相手として説明していた。

「どうするべきだろう……できるだけ接触しないほうが良いのか、それとも、一度接触したほうが良いのか……」

『動向を探っておく必要はあるかと思います』

「それは、どうして?」

ヘカテーの答えに、悠二は、険しい表情のまま、再度訊き返した。

『本来、フレイムヘイズの役割は “徒” が “この世” の命を喰い荒らし、 “理” が歪む事を防ぐ、というものですが、 “弔詞の詠み手” と “蹂躙の爪牙” は、 “徒” を討滅することに()()固執しすぎて、かえって “理” が歪む事態になる行為でも厭わないのです』

「なるほど、だから、なぜこの街に来たのか、確かめておいた方が良いってことか」

『はい、そう言うことになります。ただ、戦闘になる覚悟は固めておいてください。そう言う相手です』

「そうなんだ……できればフレイムヘイズ同士で戦いたくなかったんだけどなぁ」

 ヘカテーの言葉を聞いて、悠二はぼやくようにそう言った。

 ──────────────────── つもりだった。

 

 

「今日は学校はサボりか……」

 啓作は、少し緊張した様子でそう言った。

 武蔵御崎駅に近いが、商店街の少し奥まったところにあるティーハウス、「フラワーリング・ドッグウッド」。啓作達は、マージョリーとともにそこに来ていた。

「そういや、高校に入ってからは初めてだな」

 啓作の隣で、やはり緊張しつつも、どこか鼻を伸ばした様子の栄太が言う。

「まぁ、美女とお茶できるって事で、モトは取れてるだろ」

 2人と向かい合う形で、マージョリーが座っていた。

「そこの店員!」

 マージョリーは、どこか不機嫌そうな様子で、傍にいたウェイトレスに向かって、荒い言葉で呼びつけた。

「この店で一番高い紅茶、ホットで3つ、早くしなさい」

「か……かしこまりました」

 若い女性のウェイトレスは、怯えたように返事をして、小走りで厨房の方へ行ってしまった。

 バン!

 ウェイトレスが厨房に入っていったのを見計らって、マージョリーはテーブルを叩いて音を出しながら、啓作と栄太を値踏みするようにそう言った。

「私の名前は、マージョリー・ドー」

 マージョリーは、啓作と栄太にそう名乗ってから、トントン、と『グリモア』を指で叩きつつ、

「こっちはマルコシアスよ」

 と、紹介した。

 マージョリーのその態度に、啓作も栄太も、驚いて硬直したように背筋を伸ばしているが、マージョリーは構わずに話を続ける。

「この街に人喰いの(バケ)(モノ)が来たの。私達はそれを追ってる。だから協力しなさい」

 そう言って、マージョリーは鋭い視線を2人に向けた。

「…………!?」

 2人にとってあまりに唐突な物言いに、啓作も栄太も、一瞬愕然としたように言葉を失ってしまっていた。

 

 

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