御崎高校の昼休み。
悠二はまた、今日は1人で、屋上にいた。
アニメやゲームなどの創作物の世界では、生徒の憩いの場として開放されていることも多い校舎の屋上だが、実際には、転落の危険性などから、都区内の過密域以外では、平時は閉鎖している学校が多い。御崎高校もそのセオリーの方だった。
悠二には都合が良かった。1人になりたかったのだ。クラスメイトの中にいるのが辛かった。特に、ゆかりが視界に入るのがこれ以上なく苦しかった。
『少しだけ……時間、欲しい……』
『お願い……気持ちを整理したいから』
昨日、この場所であったことが、悠二の脳裏にリフレインする。
なんというか、重く思い悩む様子で、視線を伏せる形で悠二から逸らすゆかりの姿が、悠二の心を深く苛んだ。
「平井さんが僕を赦すワケがないのに、どこかでその言葉を期待している自分がいるよ……」
誰も見ていないのに、1人は確実に聞いている、そう言う状況で、悠二は、呟いているのか聞いて欲しいのか、曖昧な様子で言葉にする。
「自分が嫌になるよ……」
『…………』
ヘカテーは、かける言葉もないのか、黙ったままでいる。
「ヘカテーは、ずっと僕と一緒にいてくれるよね……?」
『はい。もちろんです』
悠二が、『ニーベルンゲン』に。右手の甲の方から視線を落とすようにして言うと、ヘカテーは、それだけは即、断言した。
『貴方の想いが変わらない限り』
「あれ、吉田さん、もう御飯は食べたの?」
1年2組の教室。
自分の席の机の上で、何かメモ書きを走らせている一美の姿を見て、速人が声をかけた。
「ひゃっ!? え、あ……池君?」
そちらに意識を奪われていた一美は、速人に声をかけられて、一瞬ビクッと驚き、声を上げてしまった。
「何、メモしてるの?」
「え、あの……これは……」
速人が、無遠慮にそれを覗き込もうとすると、一美は、困惑気な声を出す。
メモには、「ハンカチ」「タオル」「本?」「ブックカバー」と、品物の名称が書かれていた。他にも「マフラー」と書かれていたが、それは二重線で消されている。その中に「ブックカバー」には、矢印を付けて「手作り!」と書き添えられていた。
「誰かに、贈り物でもするの?」
速人が、優しげに微笑みながら問いかける。
「……その……弟の誕生日が近くて……」
「ふぅん……」
おずおずとした様子で答える一美に、速人は、声では気のない返事をしたが、
── そうか、坂井へのプレゼントか。
と、口には出さずに呟いた。
ちらりと悠二の席の方に視線を向ける。だいたいは教室で昼食を摂っている悠二だが、今日は姿が見えない。誰かと一緒に出ていったというわけでもなさそうだった。
── 平井さんとはひと悶着あったみたいだし、チャンスではあるんだよな……
今度はゆかりの席を見る。ゆかりは席について座っていた。妙にいい姿勢で、ヘッドフォンをつけている。インナーイヤホンタイプではなく、折りたたみ式のヘアバンドのようなオーバーヘッドタイプだ。
「何をやってるの?」
「あ、近衛さん」
速人が視線を向けていた方とは逆の方向から、シャナが声をかけてきた。先ず一美が返事をする。
転校してきた最初の頃は、傍若憮然として、どこか近づきにくい、とっつきにくい、と、一美も速人も思っていたシャナだったが、最近は意外に自分から近付いてくるようになったなと、速人は思っていた。
「あ、そうだ」
一美が、なにか考えついたかのように言う。
「近衛さん、良かったら、放課後……一緒に、買い物に行かない?」
「買い物?」
相変わらず、他者からは険があるように見える目つきで一美を見ながら、シャナは、鸚鵡返しに問い返す。
「駅前の方に……その、プレゼントを選びに行くんだけど……」
「プレゼント……」
反芻するように言いつつも、いつものキツさが感じられるシャナに、一美は少し気後れしてしまう。
「吉田さん、近衛さんはそう言うの……────」
「行く」
助け舟を出すつもりで、速人が言いかけたのを遮って、シャナは短く、しかしはっきりと答えた。
「え?」
誘ったのは自分の方なのに、肯定されて驚いてしまった一美だが、それ以上に速人の方が大仰なリアクションを見せていた。
「その、少し興味あるから」
シャナは、無愛想な表情はそのままに、そう答えた。
「うん、そうしようっ」
ぱっと、一美が表情を明るく綻ばせる一方で、
── 知らねーぞ、坂井……
と、速人は、慄いてたじろぐようなポーズのまま、声には出さずに呟いた。
「ふい~……つ、疲れたぁー」
真南川の河川敷、芝生の上に、栄太は身を投げ出すように横になって、へばるようにそう言った。その傍らで、啓作も腰を下ろしている。
「何、あれ」
そこは御崎大橋というより、鉄道橋の方に近い場所だった。何人かの人間が三脚を立てて、河川上のトラス橋の出口にカメラのレンズを向けている。
それを見て、マージョリーが、不思議そうに2人に訊ねた。
「ああ、あれ……」
言っている端から、御崎市駅に向かって減速しながら、「各駅停車 新高速大崎」と掲げた、クモハ5250形を先頭にした8輌編成が、轟音を立てて橋を渡ってくる。
「なんか真南川線で使われているのが、もう他じゃ……この鉄道会社以外じゃ使ってないタイプの電車らしくて、結構撮り鉄のポイントらしいんスよ。特に、こっちの……駅の側が」
「ふぅん……」
啓作が説明したが、マージョリーは、面白くなさそうな気のない返事をしただけだった。
『まぁ、これはあんまし関係があるようには感じねぇな』
マルコシアスも言う。
「それよりマージョリーさん……市内を案内するのは良いんですけど、それからどーするんです?」
啓作が訊ねる。
「も……もしかして、俺達にもその怪物と戦えってんじゃ?」
「馬鹿」
驚き、顔色を悪くしながら言った栄太に対して、マージョリーはピシャリとそう言った。
「んな事誰が頼むもんですか。 “徒” をブチ殺すのはフレイムヘイズである私の役目よ」
『そーそー』
呆れた様に言うマージョリーに、マルコシアスが継ぐ。
『俺達が今追ってるラミーって野郎、雑魚のくせに気配隠すのだけは上手くてよ。しかもーいうわけだかフレイムヘイズの
「フレイムヘイズ……なんですか?」
「でも、さっきは人喰いの化け物だって……」
マルコシアスの言葉を聞いて、2人が不思議そうな顔をする。栄太が聞き返し、それに啓作も続いた。
「
『どういうからくりかは解らねーが、前から他の “徒” やフレイムヘイズから見つかりにくくする為に、トーチを依り代にして動いてたからな。元々小細工が得意なヤツだし、自分に都合の良い式でも編み出したんだろーぜ』
「それってつまり、人間を乗っ取ってるってこと……ですか?」
マージョリーとマルコシアスの言葉に、啓作はさらに表情を怪訝そうにして、訊ねた。
『断言はできねぇが、その後もやってることは変わらねーからな。
「弱ったトーチが残している “存在の力” を集めている。何を企んでるかまではわかんないけど、ロクなもんじゃないことは確かよ」
マルコシアスとマージョリーの言葉に、啓作と栄太は、愕然とした様子で顔を見合わせる。
『おめぇ達にあちこち案内してもらったのは、その捜索のため ──── と、言いてぇところなんだがな』
「え?」
そこまで話を進めておいて、突然言葉尻を濁したマルコシアスに対して、栄太が反射的に声を出した。
「そう言えば……トーチって、さっきの説明だと、 “徒” が人を食べた後に残すモノ……ですよね?」
眉間にシワを寄せたままの啓作が訊ねるように言うと、栄太も気がついたようにハッとした。
「それがいっぱいあるって事は、この街に “徒” がいた……?」
『ああ、そこがややこしい話でな』
マルコシアスが、急に落ち着いた口調になって言う。
『この街のトーチには、ラミーの野郎なんかよりもずーっとずぅっと前から俺達が探し続けているやつ、そいつに絡んでるんじゃねぇかって特徴があるのよ』
「え? じゃあまさか、そいつが……」
慄いた様子で、啓作が訊き返す。
『これまたはっきりしたこた言えねーが、その可能性はゼロじゃねぇ。その事も含めて、一度この街をきっちり調べ上げたかったからな。そういう意味でも、おめぇ達に協力してもらった、ってーワケだ』
「ただ、そいつがまだ居る可能性自体は低いわ。この街にはどういうわけか、2人もフレイムヘイズがいる。トーチの数から言ってだいぶ暴れたことは確かだし、もしそうなら、とっくにブチのめされて討滅されてるでしょうよ」
マルコシアスの言葉に、マージョリーは鼻を鳴らすようにしてから、そう言った。
「フレイムヘイズが……2人も?」
顔色を悪くしていた啓作が、訝しげにしつつ更に訊ねる。
『意外にもおめぇ達の近くにいたりしてな! ハ!』
一旦は落ち着いた様子になっていたマルコシアスの声が、またハイテンションなものに戻った。
「そーゆーわけで、この街の事はしっかりと調べておく必要があるわけ。悪いけど、その間は、アンタ達には付き合ってもらうわよ」
「まぁ、それは構いませんが」
マージョリーが言っている最中に、啓作は栄太と顔を見合わせてから、マージョリーの言葉の後にそう言った。
「でも、それならそのラミーってやつも、そのフレイムヘイズが倒した、って事はないですか?」
啓作が訊ねるが、
「それはないわね」
と、マージョリーは即答する。
「言ったでしょ、気配を隠すのが得意な “徒” だって。他のフレイムヘイズは気付いてもいないはずよ」
「は、はぁ……」
マージョリーの言い回しに、啓作も栄太も、それは事実ではあるが、マージョリー自身のプライドの高さからも来ている言葉だと理解した。
「それに……ラミーはちょっと事情が特殊でね。他のフレイムヘイズは追わないのよ」
「それは、どうしてです?」
栄太が訊き返す言葉を発すると、マージョリーに代わってマルコシアスが答える。
『基本的に弱ったトーチしか拾わねーからよ。世界のバランスを崩さないって理由でな』
「でも、それでも “存在の力” を集め続ければ、 “この世” の理は少しずつ歪んでいく。それに、その集めた “力” が使われた時が問題なのよ」
マルコシアスの説明に対して、マージョリーが反論するように言った。
「ロクなもんじゃない、ですか……」
栄太が、軽くため息をつく様に言う。
「そー言う事よ。何を起こすのか解ったモンじゃない、大都市がひとつ、いえ国がひとつ消えたっておかしくないわ。それに、それをきっかけに “この世” 全体が一気に歪みだすかもしれない」
『ヒャーハー、とどのつまり、 “この世” に来てる “徒” なんてなぁ、誰も彼もてめぇの都合って事さ』
マージョリーが更に苛立った様子で言うと、マルコシアスがハイテンションな声で付け加えた。
「さて、無駄話はこれぐらいにして、さっさと探索を進めましょうか」
パンパンと手を叩きながら、マージョリーがそう言った。
「そうは言っても、街の中はだいたい案内し終わりましたけど……」
「位置関係はね」
栄太の戸惑ったような言葉に、マージョリーが即座に返す。
「それでここからが本題なんだけど、最近、この街で起こった妙な事件とか、ない?」
マージョリーに訊ねられて、啓作と栄太は、また顔を見合わせる。
「俺達が知ってる大事件と言えば……」
「アレしかねぇだろ」
啓作が言葉尻を濁すようにしつつ言うと、それを肯定するように栄太が言う。
2人は、マージョリー達を連れて、再び駅前まで来ていた。
ウィークディの日中だが、駅周辺はそれなりに人通りも多く、クルマも多く行き交っている。
しかし、その機能の中心とも言える、一定以上の年齢層からは
駅との間に挟まれている形のバスターミナルは、その一角が使用中止にされ、重機が置かれている。バスターミナルには一部の系統について『現在北口バスターミナル交通規制の為、以下の系統は南口からの発着となっております(一部のバス停は運休となります)』と掲示されていた。
ショッピングモールの、特に上部が損傷しており、現在はその補修作業の真っ最中だった。重機の立てる「ガガガガ……」という打撃のような音や、そのエンジン音が辺りに響いている。
「1週間ぐらい前だったかな……ここでいきなり謎の大爆発が置きたんですよ」
啓作が言う。
「そうなんスよ。死人こそ出なかったものの、けが人も30人くらい出てるし、建物の上の方もメチャクチャだってのに、原因不明だって。ニュースでも大騒ぎしてました」
栄太が、続ける形で説明した。
「ふ━━━━━━ん……」
それを聞いたマージョリーは、少し唸るような声を鼻から出すようにしつつ、『立入禁止』と書かれた標識を意にも介さずに、建物に近寄り、シートをめくってその内側を覗き込んだ。
「壊すだけってのは他の手段でいくらでもできるし、 “徒” にしろフレイムヘイズにしろ、大概は自分の暴れた跡を修復するのよね」
「他の “徒” や、フレイムヘイズに見つからないように……ですか?」
マージョリーが、訝しそうに考え込みながらそう言うと、栄太が問い返した。
「そうよ、余程の変わり者でない限り、 “徒” はただ壊したり暴れたりなんてしないわ。フレイムヘイズなら尚更ね」
マージョリーはシートを元に戻すと、2人の方を向いて、そう言った。
「ん……修復できなかったって事は、封絶無しでやりあった……?」
マージョリーは、ふっと気がついて呟いた。
『おいおい』
それを聞いたマルコシアスが、呆れ返った声を出す。
『ぶっ壊し具合はまーまーだが、そんな周りの迷惑顧みねー連中と御一緒するのは勘弁だぜ』
「あらマルコ、珍しく殊勝なこと言うじゃない」
マージョリーが、そう言ってくすっと口元で笑う。
『ったりめーだろ、あんましこー言う事されたら、 “徒” は寄り付かなくなっちまうし、逆にフレイムヘイズはまたぞろ押しかけて、話がややこしくなるだけってモンだぜ』
要は、自分達の邪魔はしてくれるな、とマルコシアスは言った。
「ヘックション!」
悠二は、急に抑えが効かず、盛大なクシャミをした。
「どうした坂井、夏風邪か?」
5時限目と6時限目の間の休み時間。悠二の席の近くに来ていた速人が、それを聞いて少し心配したように声をかける。
「いや……なんか、急に来た……」
悠二は鼻の下を指でこすりながら、そう言って周囲をキョロキョロと見回した。