蒼水の撃ち手 PHASE-II   作:神谷萌

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第8話 2人、街の中 Part.I

「何か手がかりにはなるかもしんないけど……」

 マージョリーは、苛立った精神を落ち着かせる様に前髪を手でクシャッと弄りながら、言う。

「マルコ、()()()()の場所は特定できない?」

『あー……それなんだがな』

 マルコシアスも難しい声を出す。

『この街に到着してから……おめぇも気付いてるだろ、あの馬鹿でっかい気配』

「あの隠す気もへったくれもないやつね」

『アレが邪魔になって、ラミーの野郎どころか、もう1人のフレイムヘイズの気配も上手く探れねーのよ』

「えっと、それはつまり?」

 マルコシアスとマージョリーのやり取りに、栄太が割って入ってくるように訊ねた。

「コンサート用のスピーカーが大音量鳴らしてる傍だったら、WALKMANの音は聞き取れないでしょう? そう言う事よ」

『一昨日はそいつが封絶を張ったんで、存在を探知できたんだがな、昨日からはパッタリよ』

 マージョリーが忌々し気に言い、マルコシアスがそれに続いた。

「こっちから気配探知を飛ばすこともできるけど、今の状況ではやりたくないのよね……」

 マージョリーが、少し険しい様子でそう言った。

 栄太は、啓作と顔を見合わせてから、

「あの……それはどうして?」

 と、マージョリー達に訊ねた。

「こっちから気配探知の法を使うと、 “徒” や他のフレイムヘイズにもこっちの存在と場所を教えることになるからよ」

『レーダーと同じよ。探知できる範囲より外側でも、発信源のこっちが相手に気付かれちまう』

 マージョリーが説明し、マルコシアスが付け加える。

「だからそんな事をしたら、 “銀” に関わっているやつや、ラミーのクソ野郎が、まだこの街に留まっているとしたら、逃げるなりなんなりされてしまうでしょ」

「な、なるほど」

 マージョリーの説明に、栄太は顎を手で支える仕種をして、そう言った。

 一方で、

「あの……」

 と、啓作がマージョリーに声をかける。

「相手が同じフレイムヘイズだったとしても、戦うんですか?」

「邪魔されりゃね」

 啓作の問いに、マージョリーはあっさりと答えた。

「…………」

 啓作と、栄太も、困惑気な表情になる。

 それに気付いていないのか、気付いていて敢えて気に留めなかったのか、

「それよりケーサク、エータ」

 と、マージョリーは問いかける。

「これだけの事がもしフレイムヘイズや “徒” の仕業だとしたら、そいつらが戦った事で、他にもおかしな事が起きてるはずよ。なにか覚えはないの?」

「え……と……」

 栄太が、こめかみに指を当てて、逡巡するように声を出す。

「他には旧依田デパのアレぐらい……かな」

「ああ、あのイタ電騒ぎか。ありゃ関係ないだろ」

 栄太が口にしたそれを、啓作が笑い飛ばす。栄太も可笑しそうに苦笑した。

「何の事?」

 マージョリーが訊ねる。

「笑い話ですよ?」

「いいから!」

 栄太は、笑ったまま言ったが、マージョリーは詰め寄るように説明を求めた。

「この爆破事件があった日の夜、警察やら消防やらに、旧依田デパ……このビルが建つ前に店が入ってたとこなんスけど、廃ビルになってるその屋上で、また爆発があったってイタ電が入ったんですよ」

 栄太は、表情から笑みを消して、説明する。

「それで、昼間の件でピリピリしてた警察が出動したら、なにもなくて大恥欠いたっ……て」

「それだわ」

 栄太の説明を一通り聞くと、マージョリーは、短く呟くように、しかし啓作達には聞こえるように言った。

「へ?」

 キョトン、として、間の抜けた声を出してしまった栄太に、今度はマージョリーが説明する。

「さっきも言ったでしょ、 “徒” にせよフレイムヘイズにせよ、戦った後にその場所を元通りに修復するのが普通なの」

「あ」

 マージョリーの言わんとする所に気が付き、2人は顔を見合わせる。

「何かあったはずなのに、何もなかった。それこそが私達が不思議を行った証でしょうが」

 マージョリーはそう言うと、もうここには興味が無いというように、踵を返そうとする。

「そこへ案内して!」

「ああ、それなら……」

 マージョリーの要求に、啓作は苦笑交じりに(こた)える。

「ここからでも見えますよ、姐さん」

「?」

 言って、指を差す栄太に対し、一瞬不思議そうな表情をしたマージョリーだったが、その先に、現在のショッピングモールより、高さだけは更に高い、そのくすんだ色のビルが存在していた。

 

 

 一美の突拍子もない提案に、シャナが乗ったのは、大きく分けて2つの理由があった。

 ひとつに、悠二と敢えて距離を置きたかった。これはネガティブな方向だ。正直、そうであるとはシャナ自身は認識できていなかった。

 もうひとつは、一美の行為に興味があった。一美が何らかの危うさを抱えていることに気付いていたこともあって、彼女が何をするのか知りたかった。

 以前の自分なら考えられない事だったが、フリアグネとの戦いの後、シャナは人の輪に入ることを望み、同時にそれに必要なメンタルコントロールというものを、自己流ながら考えるようになっていた。

 ただ、今は前者の、鬱屈した思考の方が勝ってしまっていた。

 とりあえず ────

 シャナと一美、珍しい組み合わせの2人連れで、商店街に来ていた。

「それで、どこから行くの?」

 シャナは、一美の顔を覗き込む様にしてそう言った。

「あ、えーと……いつもはデパートの手芸店に行くんだけど……」

「デパート、ね……」

 元々険のある表情が特徴とも言えるシャナが、その時は、まるで悠二がよくそうなるように、どこか困った顔をしてしまっていた。

 果たしてそこへ向かうと ────

 当然の事ながら、修復中の駅前ショッピングモールは、1階と2階の、キーテナントであるスーパー・長崎屋武蔵御崎店以外、営業休止となっていた。

「あはは……やっぱり、そうだよね」

 一美は、駅前から放射状に伸びる通りに面した出入り口に置かれた、営業休止のスタンド式看板を見て、苦笑しながらシャナの方を向く。

「ごめん」

「え?」

 シャナが、ぼそっと、口の中で籠もるように小さく言った言葉を、一美は、聞き取れず反射的に訊き返す。

「なんでもない!」

 なにかを振り払うように、シャナはそう声を上げた。

「それで、どうするの?」

「えっと、戻るかたちになっちゃうけど、国道の反対側にも手芸店があるから、そっちに行こうかと思うんだけど、近衛さんはどうする?」

 シャナの問いかけに、一美は、そこまで答えて、シャナに問い返した。

「どのみち戻るかたちになるなら、つきあっても一緒でしょ」

「あはは……ごめん」

 申し訳ないというよりは、戯けたように苦笑しながら言った一美だったが、

「すぐに謝罪の言葉を口にするのは、良くない傾向だと思う。濫用すると、時として人の神経を逆撫でするものよ」

 と、シャナはそう言った。

「え……あ、うん、ごめ……、っ、えっと、気を付ける……」

 シャナの口から、そんな事を言われるとは思わなかった一美は、一瞬呆気にとられてしまい、辿々しい口調でそう言った。

 シャナの方が先に歩き出し、一美は小走りでそれに追いつく。

「ところで、手芸店と言ったわね」

「え、うん、そうだけど……」

 シャナが話しかけると、元々の性格に加えて、調子が狂わされて、一美は戸惑ってしまうようにしながら言う。

「プレゼントと言ってたはずだけど、だとすれば、何かをつくって贈る、って事かしら?」

「えっと……うん、ブックカバーにしようと思ってるんだけど、どうかな……?」

 シャナの問いかけに、今度は最初、少し戸惑いつつも、内容はハッキリと言葉にして、恥ずかしそうに視線を伏してしまった。

「ブックカバー……」

 一美が恥じらいの態度を見せている理由までは、理解できなかったシャナだが、表情の険を緩めて、視線を上げて少し考え込む。

 シャナは現代の人間だが、その情操教育をした、彼女の師であるフレイムヘイズは、紙の本を貴重品として扱う人物だった。

 というのも、産業革命によって近現代型の大量製紙が始まるまで、ヨーロッパでは紙は貴重品だった。アジア圏、特に肉食に制限がかけられたが故に、獣皮の入手が限定された日本で、ほとんど現代と変わらない感覚で()()に紙を使っていた頃、シャナの師であるフレイムヘイズの育った社会では、紙は下手な毛皮より高額で取引されていた。

 だから ────

「うん、良いと思う」

 と、シャナは掛け値なしにそう言った。ただ、彼女はその贈る相手については、一美の言う「弟」という言葉を信じ切っていた。

 少し、2人は歩いて ────

「!」

 シャナは、一瞬驚いたようにビクッとして、歩みを止める。

 ── これは……フレイムヘイズ?

 シャナはその気配を感じ取ったものの、

「どうかしたの?」

 立ち止まってしまったシャナを振り返って、一美が訊ねる。

 ── でも…………

「ううん、なんでもない」

 そう言って、一美の後を追いかけて行った。

「あ、あれ?」

 そこに到着したが、一美が戸惑った声を出す。

 そこは『はなまるうどん』という、チェーン系のうどん店になっていた。

「しばらくこっちに来てなかったら……なくなっちゃったのかな?」

 戸惑いと気落ちの様子で、一美は言うが、

「3階がそうなっているようよ?」

 シャナが指摘する。

 駅前のショッピングモールの店に、単純に対抗しきれなかったのか、老朽化した店舗を商業ビルに建て直すついでに、1階に別にテナントを入れて、自店舗は上層階を使っているようだ。

 ビルの隣は、コイン式の駐車場になっているが、このビルのテナントを利用すると、割引チケットが貰えるらしい。

 駐車場の奥の方には、濃緑色の、旧いタイプの()()()が停まっていた。 ──── が、別にシャナも一美も、それには気を留めなかった。

 1階テナントの脇の入口から入る。正面にあるエレベーターで、3階に上がった。エレベーターの扉が開くと、特に仕切りのようなものはなく、そのまま店内になっている。

 シャナは、自分とは縁のなかった店内をキョロキョロと見回す。

「こっちもこんなに可愛いお店になっちゃったんだぁ」

 一美も、どこか意外そうな様子で言いながら、店内を見回した。

 様々な種類と色の布地、多種類の糸、装飾用のスパンコールやビーズといった、装飾用の材料が目に入ってくる。

 シャナは一美とは別に動いて、色々と物珍しそうに見ていたが、

 ── こんなものも、服飾に使うのかしら?

 と、プラスチック製の小さな車輪のようなものをつまみ上げていた。その傍に、そのプラスチックの車輪が収まるような大きさの、無骨な金属の釜のようなものも置いてある。

「えーと……」

 一美は、厚手の生地が陳列されている棚の前で、しゃがみ込んで物色していた。

 シャナが、プラスチックボビンを陳列棚に戻して、一美の方に歩いてくると、一美が、2色の布を手に、立ち上がってシャナの方を見た。

「その……水色と緑、どちらがいいかなって思って……」

 片方は濃緑色、もう片方は、爽やかさを感じさせる水色だった。

「…………」

 本来、こういった物にあまり興味がない、というより、縁そのものがほとんどなかったシャナは、一瞬「そんなの、私の知ったことじゃない」と言いかけて、その言葉を、平然を保ちながら、呑み込んだ。

「やっぱり、汚れにくい色の方が良いのかな……」

 一美は、視線を濃緑色の生地の方に向ける。が、

「水色」

 と、シャナが、短く、ハッキリとそう言った。

「え?」

「私は、水色が良いと思う」

「え、う、うん、それなら……そうしようかな」

 シャナの意見を聞いて、一美は濃緑色の布を陳列棚に戻し、水色の布のロールを抱えた。

「他に、必要な材料は?」

「あ、えっと、後は糸とボタンを……」

 シャナが、ニュートラルな口調で訊ねると、一美はそう言った。

「糸なら、あっちで見かけたわ」

 シャナが言い、2人でその陳列棚まで歩いてくる。それは先程、シャナがプラスチックボビンを物珍しそうに見ていたところだった。

「あ……ミシン糸か……」

 シャナが一美を案内してきた陳列棚を見て、一美は思わず苦笑しながら、言ってしまう。

「ミシン糸……つまり、ミシンで使う糸ってこと?」

「うん……あ、でもミシン縫いの方が丈夫でいいかな……」

 一美は、シャナの問いかけに答えつつ、続けて、半ばフォローするように呟いた。

「一美はミシンを持っているの?」

 少しだけの驚きを表しつつ、シャナは訊ねる。

「うん……正確には自分のじゃなくて、お母さんのを貸してもらうんだけどね」

 一美は、少しきまりが悪そうにそう答えてから、

「でも今は、高校生でも買えなくもないぐらいの値段のものもあるよ。ほら」

 と、言って、実物ではなく、ラミネートされた写真入りのPOPが掲示しているそれを指差した。

『シンガー CE-15 ¥23,480 +フットコントローラお付けします』

「え? ミシンって今、こんな値段で売っているの?」

 シャナは素で驚いてしまう。

「普段手芸やらない人だと、もっと高いものだと思ってるよね」

 一美は、苦笑しながら言う。シャナが浮き世離れしているなとは思っているが、それでなくとも、興味のない人間は知らない事が多い事情だ。

「もっと安いのもあるけど、()()()()()()()ってなると、これぐらいからかな……」

 一美は、苦笑したままそう言いつつ、ミシン糸の陳列棚に視線を向けた。

「せっかく近衛さんが案内してくれたし、ミシン縫いにしようかな……」

 そう言って、陳列されているミシン糸の中から、布に近い色合いのものを選び出した。

「あとは、ボタン、だったわね」

「うん」

 シャナが促すように言うと、一美が返事をして、2人はその陳列場へと移動する ───

 

 

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