【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
俺がジャルファ王子を篭絡できるかどうか。
その質問の答えを出すのに、長い時間は要らなかった。
「四国会談の話、ジャルファをやり込めたそうじゃないか」
「……えっと」
「言ってみろ。お前がヤツを操れる可能性はどれくらいだ?」
俺はもう、ジャルファ王子の底を見た。彼に対し、得体の知れない王子という感覚はない。
ならば俺が、ジャルファ王子を御しうる可能性は─────
「……多分、ですけど」
「おお」
「それなりに信頼を勝ち取れる自信はありますわ」
自分で言うのもなんだが、高いだろう。
正直なところ、確実に信頼を得られる気がする。
「それがお前の正しい使い方だよ、リシャリ」
「……」
「お前の手腕次第で、デケン帝国を牛耳れるんだ」
俺は皇妃の『わがまま』の範疇で、サリパを優遇できる。
ジャルファ王子にとっては、俺が四国同盟と強力なパイプになる。
両者が得をする、まさにWin-Winの縁談だ。
「タケルを蔑ろにせず、ジャルファ王子に愛を囁くだけでいい。それで世界は平和になる」
「た、確かに……」
「お前がそれをやってくれたら、サリパはさぞ繫栄するだろうなぁ」
ただし俺がジャルファ王子の愛を受けつつ、タケルが裏切らないよう気を配る必要がある。
どっちにも八方美人に、良い顔をしないといけないわけで。
「それだと私、最低の悪女じゃないですか?」
「お前は国のために、悪女になれんのか?」
「やれと言われたらなりますけど」
ジケイ兄上はお腹の中が真っ黒で、頭が痛くなってきた。
でも、それが最も国益になるなら、やるべきなのかもしれない。
「では兄上はタケルと婚約するより、ジャルファ王子と結婚すべきとお考えですのね?」
「ああ、できるならな」
ジケイ兄上がそう言うなら、そうなのかもしれない。
俺は国益に殉じるべきサリパの姫だ。タケルとの縁談以上に、役に立てる道があるなら……。
「ていっ」
「あ痛ァ!!」
ジケイ兄上の意見を聞いて、頭がぐるぐるしていると。
俺は唐突に、兄上からチョップされた。
「え、え、え? 何ですの、いきなり」
「もっかい言うぞ。できるなら、だ」
ジケイ兄上はそう言って、俺を馬鹿にしたように哂った。
できるなら、と強調して。
「問題点その一。お前は今後独りで、何がサリパの国益になるかを判断する必要があるが、出来るか?」
「え、えっと」
「頭は平凡、書類ミスが多い、こんな縁談一つ自己解決できず、変な虫料理作って相談にくる愚妹が、他国に一人嫁いでできるのかって聞いてんだ」
兄上は突然、俺をそう罵倒したかと思うと。
ニタりと笑って、俺の頬を思い切り押しつぶした。
「問題点その二。ジャルファ王子は今、兄貴のデイビッツ王子と政争の真っ最中らしいな」
「は、はぁい。そうらしいでふわ」
「そんな状況で他国の姫と縁談する余裕があるか? 売国を疑われないか?」
あ、あぁ、確かに。ジャルファ王子は皇帝の座をかけて、実兄と政争している最中だ。
国内の地盤固めのために、自国の有力貴族と縁戚を結ぶ方が大事。
ましてやジャルファ王子は今回、停戦条件としてヤイバンに領土を譲っている。
そんな状況でサリパの姫を正室に向かえたら、売国を疑われて不思議じゃない。
「仮にジャルファ王子がお前に惚れてても、お前との縁談は受けてもらえねーだろうな」
「ほえええ」
「サリパはメリットだらけだが、向こうにメリットが無さ過ぎる」
つまり俺とジャルファ王子との縁談など、最初から絵空事だったのだ。
で、でもそれはジケイ兄上が言い出した案じゃないか。
俺はジャルファ王子との縁談なんか、考えたりは……。
「俺の言いたいこと、そろそろ伝わったかな?」
「あの、ぇぇっと?」
ジケイ兄上に、そう言い返そうとしたところ。
彼は大層、サディスティックな笑みを浮かべて俺の頬を鷲掴みにした。
「タケルより良い縁談はあるけど、難しいっつってんだよ!」
「あ、あにゅうえ~!?」
何で兄上も姉上も、俺の頬をこねくり回そうとするんだ。
頬が伸びて変な顔になる。
「一生ジャルファ王子とタケルを騙しながら、国益のためだけに生きていけるのか?」
「で、ですがやれと言われるなら」
「一方でタケルとの婚約だとお前は騙す必要も、無理する必要もない」
「演技する必要がない?」
「ないな? だから破綻するリスクも低い」
え、いやだから。
タケルと結婚したとしても、一生タケルを騙さないといけないワケで……。
「あにゅうえ、私は……」
「うるせぇ、愚妹が言いたいことくらいは分かるわ。その上で
「うにょら~?」
ジケイ兄上は俺の話を聞こうともせず、俺の頬を前後に伸ばした。
妹の顔を何だと思ってんだこの兄上は。
「はあ。遠回しに言っても伝わらなさそうだし、はっきり言うか」
「おお?」
「ジャルファとの縁談が理想ではあるが、タケルと結婚で十分だって言ってんだよ」
ジケイ兄上は俺の頬を限界まで伸ばした後、パチンと手を離した。
結構痛かった。
「ポーリィをタケルとくっつけると、俺の権勢が強くなりすぎる」
「はい」
「サリオ兄上が国を継ぐのに、これはよくないな?」
そのまま彼は、真顔で今までと真逆の解説を始めた。
あー、これってもしかして。
「ジャルファ王子との縁談はサリパに有利過ぎて非現実的。次点でお前の有効な活用法は、タケルとの縁談」
「……もしかして全部、ジョークだったんですの?」
「お前がタケルと結婚しないならこうなるぞ、と分かりやすく説明してやってたんだが」
ジケイ兄上は鼻に指を当て、俺をバカにするような変顔を作った。
はー、最初から俺は弄ばれていたわけか。
「俺の意見は『タケルとの縁談を黙って受けろ』だ」
「……はい」
「タケルを幸せにする方法とやらは、自分で探せ」
ジケイ兄上はそう言うと、もう言うことはないと言わんばかりに書類を取り出して。
そのまま俺に見向きもせず、仕事を再開してしまった。
「じゃ、俺はまだ仕事残ってるから」
「ジケイ兄上って、性格悪いですわ」
「よく言われるよ、女の子から」
肩透かしを食らったような、何とも言えぬ虚無感。
だがジケイ兄上なりに、真面目に相談には乗ってくれていたらしい。
「相談は、もういいだろ?」
「ええ、十分ですの」
彼は俺から目を背けたまま、ペンを咥えて手を振った。
眉目秀麗な彼は、何をやっても絵になるな。俺はそんな兄上に、
「相談料は、置いておきますわ」
「げっ」
ケツキリムシシチューの入った皿を、にこやかに配膳した。
ありがたく食え。
ジケイ兄上の部屋を後にした後、俺は部屋に戻って。
改めて、タケルとの縁談についてじっくり考えた。
「……ふむ」
結局、ジケイ兄上もタケルとの縁談に賛成らしい。
ルゥルゥ姉上も、タケルとの縁談に賛成っぽかった。
「ルゥルゥ姉上にジケイ兄上、この二人が賛同するということは国益に適うのでしょう」
俺もだんだんと、腹が決まってきた。
俺とタケルの縁談は、サリパにとって良いことづくめなのだ。
「この縁談を受けて、タケルに誠心誠意尽くしましょう。それが、俺のお役目」
残念ながら俺は、タケルの好意を受け止められない。
だけど俺もタケルを好きなんだと、そういう風に振る舞えばいい。
一生タケルを騙すことになるが、それも仕方がない。
それでいい、んだよな?
─────愚妹が言いたいことくらいは分かるわ。その上で演技する必要がないってんだ。
そう考えた直後、ジケイ兄上の言葉が脳内に響いた。
俺の言いたいことは分かるが、その上で騙す必要はないと。
「……」
仮にタケルを騙さない場合、俺は正直な気持ちを打ち明けることになる。
俺がタケルより国を優先してしまう、そんな性格であること。
タケルのことは人間としては好きだけど、恋愛感情を持てていないこと。
それはとってもノンデリで、罪深いことだと思っていたが……。
「もしかして逆に、打ち明けない方が不誠実なんじゃ……?」
たとえデリカシーが無かろうと、嘘の気持ちを伝えるよりかは誠実な気がする。
それに俺に恋愛感情が無かったとして、それは不幸な結婚を意味するわけじゃない。
─────そうね、『私ならこうする』って解決法は提示できるけど。
好意のない相手との結婚は、王族の定め。ルゥルゥ姉上と、スピオ将軍の婚約だってそうだ。
姉上はスピオ卿を毛嫌いして、お見合いを何度もボイコットしている。
ルゥルゥ姉上はスピオ卿に『貴方を好きではない』と、告げてしまいたいと思ったことがあるはずだ。
「なるほど、ルゥルゥ姉上はずっと考えていた悩みなんですわね」
ルゥルゥ姉上がこの問題をどう解決するつもりかは分からない。
多分、彼女なりの答えはもう出しているのだと思う。
だけど、その解決法を真似ようとも思わない。
自分で考えろばーか、か。姉上の言う通りだ。
「タケルに対して誠実であるために、嘘をつかない」
ジケイ兄上の言葉で、俺の気持ちは固まった。
俺の本音を包み隠さず、一度タケルに伝えよう。
家臣として好ましく、友愛の情に絶えないが、異性として見ていない。
だけど人間としては大好きだ。タケルと結婚することに、俺からは何の不満もない。
そう告げた上で改めて、タケルにこう問うてみる。
─────貴方は私を、惚れさせることが出来ますかと。
……ええやん。これええやん! 我ながらナイス・アイデア。
これだと俺は嘘つかなくていいし、ロマンチックな雰囲気を醸し出せる。
俺がタケルに惚れていないことを逆手に取った、見事な告白台詞と言えるだろう。
よくよく考えてみればこれしかない、そんなプランだ。
まぁ俺の本心を知って、タケルがショックを受ける可能性はあるけど……。
それは気持ちの問題だから、勘弁してもらうしかない。
そして俺の気持ちを聞いてなお、結婚したいとタケルが言ってくれたら……。
その時は笑顔で、彼との縁談を受けることにしよう。
「夜分遅くにお呼びして申し訳ありませんわ」
こうして、俺の心は決まった。
そうと決まれば、根回しである。
「ふむ、それが殿下のご決断か」
「おめでとう、りしゃり」
タケルとの縁談を受けることにした後。
俺はベルカとルリちゃんを部屋に呼び、二人に結婚することを打ち明けた。
「
「うん、わたしも」
「喜ばしいことだ。タケルにはもう、伝えたのですかな?」
ベルカもルリちゃんも、タケルと結婚すると聞いて喜んでくれた。
我が事のように祝われると、悪い気はしないな。
「いえ、タケルへの返答はまだなのですわ」
「まだ、へんじしてない?」
「では、早く伝えてやると宜しいでしょう。随分落ち込んでましたので」
俺の心は決まったし、返事は早いほうが良い。
なのでタケルを呼び出そうと思った。しかし先にこの二人を呼び出した理由は、
「……タケルの様子はどうですの?」
「さっき見たときは、まだねこんでたよ」
「やっぱり」
昨日の一件でタケルがまだ、メンタルブレイク中なんじゃないかなと思ったからだ。
根回しなくタケルを呼び出したら、部屋に入るなり土下座を始めかねない。
そんなことになれば、返事をする空気じゃなくなってしまう。
「寝込んだ相手に婚約など恰好がつきませんわ。そこでお二人に、重要な任務を申し付けます」
「ほう、にんむ?」
「タケルに近々、私から呼び出しがあると伝えてくれませんか? 縁談成立を匂わせて」
「ふむふむ?」
土下座するタケルを慰めて婚約成立、と言うのは格好がつかない。
そこで先に、二人から結婚フラグを匂わせてもらうのだ。
最初から覚悟を決めて、部屋に入ってきてもらう。
「例えば『
「ほう、面白そうな任務ですな」
「婚約の返事は、私の口から伝えますわ。お二人には、タケルの期待を煽っておいて欲しいんですの」
「……ふふ。まかせて、リシャリ」
「頼みましたわ」
俺の計画を聞いて、ベルカとルリちゃんは自信満々に頷いてくれた。
よし、これで根回しはオッケーだ。
「用件は以上ですかな?」
「ええ、よろしくお願いします」
「お任せください。では、
「おやすみ、リシャリ」
俺の気持ちは包み隠さず、タケルに伝える。
後はタケルがそれでもなお、縁談を受けてくれるかだけ。
大丈夫。きっとタケルは、受け入れてくれる。
「……リシャリ、リシャリはいるか!?」
「わっ!?」
「へ、陛下!?」
そう言って、ベルカたちが部屋を出ようとした直後。
「すまん、緊急事態だ」
「どうしました、父上」
「つい先ほど、デケン帝国から使者が来てだな」
ベルカとルリちゃんは、慌てて国王に膝をつく。
国王はそんな二人をチラリと見た後、人払いもせず話を続けた。
「デケン皇帝が逝去し、ジャルファ王子が正式にデケンの皇帝となったらしい」
「おお、それは素晴らしい話ですわ」
どうやらジャルファ王子は、デケンで上手いことやったようで。
彼は見事、政争を勝ち抜いてデケン皇帝位を継承できたらしい。
「そんなジャルファ皇帝から、お前に手紙が来ている」
「ジャルファ様から?」
それは国王も、ジケイ兄上も『ないだろう』と考えていた事態。
サリパにとっては望外の、ありえないお誘い。
「正室として、デケンの皇妃になってほしいと」
「……はい?」
皇帝を継いだジャルファ王子から、正室待遇で俺を妻として迎えたい。
そんな縁談が、彼の筆跡で届けられたのだ。
「そ、それじゃあタケルとの縁談は?」
「それも含めて、協議する必要がある」
サリパの有利過ぎて受けてもらえないと、
ジケイ兄上曰く『サリパにとって百点満点』の縁談。
「……すみませんベルカさん」
「はい、殿下」
「先ほどの話、いったん中止でお願いしますわ」
「それは、……はい。御意に」
俺は、ベルカたちに向き直ってそう言った。
先ほどまでと、状況が大きく変わってしまった。
「今から緊急で王族会議を開く。リシャリも出席しなさい」
「分かりましたわ」
どうしてジャルファ王子は、俺に縁談を申し込んだのか。
現時点で、あいつからそこまで好意を感じなかったのだが……。
「それとベルカさん。明日の朝、私の部屋に来てくれますか?」
「む」
「この一件、参謀たる貴方に相談させていただくことになると思うので」
「分かりました。
状況が分からなすぎるので、お助けベルカを予約しておく。
美味しすぎる話には何かしら裏がある。
ジャルファ皇帝がどんな狙いで縁談を申し込んできたのか、読まねばならない。
「行くぞ、リシャリ」
「ええ、父上」
サリパにとっては安定で、俺も彼もきっと幸せなタケルとの結婚。
何が起きるか分からない、うまくやれば百点満点になるジャルファ王子との結婚。
「……タケル」
サリパの命運を大きく分ける分岐点が、目の前に迫っていた。