【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
話は二か月前、ジャルファ王子が停戦に成功した日に遡る。
「儂はもう長くはない。天命が尽きたらしい」
「無念です、陛下」
この頃にはデケン皇帝の身体は弱り、立つことも出来なくなっていた。
大陸統一に王手をかけた槍斬王も、老いには勝てなかったらしい。
彼は病床に伏して、いよいよ最期の時を迎えようとしていた。
「遺言状を、残そうと思う。紙と筆を持て」
「……用意しております、皇帝陛下」
残された時間はもうない、後継者を決めねばならない。
武勇に優れたデイビッツか、政治に秀でるジャルファ王子か。
死の間際、デケン皇帝の下した決断は─────
「……そして、ジャルファを。ヤツを前線から呼び戻せ」
「分かりました」
ジャルファ王子であった。
本来であればこの後継者争い、ジャルファ王子に勝ち目はなかった。
サリパ・ヤイバン戦線は、レジン元帥の惨敗により突破されている。
アイギスランド軍は戦術的後退をしているだけで、無傷に近い。
結果「三つ領土を明け渡す」という条件で、講和を結ばざるを得なかった。
─────ただ、これらの情報はまったく皇帝の耳に入っていない。
「父さん。ジャルファが、参上いたしました」
「おお、来たか。我が息子よ」
病床のデケン皇帝は、敗北したことを知らないのだ。
彼はジャルファが、アイギスランド戦線で大暴れしているのだと信じてやまない。
「して、このジャルファにいかなる用でしょうか」
「まぁ、待て。話を急くな」
ジャルファ王子は戦争で負けていたが、政争でデイビッツに勝った。
デケン王宮の職員を懐柔して、皇帝への郵便物はシャットアウトした。
レジン元帥を筆頭に、有力貴族の抱き込みも終わっている。
「アイギスランド戦線は優勢らしいな。ご苦労であった」
「お褒めに預かり光栄です、父上」
デケン皇帝の周囲は、みなジャルファ王子を褒め称えた。
盟友レジン元帥も、ジャルファ王子こそ後継者にふさわしいと言った。
そんな状況だったので、ジャルファ王子が後継者に選ばれたのも必然だった。
「レジンから聞いた。貴様のサリパ撤退は、妥当な判断だったと」
「より確実に勝利するため、あそこは戦力を残すべきと判断しました」
デケン皇帝は使用人を引き払い、一人でジャルファ王子を出迎えた。
用心深いデケン皇帝が誰かと二人きりになるなど、普段では考えられない。
「ふむ、貴様の戦術眼はかなりの高みにあるようだ」
「そう言って頂けるなど、至上の喜びです」
デケン皇帝の眼窩は窪み、頬骨が皺を作り、唇は薄暗く渇いていた。
もう、死の間際だ。皇帝の命は、数日も持たない。
「ジャルファよ。改めてお前に問おう」
「何をでしょう、父上」
「貴様はこのデケン帝国を……、背負って立つ自信はあるか」
そんな痩せ細った父からの、か細い問いかけ。
その問いに、ジャルファ王子は自信満々に答えた。
「無論です。私以外にこの国を治めうるものはいないでしょう」
「おお、素晴らしい」
そんな息子の答えに、満足したのだろう。
デケン皇帝は、皺だらけの手で遺言状をジャルファに手渡した。
「これを受け取れ。貴様に皇位を譲ると記してある」
「……光栄です、父上」
そこには、デケン皇帝の直筆で「ジャルファに皇帝の位を譲る」と記されている。
これが欲しかった。これさえ手に入れば、全てが解決する。
長きに渡る父親の横暴に耐えてきた、その苦労が報われた瞬間であった。
「うう、ぅ」
「嬉しいか、息子よ」
「はい」
長年の悲願が達成され、ジャルファ王子は思わず感涙に噎せた。
デケンを譲り受けたことが嬉しいのではない。
トゥー族の悲願が成り、平和な大陸になることが嬉しいのだ。
「……このジャルファ、父から受け継いだデケン帝国、ますます繁栄させることを誓います」
「よろしい」
そして書を受け取った直後、ジャルファの瞳に冷徹な光が宿った。
もう皇帝など用済みだ。その瞳は、目の前のヨボヨボとした老人に向けられた。
「では、最後に父さんにお願いがあります」
「よかろう、聞いてやる」
「デイビッツ兄さんに、一筆を書いていただきたいのです」
デケン皇帝の医官は、ジャルファ王子が抱き込んでいる。
ジャルファ王子が皇帝を継いだ後、『寿命』で死んでもらう手筈になっていた。
あとは彼の気が変わらぬうちに、皇位継承を確定させるだけ。
「おお、そのことなら心配ない。言われるまでもなく、書を送っておる」
「そうでしたか。要らぬ気を回してしまいました」
しかし、その前にデケン皇帝には最後の仕事があった。
それは、反発するであろう兄デイビッツの説得である。
デイビッツ王子は高圧的な性格で、粗暴でわがままな王子。
しかし彼はデケン皇帝には、よく心酔していた。
ジャルファの皇位継承が父親の遺言なら、おとなしく従うだろう。
「デイビッツ兄さんは、皇位に執着していましたからね」
「ああ。我が覇業を継ぐと、小さなころから言って聞かなかった」
デイビッツ王子は、ジャルファにとっても厄介であった。
戦争の実力は本物で、デケン皇帝への忠誠心も高い。
できれば敵対するのではなく、戦力として取り込みたかった。
「父さんから説得してかないと、デイビッツ兄さんは反旗を翻すでしょう」
「……むぅ。貴様は何を言っておる?」
デイビッツ王子と後継者争いすることになれば、デケン帝国は真っ二つに割れる。
そうすれば大陸は荒れ、多くの人が悲劇に巻き込まれる。
しかし実の父親の手紙さえあれば……。
「─────デイビッツには、反旗を翻すように書状を送っておいたぞ」
「……は?」
その言葉に、ジャルファ王子は押し黙った。
デケン皇帝は、
まさか一国の皇帝が、自ら国を分断しようと考えるなどありえない……はずだが。
「アイギスランドを平定したら退屈だろう? 安心しろジャルファ、儂の死後のことも考えておる」
「……」
「貴様も皇帝を継ぐなら、デイビッツごとき殺せないとな」
デケン皇帝の瞳に、狂気はない。
むしろ、ジャルファに対する慈しみすら浮かんでいた。
「これが死にゆく父からの置き土産だ、ジャルファ」
「それが、私への土産だと?」
戦争で弱者を殺すのは、強者にとって最大の贅沢。
彼にとっては、それが『当たり前』なのだ。
「戦争は良い。敵を滅ぼし、蹂躙し、生き血を啜る瞬間に命は輝く」
「─────」
「父は案じていたのだ。儂の後を継いでも、戦争がなければつまらないだろうと」
彼にとって戦争とは素晴らしいものであり。
戦争を起こすことが、ジャルファのためになると信じていた。
「デイビッツにも、貴様の首を獲れば皇帝になっていいと伝えておる」
「……はぁ」
「貴様の領地は首都近辺だ。デイビッツには、南と東の植民地。戦力は互角だろう」
「あなた、は。父さん、貴方は」
「さぁ、ジャルファよ気を抜くな。お前の兄は強いぞ?」
デケン皇帝はニヤニヤと、底意地の悪い笑みを浮かべる。
それはまるで、『ちょっとした悪戯』が成功したかのような態度。
「はっはっは、どうだジャルファ。これが父からの最後の試練」
「父さんは、父さんは……」
「この試練を乗り越えてこそ、立派な皇帝になれるだろう」
まるで、理解できていない。
その書状がデイビッツに届くだけで、何人の命が奪われるか。
どれほどの民が、悲劇に見舞われることか。
「立派になるんだぞ。ジャルファ─────」
「やっぱり、そういうことをやる人ですよねぇ」
ジャルファ王子は、呆れ切った声で。
デケン皇帝を押し倒し、喉元をわし掴みにした。
「な……!? じゃ、ジャル……」
「下剋上ですよ、父さん。弱者が強者に殺されるのは、必然でしょう?」
その言葉を聞いて、デケン皇帝は目を見開いた後。
やがて、ニンマリと唇を歪めた。
「今から父さんを殺してあげます」
「エフっ。ああ、そうだジャルファ。それでいい……ゴホッ」
「……」
「素晴らしい、お前にも牙があったのだな……ゲホっ」
息子に首を絞められて、デケン皇帝は愉しげに笑った。
親すら殺そうとするジャルファの所業を、頼もしく感じた。
「父殺しの汚名を被って生きよ。ジャルファの名だけで、万民に恐怖を刻め」
「……」
「恐れられ、怯えられ、蹂躙して欲望の限りを尽くせ! 儂のように!」
皇帝はほほ笑む。どうせ天運が尽きた身だ。
息子に殺されるなら本望だとすら思っていた。
「ったく、父上が説得してくれれば楽だったんですがね」
「ふあ、フはああ!! 元気にやれよ、ジャルファ─────」
しかし、ジャルファ王子は
殺されるつもりの皇帝は、きょとんとジャルファを見上げた。
「……む、どうしたのだ? まさか親を殺すのが怖くなったか」
「私に殺されることを悔しがってくれれば、そのまま殺したんですけどね」
ハァ、とジャルファは呆れた溜息をつく。
そして彼は、袋から『大量の書状』を取り出した。
「先に言っておきます。貴方の文書は全て、私が差し止めています」
「……は?」
「そのアホみたいな遺言状は、デイビッツ兄さんには届いてませんよ」
彼の持っている書状は、デケン皇帝が出した/宛てられた手紙だ。
ジャルファ王子は病床への連絡を、全てシャットアウトしていた。
必然、皇帝が外部に当てた書状もシャットアウトしてしまっている。
「やっぱり貴方は、ただ殺すんじゃつまらない。優しく殺してあげないといけませんね」
「……ジャルファ? お前は、お前は何を言うておる?」
「平和的に、牧歌的に、慈愛的に。そんな最期が、あなたにはお似合いです」
デケン皇帝は、息子の言葉が理解できない。
「私は即位した後、デケンの全戦線で講和・終戦を実現させるつもりです」
「……? そんなことをして、誰に、何の得がある?」
「ただし私は、その講和交渉の全てを……」
戦争を愛する皇帝にとって、ジャルファの言動は理解の外である。
意味が分からな過ぎて、皇帝には怒りすら沸いていない。
何を言ってるんだ? それが率直な皇帝の感想だった。
「
「……は?」
「つまり父さんは死の間際に、平和を望んだのです」
─────それがジャルファ王子が、持ちうる限りの悪意を込めた復讐。
戦争が大好きな狂人の、矜持と尊厳を破壊する一手。
「おま、お前は、何を言って」
「父さんは優しい人だったんです。デケンを強くするため、仕方なく戦争をしていただけ」
「そんな、そんなはずがあるか。儂は、殺戮こそが─────」
「そして死の間際、
そう言ってジャルファ王子は、ニヤニヤと書状を見せびらかした。
それは確かに、デケン皇帝が直筆で記した『ジャルファに皇位を譲る』という書状。
「
「この儂が、そんな戯けたことを言うか─────!!」
そのジャルファの言葉に、デケン皇帝は血管を浮き出して怒鳴った。
瞳孔を開いて爪を立て、ジャルファの腕を掴んだ。
「馬鹿者、愚か者、呆け者、愚物、雑魚、蛆虫、弱虫!!」
「人を斬るたび、心で泣いた。戦争で勝利するたび、死んだ者を思って祈った」
「蹂躙こそ至福! 虐待こそ劣情! 雑魚を並べて皮を剥ぐのが、儂の教えた皇帝の姿だろうが!」
「デケン皇帝の真の姿は好々爺であったと、噂に広めてあげましょう」
デケン皇帝は自分を忌み嫌う相手を、屈服させるのが好きだった。
だから忌み嫌われた視線を向けられても、むしろ気分が良かった。
「喜んでください。大陸中に、慈愛に満ちた
「貴様ァァァ!!!」
逆に誰かに、笑顔を向けられると虫唾が走った。
優しいという評価は、『舐められている』に近しい。
「そう怒らないでください。ほら、心が楽になるお薬ですよ」
「ふが、ふがふが」
デケン皇帝の息が荒くなり、顔が真っ赤に紅潮した。
これはまずい、このままぽっくり死んでしまうかもしれない。
そう思ったジャルファは、優しい顔で皇帝に薬を飲ませた。
「この薬の効果を知っていますか、
「……ふがふ、が?」
「鏡を見せてあげます。ほら、良い笑顔でしょう?」
そんな皇帝に、ジャルファは笑顔で薬を飲みこませた。
やがてその薬は、老人の顔の筋肉を麻痺させていく。
「この薬を飲むと顔の筋肉が緩んで、笑って見える」
「あへ、あへ、あええ?」
「ふふっ。つまり父さんは、笑顔で亡くなるんです」
鏡に映るデケン皇帝は、眉間の皺がとれ、口角はだらしなく垂れ下がっていた。
それはデケン皇帝が大嫌いな、『誰かに媚びを売るような笑顔』。
「良い顔です。
「……やえてくえ! そえはわしの人生お、否定すうようなものえ!」
「ふふ。本当に情けない、いい笑顔」
老人は必死に声を張り、
しかし息子は、老人に優し気に微笑んで。
「そのまま私に媚びて笑うなら、許してあげてもいいですよ?」
「きさま、ジャルファ─────」
肉親を撫でるように、愛おしく頬をさすってやった。
「皆さん。父さんが逝きました」
「おお、ジャルファ王子。そんな……」
その後、しばらくして。
デケン皇帝の病床から、目を腫らしたジャルファ王子が出てきた。
「どうぞ、入ってください」
「ああ、陛下」
王宮職員はデケン皇帝の訃報を聞き、多様な反応を見せた。
悲しむもの、喜ぶもの、黙とうするもの、拳を握り締める者。
しかし職員たちは、みな皇帝の死に顔を見て絶句する。
「おお、陛下が……」
「何と言うことだ」
デケン皇帝は、笑顔だった。
死の間際ジャルファ王子と言葉を交わし、満面の笑みで逝ったのだ。
「見ろ、皇帝陛下のお顔を」
「おお、なんと安らかな」
「陛下は、こんな優しい顔も出来たのか」
それは慈愛に満ちた、優しい笑顔だった。
生前では想像もつかない、安らかな笑顔。
家臣たちは衝撃のあまり、皇帝の遺体を前に言葉を失った。
「死の間際、父さんは私に謝りました。今まで厳しく当たってすまなかった、デケンの国威のために仕方なかったのだと」
「へ、陛下がそのようなことを!?」
「そして来世は皇帝ではなく農民として、平和な家庭を営んでみたいと」
そう聞いた家臣たちの衝撃はすさまじい。
あの暴君が、まさか心の内でそのような……。
繊細で慈愛に満ちた願いを持っていたなど、想像もつかなかった。
「私も気付きませんでした。
「し、信じられませぬ」
「皆さん。せめて偉大な皇帝の逝去に、黙とうを捧げましょう」
「ああ、そうだ。黙とうを捧げよう」
笑顔の皇帝を前に、職員たちは静かに祈りをささげた。
そして暴虐で恐ろしく、強大だった皇帝の死を惜しんだ。
「自分を殺し修羅となった、哀れな優しい男の冥福を祈りましょう─────」
─────なお、この黙とうの際。
ジャルファ王子の目が腫れていたのは、笑いすぎだと気付いた者はいなかった。
「即位おめでとうございます、ジャルファ新皇帝陛下」
「ふふ、ありがとうございます」
こうしてデケン皇帝は、笑顔の最期を迎えた。
ジャルファ王子は宮廷画家と彫刻家を集め、皇帝の遺体の笑顔をたっぷり記録させた。
「して、これからどうしましょう」
「戦争をどうするかと、デイビッツ王子をどうするかですね?」
その後、ジャルファ王子は抱き込んだ貴族たちと会議を行った。
今後デケン帝国の統治をどうするかである。
「デイビッツ様は、行動が読めません。葬儀に参列するよう命じ、反応をみてはいかがでしょう」
「そうですね、ではデイビッツ兄さんに連絡しておいてください」
「御意」
ジャルファ王子の目標は『全戦線で講和する』ことだ。
それには、デイビッツ王子が侵攻中のチェイム戦線も含まれる。
ただ皇帝と同じ気質のデイビッツが、あっさり撤退するだろうか。
場合によっては、暗殺も視野に入れなければならない。
「同時に、チェイムに停戦・講和も打診しましょう」
「さて、チェイムは果たして講和を受け入れますかね?」
「外交官の腕次第でしょうな」
これでやっと、平和な大陸が実現できる。
ジャルファ王子が夢見た理想に、ようやく手が届きうる。
「四国連合に対しては、ジャルファ様がお出向きになられますか」
「ええ。ヤイバン、アイギスランド、サリパそれぞれに一国づつ向かいます。旅の支度をお願いします」
「御意」
サリパもヤイバンもアイギスランドも、すでに言質は取っている。
ジャルファが皇帝として再度訪れたなら、講和を結ぶと。
彼らとの講和は、すんなり達成できるだろう。
「それと、もう一つ。急ぎリシャリ・サリパールに、正室として縁談を申し入れてください」
「ははっ! サリパの姫君ですな」
「彼女こそが四国同盟の核です。これから必要になるピースなので、丁寧な者を使者を送ってください」
─────そしてジャルファ王子は、一つだけ。
あの講和交渉で、隠し抜けた野望があった。
こうして、ジャルファはデケン皇帝となった。
デケン帝国の莫大な資産と、政治を動かす権限を得た。
「これでもう、邪魔者は一人もいない」
ジャルファは四国会談で、嘘をついていなかった。
皇帝となったら、二度と攻め入るつもりがなかった。
「ああ愚か。武力で他国を侵略しようなんて、前時代的でしかない」
しかしそれは決して、これ以上領土を欲しないという意味ではなかった。
むしろ彼は、デケン前皇帝よりもよっぽど、
「
─────大陸を統一することへの野心は強かった。
ジャルファは幼い頃から、侵略戦争を嫌っていた。
それは滅ぼされたトゥー族の末裔として、当然の感情だろう。
しかし大陸にはいろんな国家があり、国ごとに色々な文化がある。
誰か管理する者がいなければ、争いが絶えることはない。
ならば最大勢力であるデケン帝国が、この大陸を管理すればいい。
「これからデケンの文化を開花させ、食料を飽和させ、技術を発展させましょう」
他国を傘下に加えるのに、必ずしも武力は必要ない。
デケン帝国に従えば、文化に技術や食料などの恩恵を受けられるようにすればいい。
属国になれと迫るのではない。属国になったら得だと、思わせるのだ。
そうすれば小国は、優れた文化や技術を欲し、国家安全保障を考慮し、自らデケンに首を垂れる。
かつてサリパ王国が、デケン帝国に従ったように。
「武力ではなく、文化と経済で戦争を仕掛ける」
経済による戦争。武力を用いない領土併合。それがジャルファの真の狙い。
デケンが『まともで理性的な国家』となったら、大陸統一は容易い。
「ただ、やはりサリパ王国がキナ臭いんですよねぇ」
その野望の最大の障壁は、またしてもサリパだった。
ジャルファはサリパで研究中の、『走る鉄』の噂を聞いた。
送った諜報員から、デケン海軍を破った『巨大な黒船』の詳細を報告された。
サリパは未知の新技術で、新しい兵器を次々と編み出している。
「あの国は放っておくと、どう発展するか分からない」
おそらく今、サリパで技術革命が起きかけている。
そうすれば現在デケン帝国が持つ、技術的な優位性がなくなる。
それはジャルファが大陸に仕掛ける『文化経済戦争』において障害になりかねない。
「ですがサリパの味方さえしておけば、リシャリ姫は協力してくれる」
なのでジャルファは、サリパ王族を正室待遇で娶りたかった。
筆頭候補は未婚で、外交官として超優秀な『四国同盟の黒幕』リシャリ・サリパール。
「モタモタしてると誰かに婚約されかねませんからね。彼女を逃すのは惜しすぎます」
ジャルファ王子は、外交と政治に秀でた万能の男である。
権力の地固めなど、とっくに済ませていた。縁談で自国貴族を娶る必要なんてない。
だから最初に、サリパの姫に縁談を申し込むことができたのだ。
「それに初恋の相手ですし、ね」
ちょっとサリパを優遇するだけで、彼女が手に入る。
国益を考えても、感情で考えても、縁談を申し込まない手はない。
「
ジャルファは静かな笑みを浮かべ、遠くサリパの方角の空を見上げた。
これにて4章終了です。
再開までしばしお待ちください。