【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
「おお、タケル君。今日もお手伝いか」
「うん」
「えらいなぁ」
幼少期のタケルは、その怪力でよく噂になっていた。
彼は齢三つにして、一息に水瓶を三つ運び、軽々と野犬を投げ飛ばしたという。
「タケルから、すごい魔力を感じるぞ」
「首都に行って測定したら、すごい結果が出るに違いない」
タケルの魔力値もすさまじく、彼の内包魔力を測った魔術師は全員驚いた。
片田舎であるクラウンビレッジでは調べられないが、貴重なAランクではないかと推測されていた。
「タケルがいれば村は安泰だ」
「将来は騎士になるかもしれんぞ」
村人はその勇猛で力強い子供タケルを、はじめのうちは持て囃した。
タケルが有名な騎士になれば、村おこしにもなる。
幼いころ、タケルは村中に可愛がられていたという。
「……なんだこれは」
そんな彼の扱いが変わったのは、十歳を過ぎたころ。
大雨による土砂崩れで、大事な道が塞がれた時のことだった。
「これを、タケルがやったのか」
「はい」
皆が困っているのを見て、タケルは魔法で『土や樹を吹き飛ばした』。
彼が放った魔法により山は削れ、地が裂け、更地だけが残った。
「こんなもの、人間の所業じゃない」
「あな恐ろしや、
タケルは村人が困っていたから、お手伝いしただけのつもりだった。
だが造作もなく山を吹き飛ばす少年を見て、村人が恐怖を抱くのは無理もなかった。
「な、何か悪いことをしましたか」
「い、いやそんなことはないぞタケル君」
「そう、よかった」
「タケルは勇ましくて、格好いい!」
それでもまだ、村人は表面上はタケルに好意的だった。
彼が行く先では皆がタケルを誉め、称え、崇めた。
「タケル様がいればこの村は安泰でございます」
「どうぞ、良ければ好きな品を持って行ってください」
……だがタケルは、その村人たちの態度に違和感を感じ始めた。
山を吹き飛ばして以降、皆が積極的に話しかけてこなくなった。
タケルが話しかければ、笑顔で応じてくれる。
だけど、その顔には汗と恐怖が渦巻いていた。
「……好きです。僕と交際してください」
「よ、喜んで」
その違和感をタケル自身がしっかり自覚したのは、彼が十四歳の頃だった。
タケルは、近所に住んでいた年上の女性に恋をした。
「わあ、嬉しいな」
タケルは勇気を出して女性に想いを告げ、女性は快くそれに応じた。
恋が叶ったその日の夜、タケルは嬉しくて寝付けなかった。
その気持ちをどうすればいいか分からず、彼はウキウキとした気分で夜の散歩に出かけた。
「怖い、怖い。私はどうしたら」
「耐えてくれ、耐えてくれ。あの化け物の機嫌を損ねたら、村がどうなることか」
そこで、彼は見てしまった。
「あんな化け物と付き合うなんて、考えたくない」
「おお、すまん。娘よ、すまん」
タケルが思いを告げた女性が、大泣きしながら親に泣きついている姿を。
「どうして、私がこんな目に」
「道化の伝説は、本当だったんだ」
その女性は、本当はタケルのことを好きでも何でもなくて。
彼の怪物的な暴力に怯え、その告白を受け入れただけだったと。
「母さん、僕は何なの?」
タケルは次の日、女性と別れた。
怖がらせてゴメンと謝って、二度と話しかけなかった。
「僕は、どうして、こんな力を持っているの?」
「……」
「村人の話す、
タケルは打ちひしがれて、自らの怪力を呪った。
どうして村人がこうも自分を怖がるのか、知りたくて仕方がなかった。
「そろそろ、知ってもいいかもね」
「母さん……」
「その代わり、これは誰にも話してはいけないよ」
母はそう言うと、タケルの頭を撫でて。
「ここは
タケルはそこで話を切った。
……初恋の相手に怖がられてたのはつらいな。
それでポーリィが、あんな態度で接してきても嬉しがったのか。
「それで、その
「……できれば、その。怒らないで聞いて欲しいのですが」
「別に、地方の伝承にいちいち目くじらは立てませんわ」
そう言えばタケルは、騎士団長パウリックを倒した時、嬉しそうな顔をしていなかった。
むしろ「国で最強の男がこれ?」という、打ちのめされたような顔だった。
もしかしたらタケルは、自分より強い人にいて欲しかったのかもしれない。
「リシャリ様は、黒龍討伐の役をご存じですか」
「ええ。百年前、黒龍を英雄スピオ率いるサリパ軍が討伐した戦いですね」
「はい。サリパを襲った龍を、国が総力をあげて退けた戦いです」
タケルは、龍討伐へと話を替えた。
今から百年前に黒龍が飛来して、地方で暴れまわった事件だ。
「……その黒龍を、一人の道化が倒したんです」
「はい?」
黒龍は凄まじい大きさで、尻尾を振り回すだけで百人を殺したと伝わっている。
力も強く鱗も固く、龍が歩いただけで地形が変わる程だったとか。
とても1人で倒せるような存在ではない。
「龍を討伐したのはスピオ卿率いる、千人の討伐部隊と聞いておりますが」
「……そうですね」
その龍を、大軍を率いて討伐したのが『初代スピオ卿』だ。
スピオ卿はその功績を認められ侯爵となり、現在もそのスピオ卿のお孫さんが元帥として国を守っている。
少なくとも、俺はそう教えられた。
「当時のサリパ王は『黒龍を討伐した者はどんな褒美でも取らせる』とお触れを出しました」
「……」
「その数日後、一人の道化が『龍を討伐した』と王宮に参上しました。全身怪我だらけで、肩で息をしながら」
普通に考えて、龍にタイマンで勝つのは不可能だ。
人間と龍は、あまりに生物としての規格が違う。
いかに強い蟻でも、象には決して敵わない。
「道化はその褒美に、重病に犯された妻のための治療薬を求めました」
「……それで、どうなりましたの」
「その治療薬はあまりに高価でした。また、道化は龍を討伐した証拠を何一つ持ってきませんでした。だから、王が真偽を測りかねていました」
だけど、俺は気になった。もし、その道化が『タケルくらい強かったならばどうだ?』と。
タケルの強さは規格外だ。魔力値も身体能力も、常人を遥かに凌駕している。
この男なら、龍の単独討伐も不可能ではないのでは────?
「道化が王宮に来た、その翌日。今度はスピオ卿から『龍を仕留めた』という報が届けられたのです」
「……」
「スピオ卿は龍の死骸を運ばせて、凱旋しました。その報告を受けた国王は、道化を王宮から追い出しました」
「……道化は、何と言いましたか?」
「アレは私が仕留めたのだと、王に訴えたそうです。しかし誰にも、信じてもらえませんでした」
『本当に私が倒したんだ! アイツは私が倒した龍を持ち帰っただけの、嘘っぱちだ!』
『そんなワケがあるか!』
そして龍討伐の戦果は、スピオ卿のものとなりました。
王はスピオ卿を勇者と称え、自ら城門の外に出迎えたそうです。
『違う、あの男は嘘つきなんだ』
『スピオ様が嘘を吐くはずがないだろう』
『お前みたいな平民に龍を倒せるものか』
一方で信じてもらえなかった道化は、怪我の治療すらして貰えず、王宮を追い出されました。
彼は体中を血で濡らし、悔し涙に咽びながら、故郷を目指しました。
しかし道化は龍との戦いで重傷を負っており、血を垂れ流しすぎて動くことも出来なくなり。
『私は間に合ったのに! 妻を助けるために、死ぬ思いで龍を打ち倒したのに!』
故郷への道中。男は最期の瞬間を妻と過ごせなかったことを悔いながら。
すぐばれる嘘で王を騙そうとした愚か者と笑われ、城門の前で石をぶつけられ、やがて息絶えたそうです。
「彼の奥さんは、どうなったのですか」
「そのまま病死してしまったそうです。そして、たった一人の子供が遺されました」
「……その子は?」
「詐欺師の息子として処刑されそうになりました。しかし当時のサリパ王は『家族を思って犯した罪である。どうしてその家族を手にかけられようか』と、子どもの罪は不問にしたようです」
タケルはそこまで言うと、目を閉じて。
「その生き残った子供が、僕の祖父だそうです」
「……!」
龍殺しを自称した『道化』の末裔が、タケルだという。
「僕の故郷では、スピオ卿こそ嘘つきだと信じられています。当時の村人は、『あの男じゃなければ、誰が龍を倒せるんだ』と口を揃えていました」
「それほど、強かったのですか」
「その道化……僕の曽祖父が、村の為に川の流れを変えたり山を削ったりした跡が残ってます。少なくとも、並の術者ではなかったでしょう」
もし、その道化の言っていることが嘘じゃなかったとしたら。
サリパ国はどれだけ、彼に酷い仕打ちをしたことになるだろう。
「……そんな過去もあって、クラウンビレッジには、『いつか道化が蘇って、国に復讐する』と言い伝わっているんです」
「ふ、復讐ですか?」
「僕にそんな気はないんですけどね。……村の人は、僕がその
きっと、その
だからこそ、村の人はタケルの力を過剰に恐れたのだ。
────そんな仕打ちを受けた男が、世界を恨まぬはずがない。
「怯えられるのがつらくなって、僕は村を出ました。外の世界に、希望を探したのです」
「……そうでしたの」
「僕なんて、大して強くないと思いたかった。片田舎でだけ通用する、井の中の蛙だって」
タケルは道化の伝承なんて嘘っぱちで、世界にはもっと強い人がいると信じた。
いや、むしろ「強い人がいてくれ」と切望していたのだ。
「それで武術大会に出場したのですけど、……僕はあっさり優勝してしまいました」
「……」
「こんなものかとがっかりしていたら、王宮騎士団長は十年連続で優勝した怪物だって聞いたのです。そして武術大会の優勝者は、騎士団への入団試験が受けられると」
「なるほど」
「王宮騎士になればたくさんお金がもらえて、母への恩返しにもなる。僕は迷わず、王宮騎士団を志望しました」
タケルは、パウリックと戦いたかったのだ。
安っぽい挑発をしてでも、最強の男の実力を知りたかったのだ。
「だけど、パウリックですら貴方に……」
「それは少しだけ残念でした」
しかし、結局パウリックですらタケルの敵ではなくて。
タケルはたった一撃で、国で最強の男を蹴散らしてしまった。
「でも、良いのです」
その直後のタケルの顔は、よく覚えている。そこに勝ち誇るような余裕も、やり返してやったという高揚もない。
タケルは顔を真っ青にして、「やりすぎてしまった」と騎士団長パウリックを見つめていた。
……サリパ王国最強の男ですら、タケルの足元にも及ばなかった。その絶望は、どれほどだろうか。
「……リシャリ様、僕は貴女に教えられました」
「へ? 私、ですか?」
「僕は、自分より強い人を求めていたんじゃない。僕はただ、僕という人を見てくれる人が欲しかった」
タケルは満面の笑みで、頬を上気させそう言った。
彼は今まで、その馬鹿みたいな強さでずっと怯えられてきた。
気付けば人は彼を『化け物』『道化の生まれ変わり』と思いこみ、媚びへつらうよう接した。
「恐怖を覚えず、ただ普通に接してほしかったのです。僕という人間と、まっとうに話してほしかった。だから、リシャリ様のあの言葉で、僕は────」
そこで言葉に詰まったタケルは、瞳が微かに潤んでいた。
────貴殿は、タケルという人間を見ましたか?
そういえば俺は、パウリックをそう諭したんだっけ。
「リシャリ様が、手を握ってくださったあの日。僕は、ずっと欲しかったものに気づけました」
「……タケル」
「ありがとうございます。……貴方のお陰で、僕は今、とても幸せです」
つまり、タケルはずっと寂しかったのだ。
強力すぎる力を持つがゆえ、ずっと孤独だったのだ。
タケルという「個人」を、見てほしくて仕方がなかった。
「リシャリ様が、僕のことを怖がらず見つめてくれて。凄く、嬉しかったです」
「まぁ私からすれば、だいたいの人が強すぎて勝てませんしね」
「あ、あはは」
ただ俺は、タケルの強さを見てもそこまで恐怖を覚えなかった。
何せ俺は虚弱すぎて、周囲の人間のだいたいに勝てないからな。
タケルであろうとその辺のメイドさんであろうと、喧嘩を売ったらボコボコにされるのだ。いちいちビビっていられない。
俺が確実に勝てる相手は、ケツキリムシくらいである。
「そういう意味で、ポーリィみたいな態度も嬉しいのです。彼女は僕を怪物ではなく、『腹立たしい同期』として見てくれてるので」
「え、あれは……」
「女の子に嫌われて、文句を言われるなんて初めて。……なんだか、新鮮な気持ちです」
「い、いえ、そうですわね!」
聞けばまだ、王宮騎士団のメンバーの殆どはタケルに怯えているらしい。
規格外すぎる力を持つタケルを、気味悪がって避けているようだ。
そんな中、怖がらずに口を利いてくれるのは騎士団長のパウリックと……。
────バッカじゃないの! 平民のくせに、調子に乗り過ぎよ!
その娘、ポーリィだけだという。
「
「まぁ、そうですの」
「僕に怒れるのは、今まで母さんだけでしたから。……ああ、こんな人もいるんだって面白くて」
そこまでいうとタケルは、口元を押さえてクスクスと笑いだした。
ポーリィのことを、思い出し笑いしているようだ。
……あの罵倒も、タケルにとっては貴重なコミュニケーションだったのか。
「では、次からはあまり邪魔をしないように致しますわ」
「お気遣いありがとうございます」
本人たちが納得しているなら、俺から口出しする理由はない。
存分に、タケルにツンツンしてもらおう。
「でも、なるべく怒らせないようにしたいですね」
「そうですわねぇ」
そのうち本当に、タケルのハートを射止めるかもしれないし。
「また手を抜いたわね! バカタケル!」
「……ご、ごめんなさい」
後日。訓練所を覗くと、再びタケルがポーリィに絡まれていた。
カンカンに怒っている少女騎士を、タケルが必死に宥めている。
「さっきの蹴りはどういう了見よ! わざとフワっと蹴ったでしょ!」
「け、怪我をしないように」
「余計な気を回すなぁ! 相手を気遣ってフンワリ蹴る敵がいるか! このバカチン!」
ポーリィは散々な物言いをしているが、タケルの顔に不快感はなくて。
むしろ、構ってもらえて嬉しそうな表情ですらあった。
「何を笑ってるのよ!」
「い、いえ、すみません!」
まるで会話のドッジボールだが、タケルが楽しんでいるならそれでいい。
きっとあれも、ツンデレなりの愛情表現なのだ。
だから俺は邪魔をしないよう、陰に隠れてこそっと見守ることにした。
「その、ポーリィ様は、可愛らしいなと」
「んなぁ!!?」
……それにタケルは、もう少し異性とのコミュニケーションを勉強した方がいいだろう。
ポーリィの発言だけでは分からなかったが、アイツは時々、本当に口説いてやがる。
「今の会話でどうしてそんな発言が出る!」
「ご、ごめんなさ────」
スコーン、と。
顔を真っ赤にした少女騎士が、タケルの顔面を蹴飛ばした。