【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
「お頭さーん。ベルカさーん」
「どうした、王女」
「そろそろ吐血しますわ~」
ブユルデストの警備隊長、ベルカに拉致されて三日ほど。
俺は無口少女ルリちゃんと同じ馬に乗り、のどかな草原を進んでいた。
「……あともう半刻くらいで村がある。もう少し頑張れんか」
「じゃあ頑張りますわ~」
馬に乗っている間は、俺は限界を知らせる時だけ発言を許可されていた。
ベルカ曰く、いきなり吐血されるのは困るらしい。
「護衛もなしで村を歩けるなんて初めてです。楽しみですわ」
「王女、お前は村に入れないからな」
「えっ」
「……人質を散策させるわけないだろう」
そろそろ休憩が欲しいと告げると村で休憩できることになったが、俺はお留守番らしい。
そんな、せっかくの機会なのに。
「ちょっとくらい村を見て回れませんか? 普段は護衛をつけないと出歩けませんの……」
「くどい。何を言おうが絶対に許可せん」
「人攫いを気にせず散策できる機会なんて、今後訪れるかどうか」
「もう攫われてるんだよお前は!」
ちっ、そう甘くはないか。
「お前は村の外で、
「ちぇーですわ」
まぁ、もともと無理だろうとは思っていたし仕方ないか。
俺は遠目に広がる田畑を前に、小さくため息を吐いた。
「では王女は
「了解だ、お頭」
村の入り口に着くと、ベルカはグループを半分に分けた。
お頭やルリちゃんは俺の見張りとして残り、後のメンバーで買い出しにいくことになった。
「猿轡を出せ、縛っておく」
「え、私の口を塞ぐんですの!?」
「馬上は嘔吐するから見逃しているだけだ。貴様と会話するのは危険だからな」
俺は馬と同じように、木々と縄で繋がれた。
そして手足を縛られ、猿轡を噛まされそうになった。
「どうしていけませんの? 残るのはお頭とルリさんだけなのでしょ?」
「貴様は心を惑わす魔女だ。余計なリスクを背負う気はない」
お頭の俺に対する警戒が凄い。ここまで誰かに恐れられたのは、人生で初めてかもしれん。
ちょっといい気分な反面、お喋りできないのはつまらんなぁ。
「へぇ、
「あ?」
よし、ちょっと冒険してみるか。
俺はベルカの器を測ってやろうと、煽ることにした。
この男がどんな人間なのか、知っておいて損はない。
「私は腐っても王女ですわ。外には出せないような王家の内部情報も、ちょっとは持っていましてよ」
「何が言いたい」
「情報源のはずの私の口を、封じないと怖いのでしょう? あなた自身が懐柔されてしまうかもしれないと」
俺は必殺の
これはレスバ用の顔で、無礼を働いてきたヤツを相手に煽り返す時に使う。
社交界はニコニコと下手に出ておけばいい訳ではない。王族を舐めるような相手には、毅然と言い返すべき時もある。
「では仕方ありませんわ、私の口を塞ぎなさい」
俺は眉を八の字に、ニヤーっとした笑みを浮かべた。
そして困惑しているベルカお頭に向かって、
「人質の言葉で揺らぐ程度の信念であれば、どうせ貴方の悲願は成りませんわ」
「……!」
盛大な煽りをかました。
「……王女リシャリが従順で御しやすい等と、誰が言ったのか」
「御しやすいですわよ? 少なくとも兄上たちや、ルゥルゥ姉様に比べたらずっと」
俺の煽りは、効果てきめんだった。
お頭はムッとしつつも、俺の口を塞がなかった。
「あんなことを言われたら、お前の口を塞げん。
「おやおや。揺らがない信念をお持ちでしたら、問題ないのではなくて?」
「……ああそうだな。殺すぞ」
「にいさん、落ち着いて」
更にベルカは苛つきながらも、俺に暴力を振るったりしなかった。
彼は煽りに弱いが、短気というほどではないらしい。
「それで。そこまで言ったからには情報を吐いてもらうぞ王女リシャリ」
「情報……ですか?」
「お前が持っているという王家の情報だ。知ってることを全部吐け」
「何を聞きたいのか質問してもらえませんと。自由でいいなら、私や姉上の趣味の話ばっかりになりますわよ?」
ぶっちゃけ俺は、国外に出せない極秘情報の類なんて殆ど持っていない。だから何を聞かれても問題ない。
しいて言うならジュウギの蒸気機関の件と、本当の長女であるラシリア王女誘拐の件くらいか。
「……ジスター伯について、王家ではどういう扱いになっている」
「戦上手な頼もしい貴族。彼に国境を任せておけば安心ですわ」
「はっ、一度たりとも勝ったことがないのにか?」
まぁ俺らはずっとジスター伯が追い返していたって聞いてたしな。
毎年そこそこ被害を出しつつも、大国の軍を追い返し続けたらそういう評価になる。
「ヤイバンと停戦したり、戦争を避けるような交渉はしているのか」
「あ~……、すみませんが知りませんわ。ただ、デケン帝国との同盟の都合上、停戦は難しいかと」
「では、ヤイバンへの侵攻予定は。帝国の軍を借りて、ヤイバンを滅ぼすことはできないのか」
「そっちは交渉しているはずですわ。ですがデケン帝国さんは気が乗らないようで、予定は立ってませんの」
「クソったれ」
ぶっちゃけヤイバンとの小競り合いには、国王も頭を痛めているのだが……。
サリパ単独での戦争は厳しく、同盟相手であるデケン帝国の力添えが必要だ。
しかしデケン帝国は東西南北に敵がいるらしく、ヤイバンだけに構っていられない様子。
「連中の宗教には付き合いきれん、何とかしろ」
「……と、仰られても」
「民を守るのは国の務めだろう」
「
「出来てないことが多すぎる」
ブユルデストの民からすれば、ヤイバンの侵攻は生死にかかわる問題だ。
家族の遺体を謎の神に捧げられるなど、身の毛もよだつ話だろう。
「私達だって……」
「ジスター伯の内通に気付き処罰し、ちゃんとブユルデストに防衛戦力を送っていたら、こうはなっていない」
「……むー」
「辺境の裏切者を戦上手と称え、兵も送らぬなど笑止千万。このままだと国が滅びていたんだぞ」
「ぐぅ」
ジスター伯が本当に裏切者ならば、確かに国の責任かもしれない。
でも辺境で起きていることを知るのって難しいんだよなぁ。
「ジスター伯の内通は、確実なのですわね?」
「ああ、ルリがその耳で聞いた」
「うん。ジスター伯のおやしきできいたよ」
「その時の話を聞いても良いですか?」
ルリちゃんがお屋敷で聞いた話の、信ぴょう性も確かめておくか。
……何かの勘違いだったりしたら目も当てられない。
「うん。ジスター伯がブユルデストの罠をこわしちゃったあと、わたしはメイド姿でおやしきに入りこんだの」
「ルリちゃん、潜入が上手いですわねぇ。王宮にしろ貴族の屋敷にしろ、簡単に忍び込めないはずですが」
「そこはルリの特技だな。おい、見せてやれ」
ベルカがそう言うと、ルリちゃんはコクンと頷いて。
そして、その場でスゥと小さく息を吐いた。
「王女。ルリをよく見ておけ」
「はぁ」
何だ? 何をしようというのだ。
俺は言われた通り、ジっとルリちゃんを見つめ続け……。
「じゃあ王女。次は俺の目を見ろ」
「……?」
今度はベルカの目を見ろと言われたので、そっちに視線を移す。
俺は何をやらされているんだろう。
「はい、じゃあルリはどこに行った?」
「えっ」
そうベルカに言われて、気がついた。
さっきまでそこにいたルリちゃんの姿が、どこにも見えなくなっていた。
「えっ、あれ?」
「本当にすごいだろう。これが彼女の特技だ」
俺はさっきまでずっと、ルリちゃんを注視していた。
声をかけられてほんの数秒、俺はベルカの目を見ただけだ。
え、透明化の魔法でも使った? そんな魔法ある?
「消えましたわ。姿を消せるのですか、あの娘」
「いや、ルリはそこにいる。……見えないのではなく、認識しにくくしたんだ」
そういうとベルカは、スっと馬の方を指さした。
「ほら、あそこ」
「……おお?」
ベルカに指さされた方向に目をやってみれば。
さも当然のようにルリちゃんは、馬の身体を布で拭いていた。
────視界には映っていたのに、俺にはそれがルリちゃんだと認識できなかった。
それは『登場人物』が『背景の一部』に切り替わってしまったような感覚。
「ルリは感情が希薄な女だ。……家族を殺されたトラウマによって、感情が鈍磨してしまった」
「……それは」
「今、ルリに一切の思考も感情もない。無機物のように、ただそこにあるだけ。だから目立たず、見失う」
一切の思考も感情もなく、行動が出来る少女ルリ。
だからまるで無機物のように、他人から知覚されずに済むという。
「……感情がないだけで、認識できなくなるものですの?」
「人間は無機物を、重要なものと認識しにくい。そして感情なく動くルリは、無機物に近く感じる。潜入においてはそれで十分さ」
「そういうものでしょうか」
いやー……その理屈だけでこの怪現象を説明されるとモヤモヤするぞ。
何か魔法使ってるんじゃないの? 俺に伏せてるだけで。
「というかこんな特技があるなら、潜入工作やり放題ですわね」
「そこまで万能ではないぞ? ちゃんと相手から見えているからな」
「そうですの?」
「妙な行動をすれば、ルリといえど大目立ちする。裸で街を歩くとか」
「そりゃそうですわ」
「だが『そこに居ることが不自然でない衣装』であれば、誰もルリに気付けない。社交パーティで令嬢の服を纏っている場合、完全に背景に溶け込むだろう」
要は、ものすごく影が薄くなれる能力ってだけか。
……そこまで万能な隠密スキルというわけではないのか。
「そんな訳で、ルリにはいつも潜入を任せている。彼女に忍び込めない場所は存在しない」
「まぁ、納得しましたわ」
「おい、もういいぞルリ。戻って来い」
「……はーい」
だとしてもこの能力、諜報員としてかなりの有用スキルなのでは。
つまり、昏倒した俺を王宮の外まで運んだのもルリちゃんでしょ?
賊が王女を運んでて気づかれないのってどういうことだよ。
「こうやってルリが、ジスター伯がヤイバンの役人と話しているのを聞いたって訳だ」
「ルリちゃんが騙されている、ないし買収されている可能性は」
「ない、アイツは
彼女が超一流の諜報員であることは理解した。
だが、だからと言って彼女がベルカを裏切っていないとは限らない。
他の貴族の謀略に巻き込まれ、買収された可能性は……。
「言っただろう、アイツは感情が希薄だ。……親を殺されて以来、心を閉じてしまっている」
「それで?」
「それ以降、アイツは自分から行動をしなくなった。自の命令に従うだけだ」
ベルカは、ルリちゃんがどうしてこうなったかを語った。
『ルリ。お前、どうしてここにいる?』
『……ベルカ』
三年前、ベルカが親を失った戦いの三日後。
ベルカは幼馴染の少女ルリを、薄暗い小屋の中で見つけた。
頬もこけやせ細った少女は、誰もいなくなった家屋の中で隠れて生きていた。
『パパが、ここに隠れてろって』
『そうか、それで無事だったのか。だがどうして今まで出てこなかった』
『出てこいといわれなかったから』
家の中には、僅かに硬いパンや水が遺されていた。
しかし少女が、それに手を付けた気配はなかった。
『どうして、水も飯も食べなかった』
『……パパにたべろといわれなかった』
少女の顔に悲壮感はない。
ただ無感情に、実父から命じられた『隠れろ』という言葉だけに従っていた。
『今すぐに飯を食え。水もだ、ゆっくりと飲め』
『わかった』
ベルカとルリは家も近く、旧知の仲だった。
ルリは快活な少女で、小さい頃はよくごっこ遊びに付き合わされたものだ。
そんな間柄だったからか、ベルカの命令にルリはおとなしく従った。
『ありがとう。じゃあわたしは、また家でパパとママを待つ』
『……お前のご両親は、もういなくなった。もう戻ってこない』
ベルカの両親と同様、ルリの両親も戦いに出て、命を落としていた。
ルリがいつまで待とうと、親と再会することはできない。
そう伝えたが、ルリはきょとんとベルカを見上げるばかりだった。
『じゃあベルカ。わたしはどうしたらいい』
死ぬ。このまま放っておいたら、ルリは餓死するまで家に引きこもっているだろう。
だからベルカはルリに、そっと手を差し伸べた。
『……これからは自に従え』
『わかった』
そして、ベルカはルリを引き取って育てることにした。
……かつて快活だった少女の、笑顔が戻ることを祈って。
「と、いう話だ」
「なるほど」
そうか……。ルリちゃんも戦で両親を失っていたのか。
それで感情が希薄になったのね。
「そんな娘を危険な潜入役に?」
「ルリを危険に晒したくはないのだがな。……アイツの諜報能力が高すぎて、頼ってしまっている」
「ははぁ」
「それに今は、ブユルデスト存亡の危機だ。使えるものは全部使う」
まぁ、確かにあの能力があれば潜入役になるわなぁ。
王家の諜報員にもいないんじゃないか、あんな能力者。
「貴様ら王族がちゃんとしていたら、ルリの親は死んでいなかったかもしれん。……どう思う」
「……むむ」
そりゃあ……。そうだよな、異国の侵略から民を守れてないなら、国の責任だよなぁ。
領地を任せた貴族が敵と内通して、領民売ってたんだもんな。
ベルカたちが王族にトゲトゲしいのも仕方ないか。
「その言葉、謹んで肯定しますわ。その話が事実なら、まぎれもなく王家の責任でしょう」
「……ああ、そうだ」
「少なくともこのリシャリは、そう考えますわ」
王宮で暮らしていた俺は、外のことなんか何も分からなかった。
俺はただ王女として他国に嫁ぎ、外交の駒になることが使命と思っていたが……。
その前に、やるべきことがあるかもしれん。
「ただ一つ、聞いておきたいことが」
「何だ」
俺の返答を聞いたベルカは、何とも言えぬ微妙な顔をした。
そんな言葉が返ってくるとは思わなかった、というような顔だ。
もっと高慢な返答が返ってくるとでも思っていたのかもしれん。
「今の話を聞く感じ、ベルカさんとルリさんはご兄妹ではないのですわよね?」
「ああ」
「……ではなんで、兄さんって呼ばせてるんですの?」
ただ、どうしても気になったのでソコだけ聞いてみた。
ルリちゃんが自発的に行動しないのであれば、あの『兄さん』呼びはベルカの趣味ということになる。
年下の女の子にそう呼ばせているなら、ベルカはかなりきっしょい。
「そ、それは理由があるんだ。アイツを引き取ってからというもの、周りの人間がルリを
「……はあ」
「自はルリに手を出すつもりはない。なので周囲から誤解されぬよう、兄と呼ぶよう命じただけだ」
ベルカはしどろもどろになって、ルリちゃんの件を弁明した。
その慌てた態度、逆に怪しく思えるぞ。
「……女の子にそう呼ばれるのが好きなのです?」
「違う! 断じて、そのような」
「でもいきなり、知人の女の子に『兄さん』呼ばわりさせるのは、ちょっと気色悪い……」
「や、やめろォ!」
いや、分からんことはないぞ。
そうだよね、誰だって年下の女の子に『兄さん』とか言われて慕われたいよね。
そうかそうか。つまりベルカは、そう言う性癖なんだね。
「にいさんは、きしょくないよ」
「え、はぁ」
「きしょくない」
「ふむ」
……俺がベルカを虐めていたら、当のルリちゃん本人が割って入った。
ほう、なるほど?
「ではそういう事にしておきますわ~」
「うん」
今、ルリちゃんは自分から口をはさんできたな。
彼女は全くの無感情という訳ではなく、ある程度は自分の意思でベルカに従っているのかね。
兄さん呼びも、彼女の意思なのだろうか。