【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
「ほら、ここから先が訓練所ですよ」
「……あわわわ。やっぱり、もう、試験が始まってる」
「そりゃあ仕方ないでしょう」
訓練所に近づくと、魔法の炸裂音や怒声が響いてきた。
実戦形式の訓練が多いので、この辺りはとてもうるさいのである。
「タケルさんは堂々と遅刻して試験に臨むわけですけど、どうするつもりですか」
「土下座をしてでも、試験を受けさせてもらいたい、です」
「貴方に意地悪した試験官が、それを許すと思えませんが」
「僕は、自分の腕には自信があります。なので、きちんとした実力を示せば……」
「そう」
タケルの目には、真っ直ぐな火が灯っていた。
それは若者に有りがちな『無謀な勇気』か、実力に裏打ちされた『根拠ある自信』か。
「では、頑張ってくださいね」
「ありがとう、庭師さん!」
俺はタケルを案内した後、小さく優雅に一礼し。
小さく手を振って、別れたのだった。
「うおおおお! 走れェ!」
タケルが訓練所に入ったことを確認し。
俺は自分の屋敷まで、全力で疾走した。
俺が農夫服で闊歩することを許されているのは、王宮の中庭だけである。
理由は単純、姫様が汚く虫遊びしているなど王家の沽券に関わるからだ。
だから、出来ればタケルの口添えをしについて行きたかったが……。
「この姿を市民に見られたら、私の清楚なイメージがむちゃくちゃですわー!!」
第二王女ともあろう者が、騎士団受験生に農夫
泥まみれの王女が訓練所に乗り込むなど、国の恥さらしも良いところである。
かくして俺はドレスに着替え、出直す必要があったのだ。
「誰か、誰かいらっしゃいませんか?」
「おかえりなさいませ」
屋敷の中にはメイドさんがたくさんいる。
彼女らは全員、それなりの地位の貴族令嬢らしい。
序列の低い貴族令嬢は王宮に捧げられ、メイドになるのだそうだ。
「急ぎの用ですか、リシャリ様」
「着替えたいのです、手伝ってください!」
「御意」
俺は屋敷に戻ったあと、メイドさんにお願いしてドレスに着替えなおした。
王女の服装はかなりゴテゴテで、一人では着られないつくりになっているのだ。
コルセットとかティアラとか、付けるモノが異常に多い。
「……っ」
「何をそんなに焦っているのですか、リシャリ様」
今の試験官が平民嫌いとは聞いていたが、あんな意地悪をするとは知らなかった。
早く訓練所に戻らねば。
そして、タケルを俺専用の護衛にするよう
あの男を手元から逃がすなど、国家的損失である。
多分、あのまま放っておいたらタケルは採用されない。
あの試験官だと能力のある者より、家柄が優先されそうだからだ。
「実はちょっと騎士団に興味が出てきたので、訓練所に向かおうかと」
「ええ!? 珍しい……」
騎士団の試験なんか見に行かなかったから、ここまで選民思想が強いとは知らなかった。
もしかしたら、今までも優秀な人材をゲットし損ねていた可能性があるのか?
だとしたら勿体なさ過ぎるぞサリパ王国。
「では行ってきます!」
「お気をつけて~」
俺はドレスに着替えた後、王女モードの化粧をしてカカカッと走り出した。
この国の王族として、そんな狼藉は見逃すわけにいかない。
だがタケルと別れて、もう三十分は経っている。
果たして、間に合うだろうか。
「ぜええー、ぜえー……」
「息が切れてるじゃないですか、そんなに焦らずに」
走っている途中で、息が切れて倒れ込みそうになる。
運動音痴の俺に、全力疾走は堪えた。
「い、急がないと」
だが、タケルを取り逃がすのはあまりにも惜しい。
ここで頑張れば、ヤベー護衛をゲットできるチャンスなのだ。
「待っていなさいタケル……」
俺は小鹿のようにカクカクと足を震わせながら。
王女モードを維持したまま、俺は訓練所を目指して走り続けた。
時は戻って、王女リシャリと平民タケルが別れた後。
タケルはスゥ、と息を吸って訓練所に足を踏み入れた。
「……」
リシャリに聞いていた通り、騎士団への入団試験はとっくに始まっていた。
魔法適性や体力の測定は終わってしまい、既に実戦試験に差し掛かっているようだ。
「どうか、僕に試験を受けさせてください」
「時間を厳守できないやつに、王宮騎士は務まらない」
タケルが意を決して、試験官に話しかけると。
試験官の貴族はニタニタと笑みを浮かべ、タケルを鼻で笑った。
「ですが貴方が、僕に間違った試験時間を……」
「私にィ、そんなコトを言った覚えは、ナァい」
タケルがどれだけ食い下がっても、試験官の貴族は気にも留めない。
シッシと、野良犬でも払うかのようにタケルに手を振った。
「さっさと帰れ、平民のくっさい匂いで鼻が曲がる」
「……僕はこの日の為に、いろんな、準備を」
「か、え、れ」
試験官はそう言ったきり、タケルのことを無視し始めた。
彼が何を訴えても、馬耳東風で知らんぷり。
「……ったく」
この試験官が、平民嫌いであることは有名だった。
なので事情を知っている者は、タケルに同情的な目を向けていた。
「大会で勝ち上がっただけで、思い違いしおって。馬鹿馬鹿しい」
しかしその試験官は王族に娘を嫁がせた、王の『外戚』である。
その権力に逆らえるだけの騎士団員は、その場には居なかった。
「……っ」
悔しさで唇を噛みながらも、タケルは黙って訓練所の入り口で頭を下げ続けた。
彼は今日の為に、家族や友人からたくさんの祝福を受けてここに来たのだ。
みんなタケルのために、大切なものを手放して、防具や武器を整えてくれていた。
だから、そう簡単に諦めるわけにはいかなかった。
「……怖いんですか、試験官さん」
「あ?」
頭を下げ続け、無視され続け。
らちが明かないと思ったタケルは、とうとう賭けに出た。
「僕はこの中の誰よりも、強い自信があります」
「……何を言い出すかと思えば」
「そんなに俺を試験したくないですか」
タケルはこのまま頭を下げ続けても、何も起きないと悟ったのだ。
「平民に負けるのが、怖いですか」
そして彼は声を震わせながら、試験官を挑発したのだ。
すべては、自分の実力を見てもらうために。
「それは、侮辱罪だなァ」
そのタケルの挑発に、試験官の貴族はようやく反応した。
少しだけ不快そうに、それでいてどこか楽しそうに。
「私が平民に負けるのが怖い、だァ? 平民が私に勝てる要素などどこにもない」
「だったら、僕と……」
「私は、王の親族なのだぞ? その時点で貴様は、何をやっても私に勝てんのだ」
試験官はそう言って、タケルの顔を思い切り殴りつけた。
タケルは抵抗せず、そのままブン殴られた。
「ほうら、貴様は私に手出しできない。私はお前を好きなだけ殴る事が出来る」
「権力を盾にしないと、喧嘩も出来ないのですか」
「権力も力だァ。貴様が喧嘩で筋力を使うように、私も喧嘩で権力を使うゥ」
タケルを殴り飛ばす瞬間、試験官は気持ちの悪い笑みを浮かべた。
それは加虐的で、快楽的で、恍惚とした笑みであった。
「やはり、権力を使わないと勝てないのですか」
「安っぽい挑発だァ、持てる力を使って何が悪いィ」
「……怖いんですね、平民が」
「そんな頭の悪い罵倒で、私を動かせると思ったかァ?」
試験官の男は、そんな生きの良い
「現行犯だ。貴族に対する暴言である、それは平民の弁論権を大きく逸脱している」
そう、宣言をした。
実のところ。
試験官の男は、タケルから罵詈雑言が出てくるのを待ち望んでいたのだろう。
「今すぐその男を捕らえよ。審問は後日、私ィ自ら行ってやろう」
「……!」
「ああ、抵抗するなよォ?」
試験官はタケルに向かって、醜悪な笑みを浮かべ。
「お前の罪次第では、貴様の家族や親族にも罰が及ぶからなァ」
「なっ……」
そう言ってタケルを捕らえる命令を、王宮騎士団に下したのだった。
ああ、またこうなるのか。
騎士団員は、嘆息しながらタケルを包囲した。
実はこれは、この貴族が試験官になってからの毎年の恒例行事であった。
この男は選民意識が強く、優秀な平民を毛嫌いしていた。
だから武術大会で優勝するような平民を、いたぶりたくて仕方がないのだ。
なのでここ数年の武術大会優勝者は、みなこの男に投獄されていたのである。
その事実を、殆どの貴族は知らない。
いや、知ったとしても『平民を虐めるくらいならいいか』と興味を示さない。
自分には関係ない、王の外戚に余計な目を付けられたくない。
そういった考えで、この試験官の暴走は『黙認』され続けてきたのだ。
「さ、その無礼な平民を連行しろォ」
タケルは、実力を示せば何とかなると思っていた。
実際、彼の戦闘能力は群を抜いていた。
「……これが、騎士団のやり方か」
「ああ、うるさいうるさい」
だから、その実力さえ示せば騎士団に入れてもらえるものと信じていた。
しかし、それは飴より甘い夢物語。
「それが貴族のやり方かぁ!!」
「アホな平民ほどよく吠える」
そもそも『平民は下賤』という凝り固まった思想を持つものに。
どんな実力を示しても、無駄でしかなかったのだ。
タケルはほぞを噛んだ。
しかしどれだけ悔しがっても、彼に抵抗することはできない。
一歩間違えれば、家族に危害が及ぶ。
この試験官の男であれば、それくらいやる。
優しい母や、大事な友人を、危険に晒すことなどできない。
「くそったれ!!!」
何の力も持たない平民の絶叫が、その場に木霊した。
「おーっほっほっほ」
「ん?」
その、直後のことである。
「……限界ですわ」
「えっ」
「ゲボゲボゲボォォォォォ!!!」
第二王女リシャリが、吐血しながら訓練所に入ってきたのは。