【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ!   作:まさきたま(サンキューカッス)

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22話「せいよくをもてあます」

 

 

『忌敵の鏡だ? そんなものがあるわけないだろう!』

 

 昨夜の会議のあと。

 

 ベルカはルリちゃんに、どうしてあんなことをしたのか問い詰めた。

 

『え、ありますわよ~?』

『暗殺した犯人が分かる魔道具があるなら、その存在を公表していないわけがない! その魔道具を周知することが、何よりの暗殺対策じゃないか』

『あっほんとうだ』

『そうでもないのですわ』

 

 ベルカは俺の嘘を即座に見破っていたが……。

 

 俺はニコニコと、表情を崩さずにすっとぼけ続けた。

 

『忌敵の鏡は暗殺した犯人ではなく、『殺される直前に強く恨んでいた人』を映すのみ。死ぬ間際に『~の指示でお前を殺した』と偽情報を被害者に吹き込むことで、犯人を誤認させることも可能ですの』

『む、むむ』

『なので存在を隠し、対策されないようにしているのです。王族しか知らない国家機密ですので、誰にも話さないでくださいね』

『そんな、都合のいいものが。むーむむ……』

 

 適当な嘘で煙にまくのは楽しいゾイ。

 

『それより、こうなったからには一蓮托生ですわ。ベルカ、あなたは自身の信念に従ってブユルデストを守りなさい』

『い、言われずともそうする』

『その際、私を存分に利用なさい。王女を味方につけていること、そのメリットを生かしなさい』

 

 俺はそう言うと、ベルカの目を睨みつけた。

 

 王族として、強い意志を込めて。

 

『一度、腹を割って話しましょうかベルカ。私、ぶっちゃけあなたが嫌いですわ』

『……』

『いきなり攫って、衣服(ドレス)を剥いで。無作法に口を塞ぎ、殺すことまで計画して。ベルカが王族を嫌っているように、私も貴方が大嫌いです』

『そりゃあそうだろうさ』

『ただし、私たちの利害は一致している。私も貴方も、ヤイバンの侵攻からブユルデストを守りたい。……でしょう?』

 

 手を許した以上、俺はベルカを庇わねばならない。

 

 だが、ただ無条件にこの男を庇う気は全くない。

 

『あなたのブユルデストを守りたい、という信念は信用しますわ。なので、結果を以て示しなさい』

『……』

『あなたがサリパ王国の利益となる人間なら、処刑されぬよう庇います。……ですが、役にも立たない無能であれば、切り捨てるでしょう』

 

 俺がここまでしてやる以上、ベルカはしっかりと成果を出さねばならない。

 

 こいつが口だけの阿呆なら、全て報告するつもりだ。

 

『私は王族としての責務を果たすのみ。貴方が有用であればこそ助けるのだと、肝に銘じなさい』

『……むむ』

 

 俺はベルカにそう『警告』してやると、彼は諦めたように項垂れた。

 

 ……ん、ちゃんと気持ちの整理をつけてくれたっぽいな。

 

『お前が王族で一番の無能など、本当なのか? ジスター伯の手紙でも、そういう扱いだったが』

『ん、マジですわ。兄上たちも姉上も、私よりずっと有能ですわよ。……それと』

 

 よし、これで殺される心配はほぼなくなっただろう。

 

 あとは、

 

『お前ではなく、リシャリ様と呼びなさい。私の手の甲を受けたのであれば、忠誠を求めますわ』

『……リシャリ様、ね』

『王族は舐められてはいけません、権威を失えば国家が亡ぶので』

 

 俺がベルカという人間を、見極めていくだけだ。

 

 ……こいつが国家の不利益になる男なら、俺も心を鬼にせねばならない。

 

『……了解だ、リシャリ様。(おのず)の忠誠を捧げよう』

『うむ、くるしゅうない』

『その代わり、この街を。ブユルデストを、どうか』

『無論』

 

 そうやってベルカは、

 

『それは願われるまでもありません。王族の義務、というやつですわ』

 

 本当に臣下となった。

 

 

 

 

 

 

 と、いうやり取りの後。

 

「今朝、ヤイバン軍が越境を開始したそうです」

「……いよいよ、来るか」

 

 改めて兵舎に戻ると、真剣な顔の兵士が待機しており。

 

 ヤイバン軍が、ジスター領へ侵攻を開始していることが告げられた。

 

「その軍勢は今までの数倍の規模。おそらく、一息に首都まで攻め滅ぼすつもりかと」

「国が腑抜けたままだったら、滅んでいただろうな」

 

 ヤイバンの国土は、サリパ王国の七~八倍ほどと言われている。

 

 人口は正確に分からないが、おそらく同じくらい離れているだろうと思われる。

 

「そんな大軍なら、デケン帝国に救援を求めないと。サリパ一国では太刀打ちできませんわ」

「安心しろ、ブユルデストの守りは固い。守るだけでいいなら何年でも持つ」

「そ、そういうものでしょうか」

「きちんと正規軍が配備されていればな。……内通者の報告を鵜呑みにして、兵を配備していないからまずいのだ」

「いちいち嫌味ったらしいですわ」

 

 戦いは数だよという諺があるように、兵力差というのはそう簡単に覆らない。

 

 かの有名な孫子も、『兵力に劣るなら戦いを避けるべし』と書いている。

 

 戦争とは開戦した後に決着するのではない。戦う前の準備で、勝負は決まっているものなのだ。

 

「リシャリ王女。頼んでいたものは出来ているか」

「ええ。国王(ちちうえ)と、指揮官殿へ宛てた手紙ですわね」

「ああ」

 

 国軍がブユルデストに到着するまで、およそ一週間はかかるらしい。

 

 ヤイバン軍は明日にはブユルデストに到着するので、およそ六日ほどは俺達だけで戦わねばならない。

 

「ちゃんと狂言誘拐の事情も、記しておりますわ」

「……助かる」

「その代わり。ちゃんと、ここを守り抜いてくださいね」

「分かっている。自も、ブユルデストを明け渡すつもりはない」

 

 国軍がブユルデストを間違って攻めないよう、俺の直筆の手紙を用意して届けさせることとなった。

 

 脅しで書かされていないことを証明するため、笑顔の俺の似顔絵を末尾に添えておいた。

 

 俺は絵が下手なのをよくネタにされるので、本人認証としてはちょうどよいだろう。

 

「それで、ベルカ。他に、私に出来ることはありますの?」

「……王族が鼓舞してくれれば、士気はあがるだろう。決戦前に、演説を頼む」

「承りましたわ」

 

 ベルカはそう言うと、フゥーと大きなため息を吐いた。

 

 流石のベルカも、決戦を前にして少し緊張しているらしい。

 

「後は、待つのみですか」

「ああ。リシャリ様は休んでいてくれ、自も、決戦に備えて少し休む」

 

 ヤイバンの軍勢は、サリパ王国より遥かに多い。

 

 今回ばかりは死者がたくさん出るだろうと、ベルカも予想していた。

 

 ……だからだろうか。彼の顔は暗く、辛そうだった。

 

「ねぇ、ベルカ。ちょっとお願いがありますわ」

「何だ」

「ブユルデストの町を歩きたいのです。護衛についてくださる?」

「は?」

 

 少し緊張をほぐしてやるのと、俺自身のささやかな欲のため。

 

 俺はベルカに、ちょっと散歩することを提案した。

 

 

 

 

 

 

「わあああああ! すごい、見たことない果物ですわ! これは何ですの!?」

「レチャクリという果物だ。食うとこは少ないが、この辺では貴重な甘味だ」

「食べたいですわ!」

 

 決戦間際でピリピリとした空気の中、市場には多くの人がごった返していた。

 

 俺は人通りの多いブユルデストの大通りを、ベルカとルリちゃんの三人で散歩した。

 

「たべるなら、あぶるといいよ」

「炙る、ですか?」

「うん。吊るして、ちょっとあぶる」

 

 レクチャリは赤いなすびみたいな果物で、味はカボチャっぽかった。

 

 下膨れになっている部分だけが甘いそうで、火で炙ってかぶりつくのが一般的な食べ方だそうだ。

 

「ジトってして面白い食感……、旨いですわ!」

「ブユルデストの特産品だ。気に入ったなら、王家でも仕入れてくれ」

「リシャリ、こどもみたい」

 

 異世界の食料事情は、俺の知るものと大きく異なっていた。

 

 馬など前世に近い生き物もいれば、変な進化をした謎生物もちょくちょくいる。

 

 植物や昆虫系統は、見たことがないものばかりだ。

 

「うわぁ、な、何を食べてますのアレ!? 馬の顔!?」

「馬の顔をかたどったパンだ。あれを食べると死なないという、縁起物だ」

「はえー」

 

 彼らの文化も、聞いたことがないものばかりだった。

 

 その昔、愛馬を食って負け戦を生き延びた将軍がいたらしく、『馬を食うのは生存フラグ』とされていた。

 

 だから出陣する兵士に、家族はパンを馬の顔のような形に焼き、食わせるのだそうだ。

 

 戦の多いブユルデストでは、人気がある商品だそうである。

 

「……知らなかった事ばかりですわ」

 

 王族は、いちいち辺境の食生活や文化など学ばない。

 

 町の中を歩くのは、たくさんの護衛を引き連れたパレードの時だけ。

 

 こうやって、市民の暮らしや風土を体験したのは初めてだった。

 

「おうベルカ、それが噂の姫様かい」

「はじめましてですわー!」

「……ああ、リシャリ殿下だ。失礼のないように頼む」

「くるしゅうありませんわ!」

 

 俺の世界は、王宮の中で完結してしまっていたらしい。

 

 だからこんなに近くで、市民の息吹を感じて。

 

 改めて、俺は『何も知らなかった』ことを理解した。

 

「王女様とお話ししたなんて一生の自慢ですよ。ありがとうごぜえます」

「ふふふ、喜んでもらえたなら何よりですわ」

 

 王女は籠の中の鳥だとよく揶揄されるが、まさにその通りだ。

 

 世界はこんなにも広く、面白く、素晴らしい。

 

「ルゥルゥ姉上がよく脱走していた気持ちが、ようやくわかりました」

「……そういえばよく脱走するらしいな、第一王女」

「こんなにも。……世界って、素晴らしいのですね」

 

 俺はベルカにホットワインを買ってもらい、レクチャリの甘味を楽しんだ。

 

 そして開けた大通りの片隅で、ブユルデストの市民と歓談して過ごした。

 

「ここが、わたしたちのまち。きにいった?」

「ええ、気に入りましたわ。良い場所ですわね」

 

 ここにいる人たちは、皆必死に生きているのだ。

 

 だけどヤイバン軍に負ければ、ここにいた人たちは王族の不手際で皆殺しにされていたかもしれない。

 

「ああ、ブユルデストはいい都市だ。皆が一丸となって、協力し合っている」

「……その通り」

 

 ────ベルカが守りたかったものは、これなのだろう。

 

 ベルカには、王族をコケにした責任を取らせねばならないが……。

 

 王族である俺は、ジスター伯の裏切りに気付けなかった責任を取らねばならない。

 

「明日は任せましたわよ。絶対に、この都市を守り抜きなさい」

「ああ」

「さすれば私の権限で、ベルカを許します」

 

 ベルカは責任を取って、援軍到着までブユルデストを守り抜く。

 

 そして俺も責任を取って、ベルカを庇う。

 

 ……まるで共犯者みたいな関係だな。

 

「お、なんですかアレ」

「ん?」

 

 ふと見ると、すでに日が沈みかけていて。

 

 通りの奥に、王宮の中庭では見たことがない、煌びやかな蝶が舞っていた。

 

 怪しげなピンクの光を放つ、幻想的な雰囲気だった。

 

「すごく綺麗ですわ~」

「げっ!!?」

「……あっ」

 

 声をかけてみると、蝶はヒラヒラとこちらに寄ってきた。

 

 すごい、夜にネオンのように光る蝶なんて、前世でも見たことない。

 

 俺はフラフラと、その蝶に近づこうとして、

 

「待てやめろ、アホか!」

「ぐぇ」

 

 ベルカに慌てて止められた。

 

「お前、あの蝶を知らんのか? 本気か?」

「え、ええ。知りませんけど」

「うわ、まじかー」

 

 せっかくなので捕まえて、ルリちゃんに見せてやろうかと思ったが。

 

 ベルカの反応を見る限りとっちゃダメな虫っぽい。

 

 毒でもあるのかな。

 

「ほ、本当に知らんのか。あー、えー、あれはよくない蝶でだな」

「毒とか持ってる感じです?」

「……そう! そういう感じだ、毒だ。だから近寄らずに逃げるんだぞ」

「へー」

 

 ベルカはしどろもどろになりながら、俺にそう説明した。

 

 確かに、昆虫は毒性が強ければ強いほど派手な色合いになると聞く。

 

 警戒色と言い、自分を食べると危険だよと体色でアピールしているのだという。

 

 あんなに派手な色なら、さぞ強い毒を持っているのだろう。

 

「にいさん。あっちにいこう、レクチャリのスープがうってる」

「そうだなルリ。さ、早く離れるぞリシャリ様────」

「あ、催淫蝶が逃げ出してる。やだわー」

「えっちねぇ」

 

 俺はベルカに従って、その場を離れようとしたが、

 

 近くを通りかかった女の子たちが、ピンクの蝶を見て変なことを言った。

 

 ……催淫蝶?

 

「あー」

「……ベルカ? あの蝶、本当はなんですの」

「いや、その、だな」

 

 俺が再びベルカに問うと、彼は困った顔をして。

 

 しぶしぶ、教えてくれた。

 

「鱗粉に、その、催淫作用があってだな。そういうお店で飼われている」

「……あー」

「この奥の通りはそういう店が多い。おそらく窓から逃げたのだろう」

「そばにくると、せいよくをもてあます」

 

 つまり媚薬みたいな使われ方してんのか、あの蝶。

 

「……王宮にはいないので知りませんでしたわ」

「そりゃおらんだろ、いたとしても王女の前には出さんだろ」

 

 ベルカはいきなり、王女にエロいもん指さされて『あれ何?』と聞かれたような感じか。

 

 悪いことしたな。

 

「お父様、最近子供が出来ないと嘆いていましたし。勧めてみましょうか」

「やめてやれ、実の娘にそんなもの勧められたら親は泣くぞ」

「あ、そんな扱い……」

「おげひんなちょうだよ」

 

 ……あのネオンみたいに綺麗な蝶が、そんな風に扱われるなんてなぁ。

 

 やはり見知らぬ文化を知るのは、面白い。

 

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