【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
────ジャルファ王子に気に入られて来い。
ジケイ兄上は俺に、はっきりとそういった。
それは、ただ機嫌を取れというだけの話ではない。
あわよくば『女性として』取入れということだ。
「確かに婚約者として、王子以上のお相手なんて存在しないけども」
ルゥルゥ姉上と違って、俺はまだ正式な婚約者が決まっていない。
なので万が一、ジャルファ王子から申し込まれたら即決だろう。
「初対面の相手を誑かすのは、さすがに厳しいですわ……」
自惚れではなく、俺の
だがジャルファ王子は、戦争の話をしに来ているのだ。
下手にモーションをかけると、機嫌を損ねる可能性もある。
兄上の言い方だと『絶対に誘惑しろ』って話ではなく、できればという感じだった。
誘惑するにしろ、ジャルファ王子がどんな性格か見極めないといけない。
「リシャリ様。お加減はどうですか。休憩いたしますか」
「まだ大丈夫ですわ!」
ジケイ王子から命令を受けて、およそ一週間後。
俺は騎士団長パウリックと、デケン帝国との国境へ足を運んでいた。
本来の俺の護衛であるタケルは、ヤイバンとの前線に駐屯してもらっている。
なので、今日はパウリックが代役として俺を守ってくれるのだ。
「パウリックはジャルファ王子はどんな人か、知っておられますか」
「悪い噂は聞きませんな。公明正大で、頭が切れる王子だと聞いております」
「ふむ」
話を聞く限り、女を食い散らかすタイプのドラ息子ではなさそうだ。
半端な色仕掛けは、逆効果になりかねないかもな。
「婚約者などはおられるのですか」
「……申し込みは数知れず、でしょうな。ただ、まだ未定の様子」
「まだ決まっていないのですか」
「デケン帝国の跡取り候補であるが故、縁談は慎重に進めているそうです」
「ふむ」
ヤイバン侵攻の視察に選ばれるくらいだから、ジャルファ王子はそれなりの帝位継承序列にいるのだろう。
だから縁談は慎重に、ということか。
「リシャリ様は、ずいぶんジャルファ王子に興味があるのですね」
「兄上に隙あらば狙うよう、命じられておりますの」
「ああ……」
王子の機嫌を損ねないのが、絶対条件。
あわよくば気に入られて、婚約を申し込んでもらう。
……考えるだけで気が滅入りそうになるミッションだ。正直なところ、憂鬱だった。
「恋にかまけるのであれば諫言するつもりでしたが、不要でしたな」
「私がそんな姫に見えて?」
「いえ。……恥ずかしながら、まだリシャリ様のことをよく知りませんで」
パウリックはそう言うと、決まりが悪そうにそっぽを向いた。
確かにルゥルゥ姉上は恋にかまけるタイプだしな。
忠臣として、釘を刺しておきたかったのかもしれない。
「そういえばパウリックとゆっくり話をするの、初めてですわね」
「ええ、そうですな」
「どうして今まで、ほとんど話したことがなかったのでしょう」
「私も男ですので、王女殿下の居住区には踏み入れませんからな」
それに、実はパウリックとの旅もけっこう気まずかった。
タケルの件で、彼に恥を掻かせたことは記憶に新しい。
パウリックは表向きこそ、俺を王女として立ててくれているが……。
内心で、どんな風に思っているのかは考えたくない。
「……パウリック。その、正直に言ってほしいのですが」
「何でございましょうか」
「私のことを、恨んでいます?」
「ほ? それは一体、どのような」
ネタと感謝のつもりで名付けた
ルゥルゥ姉上からは『姫の皮を被った悪魔』とまでこき下ろされた。
やり過ぎたかなと、俺も反省している。
「その。最近、元気がないように見えましたので」
「……ああ、そのことでしたか。リシャリ殿下にはお見通しですな、お恥ずかしい」
名誉を重んじる貴族が、王女からじきじきに悪評をばらまかれたのだ。
そりゃあ元気がなくなって当然。名誉挽回の機会を作ってやらねばと思ってはいた。
「私が、貴殿に恥を掻かせたからでしょう?」
「まさか、そんな。……そんなことで悩むほど、このパウリックは若くありませぬ」
騎士団長パウリックはそう答え、憮然と自らの貴族髭をさすった。
……口はそう言ってるが、内心では果たしてどうなのか。
「白状しますと、私の無力が辛かったのですよ」
俺がしばらくジっとパウリックを見つめると。
パウリックはポツリと、そう呟いた。
「リシャリ様は、誘拐されたラシリア王女の話を覚えていらっしゃいますか」
「ええ、まぁ」
「リシャリ様は、ラシリア王女によく似ているのです。王宮の庭で、土いじりをして遊ぶ様など瓜二つでした」
「ラシリア姉上も、土で遊んでいたのですか」
「ええ。天真爛漫で、わんぱくな王女でいらっしゃった。私に泥団子をぶつけてきたこともありましたな」
パウリックはそう言って、はにかむように苦笑した。
そして何かを思い出したのか、つぅと一筋の涙が壮年の男の頬を伝った。
「どうしても重なってしまうのです。リシャリ様は、ラシリア様と同じ瞳をしてらっしゃいますので」
「パウリック……」
「貴女が王宮の庭で遊ぶ姿が、まさにラシリア王女の生き写しで。自分の無力を、思い知らされるようなのです」
鋼鉄の騎士は、涙を見せまいとそっぽを向く。
そして、罪を打ち明けるように、
「告白いたしましょう。このパウリック、恥ずかしながらリシャリ様を避けておりました」
そう、涙声で話してくれた。
ラシリアは人懐っこい性格で、よくパウリックに一緒に遊んでとせがんだらしい。
彼もそんな王女の世話をすることが嫌ではなかった。むしろ楽しい時間だとすら感じていた。
「あまりにも似ているリシャリ様を……見るのが辛かった」
そんな可愛がっていたラシリア王女が、欲望に塗れた貴族に誘拐され二度と帰ってこなかった。
当時のパウリックの後悔と慟哭は、いかほどだっただろう。
以降、彼は異常なほど平民を嫌い、排斥する性格になったという。
「私は悲劇を繰り返さぬため、強くあろうと決意しました。鍛錬を怠らず、努力を重ねたつもりでした」
「パウリック……」
「ですが私なぞ、井の中の蛙。……何せ自分の娘ほどの歳の
パウリックは王宮騎士として修練を重ね、様々な改革を行った。
さらに次の世代のことを考え、愛娘ポーリィを徹底的にしごき上げた。
パウリックは自身の無力を嫌悪し、努力を重ね、人生をサリパ王国に捧げたのだ。
「国のため駆け抜けた我が人生。そこに後悔はございません。ですが私にも、ささやかで傲慢な夢があったのです」
「夢、ですか」
「それはポーリィが立派になった日、王から賜った国宝剣『ギルデバルド』を、騎士団長の地位と共に譲ることでした」
やがてパウリックは、サリパ王国最強の騎士としてその名を周辺へ轟かせるに至った。
無力な騎士だったパウリックは、ついに王の守護者として君臨したのだ。
そんな彼の自信と名誉は、
『審判さん、どうですか』
『……タケルの勝利です』
田舎から来た規格外の少年タケルに、宝剣ギルデバルドと共に砕かれた。
「とまぁ、それが私が落ち込んでいた理由です。結局のところ、私は強いつもりでいた無力な愚か者だった」
「パウリック……」
「タケルはきっと、優秀な護衛となるでしょう。彼は性根もまっ直ぐで、信じるに足る人間でした。彼がサリパに尽くすのであれば、私が頑張る必要などなかった」
「……」
「ほら、取るに足らぬ話でしょう? 無力さを見せつけられた傲慢な親爺が、凹んでいただけです」
パウリックはそう言って、情けなさそうに笑った。
その顔は決して、嘘をついているように見えなかった。
「だからご安心くだされ。私は決してリシャリ様に対し恨みなど……ないわけでは……いやないですぞ」
「ちょっと言い淀みましたね」
「……申し上げてよいなら、あの器具の名前だけでもなんとかなりませぬか」
そこは本当に、申し訳ない。
「ふむ。確かに宝剣ギルデバルドを砕かれたのは残念ではありますが」
「私の未熟の致すところ。申し訳ありません」
「ですがパウリックの頑張りは、無駄などではありませんわ」
パウリックの老後の夢は、ポーリィを立派に育てて跡取りにすることだったのか。
まぁ確かに、ポーリィさんは期待の若手株。これからどんどん、成長していくだろう。
だが、彼女は既に……。
「パウリック。今回の『龍殺し』は二名だと聞いていますか」
「……ほ?」
「あの場にいたならほとんどの者が、口をそろえてそう言うはずですわ」
今回の龍退治は、タケルがほぼ一人で成し遂げたと広まっているが。
『彼女』の活躍なくしてあり得なかった奇跡だと、数多くの人が目撃していた。
「タケル一人では、龍に勝てませんでした。そんな彼を助け、龍討伐に至らしめたのは、王宮騎士ポーリィの助力があってこそ」
「……我が娘が?」
「まだ本人には伝えていませんが……ポーリィさんも龍殺しの称号を得ることになるでしょう」
パウリックの愛娘、ポーリィである。
本来、龍退治は集団で挑むモノだ。そして成功したら、その全員に『龍殺し』の称号が与えられる。
ならば回復役として参加したポーリィさんも、『龍殺し』とすべきだろう。
「な、なんと。我が娘が、龍殺しに?」
「褒賞としてポーリィさんには、宝剣を与えることになりそうですわ」
龍の討伐なんて、サリパ王国では百年ぶりの快挙だ。
そして龍の死骸から採集された鱗や牙は、強力な武器の素材となる。
……
「パウリック。ポーリィさんは自らの戦果で、宝剣を手にするのです」
「オォォォ、オオォ」
「彼女を立派に育てたのは、どこの誰ですか」
その話を聞いたパウリックは、涙しながら破顔した。
彼が手塩にかけて育てたポーリィが戦果を上げ、国に認められたのだ。
「さすがはパウリックの愛娘ですわ。よくぞ、彼女を育ててくれました」
「あ……ありがたき、お言葉……」
「貴方の忠誠により、サリパは救われたのです。誇ってくださいな」
それは、パウリックが今まで国のため尽力した成果といえる。
タケル一人では国は救えなかった。
ポーリィさんがいたからこそ、ひいてはパウリックの尽力があったからこその勝利だ。
「これからも、その力を貸してください。私も、その忠義に応えて見せますから」
「……御意に。御意に」
俺はパウリックに、そう謝意を告げた。彼は黙って、感涙に咽ぶのみであった。
もしかしたら
こうしてパウリックと和解し、改めて臣下の絆を深めた後。
「デケン帝国からの、使節団が見えましたぞ!」
「おおー、すぐに向かいますわ」
五日ほど経って、ジャルファ王子の使節団がサリパ王国にやってきた。
俺は慌てて宿を飛び出し、外壁の彼方で歩く漆黒の集団を見つけた。
「出迎えに行きましょう。パウリック、供を」
「御意」
俺も王女だが、デケン帝国からすれば『地方領主の娘』くらいの立場。
王子の機嫌を損ねるわけにはいかない。俺は自ら外まで出向いて、礼を以て王子を出迎た。
「ジャルファ王子の降臨である!!」
やがて数百名の護衛と共に、黒曜石で彩られた豪華絢爛な馬車が門へ近づいてきた。
車を引く馬の毛並みはよく、筋骨ともによく育っている。
俺やパウリックはみな頭を伏せ、ジャルファ王子の言葉を待った。
「サリパ王国の皆様、出迎え、どうもありがとうございます」
やがて馬車が門の外で止まる。
そして金糸を振りまく衣装を纏った、若い男が馬車から姿を見せた。
「おお、そこにおわす美しいお方はもしかして」
俺はこっそり、上目遣いに男の姿を確認した。
そこには物腰柔らかで、甘いマスクの好青年が笑みを浮かべて立っていた。
「どうかこのジャルファに、名前を聞かせてもらえませんか」
「サリパ王国が第二王女、リシャリと申しますわ」
「やはり、そうでしたか。噂にたがわぬ美貌、息を吞む美しさ」
やはり、その好青年こそジャルファ王子だった。
短く整った金髪を揺らし、余裕たっぷりにほほ笑むその様子は、まさに王子様。
「お会いできて光栄ですわ。ジャルファ王子」
「こちらこそ。貴女と出会えた幸運、神に感謝を捧げましょう」
彼と握手に応じると、王子は花が咲いたように笑った。
顔立ちの整った、性格の良さそうな男性だった。
「リシャリ王女殿下。良ければ私の馬車に乗って話をしませんか」
「勿体ないお誘いですわ。喜んで」
彼は俺と挨拶を交わすと、すぐ馬車の中へと誘った。
一応、王子をもてなす宴席を予定していたのだが……。
「出来れば、早く先へ進みたいのです。急かすようで申し訳ありませんが」
「いえ。むしろご配慮に感謝いたしますわ」
戦争の話だし、のんびり宴会している暇はない。
とっとと城まで案内しろってことだな。
「では城までの先導のお役目を、我が忠義の騎士パウリックに頂けませんか」
「おお! そこの勇者はサリパ王国の騎士パウリック様でしたか。これは心強い、お任せいたします」
チラ、と俺はパウリックに目をやった。
彼はコクリと頷き、そのまま騎士団を引き連れ、集団の先頭に立った。
「このような美姫に出迎えていただけるとは、このジャルファ光栄の至りです」
「過分なお言葉ですわ」
「本来ならサリパ料理に舌鼓をうち、会談したいところですが。事態は急を要しますので、このままサリパ城まで突き進みましょう」
王子はそう言ってにこやかに、前進の号令を出した。
キビキビと周囲に命令を出す、理性的な王子という感じだ。
「リシャリ王女、馬車に誘った無礼をお許しください。いろいろと話が聞きたかったのです」
「はい、何でもお聞きくださいまし」
「ありがとう。聞くところによると貴女は、ヤイバン龍退治の瞬間に居合わせたそうだけど」
快活で、優しく、気さくで、ハキハキと話す好青年。
ジャルファ王子の第一印象は、ざっとそんなところであった。
だが彼の近くに座り、面と向かって話をして。俺は正直、ビビり散らかしていた。
「新たな英雄譚に、このジャルファは興味津々でしてね。ぜひ、詳細を聞かせていただけないか」
「ええ、わかりました」
────ジャルファ王子の瞳の奥が、淀んでくすんで何も見えなかったのだ。
俺が今まで社交界で培ってきた『その人物を見通す』感覚が、一切通じなかった。
「どこからお話いたしましょう」
「最初からでお願いします」
おそらく、これは
心の奥底を、綺麗に覆い隠し、見せない。自我を消して、話をしているのだ。
ここまで腹の内が探れない人に、会ったことがない。
「では、私が自ら攫われた時の話でも致しましょうか」
「おお? それは一体、どういうことですか」
俺も表面上は、嬉々として話に応じているが……。
予想外の強敵の登場に、冷や汗が止まらなかった。
何を言ってどう反応しても、全て王子のペルソナに吸収されのれんに腕押し。
「実は────」
コレの機嫌とって、取り入らないといけないの? 俺が?
仮に取り入れたとしても、怖くて結婚したくないんだけど。