【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
デケン帝国の王子、ジャルファの評判は王宮でも上々だった。
紳士的で、快活で、勇敢で、理性的。彼はそんな理想の王子の『仮面』を被り続けた。
「ルゥルゥ姫は聡明ですね。デケンに貴女がいれば、私はどれだけ楽だったか」
「そんな、買い被りですよ。でも、悪い気はしません」
ジャルファ王子の魅力は、ルゥルゥ姉上のお眼鏡にもかなったらしい。
社交界嫌いな姉上にしては珍しく、積極的に王子と歓談している。
ロウガ卿に比べても、その対応は明らかに好意的だった。
実際、王子はとても魅力溢れる人物だった。
メイドがうっかり水を零した時も、
「あっ、た、大変失礼いたしました」
「慌てないで、大丈夫ですよ。お怪我はありませんか」
と言って、ニコニコ笑って許してしまう。
……恥ずかしながら、サリパ貴族ならブチ切れていただろう。
「さすがはデケン帝国の王子」
「人としての出来が違ってらっしゃる」
王宮の執事やメイドも、そんなジャルファ王子に好感を抱いた。
見る者話す者に好感を抱かせる話術、底の見えない器。その性質はまさに皇帝。
「これで、百戦錬磨の指揮官というから素晴らしい」
「優しく勇敢で聡明、こんな人がこの世にいるとは」
……恐ろしいのは、ここまでの社交技術を持っている癖に、彼の本領は外交ではないということ。
ジャルファ王子はデケン帝国でも屈指の武闘派王子で、戦えば全戦全勝なのだとか。
噂によると『戦争の勝敗は戦う前に決まる』というのが彼の信条のようで。
絶対に勝てるような準備を整えて侵攻し、あらゆる敵に圧勝し続けてきたそうだ。
デケン帝国が大国であることを利用した、手堅い名将。それがジャルファ王子の評価だった。
ヤイバンへ侵攻する場合も、総大将はジャルファ王子の予定だそうだ。
彼は外交能力が高い、優秀な戦術家なのである。
「ジャルファ王子がデケン皇帝を継ぐなら安泰ですな」
「いえ、私などより優れた兄や弟がいますので」
だがそんな彼ですらデケン帝国では『後継ぎ候補の一人』にすぎない。
ジャルファ王子の兄弟には、もっと優秀な人がたくさんいるらしい。
「ただヤイバンを攻略できれば、父上も私を評価してくださるでしょう」
「おお、応援いたしますぞ」
とはいえ彼も、皇帝の座を狙っていないわけではないようで。
今回の戦いで戦果を上げ、序列を上げようとしているようだ。
「リシャリ姫、こんなところにおられましたか」
「これは、ジャルファ王子。ご機嫌麗しゅうですわ」
そんなジャルファ王子の晩餐会の振る舞いは、やはり達者だった。
空気も読むし、気が利くし、イヤ味ったらしい言葉は全くない。
サリパみたいな小国の晩餐会で、大国の王子がここまで謙虚に振舞えるのかと舌を巻いた。
「今日のドレスも、素敵ですね。まるで女神のようです」
「そんなに褒められると、照れてしまいますわ」
「照れた顔も素敵ですよ、リシャリ姫」
ただ相変わらず瞳の奥は濁っており、言葉の真意が読み取れない。
表面だけ見たら、好意的に接されているように見えるが……。
「夜空のどんな星々も、君の輝きには勝てません」
「まぁ……」
俺のことを誉めるたび、王子の瞳の濁りが濃くなるのだ。
心の底を探られまいという、王子の矜持を感じる。
セリフだけなら口説かれてるんだけど、感情がまったく感じられん。
……実際、俺は気に入ってもらえてるのかね。
「……そんなことを仰られると、勘違いしてしまいそうですわ。ジャルファ王子」
「おや、少し表現が刺激的すぎましたかね。私は本気なのですが」
照れたふりをして、ジっと王子の顔を見つめてみる。
見えるのは、人の良い王子の
だけど彼のこの雰囲気は、どこか既視感があった。
甘く優しい態度と口調で、彼が覆い隠しているモノの正体は……。
「……なるほど」
「リシャリ姫?」
見えた、『野心』だ。ジャルファ王子は胸の内に、大きな野心を抱いている。
今の王子は、猫を被っている時のジケイ兄上と同じ雰囲気なのだ。
ジャルファ王子の本性は穏やかな王子ではなく、獰猛なオオカミっぽい。
「恥ずかしいですわ。つい、見とれてしまいました」
「いえ、お気になさらず。貴女と見つめあえるなど、至福の至りでした」
デケン皇帝は既に老齢、今はその後継ぎを選定している最中と聞く。
そしてジャルファ王子は、サリパの支持を集めるため、謙虚で誠実に振舞っている……というあたりか。
「それでは、今日はこれで。お時間を頂きありがとうございました、リシャリ姫」
「ええ、どうかまたお声かけください」
だとすれば、今は王子の振る舞いに乗っておこう。
サリパの支持を集めたいなら、悪いようにならない筈だ。
「それと、最後に。喜んでくださいリシャリ姫、どうやらサリパの望む形になりそうです」
「我々の望む形……ですか」
「どうか、私の働きにご期待くださいね」
別れ際、彼は意味深に笑ってそう告げた。
サリパの望む形になる……、か。その言葉の意味は、俺にもわかる。
「ええ、信じておりますわ。ジャルファ王子」
「ありがとう。貴女のその言葉で、勇気が溢れてくる」
デケン帝国が、本腰を入れヤイバン討伐に動いてくれる……ということかな。
「おいリシャリ、話がある」
「何でしょうか、父上」
その日の晩。
寝る支度を整えていた俺の部屋に、
「デケン帝国は、動いてくれるそうだ」
「おお」
どうやらジャルファ王子が、軍を動かすことを決めてくれたらしい。
おそらく数か月以内に、デケン軍がヤイバンへ侵攻を開始してくれるという。
「ジャルファ王子は、お前のことを誉めていたよ。よくやってくれたな」
「恐縮ですわ、
「その兼ね合いで、俺はちょっと国を空けることになった」
「国を、ですか」
ただし戦後の領土割譲や、ドラズネストの領有権についてはまだ協議中らしい。
その辺は、改めてデケン皇帝と会談して決める方針となったそうだ。
「なるべく良い条件を引き出すためにも、俺自らデケンに乗り込んだ方がいい」
「なるほど」
「留守中の王務はサリオに、内政はジケイに任せる。リシャリ、お前には社交界の取り仕切りを任せたい」
「ふむ、社交界ですか」
「俺はしばらく帰れんだろう。その間、社交界を閉じるわけにはいかんからな」
デケン皇帝との会談は、長引きやすい。
皇帝のアポイントを取るのが、かなり大変らしいのだ。
その間の雑務は、こんな風に俺たちに振られるのである。
「お引き受けしますわ。このリシャリにお任せください」
「頼んだぞ」
特に社交界関連のお仕事は、俺に回ってきやすい。
ルゥルゥ姉上は、社交界をサボり倒しているからな。
「……ですが
「何だ?」
「デケンが動いてくれたと言うことは、その。前線は……」
「ああ、そのことか」
別に仕事を振られるのは構わない。王族として、なすべきことをするだけだ。
ただ心配なのは、前線にいるタケルたちのことだ。
「ああ、お前の予想通り。ヤイバン主力軍、レヴィグダードが前線に姿を見せた」
「やはりそうでしたか……」
俺の不安は当たっており、前線にヤイバン主力軍が姿を見せたらしい。
その精強さは、烏合の衆だったドラズネスト兵とは一線を画すという。
「……
「そうだな。お前には、教えておかないとな」
『敵の主力が見えた』という報告を聞いて、俺の心が少しざわついた。
タケルが簡単に負けるとは思わないが、パウリックが言う『弱点』を突かれてしまったら。
「タケル君が負傷し、入院しているそうだ」
「それはどういうことですかっ!」
国王は俺を、真剣な顔で見つめた後。
前線で起きた戦いの詳細を、おごそかに語った。
────白銀の騎士、レヴィグダード。
彼はサラリとした銀髪を束ねた、痩身長髪のおじさんである。
レヴィグダードの性質を端的に説明すると、彼は『防御特化』の騎士であった。
彼は兵士にしては珍しい、戦闘に不向きとされている『水属性』の魔法使いだ。
水属性は攻撃力が低いので、戦場では裏方に回されがちなのである。
しかしレヴィグダードは違った。彼は空中に、水を固定する技術を身に付けていたのだ。
水壁は意外に防御力が高く、投石程度であれば容易に受け止めてしまう。
どんな剛腕の兵士でも、彼の纏う水の防壁を突破できない。
どんな広範囲の爆撃も、彼に火傷一つ負わせられない。
そして柔らかいが故に、水の防御が壊れることはない。
魔力の続く限り無限に修復する『最強の鎧』となるのだ。
レヴィグダードはその防御力を生かし、戦車のように戦場を駆け回った。
これがヤイバン最強の男、レヴィグダードの戦い方であった。
しかし彼は二十年前、パウリックとの一騎打ちに敗れている。
パウリックは一騎打ちの最中に、その水鎧の修復に時間を要する事に気が付いた。
なので『
パウリックの突きで重傷を負ったレヴィグダードは、血を滴らせて逃げ出した。
しかしパウリックも消耗しており、追撃する余裕は残っていなかった。
戦の後には『次にレヴィグダードと戦ったら勝てるか分からない』と呟いたそうだ。
……この逸話からも、レヴィグダードが相当にやばい敵だというのは分かる。
「タケルは無事なのですか。傷はちゃんと治るのですか」
「落ち着け、ゆっくり話してやるから」
タケルの強さは、ある意味で初見殺し。
猛者が対策すれば勝てるというのであれば、レヴィグダードもタケルを殺せると言うこと。
「タケルは周囲の制止を聞かず、レヴィグダードに一騎打ちを挑んだらしい」
「……それで」
そして、俺の予想した通り。
タケルはレヴィグダードを見て、真っ先に勝負を挑んだようだ。