【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
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戦場に、野太い男の大合唱が木霊する。
荘厳な軍楽隊に囲まれて、銀髪の老騎士が先頭を行く。
『で、出やがった。レヴィグダードだ』
『ま、まさか本当に現れるとはね……』
息を呑むサリパ軍の前に姿を見せた騎士は、ヤイバンで最強と名高い将レヴィグダードだった。
彼が白銀の戦旗をはためかせ、両手を掲げて行進する様はまさに圧巻であった。
レヴィグダードの一挙手一投足に、ヤイバン兵が狂喜乱舞する。
それは、戦場に怪物が現れたという印象を付けるには十分だった。
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『う、うぅ。どんどん近づいてきやがる』
『どうしよう、
『何ですかあの曲』
サリパ兵は、その異様な光景を見て完全に怖気づいていた。
彼らはパウリックという『怪物』を知っているからこそ、レヴィグダードを恐れた。
その両雄の実力が拮抗していることを、何度も伝え聞いたから。
『あー、ロウガ将軍。僕、あの騎士と戦ってきてもいいですか』
『いけるか、タケル殿』
しかし、レヴィグダードを見ても顔色一つ変えない者もいた。
それはサリパに現れた新星、パウリックを打倒した戦士『タケル』だった。
『タケル。アンタの強さは分かってるけど。……油断しちゃだめよ』
『ですが、パウリック様ほどではないのでしょう?』
『そのお父様が、この世で最も危険視してるのがアイツなの』
正直なところ、タケルはレヴィグダードを侮っていた。
なにせレヴィグダードは一見すると、痩身の騎士なのだ。
目つきに覇気はなく、どこか頬もこけているように見える。
しかし、彼からあふれる魔力は……常軌を逸していた。
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『っ!! レヴィグダードが、剣鞘を掲げたわ!』
『ロウガ将軍。あれは、いったいどういう意図ですか』
『あれは……レヴィグダードが本気を出す時の儀式だ。やる気十分、ということだな』
レヴィグダードは周囲の合唱に応えるように、悠々と剣鞘を天に掲げた。
それを見たヤイバン兵たちは狂ったように雄たけびを上げ、鼻息荒く興奮している。
これはヤイバンの宗教において、死後の冥福を祈る祈祷だった。
すなわち、今から大量の敵を殺すため、前もって冥福を祈ってやろうという示威行為である。
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『な、なんて魔力量なの……ッ』
『肝が冷える。我が筋肉が、恐れおののいているッ』
レヴィグダードが掲げた鞘は、ただの儀式にとどまらない。
彼はヤイバン軍の士気を大いに高め、逆にサリパ兵の士気を大きく挫いた。
怪物が武威を示す、それだけで戦の情勢は傾く。
レヴィグダードは戦場における『自分の価値』を、よく理解していた。
『ま、まずいわ。しかも……今日のレヴィグダードの鎧が青銅色よ』
『青銅のレヴィグダードだと! なんてレアなんだ』
『……ロウガ将軍、それはどういう意図ですか』
『彼のお気に入りのカラーらしい。今日は機嫌がいい、つまり調子がいいということだ』
さらにその日、レヴィグダードは青銅色の鎧を着ていた。
彼は青銅色をよく好むそうだが、鎧に青銅を使うと強度が下がってしまう。
だからわざわざ鉄を青く染めているらしいが、色はすぐ剥がれるそうで、新品の時しか青銅色にならない。
青銅鎧のレヴィグダードが確認されたのは二年ぶりとのことで、非常に珍しいとの話だった。
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『それだけじゃない。よく見たらレヴィグダードのやつ、ツインテールにしてやがる』
『いつもはポニーテールなのに……もうおしまいよ』
『えっと、それはどういう?』
『彼は普段、長髪を一束に束ねている。……二つに束ねている姿を確認できたのは、パウリック様との一騎打ちの時だけだ』
『だからその意図は?』
彼は長髪を後ろに纏める性癖があった。
普段は一本に束ねポニーテールにしているが、今日はツインテールだった。
おそらく、最近髪を切っていなかったと思われる。
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『気を付けろ、タケル殿。……今日のレヴィグダードは、十年に一度の申し分ない出来に見える』
『熟成に熟成を重ね、コクのあるレヴィグダードに仕上がったに違いないわ』
『あの曲、さっきから同じフレーズしかないんだけど』
そんなレヴィグダードの様相を見て、緊張を隠せないロウガとポーリィ。
しかしタケルはまだ、レヴィグダードの脅威にピンと来ていないらしい。
『じゃ、じゃあ行ってきますね?』
『死ぬんじゃないわよ。……必ず、生きて戻ってきて』
『あ、ハイ』
タケルは周囲の制止を振り切り、大地を蹴って飛び出して。
パウリックと並ぶ『強敵』レヴィグダードへ戦いを挑んだ。
その日は、小雨が降っていた。
雨の日、水魔法使いの能力は大幅に強化される。
レヴィグダードも気合十分に、水鎧をまとって戦場に君臨していた。
そんな彼に真っ先に戦いを挑んだのは、若き少年タケルだった。
『御免ッ!!』
タケルは、農民出身の兵士だ。
一騎打ちの作法や、名乗りを上げる文化などを何も知らなかった。
『勝負を挑む、レヴィグダード!!』
『む、何者────!?』
正しく一騎打ちを挑むのであれば、タケルはレヴィグダードの前に出て、名乗りを上げるべきだった。
そして一礼し、拳を構え、決闘を始めるのが本来であった。
『恨みはありませんが、ぶっ飛んでください!』
しかしタケルは、名乗りを上げたりしない。一礼したり、宣誓したりもない。
タケルは真っすぐ、レヴィグダードに向かって走っていく。
……そんな彼の様子を、レヴィグダードはチラリと目で追うだけだった。
『おや』
タケルが踏み締めた右足が、地ならしを起こした。
土煙を切り裂くように、振り放たれたタケルの左拳が、騎士のどてっ腹に吸い込まれていった。
『……えっ!?』
『一騎打ちを挑むに、名乗りも礼もなしか』
戦場中に凄まじい破裂音が響き、水しぶきで地面が抉れ。
タケルの拳が、レヴィグダードの水の鎧に吸い込まれて、うねりを上げる。
『無作法な兵士がいたものだな。小童』
『僕の、打撃が……』
しかし、水がうねったのは数秒ほど。
ぽよん、と可愛い音を立てて、レヴィグダードの鎧はすぐに再生した。
タケルの一撃は、レヴィグダードの水鎧に無力化されてしまったのだ。
『だが、このレヴィグダードに突っ込んできた勇気は称えよう』
『うーん、どうしよう』
『今日の最初の首級は、貴様にしてやる』
その光景に、両軍とも驚愕した。
ヤイバン軍は、レヴィグダードに一人で突っ込んできたタケルの無謀に対して。
そしてサリパ軍は、タケルの一撃をも吸収したレヴィグダードの水鎧に対してだ。
『もう少し、勢いを付ければ……?』
『無駄だ。物理攻撃である以上、どうあがいても我が水鎧は突破できない』
彼の水鎧は、物理攻撃にめっぽう強かった。
ありとあらゆる打撃、剣撃、爆発までなんでも無効にしてしまうからだ。
レヴィグダードに有効な攻撃があるとすれば、雷のような魔法だろう。
タケルのような打撃を主体とする戦士では、決して彼に勝てない。
『せめて、我が奥義を以て葬ろう。受けてみよ、
『取り敢えず、三割くらいならどうだろ』
そしてついに、白銀の騎士レヴィグダードが剣を抜いた。
それはヤイバンに伝わる宝剣。レヴィグダードの魂ともいえる水御剣『みかがみ』。
彼はタケルを前にニヤリと笑い、青銅色に染まった大きな騎士剣が、閃光と共に姿を現し────
『えいっ』
『ぶべらっ!!!』
直後、ズゴォンと豪音が鳴り響き。
レヴィグダードは水飛沫をまき散らし、音速でくるくると後方陣地へ吹き飛んだ。
『ほ?』
『……三割だと、強すぎたかな』
見ればタケルが拳を突き出して、ちょっと困惑した顔をしていた。
彼の殴打で、レヴィグダードは吹っ飛んでしまったらしい。
『あー。死んでないよね?』
『え、ちょっと、あれ?』
そう、タケルはちゃんと学習していたのだ。
あのパウリックすら、手加減したタケルの一撃で再起不能になった。
だからレヴィグダードに対し、最初は気を使って軽く殴ったのである。
『ぬうりゃあああああ!!』
『うわっ! びっくりした!』
その手加減の成果もあって。
タケルの攻撃、その二発目を受けたレヴィグダードは悠然と立ち上がった。
全身ボロボロで、息も絶え絶えになりながら。
『油断した。さ、流石の俺も死ぬかと思ったぞ……』
『あ、まだ戦えそうですか?』
『このレヴィグダード、もう驕りはせん。最初から
立ち上がったレヴィグダードを見て、タケルは安堵の息を吐いた。
そんなタケルを睨みつけた白銀の騎士は、ごにょごにょと詠唱を始めた。
『レヴィグダード様がフォルムチェンジするぞ!! ちょっと待て、十秒くらい』
『あ、了解です。待ちます』
しばらく待っていると、レヴィグダードの水鎧がドンドン肥大化していった。
ブクブクと水を纏ったその様は、河豚にも似ている。
その防御力は、えらいことになっていそうだった。
『待たせたな……こいつがお望みのフルパワーだ!!』
『あ、ハイ』
だが、タケルの目に怯えはない。
むしろ、敵を『必要以上に傷つけないか』と気遣っているような態度だった。
『あの……、多分ソレも破れますけど。やります?』
『黙れ小童ァ!!!』
レヴィグダードは、良くも悪くも騎士であった。
タケルが苦手とする、卑怯な嵌め手や毒などを嫌う、正統派の戦士であった。
『やれるものならやってみろ! 食らえ、
『……あー。どうしよう』
だからこそ。
タケルはレヴィグダードを前に、欠片も負けるとは思っていなかったのである。
『はいはい、そこまで』
レヴィグダードは大渦を纏った剣を手に、タケルへ斬りかかろうとした。
しかしその剣が振り下ろされる前に、一人の少女の声が割って入った。
それは戦場には不釣り合いな、穏やかで静かな声だった。
『もうやめときなって、お父様』
『お、おい。どうしてお前が出てくる、レヴィ!』
タケルがその声の主を見ると。
年はタケルと同じくらいだろうか。
ブカブカの水色ローブを着て、楽し気に微笑む銀髪の少女が立っていた。
『言わなきゃ分かんない?』
『……っ!!』
『分かるよね』
ふよふよ、と少女の周りに水球が浮かんでいる。
少女の瞳は怪しく光り、好意を帯びてタケルを見つめている。
『ちょっと彼と、お話をしていい?』
その魔力の透明さは、美しさは、父レヴィグダードより澄んでいるようにみえた。