【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
デケン帝国は、この大陸における『覇権国家』だった。
人口も、技術も、戦力も、何もかもが世界最高。
その国力は、サリパはもちろん、ヤイバンとすら比較にならない。
『デケン帝の権威を、世界に知らしめよ』
そんなデケン帝国の悲願は、大陸の統一だった。
大陸全土をデケンの権威にひれ伏させ、デケンの領土としたかった。
そのため、デケン皇帝は周辺諸国に属国となるよう要求したのだ。
ヤイバンはその傍若無人なデケンの要求を拒否したため、交戦状態になっていた。
『我らサリパは、デケンの軍門に下ります』
『よかろう、では褒美にサリパ近辺の自治を認める』
『ありがたき幸せ』
一方で
サリパの国力では、デケンにもヤイバンにもかなわない。
ならばより強大な国であるデケンに尻尾を振るのは、当然だった。
しかしそれが、
デケンは、第一王女ラシリア王女を『興味本位』で誘拐した国だ。
デケン貴族の態度は横柄で、降伏に来た父を『弱小国の臆病王』と馬鹿にしたという。
心の内では憎んで、恨んでいてもおかしくない。
しかし父は感情を飲み込んで、デケン帝国に媚びた。
国民の平和と安寧を守るために頭を下げ、プライドを捨てた。
父がそんな苦汁を飲んだおかげで、サリパは大きく繁栄した。
デケンからの技術供与で、国民の生活レベルは上昇した。
生産力も強化され、国民が飢えなくなった。
いざとなればデケンの援軍があるという、安心も得た。
サリパはデケンとヤイバンの二国に挟まれ、いつ滅ぼされてもおかしくなかった。
父上は、次世代の育成も怠っていない。
第一王子サリオを教育し、王の器を身に着けさせた。
第二王子ジケイも要職に就け、サリオを支える体制を整えた。
……細かな欠点はあるものの、
父は何かの分野に突出して、高い能力を持っていたわけではない。
例えば武力ではサリオに、研究ではルゥルゥに、政治ではジケイに劣っていると思われる。
しかし父は王に必要な能力を、過不足なく持っていた。
一点特化ではなく、万能型の君主。
そんな父上を、俺たち四兄妹はちゃんと尊敬していた。
そしてこの名君に治められたサリパの未来は、明るいハズだった。
国王が旅立って、デケンの首都に到着するまでおよそ一か月。
サリパ国王が皇帝に面会を申請し、会談が叶うまでさらに一か月。
とうとう、国王とジャルファ王子は、デケンの皇居へ通されていた。
「ほう、ヤイバンを滅ぼす時が来たと?」
「はい、父上」
実はこの首脳会談は、かなり速やかに実現したほうだ。
デケン皇帝へのアポイントなど、年単位で待たされるのが当たり前。
申請からたった一か月で会談に応じるのは、異例であった。
それだけデケン皇帝も、ヤイバンに興味津々だったのだろう。
「サリパ国王よ、ヤイバンの情報は?」
「ご用意しています。資料はこちらに」
「読ませろ」
デケン皇帝はその報告を、うんうんと頷いて静かに聞いていた。
「ふむ。たしかにそれは、好機であるな」
「おっしゃる通りです、父上。今こそ出陣の時でしょう」
……そんなデケン皇帝は、果たしてどんな人物かといえば。
「然り」
背丈はおよそ二メートル、腰には大剣、背に大槍を背負って座る巨漢。
だが髪と眉は白まり、眼窩には深く皴の寄った、七十歳を超える老翁だ。
「ヤイバン以外の戦線はどうなっている。兵を動かす余裕はあるのか」
「ええ。今はどこも、落ち着いている様子です」
「そうか」
かつてデケン皇帝は、『
背の大槍を手に縦横無尽に戦場を駆け巡り、多くの戦いに勝利してきた。
その頃の覇気は老いてなお衰えず、猛禽類のような眼光は健在だった。
「勝てる、な。勝てる戦争だろう」
「おお、分かってくださいましたか父上」
「ならばジャルファよ、貴様に総大将を任せる。ヤイバンを
槍斬王の戦は、負け知らず。
デケン皇帝は、生涯で一度も負け戦をしたことがなかった。
勝てる勝負は積極的に、負ける勝負は避ける。そういう嗅覚を持っていた。
そのメリハリの妙こそが、デケンを大国足らしめたのだ。
「遠くから足労だったな、サリパの王よ。感謝せい、我がデケン軍が全てを終わらせてやろう」
「ははっ、陛下」
そんなデケン皇帝には、美学があった。
ただ勝つだけは、非効率的である。
絶望的な戦力差で一蹴してこそ、味方の被害も少なく効率的だ。
「私が出陣を命じたからには、勝利以外の結果は許さぬ。分かっておるな、ジャルファ」
「無論です、父上」
戦争の勝敗に対する嗅覚を持ち、常に勝てる勝負を挑み続けた槍斬王。
彼が出陣を許可したなら、勝利は決まったようなものである。
「ところで、サリパ国王よ。話は変わるが貴国の姫は、とても美しいと評判であるな」
「はい。二人の娘は、私の誇るところです」
デケン皇帝は機嫌がよさそうな顔で、そう話を変えた。
姫の話。それはすなわち、縁談の話である。
「ジャルファよ、実際に会ってどうであった?」
「はい。姉のルゥルゥは聡明で、妹のリシャリは愛らしい。噂通りの美姫でした」
「お前、そいつらをどう思った?」
「……好んでおります。とくに妹のリシャリ姫と、よく話が合いました」
サリパ国王はその会話の流れに、胸のうちで歓喜を覚えた。
人たらしの末娘リシャリは、他人の心に入り込むことにかけては天才である。
つまり、この流れはもしかして。
「ほう、ほう。ジャルファよ、貴様はリシャリ姫が好みだったと」
「恥ずかしながら、彼女ほど話して楽しい女性はいませんでした」
「実に良い。実に素晴らしい」
リシャリの嫁ぎ先として、ジャルファ王子以上の相手はいない。
もし、婚約の話があったとすれば……。
「サリパ国王よ。リシャリ姫に、婚約者などはいるのか」
「い、いえ。今、探している所でございます」
「そうか、未婚の姫か。であれば丁度よいな」
なんとしても逃すわけにはいかない。
サリパのためにも、リシャリのためにも、これ以上ない縁談話だ。
「ジャルファよ、顔を見ればわかる。相当に、リシャリ姫が気に入っておるな」
「……父上は何でもお見通しですね。おっしゃる通りです」
「ようし、ではもう一つ。ジャルファに命を下そう」
サリパ国王は平静を取り繕いつつ、胸を躍らせて。
余計な口を挟まず、ただ会話の成り行きを見守っていた。
「サリパも滅ぼしてこい」
「────は?」
直後。
国王はデケン皇帝から発された命令に、目を見開いた。
「え、ちょ。はい? 父上?」
「聞こえなかったか、ジャルファ」
その言葉に驚いたのは、ジャルファ王子も同じだった。
表情を崩さないジャルファが、珍しく動揺を顔に出していた。
「サリパを滅ぼし、そのリシャリを捕らえるのだ。それが、貴様が皇帝になるための試練」
「あ、えっと」
「ジャルファよ。王たるもの、誰かを気に入ってもいいが、惚れてはいかん」
サリパ国王も、ジャルファ王子も、ぽかんと口を開けたまま。
そのデケン皇帝の『意味不明』な命令に、呆然としていた。
「サリパを滅ぼし一族を皆殺しにすれば、そのリシャリ姫はさぞお前を恨むだろうな」
「そ、それは、当然では」
「その状況でリシャリを誑かし、奴隷のごとく臣従させろ。皇帝を継ぐのであれば、それくらいの求心力が必要なのだ」
その口調は、態度は、冗談には見えない。
デケン皇帝は当たり前のように、サリパを滅ぼしてこいと命じた。
眼を見開き、唇を震わせるサリパ国王に見向きもせず。
「……失礼ながら、父上。その戦いの意味は、なんでしょう」
「弱者の淘汰である」
デケン皇帝はそう言って、蔑んだ目でサリパ国王を見た。
「ジャルファよ。媚びへつらいが上手いだけの男など、信用するな。いずれ国を亡ぼす癌になろう」
「なっ、わ、我々サリパはデケン帝国に反意など抱いては」
「強者に媚びる者は、他の強者に脅されれば従うのだ。……サリパは信用できん」
そう。最初からデケン皇帝は、サリパ王を信頼していなかった。
今は滅ぼせないから、形だけは味方だから、泳がしていただけ。
「ど、どうかご冗談をおやめください。このサリパ王、小心者ゆえに震えが止まらぬのです」
「冗談に聞こえるか、惰弱なサリパ王」
「どうかお考え直しを。サリパは良いところです、残しておけば必ずデケンの役に立ちます」
サリパ国王は、デケン皇帝の声色に本気を感じ取っていた。
それでもなお、必死で笑顔を作ってこびへつらった。
「それほど良い場所なら、自分で守れ。我がデケン軍を撃退してみよ」
「そんな、デケン帝国とは力の差がありすぎましょう」
「貴国が怠慢で弱いのが悪いだろう」
……そんなサリパ国王の様子を見て。
デケン皇帝はますます、失望したような顔をした。
「文句があるなら抵抗せよ。抵抗できぬなら死ね。野生の兎が、虎を前にして『貴方は強すぎるので食べないでください』とほざけば、どう思う」
「我々はデケン帝国に恭順を……」
「媚びるだけの小物など配下に不要だ」
デケン皇帝の言葉の直後、無数の騎士の刃が、サリパ国王の首元へ向けられた。
サリパ王は顔面を蒼白にして、肩をすくめて膝をつく。
「媚び、へつらい、抗う気概もない小物よ。我はそんな貴様がずっと、嫌いだった」
「そ、そんな! それはあんまりです、デケン皇帝!」
実際のところ、それはデケン皇帝の個人的な好き嫌いだろう。
武人肌だったデケン皇帝は、サリパ国王の行いが小物にしか見えなかった。
だからいざというときは裏切るに違いないと、確信していた。
「情けない男だ。応戦する気概もないか」
「私は……デケンと戦うつもりなど……っ」
「デケンが求むは強者のみ。小物に、我が旗下は名乗らせん」
震えるサリパ王を見て、デケン皇帝は嘲笑を浮かべたあと。
ふと、思い出したような顔になり、
「だが、息子の成長の糧となることには礼を言おう。リシャリ姫とやらは存分に利用してやるさ」
「貴方は……、お前はァ!」
きょとんとした顔で、感情のこもっていない謝辞を口にした。
「さて、話は終わりだ。おいジャルファ、貴様がやってみよ」
「……は、はい!」
デケン皇帝のその『命令』に、ジャルファ王子はハっとすると。
額から汗をぬぐい、瞳からスっと光を消した。
「……了解です、父上」
「ジャルファ、王子ッ!」
ジャルファ王子は剣を抜くと同時に、いつもの仮面を被りなおしていた。
今までずっと歓談していたサリパ王を、命令一つで殺す覚悟。
これがデケンの、教育。これがデケンの、帝王学。
皇帝とは孤独で、強くあらねばならないのだ。
「サリパの王よ。恨みはないが、デケンのために死んでくれ」
「貴様らぁあああああッ!!」
王子は無表情に剣を握り、サリパ国王の首筋へ構えた。
彼の顔にはもう、迷いも動揺も残っていなかった。
「よしよし、良い顔だジャルファ。貴様はきっと、我を継ぐ器になれる」
「ありがとうございます、父上」
そして、一切のためらいもなく。
ジャルファ王子は金髪を揺らし、サリパ国王へ刃を振りぬいた。
「────ふむ、交渉は決裂ですな」
次の瞬間、高い金属音が皇帝の間に響き。
ジャルファ王子の剣が音を立てて、カランと床に砕けて落ちた。
「ご無事ですか、我が主」
「────なっ!?」
王子が目を見開いた刹那、突風が謁見の間を駆け抜けた。
同時にばたり、ばたりと護衛が血を噴き出し、ガランと重苦しい音を立て倒れる。
「命令を待たず動いて申し訳ありません」
「……パウリック!!」
見ればいつのまにか、鋼鉄甲冑を纏った騎士がサリパ国王を抱いていた。
貴族髭を逆立たせ、憤怒の表情を浮かべ、恐ろしい殺気を放って剣を構えている。
────それは、サリパ最強にして世界最高の騎士パウリックその人だった。
「馬鹿もの! どうしてパウリックが侵入してきている!」
「こ、皇帝陛下! 謁見の間の前の兵士が、皆殺しにされています!」
「馬鹿な!」
サリパ最強の騎士団長パウリックは、耳が良い。
彼は部屋の外から、謁見の間で起きたことを把握していた。
そしてギリギリまで国王の交渉を見守っていたが、ジャルファ王子が剣を抜いたため乱入を決断した。
「……退きます、よろしいですか国王」
「すまん、助かったパウリック」
彼が大暴れすれば、デケン皇帝に刃が届いたかもしれない。
しかしパウリックは、サリパ国王の安全を優先し撤退することにした。
「追え、逃がすな! 我がデケンの精鋭よ、ここで仕留めて見せろ!」
「了解!」
パウリックが逃げるそぶりを見せると、デケン皇帝は追撃を命じた。
……だが彼はパウリックの実力を、過小評価していたのだろう。
「う、うわあああ!」
「剣が速すぎて見えないっ」
デケン兵の槍や剣は、藁のごとくパウリックの剣技にへし折られていく。
パウリックの剣は万夫不当。彼と比肩する戦士が、護衛の中にいるはずもない。
「おのれええええ!!」
デケン兵も意地を見せ、懸命にパウリックへと斬りかかった。
しかし、傷一つ付けられぬうちに、次々と首を両断される。
「ウーム、強い。あれが巷に聞く、サリパ最強の騎士団長パウリックか」
やがて鋼鉄の騎士は国王を抱いたまま、皇居を血まみれにして逃げ去った。
その強さを見てデケン皇帝は怒るのではなく、むしろ興奮して目を輝かせていた。
「いかがしますか、父上」
「関所を封鎖しろ。あの二人を国外に逃がすな」
噂には聞いていたが、サリパという小国にこれほどの人材がいようとは。
サリパ王国の守護者、世界最強の男、人類を超越した戦いの化身。
そう名高いパウリックの実力は、噂通り一線を画すものであった。
「掃き溜めに鶴とは彼のような人物を言うのだろう。デケンに生まれておれば……、勿体ない」
「さすが、音に聞こえたサリパの大英雄ですね。まるで剣筋が見えませんでした」
「いや、まったく。……惜しいな、何とか恭順させられんかな」
デケン皇帝は、優秀な人物に目がなかった。
パウリックという輝かしい英雄を前に、蒐集欲が湧いたらしい。
「パウリックが帰還せぬうちにサリパを滅ぼせ。帰る国がなくなれば、いくらでも説得も出来よう」
「了解しました」
「いやあ、甘く見ていた! パウリックの強さ、惚れ惚れしそうである!」
デケン皇帝は機嫌がよくなり、たくさん護衛を殺されたにも拘らず、大きな声で笑った。
彼は媚び諂う輩を嫌うが、『勇気ある者』をよく好む。
忠義に厚く、冷静沈着で、実力を伴ったパウリックはデケン皇帝が大好きなタイプであった。
「ぜったいにパウリックを逃がすな。あの
「はい」
「あとはリシャリとやらを捕え、人質にして恭順を迫ってやろう」
欲しいものは絶対に手に入れるという、デケン皇帝の悪癖が出た。
彼の鶴の一声で、サリパへの侵攻が即決されてしまった。
「リシャリ姫以外に、生かしておく人物はいますか」
「おらん。パウリックのほか、サリパ王国にろくな人材などいまい」
だが、デケン帝国において皇帝の言葉は絶対。
ジャルファ王子はデケン皇帝の命令の通り、サリパへ侵攻する準備を整えた。
「お任せ下さい。サリパの攻略など、半日で終わらせて見せましょう」
「ああ」
デケン帝国という、恐ろしく強大な敵による侵攻。
ヤイバンという大国と戦争中に、不意打ちでデケン帝国から背後を突かれ侵攻される。
……それはどうあがいても、滅亡は免れない状況だった。
これが弱小国の立場である。
このデケンによるサリパ侵攻は、気まぐれに近かった。
デケン皇帝の機嫌がいい日に会談していたら、結果は大きく違ったかもしれない。
「……すまない、リシャリ姫」
皇帝がちょっと気まぐれを起こしただけで、国ごと吹き飛ぶ。
それがいかに理不尽で横暴だと騒いでも、文句をつけるだけの武力がなければ『敗者の戯言』である。
その残酷で悲劇的な運命の渦、その中心にされたのは────
「君との会話は本当に、本当に。楽しく、思っていたんだ」
愛嬌が取り柄の第二王女、リシャリその人であった。