【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
「……は?」
会談から、およそ一週間後。
一通の手紙が、伝書鳩によりサリパの主都に届けられた。
────デケン皇帝、サリパとヤイバンに同時侵攻を命ず。
────皇帝は和平交渉を拒否、ただ無意味な虐殺を求めた。
────すぐに防備を整え、大軍を防ぐべし。
その書状は他ならぬ
「待て、待て。何だ、その頭のおかしい皇帝は!」
戦争より無駄な経済活動は存在しない。
生産性は落ちて、働けない負傷者が増え、治安も悪化する。
避けられる戦争を避けるのは、政治家にとって常識だった。
「こっちは属国だぞ!」
なので恭順しておけば、普通は侵攻されない。
ヤイバンを滅ぼすついでにサリパを攻めるなんて、デケンが損をするだけ。
しかしデケン皇帝は、その損を『息子の教育費』と割り切ったのである。
「デケン皇帝……、頭が蛮族そのものじゃねぇか」
残念ながら、デケン皇帝は政治家ではなかった。
戦いで領土を増やし続けた、戦場しか知らぬ『武人』だった。政治に関しては、彼の部下が仕切っていただけ。
デケン皇帝は『従属させないと信頼できない』という野生動物のような感覚で生きていた。
「……っ、いや、これは」
この絶望的な情報は、次期国王であるサリオ兄上ではなく、まずジケイ兄上に伝えられた。
内政において彼が、中心人物として扱われていたからだ。
「王族を全員、会議室に集めろ。今すぐに!」
「りょ、了解しましたジケイ様」
国王がいない今、表の君主はサリオ、裏の君主はジケイである。
しかしまだ十七歳の彼に、この一大事は手に余った。
「以上が、書に記されていた内容だ。父上の字で、割り印も合致した」
その知らせが届いてまもなく俺は兄や姉とともに会議室に呼び出された。
なので
「────嘘でしょ」
状況を聞いたルゥルゥ姉上は、顔を青くして声を震わせていた。
多分、俺の顔も真っ青になっていたと思う。
「伝書鳩によると、もう出征の準備を始めているらしい。おそらく、一か月以内に侵攻してくるだろう」
「早すぎるわ!!」
デケン軍の侵攻は、迅速だった。
すでにサリパ首都へと進軍する準備を整え始めているらしい。
「う、うちの主力軍ってドラズネストに駐留させてるでしょ。他の戦力なんて、あるの」
「……もう残ってない」
一方で、サリパ国内の防衛戦力はほぼゼロだ。
正規軍を、ドラズネスト戦線に投入してしまったからである。
「じゃあ、降伏するしかない。抵抗せず、頭を下げて────」
「最初から降伏してたんだよ、俺らは」
ルゥルゥは声を荒らげ、ヒステリックに叫ぶ。
そんな彼女に、ジケイは険しい顔で言葉を返した。
「今奴らが攻めてきてるのは、ただ『侵略したいだけ』なんだ」
「何なのよその連中!」
ルゥルゥは、その不条理を喚き散らした。
デケン帝国は侵攻に当たり、何も声明を出さず、要求もないそうだ。
彼らは利害目的で、攻め込んできたのではない。
「やつら、サリパが気に入らないってだけで攻めてきたんだよ」
「馬鹿じゃないの!! そんなのって、そんなのって!」
デケン帝国は大国だ。だから、自由がある。
弱小国を、好きに踏みにじる自由を持っていた。
……そんなデケンの横暴に、ルゥルゥ姉上は目を見開いて絶叫するだけだった。
「ジケイよ。では、
「サリオ兄さん」
一方でサリオ兄上は、ルゥルゥほど取り乱してはいなかった。
内心は穏やかでないだろうに、焦りをまったく表に出してはいなかった。
「逆に聞くけど、サリオ兄さんはどう思う? 俺たちは何をすべきだ?」
「……
「アンタが次期国王だ、この場で一番の権力者だ。アンタが決断するんだよ」
サリオ兄上は無表情に、机に肘をついて悠々と座っていた。
彼は
何か、状況を打開する秘策があるのかもしれない。
「無論、応戦だ。民を守るため、戦うのが王の務めである」
「どっから兵を引っ張ってくんの。正規兵は全員ドラズネストだよ」
「ここで徴兵するしかあるまい。訓練が出来ておらず、兵士の質は低いが仕方ない」
「兄さんに聞いた俺が馬鹿だった」
しかしそんなサリオの返答を聞いて、ジケイ兄上はため息を吐いた。
ルゥルゥ姉上は頭を抱えており、俺はおろおろと左右を見渡すのみ。
「首都の人を全て集めても、兵力は雀の涙。デケン軍に蹴散らされて終わりだよ」
「……ふむ」
……この時。俺とサリオ兄上は、ルゥルゥやジケイと認識が違っていたのだろう。
俺も兄上も『やばい状況』とは認識しているが、『終わっている』と考えていない。
心の何処かで、『何とかなるんじゃないか』という考えがあった。
「貴様の言う通り、吾は馬鹿ものかもしれん」
第一王子サリオは、武人気質の青年だ。
彼はジケイほど、頭脳や武術の才能はない凡人だ。
「であれば教えてくれ、ジケイ」
ジケイとサリオ、二人の関係は険悪だった。
しかしそれは、サリパ王の継承者争いをしているから……ではない。
「貴様が王であれば、この状況どうする?」
「どうしようもないよ!!」
状況を理解できていない兄サリオに、弟ジケイは絶叫した。
「圧倒的な戦力差で勝ち目はない! 相手の目的が意味不明だから交渉も出来ない! そもそもヤイバンと戦争中! このままじゃサリパは戦争の緩衝地帯みたいに扱われ、草一本も残らない!」
「……ならば、希望を捨てず戦うべきではないか」
「その希望がないって言ってんだよ!!」
ジケイ兄上は冷静さを投げ捨て、声の限り絶叫した。
ジケイは兄が嫌いだった。
兄サリオの発言は、いちいち『浅い』のだ。
しかしそれを揶揄し、指摘すると、
『そこまで言うなら貴様が王を継げばいいだろう』
と不貞腐れてしまうことが多々あった。
ジケイははっきり言って、サリオを見下していた。
ジケイは王位に興味などない。人前に立って演説するなど面倒くさい。
サリオは
だというのにこの兄は、ジケイが仕事をサボる度に、
『貴様はどうして真面目にやらんのだ。性格がまともなら、王にもなれただろうに』
と、何度もいらない注意をしてくる。
うざいことこの上ない。王の椅子はお前が座っていろ。
難しいことは全部俺がやってやる。お前はただ、祭られていろ。
ジケイは、兄に対してずっとそんな不満を持っていた。
「兄さんには分かんないだろ! どうせ、頑張ればなんとかなるとか考えてるんでしょ!」
「ああ、すまんな。吾には、まだ分からん」
「馬鹿につける薬はないね! じゃあ兄さんのやりたいよう、とっとと徴兵に行くがいいさ!」
この時のジケイは、自暴自棄だった。
無理難題を前に心が折れ、縋った兄サリオの発言は浅薄で、望みを失っていた。
「ジケイよ。お前は吾より聡い、それはよくわかっている」
「あー、そうだね」
「であれば、吾より聡いお前が、黙って国を捨て逃げ出さない理由は何だ?」
一方でサリオは、なぜかどこか『嬉しそう』で。
「お前が『詰み』だというなら、詰んでいるのだろう。であればなぜ逃げない?」
「うる、さいな」
「吾は嬉しいのだ。……そうか、お前もちゃんと国を愛しているのだな」
「はああ!?」
この非常事態に、弟のジケイが即座に逃げ出さなかったことを、暢気に喜んだのである。
「すまん、ジケイ。兄の不出来を許してほしい」
「な、何だよ。改まってさ」
「お前の頭脳を貸してくれ。この絶望の中、ジケイの頭脳で僅かにでも可能性がある道を示してくれ」
そのサリオの言葉に、ジケイ兄上もルゥルゥ姉上も、唖然と口を開くのみだった。
兄サリオがこんなに穏やかな声で、ジケイに語り掛けることなど一度もなかった。
「頼む」
……その兄の言葉を受け、ジケイは小さく拳を握りしめた。
そしてようやく『冷静になって』、今解決しないといけない問題の山に向き合った。
「……サリパが生き残るには、俺たち全員で動かないといけない」
「ほう!」
「全員が満点以上の結果を叩き出せたとすれば、百に一つくらい勝てるよ」
それが夢物語であることは、ジケイ自身も分かっていた。
きっと俺たちに希望を持たせるために、無理やり捻りだした作戦だろう。
「兄さんはドラズネストの正規軍と合流して」
「ふむ、どうしてだ?」
「正規軍を、デケン戦線に移動させるためだ。兄さんが行かないとヤイバンの工作を疑われ、初動が遅れる」
「ほう、たしかに」
「戦力差は厳しいけど、正規軍を率いて気合でデケンの侵攻を防いで」
「はっはっは! 気合で何とかしろと来たか!」
デケン帝国が本腰を入れて動くとすれば、おそらくサリパ王国との戦力差は十倍以上。
一人で十人を殺すペースじゃないと、戦争に勝てない。
相当な無茶だが、それくらいしてくれないとサリパは助からない。
「それとルゥルゥ姉さんは。……姉さんは、港町アナトに急行してほしい」
「ふぅん。私は、兵站を管理しろってこと?」
「その通り。正規軍に滞らず物資を届けて欲しい。難しい頼みだけど……」
そして大軍は、無計画に移動させられない。
大移動するには兵站を形成し、正確に輸送していく必要がある。
ジケイ兄上はその役目を、ルゥルゥ姉上に振った。
「姉さんなら、上手くやってくれるでしょ」
「ええ、任せなさい」
輸送計画を練るには、相応の頭脳が必要だ。
この急場で正確な計画を立てられる、聡明で理知的な人物。
……それはジケイ本人を除けば、ルゥルゥしかいなかっただろう。
「……」
「何を思い詰めた顔してるのよ、ジケイ」
「姉さん、それとアナトに向かう際なら、言っておかないといけないことがある」
しかしジケイ兄上は一瞬、ルゥルゥ姉上の派遣を躊躇った。
その理由を、この時の俺は気付けなかったが……。
「その、姉さん。それと万が一の時、なんだけど」
「あー、大丈夫。言わなくて良いわ」
ジケイ兄上は、同じ『天才』であるルゥルゥに心を開いていた。
会話のレベルが噛み合って、怠惰さも許容してくれる姉に懐いていた。
「ちゃんと
「……ごめん、姉さん」
「仕方ないわよ。私だって、王族だもん」
ルゥルゥ姉上は、どこか覚悟を決めた様子でその役目を首肯した。
そんなルゥルゥを、ジケイは胸が張り裂けそうな顔で見ていた。
「で、最後にリシャリ」
「は、はいですわ!」
「お前が一番、重要な役目だ」
最後にジケイは、俺に向き合った。
その瞳はいつも以上に、切羽詰まっていて獰猛だった。
「……リシャリ、今の状況で味方になりうる勢力はどこか分かるな」
「味方、ですか」
それは普通なら、無理筋な交渉だ。
百回交渉したら、百回鼻で笑われるだけ。
「あ、まさか兄上」
「そのまさかだ、リシャリ」
俺は兄上の命令を察し、冷や汗を垂らしたが。
確かにこの状況で、サリパが生き残るにはソレは不可欠だった。
「ヤイバンに乗り込んで、停戦して来い」
「……」
そう、もはやヤイバンと戦争している場合じゃない。
数十年来の『宿敵』であるヤイバンと、共闘しなければならないのだ。
「あの、今まさに殺し合いをしている最中では」
「ウチとの共闘は、ヤイバンにもメリットはある。そこを突け」
どの面を下げて、そんな交渉に向かえばいい。
そんな都合が良すぎる話を、纏められるだろうか。
「ヤイバンが征服されたら、ウチも滅びる。ヤイバンにも生き残ってもらわないと困る」
「はい」
「ほぼ詰みに近い状況だが、お前という外交爆弾が機能すればあるいは……」
ヤイバンが滅ぼされた時点で、サリパに勝ち目はなくなる。
周囲がまるごと
「全然時間が足りないから、交渉を即決させろ。出来れば一日以内だ」
「……」
「お前にしか出来ん。やれるか?」
こんな交渉、門前払いで首を落とされても不思議ではない。
それをたった一日で、交渉を纏めろだと? そんなもの、
「やってやりますわ!!」
無茶が過ぎるが、やるしかない。
「……馬車を用意する。今すぐヤイバンに飛べ、リシャリ」
「お任せあれ!」
話を纏められねば、サリパが滅びるのだ。
俺は半ばヤケクソで、ジケイ兄上の命令に首肯した。