【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
ジケイは王族会議において、勝利条件の明言を避けていた。
……サリオもリシャリも、どれほど無謀な状況なのか理解してしまうからだ。
「ジケイ様。徴兵を行っているのですが、国を捨てて逃げる者が後を絶ちません」
「やっぱり、集まんねーか」
『何となくまずい状況なのが分かる』のと、『もう勝ち目など残っていない』のでは、モチベーションが変わる。
サリオにもリシャリにも、十二分にパフォーマンスを発揮してもらわねばならない。
詳細を語るのを避けるほどに、サリパの勝利条件は過酷だった。
「ジケイ様、国庫からごっそり金がなくなっています。恐らく誰か持ち逃げを……」
「犯人捜しは後でいい。
「……御意」
デケン帝国とサリパ軍の兵力差は、およそ十倍と推測されていた。
厳密に言うと、『低く見積もったら』十倍差で済むという推測である。
実際の兵力差は、さらに大きい可能性の方が高かった。
「あと三日、ギリギリまで粘って兵を集めてくれ」
ジケイも徴兵を行ったものの、一人十殺を行わないと勝てない。
罠に嵌めるか奇策を成功させないと、勝ち目は薄いだろう。
しかも、サリパ王国の守護者パウリックは未だ帰ってきていない。
それだけでも、相当に厳しい条件だのだが……。
「この戦線くらいは、何とかなってくれないと困るんだよ」
しかし、この『対デケン戦線』はむしろマシな関門なのだ。
正規軍はかなりの練度だし、それを率いるロウガも手堅い名将。
さらに、タケルやポーリィという次世代のエースも追従している。
何とかなる可能性は、比較的マシだとジケイは考えていた。
「……ヤイバン軍は、依然としてサリパ軍を猛追しています。正規軍の被害が、馬鹿になりません」
「リシャリはまだ、向こうに着かないのか」
「おそらく、明日以降になるかと……」
第二の関門はヤイバンと停戦に成功し、かつ『ヤイバン側もデケン軍に勝利する』こと。
ここの可能性は完全に未知数、外交爆弾がヤイバンに通用することを祈るのみ。
ヤイバンが滅ぼされたら、味方のいないサリパは捻り潰されるしかない。
サリパが今後も生き延びるには、ヤイバンとの協調が不可欠なのだ。
「賢くあってくれよ、ヤイバン……」
ジケイが最初『詰んでいる』と考えたのはこれが理由だった。
ヤイバンとサリパは、数十年ほど敵対関係にあった。
そんな険悪な関係で、いざ窮地に陥って『助けてくれ』と尻尾を振りにいくわけで。
蹴られて当然、即日リシャリの首を送り返されてきても不思議ではない。
もちろんヤイバンも、共闘した方が勝率が高いことくらいわかるだろう。
だがヤイバンを客観的に見て、サリパと停戦できるほど頭の良い国には見えなかった。
「頼むリシャリ、ヤイバンにも守りを固めて貰わないと困るんだよ……ッ」
これが纏まる可能性があるとすれば、サリパの
ならばあの人たらしな妹なら、この無理な停戦を纏めてしまうんじゃないか。
そこに一縷の希望にかけて、ジケイはリシャリをヤイバンに派遣したのである。
「……港町から、連絡は?」
「今のところ、ありません」
そして、まだ関門はある。
三つ目の関門、何ならこれが一番『厳しい』関門だ。
サリパ側の努力ではどうしようもない、天運が味方するかどうかの、神のみが知る関門だ。
「ルゥルゥ、姉さん」
ジケイは祈るような声で、港町に向かった姉の姿を想起した。
港町アナトは貿易の盛んな、東寄りにある海に面した街だ。
赤身魚の漁獲量が多く、毎年春には収穫祭が開かれて多くの観光客でにぎわう。
また酒の名所でもあり、船乗りが愛飲する質の高いラム酒やウイスキーが生産されている。
そんな港町アナトは交易が盛んで、各地と貿易をしている。
主都を除き、サリパで最も栄えている街といって過言ではなかった。
────ただし、その貿易の相手はデケン帝国だ。
「頼む」
そう。港町アナトは、『デケン帝国と海路が確立されている』都市だ。
裏を返せば、デケン帝国は海軍を使ってアナトに攻め入れるということ。
サリパ王国は、海路からの侵攻も警戒しなければならないのである。
「お願いだ……」
当然、ジケイもそれに気が付いていた。
港町アナトは、サリパの主都まで直通の輸送路も整備されている。
さらに海上輸送は、陸路の輸送に比べて効率が良い。
デケン帝国が海から侵攻してくる可能性は、非常に高かった。
「来ないでくれ!!」
しかし、ジケイは港町アナトに防衛戦力を用意しなかった。
いや、したくても出来なかった。
────サリパ王国には、海軍がないからである。
サリパ王国の面する海は、デケン海軍によって守られていた。
デケン海軍は精強で、その戦闘能力は世界一。それに守られたサリパは、海軍を保有する必要がなかった。
つまりデケンと交戦状態に陥った今、海からの侵攻は防げない。
港に入ってくる敵船を、追い返す手段はない。陸で出迎えて、市街で迎撃するしかないのだ。
……そんな状況になったら、どうあろうとおしまいである。
ただし、デケン海軍が来ない可能性もそれなりにあった。
デケン帝国はヤイバンとは別の、アイギスランドと呼ばれる北の島国とも戦争していたからである。
その島国とデケンはかなり相性が悪いようで、その戦争の歴史はヤイバンよりずっと長いという。
デケン海軍はその殆どが、アイギスランドとの戦いに投入されていた。
その戦況がひっ迫していれば、サリパに海軍を呼ぶ余裕はない。
そもそもデケンの戦力を考えれば、サリパなど陸路だけで十分に制圧可能だ。
なのでジケイは、『過剰戦力なので海軍投入を見送る』可能性に賭けた。
────そうしてくれないと、勝ち目がないから。
ジケイはそんな死地に、敬愛する姉ルゥルゥを派遣したのだ。
もし港町アナトへ、デケン帝国が攻め込んできた場合……、
ルゥルゥは民間人を徴兵し、率いて、市街戦で迎撃せねばならない。
それは勝ち目のない戦いだ。生き残れるはずのない、地獄の戦場だ。
ルゥルゥは自らの命と多くの市民を犠牲に、アナトを焼け野原にして、正規軍が首都へ折り返してくるまでの時間を稼ぐ役割を負う。
ジケイはそのことをルゥルゥに伝えようとしたが、彼女もその事実に気付いていた。
だから、ジケイの言葉を遮った。
王族会議で、この二人だけが『アナトに向かう意味』を正確に理解していたのだ。
こうして整理すると、どれだけか細い可能性だろうか。
サリパ王国の存亡は、数多の奇跡が重ならないと成り立たない。
それでもジケイは、王族としての職務を投げ出さなかった。
こんな絶望的状況で、敗北すれば殺されることも織り込み済みで、抗おうとした。
その理由は、
「俺だって今のサリパが、好きなんだよ……っ」
ジケイはその才能がゆえに努力せず、自堕落で、享楽的に生きてきた。
時には兄サリオに侮辱的な態度を取り、見下したりもした。
普通、そんな王族は排斥されてしかるべきだ。
だというのに『国の役に立つならそれでいい』と、国王も兄サリオもジケイを受け入れてくれた。
「けっこう、良い感じで国を運営できてると思ってたんだよ!」
ジケイにも、サリパという国に対して色々な不満は確かにあった。
しかし日に日に、年を重ねるごとに、サリパは良い国へ進歩していた。
ジケイはちゃんと、サリパという国を愛していたのだ。
────三日後。
「……ジケイ様、予定していた兵数が集まりました」
「そうか」
国を守りたい気持ちというは、ジケイだけが持っていた感情ではなかった。
サリパに統治されていた民衆の多くも、この国を大事に思っていたらしい。
三日目には、ジケイが想定していた以上の大兵力が王宮の前に集っていた。
「サリパ、万歳!!」
「デケンのやつを、追い返せ!」
確かに、国を捨てて逃げ出してしまった民も多かった。
しかしサリパ民の愛国心は、ジケイが思っている以上に高かった。
命を捨てて、国のために戦おうという民もまた、凄まじい数に上ったのだ。
とくに、数十年前の『前王の時代』を知っている者の志は熱かった。
当時のサリパは荒れ果て、政府に期待する者はいなかった。
しかし国王が変わり、着々と目に見えて国は良くなってきた。
現サリパ王がどれだけ民のために、苦労を重ねてきたかを見てきたのだ。
「ヤイバンは、未だ追撃を続けているのか?」
「今は、まだ情報がありません」
「リシャリから、返書はあったか?」
「まだ来ていません」
ジケイには自ら立てた戦略が、上手くいっているかどうか分からない。
いや、かなり高い確率で『上手くいかない』ことは分かっていた。
だけど、それでも足掻くしかなかった。
奴らが隠してきた殺意を剥き出しにしてきた以上は、抗わなければ殺されるだけ。
ジケイは決死の覚悟で、徴兵されたばかりの民兵を纏め、デケン帝国との国境へ赴いた。
ここで一つ、サリパに伝わる格言を紹介しておこう。
────奇跡と言うのは、起こってから自覚するものである。
これは、奇跡を前提にして計画を立ててはいけないというものだ。
期待すらしていなかった絶望の中で、偶然に導かれるから奇跡なのだ。
つまり、何が言いたいかというと。
天才ジケイが、サリパ王国が存続する可能性を模索して采配したこの戦略は……。
「サリオ様より伝令です。どうやら敵戦力は想定よりずっと多く、十倍どころではないようです……」
「そう、か」
「ヤイバン方面軍とサリパ方面軍、合わせると三十倍近い兵力差になるそうで」
一つたりとも、上手くいかなかったのだ。
「兵が多いのは仕方ない。どうせ絶望的な兵力差なんだ、十倍も三十倍も変わらん」
「……しかも、率いるはデケン七英雄の一人。『龍殺し』アガロン将軍だそうで」
「俺たちが合流すれば、また戦況は変わる。諦めるな」
デケン帝国のジャルファ王子は、入念な準備を行って侵攻してきた。
偉大なるデケンに敗北は許されない。局所的にでも負けてしまったら、彼は叱責を受けるだろう。
だから三十倍というバカげた戦力差で、サリパとヤイバンに対し同時侵攻を行ったそうだ。
「こっちにも龍殺しはいるんだ。ちょっとは抵抗できているのだろう?」
「いえ。なすすべなく、敗走を続けています」
「……何をしている。リシャリのお気に入りの『タケル』は強いんだろう?」
「それがですね……」
さらに、デケン帝国軍はただ数が多いだけではない。
サリパの土地を脅かしに来た連中は、さすがに精鋭であった。
『なんだ、あれは』
『人じゃないぞ?』
デケン軍にとって、サリパの攻略なんて『些事』である。
大真面目に、龍殺しの英雄アガロンが自ら戦ったりはしなかった。
『土の、化け物?』
『ゴーレムだ。ゴーレム部隊だ!!』
デケン帝国軍はサリパ相手に、実験中の新しい戦術を試していた。
大量の『
『僕が戦ってみます、ロウガさん』
『お、おお。任せるタケル殿』
この土人形突撃がまた、非常に強力な戦法だった。
土人形には刃も通らず、魔法も効かず、進撃も止められない。
タケルはあわてて、
『……壊しても、壊しても、再生される!』
『魔力の尽きない限り、無限に兵が湧くってのかよ!!』
タケルの一撃で土人形は粉砕されるが、すぐ別の場所から湧き上がってくるのだ。
この
『壊しても、壊しても、きりが……』
『う、うわああ!! やめて、助けっ────』
そもそも普通の兵士にとっては固く、重く、数人がかりでも倒せない土人形。
そして苦労の末に倒したとしても、魔力があればすぐさま再生してしまう。
……これぞデケン軍が、実戦で初投入した新戦術。
大地を覆い尽くすほどの
『タケル殿、退くしかない!』
『は、はい!』
いくら壊しても、いくら土に還しても、敵の数は全く減らない。
これが、タケルと致命的に相性が悪かった。
敵がただ硬いだけであれば、タケルの敵ではない。
しかし破壊できても、すぐに復活する敵をどう対処しろというのか。
『全然、足止めができない!』
『こんなの戦争じゃねぇ! 虐殺だ!』
この最悪の敵を前に、サリパ主力軍はなすすべなく敗走を重ねた。
サリオ率いる正規軍はほんの一日の防衛もおぼつかず、戦線を大きく押し込まれていた。
「……とのことで」
「そんな戦法、聞いたことねぇぞ!」
ここまで完膚なく敗れるとは、ジケイは想像していなかった。
リシャリから『タケルという優秀な戦士が入った』と聞いていたので、ちょっとは抗えると思っていた。
……新兵器の投入なんて、戦争ではよくある話だ。
デケンの
だから当然のように、サリパは苦戦した。
「もう良い、実際に俺が目で見て考える。何か策はある筈だ」
「わ、分かりました」
「くそ、ちょっとは時間を稼げると思ってたのに」
ジケイにも、すぐに対策が頭に浮かんでこなかった。
想定よりも多い兵力、想像だにしていなかった戦術。早くも、ジケイの策は崩壊し始めていた。
「さらに悪い報告が届きました」
「何だ、言ってみろ」
「未だ、ヤイバンと停戦の合意が宣言されません。現在も、ヤイバンは追撃を継続しています」
さらに悪い報せは続く。
外交の使者リシャリが出発して一週間、未だにヤイバン軍は進撃をやめないのだ。
「リシャリはもう、とっくに着いているはずだろう!」
「姫様からの返事は、届いておりません。道中で、何か起きたのかも」
どうして、交渉が成功していないか分からない。
彼女が、道中で負傷してしまったのか。あるいは、門前払いを食らってしまったのか。
交渉の場に立てなかったら、リシャリのコミュニケーション能力は意味もなさない。
少なくとも、現時点でヤイバンが追撃をやめていないのであれば、策は失敗であった。
「……分かった。前線に到着した後、俺が自らヤイバン軍に乗り込んで交渉してみる」
「ジケイ様……」
────すべてがうまくいかない。ジケイの願った奇跡なんて、一つも起きやしない。
しかしこれは、別に不運な結果という訳ではない。
「ああ、そうだよな」
普通は、こうなのだ。
デケン帝国の軍事力は最強と名高い。弱小サリパ軍なんて、蹴散らせて当然である。
ヤイバンとの因縁は深い。リシャリが交渉上手だろうと、一日で停戦など無謀だ。
奇跡を願ったが、奇跡なんてなかった。これは、それだけの話。
「あ、あの。ジケイ様。また、報告が」
「何だ、言ってみろ」
「ルゥルゥ様より伝令が。港町アナトに、デケン海軍が出現したそうです」
「そうか」
そして、最後に届いたのは致命的な知らせ。
一人も兵を配置していない港町に、デケン海軍が群れを成して現れたのだという。
「そう、か」
「ジケイ様!」
────奇跡と言うのは、起こってから自覚するものである。
奇跡を求めてコトを起こすなど、愚の骨頂だったのだ。
「……ぁ」
ぐわん、とジケイの頭蓋が揺れた。吐き気と眩暈で、立っていられなくなった。
彼は彼なりに、出来ることをやった。
奇跡を期待しないとサリパを救えないから、奇跡に賭けた采配を振った。
「ジケイ様、お気を確かに!」
「────くそッ」
だが、現実はコレだ。
デケン帝国という強大すぎる国を相手に、サリパはあまりにも弱小で。
その皇帝がちょっと気まぐれを起こしただけで、滅ぶ運命に逆らえない。
「どうする、ここから、俺たちは……」
「ジケイ様?」
ジケイの立てた奇跡が前提としたプランは、とうに破けた。
兄サリオも、姉ルゥルゥも、妹リシャリも、みな生き残れるか分からない。
サリパの民は蹂躙され、兵士たちはデケン帝国の実験台として殺される。
「考えろ、少しでも被害を減らす方法を!」
怠惰な人生を送ってきたジケイは、初めて必死に物事を考えた。
適当にやっても何でもこなせた彼にとって、人生で最初の『どうしようもない』局面。
だが、彼は諦めない。諦めたくなかった。
「ここから最善手を取れるかどうかで、きっと助かる命の数は────」
「……ん?」
奇跡は、起こってから自覚するものである。
ジケイが期待した奇跡は起きていなくても、他で起きているかもしれない。
「何だ。また、悪いことでも起きたか」
「い、いえ。ジケイ様、一通だけ勝利報告が届いています」
進軍中のジケイの元に届けられた、敗報と絶望の伝令の中。
たった一つだけ、サリパ軍に小さな勝報が届いていた。
「勝利、報告?」
「ヤイバン方面に向かった、デケン軍ですが……」
それは、小さな小さな勝利。
そしてこの広い戦線で、唯一のサリパ軍の勝利。
「ブユルデスト砦がそのデケン軍と交戦し、撃退したそうです」
「はあ!?」
「それも、無傷で」
そしてそれは、図らずも。
「ちょ、ちょい待て! あそこに兵なんていたか!?」
「はい。先日、正規軍に導入されたブユルデスト自警団が数百名ほど……」
「たった数百人で、デケンの大軍を追い返したのか!?」
その小さな勝利こそ、ジケイの描いた展望とは全く違う、奇跡の始まりであった。