【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
デケン帝国の指揮官、ジャルファ王子は焦っていた。
「ジャルファ王子。悪い報せが届きました」
「……今よりも、悪くなるのですか」
サリパとヤイバンへの二方面作戦は、皇帝になるための『試験』だった。
デケン皇帝を継ぐに値するかを、見定めるための戦い。
だというのに、ジャルファ王子の戦果は散々だった。
「圧倒的な戦力差を用意したのに、いまだに城塞都市ひとつ落とせない」
「王子……」
「ヤイバンへの侵攻計画は、既に三日も遅れています。……ここからさらに悪くなるというのですか」
デケンは未だ、城塞都市ブユルデストを落とすことが出来ていない。
すでに数千の兵士を失い、今なお包囲のために兵力を割かされている。
そんな訳で不機嫌なジャルファ王子だったが、
「────え。デケン海軍が港町の占領に、失敗した?」
「サリパ軍に手も足も出ず、上陸すらできないまま撤退したそうです」
デケン海軍が港町アナトで壊走したという報告を受け、思わず立ち上がった。
計算が狂ったどころの騒ぎではない。
戦況が一変する、衝撃的な報告だった。
「海軍がないサリパに、負けるはずがありますか!」
「それが、その。サリパは、四隻ほど軍船を所有していたそうで」
「四隻くらい蹴散らしてくださいよ! 二百隻は動員したでしょう!?」
流石のジャルファ王子も、血相を変えて怒鳴ってしまった。
四隻と二百隻の戦いで、どうしてデケン軍が蹴散らされるのか。
「デケン海軍は被害が甚大で、立て直すのに時間がかかると」
「意図が読めませんね。怨恨か、はたまた買収されたか……?」
ジャルファ王子は、デケン海軍が正面から負けたとは考えられなかった。
まず他の
「これは悪質なボイコットです。まさか作戦に迷惑をかけてくるとは」
「王子……」
「いえ、これも私の求心力不足ですね。海軍の協力を得られないとなると、兵站をどうすべきか」
物資を輸送するのに、やはり海路は効率がいい。
ジャルファ王子は、港町アナトを兵站の中継拠点とするつもりだった。
しかし海軍が撤退すれば、輸送計画が崩れてしまう。
「当面は陸路から輸送を行うしかないかと」
「……さらに時間がかかってしまうじゃないですか」
ジャルファ王子は歯噛みをした。
大軍を動かすということは、お金もかかるということ。
予定より遅れれば、それだけ皇帝の心象も悪くなる。
「ジャルファ王子、いっそ予定通り侵攻してはどうでしょう」
「兵站を構築せず進めというのですか」
「アガロン将軍は優秀です。きっと、すぐに港町を占領してくれますよ」
「……む」
だが兵站が確立されていなくとも、ジャルファ王子は侵攻を続けることは出来た。
出陣の際、余裕をもって食料物資を運んできているからだ。
仮に海路が確保されずとも、一か月は戦えるだろう。
その一か月の間にアガロンが陸路から港町を占領できれば、海上輸送が可能になる。
「アガロン将軍が買収されるなど考えにくいでしょう。デケンの英雄を信じて、進んではどうでしょう」
「なるほど、一理ありますね」
そんな部下の提案を受けて、一瞬だけジャルファ王子は考える素振りを見せた。
実際、アガロン将軍が期待通りの働きを見せれば、予定通りに侵攻が可能だろう。
「ただ私は、無暗に突っ込むような人間が皇帝の器とは思えない」
「……はい」
「私に求められているのは、ギャンブルに勝つことではなく冷静であること」
しかし王子は、強引な攻め手に出なかった。
負ける可能性が上がる、無謀な賭けを避けたのである。
「進まず、待機を。あと、海軍に抗議文を作成して貰えますか」
「御意」
周囲から見れば、臆病にも見える進軍停止だった。
これを聞き、ジャルファ王子は腰抜けだとあざ笑う将校もいたという。
────しかしこの冷静な判断が、後にデケン帝国を滅亡から救うことになる。
話は戻って、デケン軍とサリパ軍の最前線。
七英雄の一人『アガロン』と、サリパの新星『タケル』は、互いに名乗りを上げて向かい合っていた。
「俺を龍だと思って、かかってこい」
『龍殺し』アガロンは龍の鱗で作られた、漆黒の鎧を身に纏った巨漢の戦士だ。
そんな彼の前にして、軽装のタケルは静かに拳を構えている。
「……ふぅー」
タケルの集中は、極限まで高まっていた。
両の瞳はアガロンを見据え、身体中の魔力を集中し、指先まで緊張が張り巡っている。
そんな若き武者を、アガロンは余裕たっぷりに待ち受けていた。
「いいねぇ。俺にゃあ分かるよ、戦士タケル」
「……」
「お前さん、強ぇだろ。龍を倒したのも、ほぼお前一人でやったんじゃねぇの?」
余裕こそあるが、アガロンの瞳に油断はない。
タケルという戦士を、強敵と認識してなお『余裕』なのだ。
「わかるよ、俺も本当は一人で戦いたかった。……危ねぇっつって、周囲が許してくれなかった」
「……」
「だからちょびっと、お前が羨ましいんだ」
タケルは一言も、言葉を発さない。
一方でアガロンは軽口をたたくように、ヘラヘラと語り続けた。
「龍を狩るのは、楽しかったか。タケル」
「……」
────アガロンは、待っているのだ。
タケルという戦士が、最高の一撃を繰り出す準備を整えるのを。
適当な口上を垂れ、場の熱気を保ちながら、タケルを待ってやった。
「……では、行きます」
「お、準備は済んだかい」
一分ほどの静寂の後。
タケルは一歩足を退き、肘を畳んで拳を握った。
それを見てアガロンも、ようやく槍先に手背をかけた。
戦場に、緊張が走る。いつ仕掛けるか、お互いに機を伺い続けている。
アガロンの部下も、ポーリィたちサリパ軍も、固唾を飲んで見守るだけ。
「あの、なんか話が変じゃない?」
その静寂を破って、ぼそりと呟いたのは。
困惑した表情で一騎打ちを見つめる、ヤイバン軍の助っ人『レヴィ』だった。
「この空気……何? タケルが倒したのって、龍じゃないよね?」
「龍じゃないって何?」
ポーリィはそんなレヴィの呟きに、ムっとした顔で反応した。
「私はその場にいたけど、どう見ても龍だったわ」
「君は、ポーリィさんだっけ? なら聞いてみなよ、
一騎打ちの最中は、両軍とも手を出さないのが礼儀。
タケルとアガロンの睨み合う中、レヴィの言葉は静かに響いた。
「何を聞けばいいのよ」
「タケルが倒した奴は、どんな化け物だったか説明してごらん」
「はあ」
それを聞いた両軍に、困惑が広がる。
タケルは龍殺しではないとは、どういうことか。
「本当に龍だったわよ? 身体は鱗に覆われ、大きな翼で宙を舞い、口から灼熱の炎を吐く」
「うん」
「大きさは人間の数百倍で、着地の度に大地が揺れて。吐いた焔は、一息に何百人も焼き殺し……」
レヴィが何を言いたいのか、ポーリィにはよくわからない。
彼女は促されるまま、タケルが倒した龍について説明を続けた。
そしたら。
「馬鹿を言うな! 大ウソつきめ!」
「誇張が過ぎるぞ、サリパ人!」
「嘘は上手くつかんと恥ずかしいぜ!」
「へ?」
デケン軍の兵士は大笑いして、ポーリィに悪態をつき始めた。
どうしてデケン兵が笑っているのかわからず、少女騎士はポカンと口を開くのみ。
「ほ、本当なのよ? 私たちが戦ったのは────」
「そんなのがこの世にいるわけないだろ!」
「そんなのおとぎ話の怪物……『龍神』じゃねぇか!」
サリパ人にとって、龍とは大きく強く硬い怪物のことだ。
だから、タケルが倒したのは『龍』で間違っていないはずなのだが────
「デケンに住む龍の大きさは、数メートルだよ」
「えっ」
実はサリパ王国では、龍に対する認識はちょっとズレていた。
なぜならサリパには、古代から巨龍が住みついていたから。
タケルの祖父とスピオ卿に討伐されるまで、サリパには龍が
だからサリパで龍といえば『巨龍』を指すのだが……。
「特別に強い龍が数百年ほど成長を続けると、巨龍となる」
「……」
「人間から畏怖と敬意を持たれ、やがて信仰対象になり、『神』の名を冠する」
しかしデケンなど海外には、龍はたくさん存在する。
デケン帝国において龍とは、『山の奥にいる強力なモンスターの1種』に過ぎないのだ。
確かにデケン龍も強力だし、並大抵の実力では討伐など出来ないが……。
パウリックでも十分に、単独討伐が可能な敵だったりする。
「じゃあ最後に。ボクらはタケルが倒したのを、何て呼んでた?」
その龍の中で、頂点とされる存在。
数百年を生き、信仰対象にまで昇華した存在。
「……龍神?」
「そういうこと」
それが、龍神である。
「「勝負」」
そんな呟きが響いた直後、二人の体躯が風のように消えた。
アガロンは雄たけびを上げて跳び、タケル目掛けて一直線に降下を始めた。
「我が槍撃、受けてみろォ!!!」
それは、まるで赤く尖った隕石だ。
『龍殺し』アガロン将軍の槍には、炎のような紅い魔力が渦巻いて。
槍先が赤く輝き、うねり、空間を割いてタケルへと切り込んだ。
「……はぁっ!!」
その槍先を、受け止めるように。
真正面から、打ち返すように。
タケルは全身全霊の拳を、迫りくる
「……へ?」
────タケルの拳は、情けなく空を切った。
彼の渾身の一撃はあっさり躱され、アガロンの姿が消失する。
「ど、どこに消えた!?」
タケルは勢いあまって、尻もちをついた。
慌てて起き上がって、周囲を見渡したが人影はない。
「く、どこだ?」
「何が起きたの? アガロンが、消え……」
「……たーまやー」
キョロキョロと、タケルは周りを探し続けた。
しかし、どこにもアガロンの姿はない。
彼の顔に、焦燥が浮かぶ。いつ、不意打ちをされるかわからない。
「アガロン様……?」
「アガロン様が、姿を消した?」
しかし焦っているのは、サリパ
アガロンが忽然と消えて、デケン軍も困惑していた。
今までアガロン将軍は、『隠れる』という卑怯な手を使ったことがなかった。
数秒ほど、場に困惑が広がって……
「うわっ!?」
「地震だ!」
まもなくドスン、と地響きが鳴り。
戦いの遥か後方、ここから数十キロメートルは離れているであろう場所に土煙が上がった。
「……あっ」
デケン軍の兵士は、すわ地震かと慌てたが。
タケルやポーリィは、何かを察して顔を青くした。
「……」
恐る恐る、タケルは突き出した自分の右拳を見つめ。
血がついているのを見て、冷や汗を噴き出す。
アガロン将軍は、タケルの拳を躱したのではなく……。
「デケン軍の皆さん!! あの土煙の方向へ、回復術師を送ってください!! 早く!」
「な、何を言い出す。貴様、アガロン様との一騎打ちの最中だぞ」
「ごめんなさい!! 本当ごめんなさい、アガロンさん、多分吹っとばしちゃいました!!」
タケルの拳に反応できず、勢いよく飛んで行ってしまったのだ。
アガロン将軍が龍と同じ防御力ならば、本気で振りぬいても問題がないと思い込んでしまった。
「ど、どど、どうしよう! 死んだよね、戦争中だし良いんだよね?」
「貴族や敵将は、なるべく生け捕りにするのがマナーだけど」
「これは、仕方ないんじゃないかしら?」
ポーリィは青い顔で、レヴィはニタニタと笑い、タケルに返事をする。
アガロン将軍は、決して弱い将軍ではない。
パウリックと打ち合える程度の実力は、兼ね備えていた。
相手が悪かっただけである。
「ぽ、ポーリィ……。君なら治してあげられないかな」
「無理よ、タケル。そもそも原形をとどめているかどうか」
「大丈夫、痛みを感じる暇もなかったはずさ」
────なお。
死人扱いされているが、アガロンは『龍鎧』のお陰で一命をとりとめてはいる。
「どういうことだ……。タケルとかいうお前、アガロン様に何をした!?」
「落とし穴でも掘ってたんじゃないか!?」
「な、殴っただけですよ!」
「いつ殴ったんだ、貴様はその場から動いていないじゃないか!」
タケルの拳を、デケン兵は誰も目で追えなかった。
なのでアガロン将軍が消えたのは落とし穴に嵌ったからだと、激昂した。
「恥知らず! 人でなし! 卑怯者!」
「正々堂々と一騎打ちを受けたアガロン様になんという無礼!」
「子供のようなハッタリを並べて恥ずかしくないのか!」
「龍神なんているわけないだろう!!」
デケン軍兵士は色めき立って、一斉に剣を抜き始めた。
今にも襲い掛かろうという雰囲気だ。
「突撃だ、攻撃だ!」
「皆殺しだァ!」
不幸にも一騎打ちは、卑怯な落とし穴に汚されたと認識されていた。
タケルという卑怯者を血祭りにしなければ、気が済まない。
「もはや容赦ならん。この
デケンの先頭で、黒銀の盾を持った騎士が吠えた。
メリュリンはアガロンを慕う、忠義の騎士である。
「この私の防御力はデケンで一番。ありとあらゆる攻撃を受け止める最強の盾使い!」
「……」
「さあ、受けてみよ!」
彼女が先頭に立ち、いよいよ突撃の号令が下った。
こうしてとうとう、両軍が入り乱れての乱戦、殺し合いが始まる────
「ちょっと待ってください」
始まる、はずだったが。
タケルはその突撃を制止するように前に出て、右拳を掲げた。
「貴様、まだ何かするつもりか!」
「殺せ、こいつから殺せ!」
デケン軍の注目が、タケル一人に集まった。
兵士が目の色を変え、彼めがけて走り出そうとした瞬間。
「そいっ」
タケルがグっと、拳を握りこみ。
爆音とともに地面を殴打し、大地をえぐった。
「は?」
その直後、凄まじい衝撃がデケン軍に向けて放たれる。
雷鳴のような地鳴り、噴水のように吹き上がる土煙、波紋状に激しく揺れる大地。
衝撃で立っていられず、『装甲盾のメリュリン』はガシャンと音を立てて転んだ。
「えっと、これが僕の拳の威力です」
尻もちをついたまま、メリュリンは見た。
彼が殴った場所を中心にいくつも亀裂が走り、地面は円形にえぐり取られている。
────およそ数十メートルの深さまで。
「……えっ」
「コレを受け止められるなら、相手になります」
この時、タケルは本気を出していなかった。
小突くように、地面を軽くノックしただけ。
「僕と戦う気なら、この穴を乗り越えてきてください」
「……」
「この穴を跨いだなら、容赦はしません。本気でいきます」
繰り返すがタケルにとって、これは軽い殴打である。
なるべくゆっくり、『見せつけるように』地面を殴った。
だからこそ────
「………えっ」
装甲盾のメリュリン、と名乗った敵将には。
タケルは地面を殴っただけという事実が、『目で追えた』。
「へっ、そんなハッタリにビビるかよ! どうせ爆弾を仕掛けていただけだろうが!」
「ま、待てっ! ちょっと、ま────」
タケルの警告を無視し、鉄鎧を纏った兵士が突っ込む。
そして、クレーターに足を跨いだ次の瞬間。
「いいんですね」
「えっ」
タケルは既に、兵士の真横に肉薄していて。
拳を振りかぶっている、最中であった。
「さよなら」
「ちょ、待────」
一秒後。
カキーンと金属音が響き、兵士は空へと打ち上げられた。
「他に、かかってくる人はいますか」
「……」
アガロンの部下、
その実力が本物だからこそ、
「……ひ、ぃ」
タケルの言葉に嘘はない。
龍神を殺したというのは、ブラフでも与太話でもない。
というか、コイツなら普通に殺せる。
「ば、化け物だぁあああ!!!!」
「逃げろ! 全力で逃げろ! あんなのに勝てるわけがない!」
「全滅する前に、逃げろぉおおお!!」
目の前に立っているのは、人知を超えた理外の怪物だ。
そう認識したメリュリンは、情けない声を上げて逃げだした。
「う、うわあああああ!!」
「退け、退けぇえええ!!」
実力があるからこそ、タケルの脅威を認識してしまったのだ。
あんな化け物を相手にするなど、冗談じゃない。
一秒でも早くあの化け物から遠くに逃げなければ。
指揮官が逃げだしたことで、デケン軍は総崩れとなった。
「……ポーリィ、ロウガさんからの命令は?」
「追撃はいらないって、旗信号が」
「ん、分かった」
そんな逃げるデケン軍に対し、サリパ軍は追撃を選択しなかった。
その理由は、
「おいおい、逃がすのかい?」
「そんな暇はないの。港町へすぐ援軍に向かわないといけないわ」
まだ港町アナトにおける、ジュウギの戦果が届いていないからだ。
第一王女ルゥルゥの救援が、最優先とされたのである。
「ルゥルゥ様に何かあったら、リシャリ様が悲しむ」
「そうね、すぐ戻らないと」
「つまんないの」
────この数時間後。
第二王子ジケイは、タケルとジュウギの戦果を同時に報告されることになる。