【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ!   作:まさきたま(サンキューカッス)

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SQEXノベル様から「弱小国の王女に転生してしまいましたわ!」の書籍版第一巻が、9月5日に発売いたします。
よろしくお願いいたします。


間章「ラシリア」
48話「最近、ちょうど部屋が空きましたので」


 

 

 ────碧い瞳が、儚く揺れる。

 

 

「────お父さん。どうして、私を捨てたの」

 

 ラシリア・サリパールは十三歳の夏。

 

 護衛役だった筈の王宮騎士団員により拉致され、百枚のデケン金貨と引き換えに売り飛ばされた。

 

「────私の存在を、なかったことにするの」

 

 当時のサリパに、ラシリアを取り返すだけの軍事力はなかった。

 

 サリパがデケンに軍を向ければ、待っているのは破滅である。

 

 かといって被害を訴えれば、面子が潰れるのは王宮騎士に裏切られたサリパだ。

 

 サリパ王は、唇を嚙みしめて『娘を見捨てた』。

 

「────私に向けてくれた笑顔は、偽物なの」

 

 当時のラシリアはまだ、社交界にデビューする前だ。

 

 サリパ国王は涙を呑んで、ラシリアの記録を消した。

 

 それがサリパを守るため、最良の手段だと判断した。

 

「────じゃあ私は、いったい誰なの」

 

 一度拉致された王女に(・・・・・・・・・・)価値はない(・・・・・)

 

 家族の情はあれど、国の命運をかけてまで戦う価値はない。

 

 サリパ国王は、父親ではなく『王』であることを優先した。

 

 

「────私は何なの」

 

 

 ここで表立って反抗しなかったことで、サリパはデケン帝国の属国として栄えた。

 

 ラシリアという少女を、深い絶望の淵へ沈めて。

 

 

 

 

「今日から貴様には、この屋敷で暮らしてもらう」

「いや、助けて! お城に返して!」

 

 ラシリア・サリパールの誘拐事件。

 

 彼女を誘拐したのは、グスタフというデケン貴族であった。

 

 デケン貴族と言えど、他家の令嬢を誘拐するなど許されるはずはない。

 

 この事件が表沙汰になれば、グスタフ家とてただでは済まなかった。

 

「殴らないで、酷いことしないで、許して」

 

 しかしサリパ王国は、この事件を表沙汰にしなかった。

 

 それはサリパ王国の調査能力だと、犯人が分からなかったからだ。

 

 デケン貴族と当たりはつけていたものの、どの家かはわからず、証拠も存在しない。

 

 下手に言いがかりをつけてしまえば、外交問題になりうる。

 

 だから、泣き寝入りするしかなかった。

 

「助けて。パパ、ママ、早く迎えに来て」

 

 サリパ王は涙を呑んで、娘の存在をなかったことにした。

 

 被害者は一人の王女のみ。王子ならともかく、姫などいくらでも替えが利く。

 

 こうしてラシリアは、何年も奴隷として飼われた。

 

「ごめんなさい。なんでもします。だから殴らないで────」

「ほう、貴女は……。そうか、これは使えるな」

 

 そんな絶望の淵にあったラシリアに、手を差し伸べたのは。

 

「予はセルッゾ・キャベリズム伯爵である」

「……へ?」

「お助けに来ましたぞ、ラシリア姫」

 

 悪人面で性格が悪そうな、恰幅の良いデケン貴族であった。

 

 

 

「驚きましたぞグスタフ殿! このお方は、サリパ王国の姫ではありませんか!」

「……何を仰るセルッゾ殿、彼女はただの奴隷ですよ」

「まさかまさか、この私がラシリア姫を見違う筈がありませぬ!」

 

 それは突然の出来事だった。

 

 グスタフ家の邸宅を、セルッゾ伯爵の私兵が包囲し、占拠したのだ。

 

 檻に閉じ込められていたラシリアも、その際に保護された。

 

「セルッゾ殿、言いがかりはやめなされ。我らともにデケン貴族、仲良くやろうではないですか」

「むろん、予とて仲良くしていたかったともグスタフ殿」

 

 グスタフ家の当主は、四肢を縛られセルッゾの前に引っ立てられた。

 

 彼は顔を真っ赤に、怒り心頭でセルッゾを睨みつけたが……。

 

「しかしグスタフ殿。貴殿はラシリア王女の他にも、ご令嬢を誘拐してらっしゃるな」

「何の証拠があって!!」

「証拠ならいくつも取り押さえている。貴族の子女がそんなにお好きか、グスタフ殿は」

 

 セルッゾもまた、底知れぬ怒りを瞳に宿し、グスタフを睨み返した。

 

「……我が娘の具合は、如何でしたかな」

 

 そんな呟きの後、セルッゾは剣を鞘から抜いた。

 

 

 

 

 グスタフとセルッゾは、商業圏の管理を巡って争っていた。

 

 ただし商人の人気はセルッゾの方が高かったため、グスタフは焦っていた。

 

「セルッゾ殿の娘のことなど知りませぬ」

「予が知っておる」

 

 そこでグスタフはセルッゾの、一人娘を誘拐して脅迫した。

 

 彼女を解放してほしければ、商圏から手を引けと脅迫状を出した。

 

 しかしセルッゾは脅しに屈さず、商圏を掌握した。

 

 その結果、セルッゾ領はよく肥えて繁栄したのだが……。

 

 ────グスタフは報復として、セルッゾの娘を嬲り殺したのだ。

 

「証拠はあるのか!?」

「うむ。貴様のことだ、我が娘をさらった証拠など残しておらんだろうな」

「証拠もないのに、このような暴挙が許されると思っているのか!」

「だがラシリア王女誘拐の証拠なら、残っておるじゃないか」

 

 グスタフは、暗殺や誘拐に手慣れていた。

 

 証拠を残さず、セルッゾの娘を『処理』し終えていた。

 

「サリパにラシリアという王女などいない! 言いがかりはよしてくれ!」

「よろしい。では彼女を、サリパ王の前に引っ立ててみようじゃないか」

 

 しかしラシリア王女の存在は、明確なグスタフの弱味であった。

 

 仮にも同盟国の姫を、勝手に誘拐したのだ。

 

 もし事実が立証されれば、爵位が剥奪されうる大事件である。

 

「セルッゾ殿、貴殿の怒りは分かった! だが我らで紛争など、何の利益もないだろう!」

「ほう?」

「デケン皇帝が知ったら何と仰るか! もっと貴殿は賢いと思っていた────」

「何にも仰らんよ、あのお方は」

 

 セルッゾは無表情に、剣を喚くグスタフの腹に突き立てた。

 

 そしてグリグリと、グスタフの腹の中をかき混ぜながら、

 

「あっ、アぁぁぁっぁ!!」

「デケン皇帝は予の武力行使に気づかず、縄目の屈辱を受けている者の懇願に興味を持たぬ」

 

 そう言葉を続けた。

 

「痛ァ、あぁぁぁァ!」

「商圏争いにも、軍事力でも、貴様は負けたのだグスタフ。自尊心だけは一丁前の、小物よ」

「や、やめろぉ! 誰ぞ、誰ぞ助け……ぐあぁぁぁっ!!!」

 

 セルッゾは無表情に、グスタフの臓器を潰し続けた。

 

 しかし、彼を助けようとする者など現れない。

 

「皇帝は……身内同士の争いなど、許すわけが」

「……今回の襲撃計画は、デケン皇帝も許可しておるよ」

 

 実のところ、グスタフのしたことは『彼の部下により』デケン皇帝に報告されていた。

 

 セルッゾはグスタフを討つ根回しを十分にしていたのである。

 

「な、なぁ!?」

「予が無策で、貴族屋敷の襲撃なんて暴挙に出ると思うたか間抜け」

 

 グスタフは日頃の行いから、部下からも嫌われていたのだ。

 

 こうして愚かな貴族は、セルッゾにより殺された。

 

 

 

 

 デケン皇帝の命令により、グスタフ領はセルッゾ伯爵の領地となった。

 

 その結果、セルッゾ領は周辺で一番の領地を得るに至った。

 

「さて、ラシリア姫。貴殿はこれからどうされるかな」

「私、ですか」

 

 グスタフの誅殺が終わった後。

 

 彼は、囚われていた姫ラシリアに話しかけた。

 

「できればサリパ王国に、帰りたいです」

「それは難しいですな」

「ど、どうして?」

 

 セルッゾ伯爵はラシリアに、どうしたいか聞いた。

 

 当初こそラシリアは、帰国を望んだものの……。

 

「サリパ王はルゥルゥを第一王女として、社交界に紹介しておりました」

「なっ……!!」

「残念ながらラシリア姫、貴女はもうサリパに存在しない人間なのです」

 

 既にサリパは、ラシリアのことを存在しなかったものと扱っていた。

 

 一国の姫を誘拐され、泣き寝入りなど威信に関わるのだろう。

 

 ラシリアは、サリパにとって邪魔な存在になってしまったのだ。

 

「お父さん。どうして、私を捨てたの」

 

 その事実を知ったラシリアは号泣した。

 

 彼女は檻の中でいつか、両親が迎えに来てくれると信じていた。

 

 とっくに見捨てられていたなんて、考えもしなかった。

 

「私の存在をなかったことにするの」

 

 ……実際のところ、サリパ王はラシリアに愛情を持っていた。

 

 ラシリアの生存を知れば、喜んで迎えに行っただろう。

 

「私に向けてくれた笑顔は、偽物なの」

 

 しかしセルッゾに、そんなことなど分からない。

 

 娘が誘拐された瞬間に『切り捨てる』やり口は、デケン貴族(じぶん)と同類だ。

 

「じゃあ私は、いったい誰なの」

 

 第一王女が誘拐されたという醜聞を『隠す』という決断をした以上。

 

 ラシリアがサリパに戻っても、受け入れられないと判断した。

 

「私は、何なの」

 

 セルッゾとて血も涙もない人間ではない。

 

 ただ、権力と領地のために娘を見捨てただけだ。

 

「ラシリア姫。良ければ予の屋敷で暮らすか」

「……」

「予が、保護してやろう」

 

 身内の情は、利を濁らせる。

 

 権力を得るためには、情は切り捨てるべきだ。

 

「どうしてですか、私と何の関係もないのに。もしかして貴方も、私を────」

「簡単だ、貴様に利用する価値があるからである」

 

 だからこの時、セルッゾはきっと。

 

 とてもとても、悪い顔をしていたことだろう。

 

「貴様の存在は、『サリパ王国の弱み』だからな。抱えておいて損はない」

「……損得勘定で、私を引き取ると?」

「ああ。その方が、信用できるだろう?」

 

 セルッゾ伯爵も多少は、ラシリアに同情していた。

 

 だが彼はそれ以上に、ラシリアという姫の利用価値に気付いていた。

 

「親愛の関係など、信用ならんぞ。人間は愛など、平気で裏切るのだ」

「……はあ」

「その点、利害の一致は素晴らしい。裏切る理由がないからな」

「そう、かな」

 

 胡散臭いこと、この上ない台詞であった。

 

 だがその言葉は、人間不信に陥っていたラシリアには良く刺さった。

 

「ラシリア姫は、予に親愛の情を感じるか?」

「いや、ぜんぜん……」

「それは素晴らしい」

 

 ニヤニヤと笑う、悪人面の貴族。

 

 彼は飄々とした口調で、絶望の淵にいたラシリア王女を誘う。

 

「予は、これっぽっちもラシリア姫に親愛の情など抱きませぬ。利用価値があるから金を出すだけ」

「……」

「ラシリア姫に価値がなくなれば捨てますし、好機が来れば利用します。そんな日まで、予に飼われてみませぬか」

「なんて、最悪な誘い文句」

 

 そのあまりに悪辣な誘い文句に、ラシリア王女は失笑した。

 

 そして、数秒ほど躊躇ったあと、

 

「……どうせ、私に行く当てなどありません。ご自由に利用なさってください」

「おお、交渉成立ですな」

「私も同じく、セルッゾ伯爵を利用させていただきますので」

「ぬははは! 実に素晴らしい!」

 

 セルッゾ伯爵の誘いに乗り、保護を受けることにした。

 

 その返事を聞いたセルッゾは、嬉しそうな顔になった。

 

「では我が屋敷に案内しましょう、ラシリア姫。なあに、部屋の準備は出来ております」

「手際が良いのですね、セルッゾ様は」

 

 こうして人間不信な王女は、人の情を投げ捨てた貴族と共に生きる事となり。

 

 ラシリアの名前は、世界から消えた。

 

「────最近、ちょうど部屋が空きましたので」

 

 彼女が再び表舞台に立つのは、実に十年後のことである。

 

 





【お詫び】
申し訳ございません、1巻発売までに3章が書き終わりませんでした。
せめて間章を投稿させていただきます。よろしくお願いいたします。
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