【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
ラシリアを保護できたことは、セルッゾにとって大きな収穫だった。
それすなわち、サリパの王位継承権を手中に収めているようなものである
うまく使えば、サリパを乗っ取ることも出来ただろう。
「ラシリアが拐われていたことは、儲けものであった」
セルッゾの実家は、弱小貴族だった。
幼少期からデケンで、軽んじられて生きてきた。
「我が謀略は至って順調である」
だからセルッゾは、家を拡大することに生涯の目標に掲げた。
今まで自分を馬鹿にしてきた貴族を見返そうと、必死に功績を上げた。
時には誘拐された娘を見捨ててまで、『家の格』に拘った。
「次は、サリパ王に挨拶をしに行くか」
そんなセルッゾが、次に目を付けたのはサリパであった。
デケンには恭順の意を示して、独立を保つことを許された『属国』だ。
そのサリパを、支配下に置こうと考えた。
「ラシリアの生存を知ったら、サリパ王は何と言うだろうか」
ラシリアの存在を公表されたくなければ、言うことを聞けと交渉するか。
適当な罪をでっちあげ、サリパ王族を皆殺しにして、ラシリアに王を継がせるか。
いずれの手段でも、サリパを手に入れることはできただろう。
「だが、武力行使はスマートではない。利害を説くべきであろうな」
セルッゾはなるべく、皆殺しの選択肢は取りたくなかった。
勝てるだろうが、無駄な出費を嫌ったのだ。
戦わずして勝つことが至高である。
飴をちらつかせ毟り取ることこそ、スマートだ。
「さあ、サリパ王の返答やいかに────」
そんな野心を胸に抱いて、セルッゾはサリパ王宮へと足を運んだ。
サリパ国王はセルッゾの来訪を歓迎し、会談にも快く応じてくれた。
「おや、貴女は……」
「あら、はじめまして!」
サリパ国王も、大貴族となったセルッゾとは仲良くしたかったのだろう。
夕食ではパーティが開かれ、セルッゾは盛大に歓待された。
「きょうのゲストにごあいさつにうかがいましたわ!」
「これはどうも、予はセルッゾと申します」
セルッゾはそこで、『ラシリアとよく似た瞳を持つ』幼い王女と出会った。
彼女の態度や様相から、セルッゾは幼女の名前にすぐ気が付いた。
「わたしはリシャリ・サリパールともうしますの」
「おお、これはこれは。サリパの姫であらせられましたか」
────サリパ王国の『第三王女』リシャリである。
しかも彼女の周囲には、護衛がついていない。
セルッゾは内心で、しめたと唇を曲げて嗤った。
「リシャリ姫殿下、我が領から持ってきたお菓子がありましてな。国王と面会まで、私とお茶でもいかがですかな」
「え、ほんとうですの!? ぜひ、よろこんでですわ!」
セルッゾはサリパ王国に、仲良くしに来たのではない。
強請り、脅しに来たのである。
そんな『外敵』を前に姫を差し出すとは、何と愚かなことか。
数年前、ラシリアを攫われた時から何も成長していない。
「リシャリ姫とお話できるとは光栄ですな。これ、お前たち、部屋でスコーンの準備を」
「了解です、セルッゾ様」
セルッゾはリシャリを、セルッゾが宿泊する貴賓室へ誘い出した。
そして彼女を部屋の奥に座らせた後、貴賓室の周囲を厳重に守り固めてしまった。
「さあ、たっぷりお食べくださいリシャリ様」
「おいちーですわ!!!」
リシャリ姫は、誘拐されたことに気づかずお菓子を頬張っている。
これで、人質を確保できた。サリパ王が激昂した時に、保険となるだろう。
「国王がお呼びです、セルッゾ様」
「そうか、では向かうとしよう。リシャリ姫、どうぞ好きなだけお食べください」
「ありがとうございますわ!」
セルッゾは内心でほくそえみながら、堂々と会談の場に向かった。
「こ、こんなふざけた条件を飲めるはずがあるか!」
「国力差を考えれば、妥当ですとも」
セルッゾは会談の場で、厳しい『要求』を国王に突き付けた。
まるでサリパが、セルッゾ領の一部のような扱いの条件だった。
「関税に、独占売買権、植民地まで寄越せだと!」
「その代わり、我らがサリパを
サリパ国王は、温厚な人物である。
これまでデケン帝国からの要求に、ずっと下手で出てきた。
「サリパは貴国の領地ではないぞ! どこまで馬鹿にすれば気が済むのだ!」
しかしこの時ばかりは、サリパ国王も激昂していた。
サリパ王は国民を守るため、独立は維持しておきたかった。
「こんな話は受けられない。考え直していただきたい」
「いやいや、受けていただきますとも」
だがサリパ国王を前に、セルッゾは涼しい顔であった。
ラシリアの存在は、サリパの致命的な弱味。
国王はいずれ、要求を飲まざるをえないのだ。
「話は変わりますが。この国には、ラシリアという姫がおられたそうですが」
「何の話だ。うちにラシリアなどという姫はおらぬ。交渉を煙に巻こうというのか」
「いえいえ。そうでしたか、もういなかったことになったのですな」
ニヤニヤと嫌味ったらしく、セルッゾは国王を煽る。
国王は忌々しい表情で、不審げに悪党貴族をにらむ。
「さすればもう一人、いなくなるかもしれませんなぁ」
「……は?」
「リシャリ姫でしたかな。随分と、かわいらしく愛想の良いお姫様で」
そんなセルッゾの言葉に、国王は色を失った。
セルッゾの言葉を、『交渉のためにリシャリを誘拐した』と受け取ったのだ。
といっても、本命の交渉条件はラシリアの身柄。
セルッゾはそのまま、ラシリアの話に繋げたかったのだが、
「お前、貴様! 何をしたか分かっているのか!」
「ああ国王、ご安心ください。リシャリ姫を交渉材料にする気はございませんので」
「ふざけるな、貴様ァ!!」
サリパ王の怒声があまりに激しく、セルッゾは思わず口をつぐんだ。
「リシャリに指一本でも触れてみろ! ケツキリムシの餌にしてやる!」
「……サリパ国王?」
「パウリック、この男を斬れ! リシャリを助けるのだ!」
国王の態度は、激昂という言葉では生ぬるかった。
ラシリアを誘拐されたトラウマが刺激され、我を忘れていた。
「お、落ち着いてください国王。セルッゾ殿に手を出せば、デケン皇帝が何というか……」
「やめた方が良いですぞ。予に何かあれば、リシャリ姫を処分するよう命じておりますゆえ」
セルッゾは、そんなサリパ国王の態度は意外だった。
彼はかつて、ラシリア王女を見捨てたはずだ。
怒りはしようが、最低限の交渉はできると思っていた。
「……殺すぞ、殺してやるぞセルッゾ!」
「ふむ。思ったより、堪忍袋の緒は短いようですな」
だというのに、社交デビュー前のリシャリ姫を誘拐しただけで。
サリパ王は我を忘れ激高し、セルッゾに襲い掛かろうとした。
この王は想像していたより、情に厚く激昂しやすいらしい。
「今日はここまで。明日、改めて冷静に話し合いをしましょう」
「逃げるのか、貴様────」
「一晩寝て、心を収めてください国王」
これでは交渉にならない。
感情を制御できない相手との話し合いは、平行線だ。
「お互いに納得のいく、良い契約を結びたいですなぁ」
セルッゾはそういって、国王の間を退室し。
悪人面を歪めて、ヌハハハと笑った。
「おはなしあいはおわったのですか、セルッゾさま」
「ああ、終わりましたぞリシャリ姫」
そんなわけで、交渉は翌日に持ち越しとなったのだが。
部屋に戻ると、メイドと遊んでいたリシャリが笑顔で近づいてきた。
「では、おはなしのつづきをしましょう! セルッゾさまのおはなしはおもしろいのですわ!」
「おお、おお。光栄でございますな」
彼女はまだ誘拐されたことに気が付いていない。
国王が無能なら、姫まで間抜けである。セルッゾは心の内で哂っていた。
「セルッゾさまのりょうちには、どんなムシがいますの?」
「ああ、我が領地には
おとなしくしてくれるならそれに越したことはない。
セルッゾは適当にリシャリと話をして、寝かしつけようとした。
「スゴいムシですわ!! みてみたいですわ!!」
「ぬはは、リシャリ姫は虫が好きなのですな。実に珍しい」
「セルッゾさまはムシがすきですか?」
「子供のころは、好きだったこともありましたな」
しかしなかなか、話が途切れることはなかった。
そしてセルッゾも話を切ろうとせず、むしろ話を続けようと会話を振ってしまった。
────妙に、リシャリとの会話が弾んで楽しいからだ。
「やっぱり、ひめがムシすきなのはへんでしょうか」
「まぁ、なかなか珍しいのは確かでしょうな」
リシャリは、五歳の女児である。
だというのに会話のテンポ、相槌などが抜群に上手かった。
引き込まれるように話を続けてしまい、会話のやめ時を見失うのだ。
「セルッゾさまにごそくじょはいらっしゃいますか?」
「え? ……え、ええ。いましたが」
「ほんとうですか! ムシはすきですか、どんなひとですか!」
しかし、楽しい時間も終わりは訪れる。
リシャリの振った話題が、セルッゾの地雷を踏みぬいたのだ。
「……」
「セルッゾさま?」
セルッゾの顔色が変わったのを察したのだろう。
リシャリは眉を顰め、神妙な面持ちでセルッゾを見上げた。
「失礼。いえ最近、娘が天に旅立ちましてな」
「も、もうしわけありません! わたくし、そのようなつもりでは」
「わかっておりますとも」
娘が死んだことを聞くと、リシャリは顔を青くして頭を下げた。
五歳の幼女に気を使われるなど、情けない。
そう思ったセルッゾは、笑顔を作って気にしていないとアピールした。
「既に割り切ったことです。もう、何とも思っておりません」
「……そう、ですか」
────その時。
リシャリの瞳が、怪しく光った。
「セルッゾさま」
「なんでしょうか、リシャリ姫」
不思議な瞳だった。
なんでも見透かされるような錯覚を起こす、透き通って蒼く眩く光る瞳だった。
「だっこしてください」
「は?」
リシャリはそのまま、ツカツカと近づいてきて。
セルッゾの前で、毅然とした顔で両手を大きく広げた。
「わたしを、だっこしてください」
「いえ、それは、その。どういうことですかな」
「やってみればわかります」
意味が分からない。
五歳児とはいえ、一国の姫が中年男性にハグを求めるなど理解不能だ。
だが、彼女の目はまっすぐセルッゾを射抜いて動かない。
「こ、こうですかな」
「はい、ですわ」
周囲の私兵や、メイドの目を若干気にしつつも。
セルッゾは言われるがまま、リシャリを抱いて持ち上げた。
「────ぱぱ」
「っ!!」
あどけない口調で、呟かれたその単語に。
セルッゾは目を見開いて、思わず体が硬直した。
軽い体躯。暖かな体温。
子供特有の、柔らかな土のにおい。
「あ、あっ!」
「……」
その瞬間、フラッシュバックしてしまった。
セルッゾがかつて、大切に抱いていた娘の記憶を。
「あああっ!!」
自らの権力のため、見捨てて見殺しにしてしまった『愛娘』の幼き日を。
「ほら、わりきってなんかいませんの」
「……はぁっ! はぁ、はぁ」
冷や汗が止まらない。締め付けられるように胸が苦しい。
たった今、セルッゾは抉られたのだ。心の中でもっとも敏感で、繊細な場所を。
五歳の幼女に、ふさがっていない心の傷口を切り裂かれた。
「ど、どうして────」
どうしてこんな残酷なことをするんだ。
セルッゾは思わず、リシャリに声を荒げそうになった。
しかし、彼が見つめた先にあったのは、
「よかった」
ホっとしたような、リシャリの笑顔であった。
「そんなに簡単に、割り切られたら哀しいですもの」
「……っ」
リシャリは、亡くなったセルッゾの娘のことを思って。
割り切らないでくれていてよかったと、そう言ったのである。
「セルッゾさま。おやのことをきらう子なんていませんわ」
「リシャリ、殿下?」
「だからきっと。セルッゾさまのごそくじょも、あなたのことがだいすきだった」
そのことばに、セルッゾはなにもいえない。
ああ、そうだ。そんなことは言われずともわかっている。
あの娘は子供のころ、間違いなくセルッゾのことを大好きだった。
「そんなことはないのです、リシャリ姫」
「それはどうしてですか」
「それは。それは────」
しかし最期、愛娘はセルッゾのことを恨んで死んだ。
自らの権力のため見捨てられ、いたぶり殺された。
恨んでいないはずがない。
「予が領地のため、娘を見殺しにした、から」
酷いことをした、という自覚はある。
だが、それを選んだのはセルッゾ自身だ。
娘より、権力を選んだ。何故なら権力の方がずっと大事だったから。
「あやつは予を恨んでいる。当然だ、当たり前である!」
「せ、セルッゾさま?」
だが今、セルッゾの心はかき乱されていた。
切り捨てたはずの娘への情を、想起させられてしまったからだ。
彼は信念に従って、娘を見殺しにし、権力を手に入れた。
だけど心の底から、割り切って行動していたわけではない。
娘を殺された絶望から目を逸らし、割り切ったふりをして前に進んでいただけ。
「予が娘を見捨てたというのに、娘のことを想える道理がどこにある!」
「でも、りょうちのためなのですよね?」
「ああ、そうだ。予は娘より、領地を取った! それでいいだろう、もうこれで話は終わりだ!」
リシャリの言葉は劇毒だった。
亡くした娘の記憶をフラッシュバックさせながら、傷口に塩を塗り込んできた。
これ以上彼女と会話を続けたら、頭が変になりそうだ。
だからセルッゾは、強引に話を終わらせようとしたが、
「では、うらむはずがありませんわ。王族とは、貴族とは、領地のために死すべきですもの」
「は?」
リシャリ姫は、優しい口調でそう言葉をつづけた。
「わたしはみんなの税金で、ゆうがに暮らさせてもらっています」
「……」
「であれば、領地のため命をすてることは当然でしょう」
そう話す五歳児は、目が据わっている。
それは至極当然の、常識を説くような口ぶりだ。
物を盗ってはいけないとか、好き嫌いはよくないとか、そんな風な。
「だから、うらみはしませんわ。それが『貴族の矜持』ですもの」
「……」
「だけど、パパにわすれられるのはかなしいですの。ちがいまして?」
愛娘が、セルッゾを恨んでいない。
そんなことがありえるのだろうか。
「きかせてください、セルッゾさま。あなたのごそくじょについて」
「あ、あいつについて、か」
「わたしだったら、わすれてほしくありません。むしろ誇って、話してほしい」
だが、そうだとしたら。セルッゾとて、彼女との思い出を忘れたくない。
今までずっと、怨嗟を向けられていると思ってきたから、思い出さないようにしていただけ。
「セルッゾさまは、その娘のことがだいすきなのでしょう?」
「予は、予は……」
「だってさきほど、わたしをだっこしたとき、目を腫らしていたではないですか」
セルッゾはその言葉にハッとなり、目元をぬぐう。
いつのまにか、涙の粒が目じりに浮かび上がっていた。
「その涙を出させたのは、わたしではありません。セルッゾさまが、その方のことを想って流したもの」
「────」
自覚すれば止まらない。気づけばセルッゾは、『娘を殺されてから初めて』、声を上げて泣いた。
大人がみっともなく、五歳児に諭されて泣いたのである。
「ではセルッゾさま。どうかきかせてくださいな」
「オッ、オォ……」
「このリシャリがひとばん、おつきあいいたしますわ」
そのまま、セルッゾはリシャリに促されるがまま。
部下やメイドたちもいる部屋で、娘への思いを一晩中語り続けたのであった。
「────昨晩の交渉は、全て取り下げる。非礼も詫びましょう、失礼しました」
「はい?」
翌日。
セルッゾは、そう言い残してサリパを去った。
「セルッゾおじさま、バイバイですわ~!!」
「……リシャリ姫。どうかご機嫌麗しゅう」
「またおはなししてくださいまし!!」
夜通しリシャリの奪還計画を練っていたパウリックと国王は、目が点になり。
誘拐された張本人リシャリは、なぜかセルッゾに懐いていた。
「お、おいリシャリ。セルッゾに何かされなかったか?」
「何にもされてませんわよ? ずっとお話しただけですの。ふわぁ~ぁ」
「そ、そうか」
領地に帰っていくセルッゾを見送った後、リシャリは眠そうにあくびをした。
国王が心配そうに話しかけるが、
「そうそう。セルッゾおじさま、これからなかよくしてくださるそうですわ」
「……」
「なかよしがふえて、うれしいですの!」
当のリシャリはニコニコと笑うばかりであり。
サリパ国王とパウリックは、そんな幼女を怪訝な目で見るしか出来なかった。