【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
リシャリに娘への愛情を思い起こされたことで、セルッゾは変わった。
サリパを諦めただけではなく、領土拡大に執着することもなくなった。
セルッゾが歩む『権謀術数の道』の先に、安寧はないからだ。
次に『大切な人』が出来た時、また見捨てることになりかねない。
「……予も、良い歳だ。潮時かの」
彼が本当に欲していたのは、理不尽に虐げられない平和な暮らしだ。
まだ、領地は安定したとは言い難い。いつ寝首を掻かれるか分からない状況だ。
ここからは領地拡大をせず、地盤を固めるのも悪くはない。
「ぬはは、歳は取りたくないものだな」
それに何より、セルッゾはリシャリ王女に嫌われたくなかった。
そう自覚した瞬間、セルッゾは乾いた自嘲を零した。
「おかえりなさいセルッゾ様。サリパとの交渉はどうでしたか」
「……ラシリア姫」
領地に戻ると、ラシリアは笑顔で彼を出迎えた。
自分を強請りのネタにされることなど、気にしていなさそうである。
「とんでもない弱小国家である。強請っても旨味は少なかろう」
「まぁ、ここと比べたら田舎の小国ですものね」
「サリパ国王の精神も未熟だ、実のある交渉になりそうもない」
そんなラシリアに、セルッゾはつっけんどんにそう言い放った。
あのまま交渉しても、纏まる可能性が低かったのは事実だ。
「父は……、国王は私のことを、何と言っていましたか」
「ラシリア姫、貴殿を保護したことは伝えていない」
「そうですか。それはどうして?」
「まだ時期ではないからだ」
不思議そうな顔で、セルッゾを見つめるラシリア。
彼はその少女に、喪った『愛娘』の面影を見た。
「────伝えると、護衛が大変であるしな」
「はい?」
彼女の存在が、サリパの致命的な弱味であることに変わりはない。
ラシリア姫の存在を明かせば、サリパは暗殺者を放ってくるだろう。
セルッゾであれば、確実にそうする。
「安心せよ、ラシリア姫。貴殿の活用手段は、他にもある」
「それは、いったい?」
「貴殿はなかなか聡明だ。ひとつ、予の領地運営を手伝ってはくれまいか」
だからセルッゾはラシリアを、サリパの姫としてではなく。
信頼できる腹心として、育てることにした。
「予の領地は安定したとはいいがたい。どいつもこいつも、予の首を狙っておる」
「セルッゾ様……」
「貴殿には、予以外に頼る相手がいない。つまり、予を裏切らんわけだ」
セルッゾ領の民は、かつてデケンに征服された国の民である。
なのでセルッゾ領の役人には、しぶしぶ従っている者が多い。
ラシリアが従順な配下となってくれれば、セルッゾも大助かりなのである。
「貴殿も王女だ、それなりに教養はあるだろう」
「ええ、まあ」
サリパ王家の血を引くだけあって、ラシリアは優秀だった。
天才と称される
「ラシリア姫よ。血筋ではなく、能力で立場を示せ。さすれば、我が右腕として重用してやろう」
「……分かりました」
セルッゾ伯爵は、人間不信な男である。
裏切り、裏切られ、自らの利益だけを追求する生き物。
人同士の親愛や友愛などには、意味も価値もない。
大切なものを作ってしまえば、弱みとなるだけだ。
「ラシリア姫。予は貴殿に、親愛の情は抱かない」
「はい」
そう、思っていたのだが。
リシャリに諭された彼は、あと一度だけ。
「だが保護し、大切に使ってやる。予の信頼を裏切るなよ」
「分かりました」
大切なものを、育ててみようと考えた。
「指示通り、穀物庫を解放しました。マキャス村の反乱軍は、解散したようです」
「うむ。凶作だからといって、いちいち蜂起しないでもらいたいのう」
かくしてラシリアは、セルッゾの秘書となった。
ラシリアはセルッゾの政務をよく支え、忠実に仕えた。
「移民を受け入れた集落で、民族間のトラブルが頻発しています」
「法に忠実に裁け、従わぬ者は征伐せよ。軍を動かして構わん」
「御意」
彼女にとってセルッゾは、檻から救い出してくれたヒーローである。
自分を見捨てた父、サリパ国王より敬っていた。
「……本当に優秀だな、ラシリア」
「どうも」
そんな二人の関係は、ある事件をきっかけに大きく変わる。
────それはデケン帝国ジャルファ王子による、サリパ侵攻命令であった。
「デケン皇帝は、サリパを滅ぼすつもりだ」
その知らせを聞いたセルッゾは、難しそうな顔をしていた。
「我々もジャルファ王子に、物資と戦力を提供せねばならない」
「……」
「ラシリアよ、サリパ侵攻のために働くのは心が痛むか」
セルッゾは、ラシリアに気を遣ってそう言った。
サリパ王族は、ラシリアにとって血の繋がった肉親。
彼らが死ぬとなれば、ショックを受けてしかるべきなのだが。
「いえ、すぐ王子の命令通りに物資を手配します。よろしいですねセルッゾ様」
サリパが滅びるという情報を聞いても、彼女の反応は淡白だった。
「あまり興味がなさそうだな」
「向こうが私を忘れてるのです、そりゃ私だって忘れますよ」
存在をなかったことにされ、返還要求もせず、十数年も放置された家族である。
ラシリアはサリパに、何の情も感じていなかった。
「……そうか」
「セルッゾ様は、気にしているのですか」
「それなりに懇意だったからの」
一方でセルッゾは、少しばかり哀しそうな顔をしていた。
セルッゾらしくない反応だと、ラシリアは少し意外に感じた。
「だが、お国には逆らえん。抜かりなく、十全に用意せよ」
「分かっております」
そんな感じに実行された、ジャルファ王子による侵攻作戦だったのだが……。
「……サリパが、勝っただと?」
「そのように報告が」
世界の大半の予想を裏切って。
デケン帝国の大軍に対し、サリパが宿敵ヤイバンと同盟を結び、見事に撃退したのだ。
歴史に残る
「ジャルファ王子から出陣の依頼が来ております。撤退を支援してほしいと」
「むーむむ」
「すぐ、救援軍を編成しましょうか」
「いや、そんな余裕はなかろうよ」
その報告を聞いたセルッゾは、頭を悩ませた。
歴史に残る大敗戦となれば、次に何が起こるかなんて目に見えている。
「……すみません、続いて報告が来ました。町中で暴動が起きているようです」
「そうだろうなぁ」
この町、セルッゾ領の民はデケン軍が怖いから従っていた。
デケン軍が惨敗して逃げ出したという情報が飛び交えば、反乱が起きて当然だ。
「では、王子からの依頼は断らないといけませんね。反乱を鎮圧しなければ」
「悩ましいのう。領民の大半が蜂起したとなれば、鎮圧できたとしても酷いことになるぞ」
「ですが反乱は放っておけません。どうするのですか」
セルッゾ領は広く、蜂起した反乱軍の勢力はかなりのものになっていた。
このまま反乱鎮圧できたとして、領民が半減しかねない状況だ。
「普通の鎮圧ではだめだ、その後がどうしようもない」
「では、他にどのような手が?」
「うむ、そこでだが」
そうなれば防衛能力はがた落ち、ヤイバン・サリパ同盟が見過ごすはずがない。
今、まさにセルッゾ領の存続の危機なのだ。
そんな危機的な状況において、
「ラシリアよ、ちょっと予を殺してみんか?」
「はい?」
セルッゾは大得意の策謀、一計を案じた。
「すまん、予らも反乱軍に加えてくれ。絶対に役に立つぞ」
「オッサンと、綺麗な女……?」
「おい。このお方を誰と心得る、口のきき方に気を付けい」
反乱を鎮めたいなら、反乱を成就させればいい。
セルッゾはラシリアと共に、『反乱軍に参加』してしまったのである。
「貴女が本当に、あの『幻のサリパ第一王女』……?」
「ああ。ずっと機を窺っていた、第一王女ラシリアである」
そこで彼はラシリアの血筋を明かし、反乱軍を歓喜させた。
デケンと対立する以上、独立後はサリパかヤイバンと協調しなければならない。
サリパ王家の血筋であるラシリア王女は、反乱軍の首魁としてこれ以上ない旗頭だった。
「フリーゾさん、あんたなんかセルッゾ伯爵に似てない?」
「ぬははは! 昔から悪人面と言われますが、あのような大悪党と一緒にされれば傷付きますぞ」
「むぅ、確かにな。すまなかった」
一方でセルッゾは、フリーゾと名前を変えてラシリアのパトロン商人を名乗った。
若干怪しまれたものの、討伐対象ご本人が反乱軍に参加するなどあり得ない、という先入観により事なきを得た。
「マキャス村の長に、独立を宣言させた。これでセルッゾ伯爵の地盤はなくなった」
「おお、流石ですラシリア王女」
ラシリアは反乱軍でも、その優秀さを存分に発揮した。
いつしか彼女は、神輿ではなく『リーダー』として認められていた。
「お、東の同志が予の暗殺計画を立てているようである。だが詰めが甘いのう。ちょっと助言しに行ってくる」
「自分を殺す計画に参加なさらないでください……」
ラシリアが反乱軍のトップとなってから、二人はやりたい放題だった。
せっかくなのでと、反乱軍を使って政敵だった貴族を潰して回った。
「貴様、セルッゾ! 許さん、許さんぞぉぉぉ!! もがもがぁ!」
「じゃ、予の代わりに殺されてくれな」
こうして反乱の結果、セルッゾ家はほぼ無抵抗に壊滅した。
最後はセルッゾに似ていた者を、セルッゾ家の服を着せてラシリアに処刑させた。
「うーむ、我が領の膿も絞り出せた。反乱さまさまである」
かくして一般市民の面前で、セルッゾ伯爵(偽)は処刑され。
反乱軍は勝利を宣言し、セルッゾ領は『神聖ラシリア帝国』として独立を宣言した。
「それで、次に何をすればよいのでしょうか、
「予に様づけはいらんよ、部下のフリーゾとして扱うとよい」
そしてラシリアとセルッゾは、統治者としての権力を再び握った。
結局、『今まで通り』政治を行うことになったのだ。
「ラシリアに任せていた仕事は、そのまま頼む。予がやっていた仕事は、予に任せるといい」
「……では、今までと何も変わりませんね」
「領民が満足すればそれでよいのだ」
大した被害もなく暴動は治まり、セルッゾ領は平穏を取り戻した。
結果だけ見れば、大成功である。
「当面は貴様が王となるのだぞ、ラシリア。サリパ・ヤイバン連合が優勢なうちはな」
「分かりました」
「デケン帝国が優勢となれば、予がラシリアを殺すぞい。今のうちに、ラシリアによく似た女を探しておかねば」
「……相変わらず、腹黒いですね」
ラシリアの血筋を利用すれば、サリパヤイバン連合にすり寄ることも出来る。
セルッゾの策は反乱を鎮めただけでなく、敵の侵攻すら防いでしまう一手だ。
「大変です、ラシリア国王!」
「む?」
「どうしたか」
そんな計画を実行し、成功した二人だったが。
駆け込んできた兵士から、とんでもない『朗報』を受け取った。
「逃走中だったサリパ国王と、パウリックを含めた部下を数名、捕らえました!」
「なに!! 本当か!!」
なんとセルッゾ領にサリパ国王がいて、確保できたというのだ。
それはまさに、願ってもない話。
「サリパ国王は、ラシリア様と会談を希望しているようです」
「……っ!」
元々サリパには、こちらから使者を立てるつもりだった。
サリパ国王本人の身柄を押さえられたら、どれほど有利に交渉できるだろう。
「すぐ、客間に案内しろ。むろん、武器の類は没収しておけ」
「分かりました!」
セルッゾは嬉しそうな顔で、そしてラシリアは険しい顔で。
国王を、客間に通すよう命じた。
「……お、おお、おおお」
かくして、十五年ぶりにラシリアは肉親と再会した。
「本当に、ラシリアなのか。いや、その瞳、その髪はまさしく」
「……」
セルッゾはラシリアを暗殺されないか、入念に警戒をしていた。
彼女の周囲に護衛を何重にも配置し、セルッゾ自身も傍に控えた。
もちろん客間に、パウリックなどは近づかせなかった。
「会いたかった……我が娘……」
サリパ国王は、流涙してラシリアとの再会を喜んだ。
その言葉に嘘はない。国王とて威信のため、泣く泣くラシリアの存在をなかったことにしただけ。
ずっとラシリアの生存を祈り、幸せであってくれと祈っていた。
十五年ぶりの娘との再会に、感涙した。
「サリパ国王。今、私はここに娘として顔を見せたわけではない」
「ラシリア?」
「ラシリア王国とサリパの関係はどうあるか。貴殿の身柄をどうすべきか。それらを測りに来ている」
だが、ラシリアの態度はよそよそしかった。
無感情に、無表情に、ラシリアの視線は冷たく国王を射抜いていた。
「サリパ国王。我がラシリア王国は、貴国サリパならびにヤイバンと、協調していく方針を考えている」
「あ、ああ。我々も、もちろん、歓迎する」
「感謝する」
ラシリアはあくまで、王として
その態度には、彼女の明確な意思表示が込められていた。
「……だが、ラシリアよ。少しだけ、父娘として、話をしてはくれないか」
「その交渉に応じる義理はない」
お前のことなど、父親と思っていない。
隣国の王であるという以上の関係性を希望しない。
ラシリアは言外に、はっきりと告げたのである。
「ラシリア様、少しお耳を」
「フリーゾ?」
その頑なな態度に、少しばかりセルッゾも困った。
サリパ・ヤイバンとは、なるべく友好的な関係を築かねばならないのだ。
そこでラシリアの耳元で、小さく助言をした。
「少しで良いから、父娘の情にほだされる『演技』をしなさい」
「……む」
ラシリアの気持ちも理解できるが、嘘でもいいので『親愛の情』を示してほしい。
その言葉を耳打ちされたラシリアは、難しい顔になった。
「……貴殿は、セルッゾ伯爵では?」
「何のことですか、ぬはははは!!」
「やはり、あの処刑場で殺されたのは」
「私はこのラシリア国王の腹心、フリーゾと申します。セルッゾなど知りませんな」
「相変わらずのようで」
セルッゾが生きていたことに、国王は呆れていた。
だがセルッゾはそれを意に介さず笑うのみ。
「しかし、貴殿がラシリアと一緒にいるという事は。まさかラシリアを攫ったのは────」
「それは邪推というものですよ、サリパ国王様」
「ではなぜ……」
「誘拐されたラシリア様を、保護しただけでございます。詳しくは、本人に聞いてはいかがです」
「む」
セルッゾはそう言うと、チラリとラシリアを流し見た。
「サリパ国王様、予と話している場合ではないでしょう」
「セルッゾ伯爵……」
「貴方には、もっと話さねばならぬ相手がおりますぞ」
国王はそう言われ、改めてラシリアと向き合った。
険しい顔で自分を睨む、見捨ててしまった娘へと。
「ラシリア。セルッゾ伯爵の言うことは、事実なのか」
「……はい」
「そうか。ではセルッゾ伯爵、御礼を申し上げる」
「ぬははは、なんのことですかな。私はフリーゾですぞ!」
ラシリアの表情は、冷たい。
そんな彼女に、国王は頭を下げて詫びた。
「ラシリア。私が君を傷つけてしまったことは理解している。すまなかった」
「……」
「でも、私は君のことを忘れたわけじゃない。ずっと探し続けてもいたんだ。パウリックだって、君の一件をどれだけ悔いていたか」
国王はラシリアに向かって、そう言葉をかけ続けた。
真摯に、まっすぐ、頼み込むような口調で。
「君が許してくれるなら。私はもう一度、君の父親に戻りたい────」
彼の言葉に嘘はない。本心からそう言っていた。
だが、ラシリアにはそれが分からない。騙そうとしているに違いないと感じてしまう。
「では、今一度だけ。父娘として、お答えしましょう」
「お、おお! そうか、ありがとうラシリア」
しかし、セルッゾの言葉もある。
ラシリアは、ようやく王としての仮面を外した。
「今更、父親面しないで!!」
そして出てきたのは、今にも泣きだしそうな叫び声だった。
その直後、彼女は目を丸くして口を手で押さえた。
自分でも、思ったより大きな声が出てしまったらしい。
「ラシ、リア?」
「何もしてくれなかったくせに」
だが、それでもラシリアは父親を詰るのをやめない。
国王が本音で話をしたように、ラシリアもまた本音を返した。
「私が体よく領地を得たら、父親面ですか。利益になりそうだから、父娘に戻ろうとしているのですか!」
「ち、違う。そんなことは」
「……アンタなんか、大っ嫌い!!」
彼女の叫びの後、場に沈黙が流れる。
セルッゾは慌てているが、ラシリアに後悔した様子はない。
言いたいことを言ってやったという、達成感すらあった。
それは彼女がずっと溜め続けてきた『心の叫び』だったから。
「……そう、か」
国王はひどく、しょげ返った顔をしていた。
だがラシリアの言葉に、何も言い返すことはできない。
そんな言葉をぶつけられるのも、当然の話だ。
実際、国王は父親なのに何もしてこなかったのだから。
「二度と、私に父娘として話しかけてこないで」
セルッゾにとって、このラシリアの態度は計算外だった。
誘拐事件はもう十五年も前の話。
だから彼女が冷静に、割り切ってくれると思っていた。
「私はもう、あなたの娘なんかじゃない」
しかしラシリアの中で、その憎悪の炎が途絶えることはなかった。
ずっと恨んでいたし、ずっと罵りたかったのだ。
つまりこれは、感情を軽視したセルッゾのミスである。
「私はもう、この人のモノなんだから!!!」
最後に、ラシリアは。
そういって、セルッゾの腕にガッツリ抱きついた。
「えっ」
セルッゾの顔が真っ青になったのは、後にも先にもこの時だけである。