【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
「サリパ国王は、その後どうした?」
「貴賓室に案内いたしました」
「ああ、丁重にもてなせ。……パウリックが暴れぬか、見張っておけよ」
その後、セルッゾは慌ててラシリアを連れ部屋を出た。
会談は強制終了となり、明日にやり直しととなった。
「ラシリア……、どうしてあんなことを」
退室した後の二人の間には、なんとも微妙な空気が流れていた。
「セルッゾ様、申し訳ありません。自分でも不思議なのですが、感情が御しきれず」
ラシリアは申し訳なさそうに、セルッゾへ頭を下げた。
サリパ国王の顔を見るだけで、フツフツと怒りが止まらなかったのだという。
「私が幼稚なことが原因です、セルッゾ様」
「……」
「いかなる罰も、お受けいたします」
「いや。過ぎたことはもう良い」
セルッゾは、ラシリアの
親に見捨てられたというトラウマは、彼女に根深く残っていたのだ。
人間の心はままならぬことくらい、良く知っているはずなのに。
「明日、冷静になって話をしなおそう」
「了解致しました。……明日こそ、ご期待に応えます」
「頼む」
セルッゾはそう言って、ラシリアの頬を撫でた。
女王はくすぐったそうに、その掌を受け入れた。
「ラシリアよ。王たるものは、感情で動いてはいけない。情より実を取る必要がある」
「……はい」
「だが今日のラシリアを責めるつもりはない。『父娘として話してくれ』と言ってきたのは、他ならぬサリパ国王だからな」
ラシリアとセルッゾは、静かに見つめ合った。
────セルッゾがラシリアに向ける瞳は、恋人ではなく親子のような慈愛が浮かぶ。
「親子であることは忘れ、明日は王として話をせよ。友好を求むと、それだけでいい」
「はい」
「領主たるもの、憎悪に飲まれても、ほだされてもいかん。自領のことを優先せよ」
「分かりました」
利害の一致という名分だったはずなのに、いつしかラシリアはセルッゾを慕っていた。
見捨てられた
「それと、あの誤解も解いておいてくれよ」
「誤解ですか?」
そしてセルッゾもまた、ラシリアに愛娘の影を見ていた。
気づかぬうちに、ラシリアが幸せであって欲しいと愛情を抱いていた。
お互いにそれが、間違った
「あの言い方だと、予がラシリアに手を出しているみたいではないか」
「……そうですね」
翌日。
改めて開催されたサリパ国王との会談は、つつがなく終わった。
「ラシリア王は、サリパ・ヤイバン同盟に協調する方針だというのだな」
「ええ、その通り。仲よくしようではないか、サリパ王」
この日のラシリアは、王であることを徹底した。
見捨てられたサリパの姫ではなく、ラシリア王国の指導者としてサリパ王との会談に挑んだ。
「では、我々は解放して貰えるということで良いのか」
「無論だ。貴殿らを保護したことも、もうサリパ本国に伝えてある。じきに迎えが来るだろう」
「お心遣い、感謝する」
サリパ国王もまた、父ではなく王として会談に応じた。
昨日の話などなかったかのように、和やかな空気で話は進んでいく。
「しばらくは、我が邸宅で休まれよ」
「ありがたく、世話になりましょう」
会談の最中、サリパ王は時折、セルッゾを鋭い目つきで睨んだ。
娘を誑かした悪徳貴族、と言いたげな顔である。
「温かいご配慮に、最大の感謝を」
だがサリパ国王は、さすがに王だった。
胸中に憎悪を抱えていても、友好的な態度を崩さない。
彼は笑顔を作って、丁寧な口調でセルッゾと握手した。
「ラシリア王。最後に一つ、お願いがある」
相互不可侵、軍事提携、交易通商、関税に自治権など一通りの話し合いが済んだ後。
最後の最後に、サリパ国王はラシリアに一つだけ願い出た。
「我が騎士パウリックと、会ってはくれないか」
「……パウリックと?」
その言葉を聞いて、セルッゾの顔色が変わった。
ラシリアも怪訝な目で、サリパ国王を見つめた。
「理由を聞いてもよろしいですか」
「パウリックはこの十五年、ラシリアが誘拐されたことを悔いてきた。一言で良いから、懺悔がしたいと」
「……理解できんな」
騎士団長パウリックと言えば、サリパで最強の男である。
彼の前にラシリアを差し出せば、暗殺など容易だろう。
「そんなに私の首が欲しいか、サリパ王」
「違う、そういう意図ではない」
「サリパと友好的に接したい、と話をした直後だぞ?」
こんな露骨な暗殺があるだろうか。
あまりに明け透けな暗殺に、ラシリアは呆れ果てた。
「拒否する。部屋に戻るとよい、サリパ国王」
「そう、か」
きっぱりと断られ、国王は肩を落とした。
彼の前にいるのは、かつての可愛い娘ラシリアではない。
セルッゾに育てられた『ラシリア王国の女王』ラシリアだ。
それもこれも、ラシリアを見捨てた国王が悪い。
────もう二度と、彼女と関係は元に戻らないのだ。
「これで、ひとまずサリパとの同盟には成功だ。よくやったラシリア」
「ありがとうございます、セルッゾ様」
こうして心の奥はともかく、表面上はサリパと友好に成功した。
ラシリアとサリパ国王は血判を押して、同盟内容を承諾した。
あとは、サリパからの迎えを待つだけだ。
「サリパからの迎えは、誰が来るでしょうか」
「彼らがどれほどサリパ国王と、ラシリア王国を重んじているかによるだろう」
セルッゾはラシリアの問いに、ヌハハと笑った。
彼曰く使者の人選で、サリパがラシリア王国をどう見ているかが分かるのだという。
「と、おっしゃいますと?」
「今のサリパは、第一王子サリオが国王代行として辣腕を振るっているらしい。サリオ自ら迎えに来るなら、それなりに重要視されている」
「……そうですか。あの不器用なサリオが、今や国王代行なのですね」
サリパとしてはラシリア王国との
国王代行であるサリオ自ら、迎えに来る可能性は十分にある。
「だが現実的に考えると、使者はジケイ殿だろうな。サリオ殿が万一暗殺されれば、サリパは窮することになる」
「ジケイ王子。……私は会ったことがありませんが、優秀だそうですね」
「政治交渉も得意だというから、適任だろう」
だが、サリオは国王候補の筆頭だ。
さらに腹芸も苦手で、良くも悪くも愚直な人物である。
一方でジケイは、セルッゾと腹芸で渡り合えるほど切れる男だ。
普通に考えれば、ジケイが使者に選ばれるだろう。
「向こうが我々を軽んじていたなら、その二人以外が来るだろう」
「軽んじている、とは」
「ラシリアの出生を知っていれば、自然とこういう考えも出てくる。『適当に扱っても、サリパの味方になるだろう』と」
「……」
だが、それ以外の……。
ただの外交官を送ってくるなら、ラシリア王国は舐められている。
「────それは不愉快ですね」
「ああ。その場合は使者を送り返してやれ」
ラシリア王国は、サリパと協調していく方針ではある。だが別に、サリパに媚びへつらう必要はない。
サリパ国王の身柄を預かっているわけだし、国力もラシリア王国の方が上なのだから。
「さて、誰がやってくるか……」
「ラシリア王、フリーゾ様。来客です!」
外交は、へりくだりすぎないことも重要だ。
自国を低く見せることで、損につながるケースもある。
「サリパ王国から、迎えの使者がやってまいりました」
「おお、来たか」
その辺のバランス感覚が、外交で必要不可欠である。
果たしてサリパの送ってきた『使者』とは、誰なのか。
「第二王女リシャリ様が、使者として面会を求めています」
「……げっ」
セルッゾの予想は外れ、ジケイでもサリオでもないサリパ四王族の末娘。
使者はリシャリ・サリパールであった。
「どうしたものでしょうか、セルッゾ様。一応、サリパは王族を使者として出したようですが」
「……」
「とはいえ末娘のリシャリ姫は凡才で、大した外交決定権も持たないはず」
女王ラシリアは、この人選に少し不満げだった。
ラシリア王国を重視しているのであれば、ジケイが出てくる筈である。
しかし来たのは末娘のリシャリで、まだ十五歳の凡人少女。
「どうしますか? 送り返しますか?」
「いや。……敵もさるものである」
「セルッゾ様?」
「会おう。いや、会うべきだ」
しかしリシャリ姫の来訪を聞いたセルッゾは、ひどく嬉しそうに困った顔をしていた。
その見たことがない反応に、ラシリアは首をかしげた。
「ラシリアよ、あらかじめ言っておく。
「ほだされる、ですか」
「一回りは年下の妹だ、可愛く感じるだろう。だが、国王たるもの感情に飲まれてはいかんのだ」
「はあ。無論、そのつもりですが」
何をそんなに警戒しているのか。
何をそんなに、楽しそうにしているのか。
ラシリアはいくつも頭に疑問符を浮かべて、奇妙な態度のセルッゾを見つめていると……。
「わあ! セルッゾおじ様が生きていますわ!!」
まもなく、部屋の扉が開かれて。
少女が満面の笑顔で、セルッゾの下に駆け寄ってきた。
「良かったですわ! とっても、とても心配したんですのよ!」
「ええ、ああ、うん。リシャリ姫、久しぶりである、な」
「良かった、良かった! さてはセルッゾおじさま、悪い企みをしましたわね」
「い、いや。そんなことはしておらん、ですぞ」
タジタジと照れた顔で、少女に抱きつかれる
少女は心底嬉しそうな顔で、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「……おや」
そして、チラっと。
ラシリアは、少女と目が合った。
「貴女は……」
「……」
数秒ほど、二人は見つめあう。
少女はラシリアと、鏡映しのように同じ瞳をしている。
「……もしかして、姉上ですの?」
しかし少女の瞳に、策謀の気配はない。
純粋に、セルッゾの生存を知って飛び跳ねていただけだ。
「初めまして、ラシリア姉上!」
にぱっと、少女の顔に笑顔が浮かぶ。
少女は小柄な体躯を揺らし、トテトテと歩いてラシリアの手を握る。
「サリパ王国第二王女、リシャリ・サリパールですわ!!」
初対面だというのに、その距離感は長年連れ添った姉妹のよう。
彼女から発されたのは、ラシリアが心の奥底で欲し、飢えてきた家族の愛情。
「……っ!!」
何だこの距離感は、と。ラシリアは慌ててセルッゾに視線を向けた。
助けてください、こんな急に距離を詰めてくる娘の扱い方が分かりません。
そんな心の叫びを、アイコンタクトで送ったのだが……。
「セルッゾおじ様、あの方がラシリア姉上ですよね?」
「そ、そうであるぞ、うむ。よしよし、リシャリ姫は可愛いのう」
「ありがとうございますわ!」
当のセルッゾはそのアイコンタクトに一切気付かず、全力でデレデレしていた。
「────めっちゃほだされてる!!」
ラシリアの絶叫が、屋敷に響き渡った。