【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
俺から見たラシリアの第一印象は、『凛々しく綺麗な女性』だった。
「あの……、ラシリア姉上?」
「……」
年齢は、三十代手前というところだろう。
目つきは鋭く、長い金髪は清潔に整えられて、唇を真一文字に結んで。
しかし顔の造形は可愛らしく、少女の面影を残していた。
「……お前が、サリパの第二王女リシャリか」
「はい、ですわ」
やがて、ラシリアは口を開いた。その声色も、俺に近しかった。
パウリックが、俺に彼女の面影を重ねたのも頷ける。
俺が妙齢になったらこうなるのだろう、と感じた。
「私の名は、ラシリア。デケン帝国より独立した、この神聖ラシリア王国の主である」
「お初にお目にかかります」
彼女が言葉を発すると、ピリっと場の空気が緊張した。
その尊大な口調、態度はルゥルゥ姉上にも似ている。
「ところで、リシャリ姫よ」
「はい、何でございましょう」
しかしラシリアの瞳に、ルゥルゥのような好意は浮かんでいない。
むしろ、
「随分とセルッゾ伯爵……ではなく、フリーゾと仲が良いようだな」
「へ? はい、親密にお付き合いをさせていただいておりますわ」
「ふーん」
若干の敵意すら、孕んでいるような気がした。
「サリパから
「ど、どうも、ですわ」
そして、ラシリアとの会談が始まった。
俺は身振り手振りを使い、愛想よく振る舞った。
「ラシリア様、この度は
「ああ」
だがその会談は、順調とは言えなかった。
俺が礼を尽くし謝辞を述べても、どこ吹く風だ。
「此度の礼として、心ばかりの品を持ってきております。どうかお受け取りを」
「ああ、受けとろう。話は終わりか?」
塩対応にも程がある。仮にも友好の使者に対する態度ではない。
俺は笑顔を固くして、内心でどうしたものかと頭を抱えていた。
「え、えっと。その」
「手短に話せ」
セルッゾおじ様は困った顔で、俺とラシリアを交互に見つめる。
そんなおじ様の様子を見て、ラシリアの仏頂面は硬くなっていくばかり。
「ラシリア様はとても美しいですね。まるで野山に咲く一輪の白華花────」
「世辞はいらん」
「は、はい」
初対面の筈だが、どうしてラシリアに嫌われているのだろう。
何か、気に障ることをしてしまっただろうか。
「我々は今後、ラシリア様と仲良くしていきたいと考えておりまして」
「ああ。ラシリア王国も、これから貴国サリパと友好的に接していきたいと考えている」
ラシリアの言う「友好」は、上辺だけだ。
むしろ態度の節々からは、サリパに恨みすら感じる。
「感激ですわ、ラシリア様。末長く友好を保ちましょう」
「ああ。途切れることのない友好を求む」
……ふむ、ふむ。推理しよう。名探偵リシャリちゃんモードだ。
俺はセルッゾおじ様が、ラシリアに処刑されたと聞いていた。
しかしおじ様は、ラシリアの腹心として生きている。
つまりあのクーデターは、民衆を宥めるためのマッチポンプと見ていいだろう。
「あの、ラシリア様。いえ、敢えてラシリア姉上と、お呼びしてよろしいでしょうか」
「……何だ」
ではなぜ姉上がセルッゾおじ様と組んでいるのか。
おじ様が誘拐犯と言うのは考えにくいな。だったらラシリアが仲良くする理由がない。
恐らく誘拐されたラシリア姉上をセルッゾおじ様が助けた……、といった辺りだろう。
「姉上はサリパの第一王女だと宣言し、神聖ラシリア王国の王として即位されたそうですが」
「ああ、その通りだ」
「つまり、ラシリア姉上も
だとすれば、セルッゾおじ様の方が力関係が上のはず。
ラシリア姉上はセルッゾおじ様に従い、サリパと友好を進めている。
だがラシリア姉上の本心では、サリパを恨んでいる。
そう考えればつじつまは合うな。
「……姉上は、サリパ国王を恨んでいますか?」
「ふむ」
俺の問いに対し、ラシリアは薄く笑いを浮かべた。
だが、返事が返ってくる気配はない。
「いや、きっと恨んでいるのでしょう? それこそ、殺したいほどに」
「……さて、な」
俺が畳み掛けると、ラシリアは目を閉じた。
少なくとも、俺の質問を否定する様子はない。
「リ、リシャリ姫。その辺は、その」
「大丈夫ですわ、セルッゾおじ様」
むしろセルッゾおじ様が、慌てて口を挟んできた。
俺の推理は当たっているっぽいな。
だとすれば、俺の存在は面白くないはずだ。
ラシリアにとって、俺は『本来はこう育てられたはずの
「実に面白い質問だ、リシャリ姫」
開かれたラシリアの瞳は、光が消えていた。
その口調からは、一切の感情が消えていた。
「その問いに、私は答えねばならないか?」
「……姉上の、本当のお気持ちを聞きたいなと」
「そうかそうか。まだ若いな、リシャリ姫」
俺の質問に対し、ラシリアは表情一つ変えない。
ただ突き放すように、
「聞かぬが良い質問もあるのだ、リシャリ姫」
「ラシリア、姉上」
「仮に
そう、聞き返してきた。
「……」
うん、今ので確信した。俺の予想は、ほぼ当たっている。
少なくとも姉上は、国王や俺に対して強い憎悪を抱いている。
困った。ジケイ兄上からは、ラシリアと仲良くなって来いと言われたのだが……。
現状だと達成できそうにない。
「そうですわね」
こういう時にどうすべきだろう。そういえば、ジケイ兄上は言っていた。
ラシリア女王の隣にいる人を頼れ、と。
「ラシリア様が父上、サリパ国王を殺したいとおっしゃるのであれば……」
チラリ、とセルッゾおじ様に視線を向けると。
彼は俺を見て心配そうで、同時に
会話の流れを作れば、手を貸してくれそうな気配はある。
よし、決めた。
「話が長くなりますので、お茶でも飲みながら語りませんか?」
「む?」
俺はそう、ラシリア姉上をお茶に誘った。
表面上の友好だけでいいなら、ジケイ兄上が出向いたはずだ。
お互いが手を結ぶことでどんな利点があるかという論戦は、ジケイ兄上の得意分野だ。
「ラシリア様は、茶の席はお嫌いですか」
「いや、そんなことは」
だが、ジケイ兄上は俺をここに派遣した。
それはつまり、ちゃんと関係を構築してこいということ。
「どうしてサリパ国王を殺したいという話から、『茶会をしよう』と話が飛ぶのだ?」
「え、だってそういうものではないですか」
俺は居住まいを正して、不思議そうな顔をしているラシリア王女に向かい合った。
そしてにっこり笑みを浮かべ、
「父上の愚痴を言う場は、姉妹のお茶会と相場が決まっているのですわ」
そう返答した。
「……茶席か」
「良い茶葉を持ってきておりますの、お付き合いいただけないでしょうか」
「ううむ、だが」
ラシリアはお茶会に誘われ、困惑しているように見えた。
どうして俺と歓談せねばならないのだ、という想いが見て取れる。
しかし、外交の使者に茶会を開くことは珍しい話ではない。
むしろ、友好を深めるのであれば『席を設けるのが普通』である。
「よろしいのではないでしょうか、ラシリア女王。社交の席は、友好に必須」
「セルッゾ様……」
「我が家には、それなりに菓子の蓄えがございますぞ」
セルッゾおじ様は意を汲んでくれ、上手くアシストしてくれた。
外交の使者をパーティーでもてなすことは、ひどく真っ当な提案だ。
ラシリアも、断る理由はないだろう。
「せっかくなので、
「せっかくだから、って」
こうして外交を、姉妹の井戸端会議に落とし込む。
これはラシリアが、血のつながった姉上だから出来る策。
「私も一国の姫。あまり
「は、はあ」
孫子だったか孔子だったか、昔の賢い人が言っていた。
敵のフィールドで勝とうとするな、自分の得意な領域に誘い出して勝てと。
「ラシリア姉上としても、国王がどんな人物なのか興味はありませんか」
「いや、まあ」
そして俺の持っている武器は、ただ一つ。
社交の席で、楽しく会話することだけ。
「ではちょっとだけ、このリシャリの愚痴に付き合っては貰えませんか」
幸い、俺とラシリアには最強の会話デッキが用意されていた。
そう。それはあらゆる姉妹で共通の話題、『父親への愚痴』だ。
「それは酷い」
「本当にサリパ国王殿が、そのような」
俺とラシリア姉上はセルッゾおじ様に促され、個室で紅茶を楽しむこととなった。
タケルは入室を許されなかったので、部屋の外で控えて貰った。
「ねぇ、酷いでしょう?」
父の陰口を叩くなんて、あまり気は進まなかったが……。
ラシリアと仲良くなるためなら仕方がない。
父上も、きっと許してくれる。
「つまりお父様は社交会場で、放屁という罪を私に着せたのです」
「まさか自分の娘に、そんな辱めを」
というか
あれは、俺が七歳の誕生日パーティの時。
社交会場に、爆音で放屁音が鳴り響いた。
『おや、やめなさいリシャリ。はしたない』
『ファッ!?』
屁をこいたのは間違いなく
周囲の貴族が目を丸くして俺を見たのは、トラウマだ。
そのことを俺は、未だに根に持っている。
「こんなこともありましたわ。ルゥルゥ姉上が昔、
「ふむ」
「
「……恋文の書き換え!?」
「
「サリパ国王は正気か?」
「その手紙のせいで、姉上はフラれてしまい。事情を知ったあと、姉上はそれはもう大激怒で……」
もちろん、
少なくとも国王としては、優秀だ。公平だし、家族思いだし、厳しさと優しさのバランスもとれていると思う。
「朝、娘の着替えに乗り込んできて、下着に口を出すことなど日常茶飯事」
「年頃の娘の、着替えを!?」
「注意されても、何が悪いのかわかっていない感じで」
「暗い……あまりにも……」
ただちょっと……あんまりなことをする時があるのも事実だ。
しかも本人的に、単なるコミュニケーションと思い込んでいる節があるから手に負えない。
「とうとうルゥルゥ姉上も堪忍袋の緒が切れて、社交界をボイコットしましたわ」
「そうか。いや、是非もない」
「王族としては誉められませんが、ルゥルゥ姉上の気持ちもわからなくはありませんの」
そういうのが重なった結果、ルゥルゥ姉上は婚約者────ロウガ・スピオ卿との会談をボイコットした。
俺も何度も諫めたのだが、聞く耳を持ってもらえなかった。
「……そう言えば。私も思いだしてきた」
「ラシリア様も?」
「あの男は当たり前のように、私の部屋に入ってきた。時間がなく忙しいのだろうと諦めていたが、ノックくらいはすべきではないか?」
「あー、
父は十代で王位を継いで、がむしゃらに政務をし続けてきた男。
だから、娘の扱いやデリカシーなどを学ぶ機会はなかったのだろう。
「その点、セルッゾ様は素晴らしかった。私を女性として扱って……」
「その話、お聞きしたいですわ!」
「ああ、その、ラシリア女王? 予の話は……」
共通の話題になると、口が軽くなるものなのだろうか。
当初こそ俺に硬い態度だったラシリア姉上も、少しずつ話をし始めた。
やはりセルッゾおじ様が、誘拐された姉上を助けた様だ。
「セルッゾ様は行く当てのない私を、目をかけてくださって」
「姉上がセルッゾおじ様に保護されていて、本当に良かったですわ」
「ええ、まったく」
おじ様のこととなると、ラシリア姉上は饒舌に話し始めた。
この二人の関係が、少しづつ見えてきたな。
あとは話を聞きながら、仲良くなって情報を聞き出せばいい。
「この間、私が誕生日の時など────」
「ほうほう」
社交の席で大事なのは、話し過ぎず、相槌を打つ時間を作ること。
相手の話に興味を持って、楽しく会話をすること。
「セルッゾ様は時に厳しく、導いてくださいました」
「お、おい。ラシリア、その辺で」
「なるほどですわ。姉上にとっておじ様は、大切な人なのですね」
「ああ」
やはりラシリア姉上は、父を恨んでいるようだった。
父上とセルッゾおじ様を比べ、おじ様を褒め称えることが多かった。
「久々に見たが、あの男の情けない顔と言ったら。あれでよく王がやれるものだ」
「こ、こらラシリア」
だが姉上の言動は、親に捨てられたというトラウマからくる過剰な反応にも見えた。
信じて、裏切られたからこそ、必要以上に攻撃的になっているのだ。
「であれば、もう一度。
「……ふむ?」
ならば、ここは俺の出る幕ではない。
俺だけが、ラシリア姉上と仲良くなっても意味がない。
「姉上の心のしこりを取る方法。このリシャリは、知っていましてよ?」
「何だと?」
俺はそう言って、困惑するラシリア女王の手を握った。