【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
「ではイースさん。書類はこうこう、こう言う感じで」
「気炎万丈! お任せください!」
こうしてシガレットを登用した後。
俺はイースさんと一緒に、編成の書類を作成した。
「リシャリ殿下、これでよろしいでしょうか!」
「うーん、確かに微妙ですね。兄上に聞いてきますわ」
「御意、確認をお待ちしております」
タケルは字が書けないし、ベルカは数字が得意ではない。
そのため、彼女への
ぶっちゃけ俺も、軍の書類の作り方は知らなかった。
「サリオ兄上、リシャリ近衛軍の編成書類を見ていただけませんか!」
「うむ」
そういう時は、詳しい人に聞くに限る。
俺は、軍務のトップであるサリオ兄上を頼った。
「……ここと、ここ。記載が抜けておるぞ」
「あっ。申し訳ありませんわ」
「気にせずとも良い、リシャリはまだ軍務に不慣れであろう」
サリオ兄上はジケイ兄上と異なり、質実剛健な王子だ。
現在はサリパ軍の最高責任者として、
「修正してまた持ってまいります。はぁ、やはり兄上や姉上のように上手くできませんわ」
「ジケイやルゥルゥと自分を比べるな。あの二人は、特別なのだ」
サリオ兄上は俺が持ってきた書類を一瞥すると、すぐに記載漏れを指摘してくれた。
天才二人に隠れてるだけで、サリオ兄上も十分優秀なんだよなぁ。
「にしても、まさかリシャリが軍を持つことになるとは」
「おほほ、名前を貸しているだけですけど」
「感慨深いものだ。あの小さかったリシャリが……」
サリオ兄上はそう言って目を細め、俺の頭を撫でてくれた。
年の離れた男に髪を触られているのに、イヤな気持ちは一切湧いてこない。
むしろ、安心感すら感じることがある。
「……っと、すまん。子ども扱いするのはよくないな」
「いえ、私はいつまでもサリオ兄上の妹ですから」
サリオ兄上は、実務能力では天才二人に及ばない部分が多い。
しかしルゥルゥ姉上やジケイ兄上にはない、『王としての器』が備わっていると思う。
国王になるための一番大切な資質は、この人が継いでいるように思う。
「
「そんな、言いすぎですわ」
「言い過ぎなどではない」
そんな王の器たるサリオ兄上は、俺を溺愛してくれていた。
俺も、一番相性がいい兄姉はサリオだと感じる。
「先の戦いでの外交手腕、新たな人材を登用する手管。実に見事であった」
「サリオ兄上も、勇敢に奮戦されたと伺っていますわ。兄上が先頭に立ったから、兵士も逃げずに持ちこたえたのだと」
「よせ、
王族たるもの、国に滅私奉公すべきという価値観も似通っていた。
俺が男に生まれていたら、サリオ兄上みたいになっていたかもしれん。
「ジケイがお前を褒めているところなど初めて見たぞ。アイツと、上手くやれているのか?」
「あ、あははは。ジケイ兄上は、その、もうちょっと優しさがあると」
「優しさか。……まあ、あやつには無用なのだろう」
一方で、ジケイ兄上とは相変わらず苦手意識がある。
アイツも俺に情などなく、こき使うことしか考えてねぇ。
「サリオ兄上こそ、ジケイ兄上と上手くやっているのですか?」
「吾か。うむ、最近はだいぶマシになった」
なおサリオ兄上とジケイ兄上は、ちょっと関係が改善したらしい。
まだまだ仲良しとは言えないが、短い会話を交わすようになったそうだ。
「アイツは優秀だ。だからこそ、惜しいのだ」
「期待していらっしゃるのですね」
「勿論だとも」
俺の見ていた限り、サリオ兄上がジケイ兄上を避けている素振りはなかった。
サリオ兄上を、ジケイ兄上が疎んで逃げていただけだ。
「アイツも、可愛い弟だからな」
サリオ兄上の言葉に嘘はなかった。
ジケイ兄上みたいな弟がいたら、小憎らしくてたまらないと思うんだが……。
こういった人間としての器のでかさゆえに、サリオ兄上を尊敬している。
こういう人物こそ、王にふさわしいのだろうと。
「ああ、そうだリシャリ。数日後、恥知らずな使者がサリパに訪ねてくるそうだ」
「恥知らずな使者、ですか?」
「ああ。良ければ、同席してくれないか」
そんなサリオ兄上が、珍しく俺にそんな頼みごとをしてきた。
恥知らずな使者、とはどういうことだろう。
「デケン帝国からの、同盟の使者だ」
「……はい?」
「先日の侵攻はジャルファ王子の独断だった、再び同盟を組んでほしいという旨らしい」
「それは確かに、恥知らずですわ」
どうやらデケンが、再びサリパと同盟を組みたいと言ってきているらしい。
それはちょっと、ウチを舐めすぎなんじゃないか?
「サリパは弱国。デケンから歩み寄れば再び屈する……、とでも思われているのでしょうか」
「思われていないと使者など送ってこぬ。あるいは、何かしら策謀の布石なのか」
そんな交渉、迷うことなく却下である。
デケン帝国なんぞ、二度と信用できるか。
「リシャリには使者に何か裏の意図があるのか、デケンがただ舐め腐っているのかを見定めてほしい」
「分かりましたわ! 私でよろしければ」
「ジケイはヤイバンに外遊している。お前が頼りだ、リシャリ」
「おお、そうなのですね」
そういやジケイ兄上を見ないと思っていたが、ヤイバンに行ってるのか。
デケンとの戦いについて、打ち合わせでもするのだろう。
「お前の真面目さ、ひたむきさにはいつも助けられている。これからも、サリパのためによろしく頼む」
「了解です! このリシャリ、身命を賭して国に尽くしますわ!」
俺が元気いっぱいにそう答えると、サリオ兄上は柔らかい笑みを浮かべた。
よし、その使者とやらは俺が見定めてやる。
少しでも、この誠実で立派なサリオ兄上の助けになれれば幸いだ。
ここで一度、サリオという王子について語っておこう。
サリオ・サリパールは真面目な努力家で、素直でまっすぐな少年だった。
また同世代と比較して、優秀な人間といえた。
『これは、なかなか難しい問題だな』
『ええ、学者ですら苦戦する難易度です。諦めて、答えを申し上げましょうか』
『いや、もう少し挑戦させてくれ』
性格は負けず嫌いで、向上心も十分にあった。
そんなサリオを見て、国王も『サリパの未来は明るい』とほほ笑んだ。
『なにこれ、簡単じゃない! こーしてこうしてこうでしょ!』
『……む、ルゥルゥ?』
『ほら、できた!』
そんなサリオにとって、最初の挫折。
それは二歳年下の妹、ルゥルゥとの出会いだった。
『ね、簡単でしょう?』
『……』
当時五歳のルゥルゥは、サリオが半日悩んだ問題を数秒で解き終えてしまった。
まだ習ってない範囲だというのに、いとも簡単に。
『ルゥルゥ様は、凄まじい才気でいらっしゃる』
『学者顔負けの発想力、知識量』
『まさに、神童』
決して、サリオが怠惰だったわけではない。
ただ、相手が悪かったのだ。
『この水魔道具、二重底にした方が良くない? 魔力のロスが減るでしょ』
『言われてみれば、確かに』
『それと、いちいち水を加熱したら時間がかかるわ。加熱したお湯と、してない水を混ぜ合わせるようにしたら────』
『お、おお! この設計は、なるほど素晴らしい』
彼の妹ルゥルゥは柔軟な発想で、次々に発明を行った。
サリオが物理の講義を受けている間に、ルゥルゥは新たな物理法則を発見した。
……モノが違う。
ここでサリオは、人間には才能があることを知った。
努力では届かない、凡人と天才の隔絶に気が付いてしまったのだ。
『サリオ様もよく頑張っておられるが、ルゥルゥ様が凄すぎる』
『ルゥルゥ様が、王位を継げないのが残念だ』
『ああ、ルゥルゥ様が男ならばな』
臣下は、そんなルゥルゥを褒め称えた。
サリオは、妬ましくないわけがなかった。
しかし彼は妹を苛めたりせず、より自らの努力に拍車をかけた。
才能に差があるなら、努力で埋めれば良いと自らを叱咤したのだ。
だというのに。
『やっぱ、今日は研究はしたくない。それよりケーキを食べたいわ!』
『ルゥルゥ様、ですが研究室に行く約束では』
『気が変わったもーん。さ、紅茶とケーキを用意しなさい!』
────
『サリオ、お前は王になるのだ。ルゥルゥのように自堕落になるなよ』
『分かっております、父上』
しかし、サリオは折れなかった。
才能の差、天才と凡人の差、それらを理解してなお努力を続けた。
彼は王になるのだ。姫として嫁ぐ運命にあるルゥルゥとは、立場が違う。
姫が無能でも民は傷つかないが、国王が無能なら民が苦しむ。
ならばサリオは、真面目にひたむきに修行をしなければならない。
『吾は貴方の後を継ぎ、立派な王になって見せます』
『期待しているぞ、サリオ』
────吾こそ、王だ。それが、サリオの自負であった。
そのプライドに支えられ、サリオは宿命から逃げなかった。
『え、あれ兄さん』
そんな彼が、とうとう折れてしまったのは。
『……偉そうなこと言っておいて、そんなに弱っちかったの?』
それは五歳も年下の
『こら、またお前はサボって……』
『書類仕事ならもうやったよ、五分で終わった』
天才は、ルゥルゥだけではなかった。
その弟ジケイもまた、怪物であった。
『兄さんこそ、いつまでそんな仕事やってるの』
『……』
『まだそれだけしかやってないんだ。兄さんこそサボってたんじゃない?』
それもルゥルゥのように、学問的な能力が高いわけではなく。
王にとって何より大事な、政務能力に特化した怪物だった。
『兄さんの書類、要点がまとまってないんだよね。もっと短くすりゃいいじゃん』
『文書には、正確な記載が必要であるのだ』
『正確さと煩雑さは違うよ。この文章、ないほうが誤解されにくいだろ』
ルゥルゥが発想力だとすれば、ジケイは合理性の天才だった。
提起された問題に対し、解決するにはどうすれば良いかを導くことに長けていた。
『剣術だってそう、兄さんは狙いが分かりやすいんだよね。工夫すりゃいいのに』
『剣術は基本に忠実であることが大事で』
『それで俺に負けてるんじゃん。倍くらい体格に差があるのにさ』
五年間。サリオはジケイより、努力を積み重ねてきた。
王になることを期待され、宿命づけられて、もがいてきた。
『兄さんは教えられたことしか出来ない。工夫するっていう、脳みそがないんだよ』
『……吾は』
『弟にここまで言われて、情けなくないの? ま、何も言えないか!』
ルゥルゥの才能に嫉妬しない日はなかった。
しかし、自らが凡人であることを受け入れ、努力を続けた。
『さー、俺は余った時間で遊んでくるよ! 兄さんはお仕事、頑張ってね!』
『……』
『土下座するなら手伝ってあげても良いよ、ふふっ』
何せルゥルゥは、女性だったから。
彼女に王は継げない。
だから、サリオは自我を守ることができた。
『おお、ジケイ様に任せた計画はやはり完成度が高いな』
『本当に、ジケイ様は優秀だ』
『すでに国王様より、仕事が早いんじゃないか』
しかしジケイの才能に気付いてしまったことで。
サリオはとうとう、心がポキリと折れてしまった。
『次の王は、ジケイ様の方がふさわしい!』
『サリパの将来は安泰だ』
どれだけ努力を重ねようと、才能には敵わない。
サリオは積み重ねてきた
『────少し、部屋を出る』
ジケイの優秀さを目の当たりにして、見せつけられる日々が続いて。
サリオは、とうとう調子を崩してしまった。
『サリオ様、まだ仕事が……』
『すまぬ。どうやら体調が優れぬ』
頭が痛く、何も考えられないようになった。
体が重く、歩くことさえ疲れるようになった。
『そうですか。では、ジケイ様にお願いしておきます。ジケイ様なら、すぐに仕上げてくれましょう』
『……ああ』
『お大事になさいませ、サリオ王子』
吾に、才能があれば。
ルゥルゥやジケイに与えられた天賦の才の、半分ほどでも貰えていたら。
サリオが、ここまで苦しむことはなかっただろう。
『……』
繰り返すが、サリオは決して無能ではない。
ただジケイ、ルゥルゥの才気はあまりにも突出していた。
百年に一人の天才が、たまたま王家の弟妹に生まれただけ。
『ああ、どうして吾じゃないのだ……』
彼は優秀な弟に、仕事を全て投げ出して。
フラフラと、考えの纏まらない頭脳を冷やそうと一人、庭を歩き始めた。
最初は、ただ少し休憩するだけのつもりだった。
サリオにとって人生で初めての、サボりである。
『吾は部屋に、戻らねばならぬだろうか』
彼は今まで、仕事をサボったことはない。
しかし、それはサリオが王にならねばならないからだ。
ジケイが王になるのであれば、サリオは努力する必要などない。
『……どこか』
しかし庭を歩くにつれて、良くない考えが纏まってきた。
サリオは、サリパ国王の長兄だ。
だからこそ、王を継ぐことが宿命づけられた。
『どこか遠くへ、行ってしまおう』
では、サリオがいなくなればどうなる?
その場合、きっと大騒ぎになるだろう。
しかしサリオが失踪すれば、ジケイが王を継ぐことになる。
ジケイは優秀だ。サリオが王になるより、上手に民を導くはず。
『その方が、サリパの国益になる』
では、ジケイという優秀な王の誕生を邪魔しているのは誰だ?
────先に生まれただけの無能、
『サリパの跡継ぎ、サリオは死んだ。これからは、ただの凡夫サリオとして生きていこう』
それがサリオの出した結論だった。
今までの努力を、信頼を、期待を、裏切ってしまうことになる。
だけどそれでも、サリオには。ジケイに国を任せるより、いい結果を出せると思えなかった。
粉雪の振る季節。
サリオは、人気の少ない王宮の庭を散策し。
ひそかに王宮を出る決意を、固めた。
『……うー』
しかし。そんな彼を、引き留めるかのように。
庭の隅、草むらの陰から可愛い声が聞こえた。
『うーですわ! うーですわ!』
『む……?』
それは何やらイライラとした、癇癪を起すような声。
何ごとかと思ってサリオが近づくと、そこには、
『どうした、何をしている』
『あっ……さ、サリオ兄上!?』
防寒着を着て、鼻水をたらし。
悔しそうに地団太を踏む、末妹のリシャリが座り込んでいた。
『は、恥ずかしいところを見られてしまいましたわ』
『リシャリ、何かあったのか』
『えーっと、その、うー……』
『吾で良ければ話を聞くぞ』
サリオは、あまり末妹と関わったことはなかった。
年下の弟妹に対し、苦手意識を持っていたのかもしれない。
だが、癇癪を起こしている娘を前に立ち去るほど薄情ではなかった。
これで彼女に会うのも、最後になるかもしれない。
そんな気まぐれから、声をかけた。
『何か、嫌なことがあったのではないか?』
『それが、ですね』
リシャリはまだ、十歳になったところ。
嫌なことでもあったのだろうと、サリオはあたりを付け聞いてみると。
『……できませんの』
『む?』
『習った水魔法が、上手に出せませんの。練習していたんですけど、全然でして』
すると、リシャリは悔しそうに。
サリオに、そう伝えた。
『ほら、大きく息を吸ってみろ』
『すぅー、はぁー、ですわ』
リシャリの魔法は、拙かった。
十歳なのだ。拙いのが、当然だ。
『基本に忠実に。心を落ち着けるんだ』
『こう、でしょうか』
『ああ、よくできている』
彼女は、要領もあまり良くなかった。
同じようなミスを、何度も繰り返した。
『……ぐぬぬ、またダメでした』
『今日はもう、良いんじゃないか?』
『まだですわ!』
サリオはそんなリシャリの様子を見て、すぐに気が付いた。
末の妹、リシャリは……。
『ルゥルゥ姉上は、習ったらすぐ出来たと聞きました。私も、負けたくないのです』
サリオと同じ、凡人であるということを。
『せい、せいっ! もう一回ですわ』
『……』
決して無能ではない。むしろ努力をしている分、普通の子供よりは優秀だ。
しかし、比較対象が天才ルゥルゥやジケイだから悩んでいる。
ならばこそ、サリオは不可解に感じた。
────どうして、この娘は頑張るのだ?
王になる宿命もない、ただの第二王女がなぜ?
『どうして、そんなに頑張るのだ?』
『私だって王女ですから』
サリオは、末妹の言葉にハッと息を飲んだ。
『私には、兄上や姉上のような才能はありません。ですが民の血税で、生かされているのです』
『……っ』
『ならばこの血肉の一滴に至るまで、サリパのため使われるべきですわ』
リシャリが語った、その価値観は。
サリオが、ずっと信じてきた理想そのものだった。
王になるかどうかなど関係ない。王族である限り、努力する責務がある。
『えい、えいっ! ……何か、掴んだ気がしますわ』
『今の感じは良かった。もう少しだ』
だから少女は、努力を止めない。
サリオに教わった通り、愚直に練習を続けた。
『えい、えい! うーん、えい!』
『また、息が乱れてきている。落ち着け』
サリオも、そんなリシャリの練習にずっと付き合った。
付き合わなければならないと、そう感じたのだ。
『……あっ!!!』
サリオに教えてもらってから、およそ一時間後。
彼女はとうとう、成果を掴みとった。
『で、出来た。出来ましたわ!』
『お、おお!』
リシャリが広げた掌から、キラキラと水滴が吹き出したのだ。
水魔法を見事に成功させたのである。
『や、やった! やりましたサリオ兄上!』
少女は、狂喜乱舞する。
講義が終わったあと練習を続けた結果、ついに成し遂げたのだ。
『……お、おお』
『サリオ兄上?』
そんなリシャリを見て、気付けばサリオは泣いていた。
どうして涙が出てきたのかは、分からない。
『私が何か、傷つけてしまいましたか』
『違うのだ。そう、感極まったというべきか』
しかしリシャリが、魔法を成功させたのを見て。
サリオの人生は間違っていなかったと、肯定されたような気がしたのだ。
『よくやったな、リシャリ』
『ありがとうございますわ!』
不器用でも才能がなくても、努力すれば成果は掴める。
誰が王になるかなど関係ない。サリオが王になれないのであれば、王を支える男になればいい。
そしてサリオが王になるのであれば、ジケイをも御せる器を持てばいい。
『兄上が練習に付き合ってくれたお陰ですの』
『いや、お前の努力の成果だリシャリ。お前がやる気を見せねば、練習に付き合ったりはしなかった』
『違いますわ!』
サリオはリシャリの、ひたむきさを褒めた。
今日の成功は、リシャリ自身の手でつかみ取ったものだと強調した。
しかし、彼女は。
『私はずっと、サリオ兄上が頑張っているのを見ていました。だから、諦めてはいけないと自らを戒めたのです』
『吾を?』
『サリオ兄上が誰よりも頑張っている姿は、騎士たちやメイドが見ておりますのよ』
リシャリが真面目であろうとする、その姿勢は。
ずっと、サリオの背を追っていたのだと語った。
『そしてメイドが、家庭教師が、王宮騎士が、みんな私にこう言いますの。ルゥルゥ姉上でもジケイ兄上でもなく、サリオ兄上のような人になりなさいと』
『────』
『サリオ兄上の人望は、本当に素晴らしいですわ!』
……そんな、妹の言葉が終わるかというタイミング。
気づけばサリオは、リシャリを抱きしめていた。
『……え、兄上?』
『すまぬ、ありがとう』
サリオの声が震えていた。
堪えようとしていた涙が、再びあふれ出してきた。
『少しだけこのまま、抱かせてくれ。顔がクシャクシャで、恥ずかしいのだ』
『ああ、そういうことですか』
サリオの努力を、見てくれている人はいた。
彼が今まで積み重ねてきたものは、末妹リシャリにまで響いていた。
『サリオ兄上って、案外に涙もろいのですわね』
『そのようであるな』
『情に厚いのは良いことですわ』
『……なるべく、言いふらさないでくれると助かる』
『承知しましたわ!』
サリオの歩んできた道は、間違っていなかった。
リシャリはそのことを、思い出させてくれた。
『さて、そろそろ吾は戻らねばな』
『サリオ兄上、まだ仕事がありますの?』
『ああ、少し息抜きをしていたんだ。ありがとう、リシャリ』
涙を拭き、サリオは再び立ち上がった。
いつまでもこんなところで、サボっているわけにはいかない。
『頑張ってください、兄上!』
『ああ』
サリオは、考えを改めた。天才は、凡人の気持ちが分からない。
そして天才は一握りの存在。世の中の大半は、リシャリのような凡人だ。
ならば凡人のまま、努力して王になろう。
それが、人の心を理解できる王様だ。
『……おお、リシャリ。今日もお前は可愛いな』
『ですわ!!』
────そして、この日以降。
サリオは、リシャリを溺愛するようになった。