【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ!   作:まさきたま(サンキューカッス)

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61話「うーですわ! うーですわ!」

 

「ではイースさん。書類はこうこう、こう言う感じで」

「気炎万丈! お任せください!」

 

 こうしてシガレットを登用した後。

 

 俺はイースさんと一緒に、編成の書類を作成した。

 

「リシャリ殿下、これでよろしいでしょうか!」

「うーん、確かに微妙ですね。兄上に聞いてきますわ」

「御意、確認をお待ちしております」

 

 タケルは字が書けないし、ベルカは数字が得意ではない。

 

 そのため、彼女への指導(オリエンテーション)は俺自ら行っていたのだが……。

 

 ぶっちゃけ俺も、軍の書類の作り方は知らなかった。

 

「サリオ兄上、リシャリ近衛軍の編成書類を見ていただけませんか!」

「うむ」

 

 そういう時は、詳しい人に聞くに限る。

 

 俺は、軍務のトップであるサリオ兄上を頼った。

 

「……ここと、ここ。記載が抜けておるぞ」

「あっ。申し訳ありませんわ」

「気にせずとも良い、リシャリはまだ軍務に不慣れであろう」

 

 サリオ兄上はジケイ兄上と異なり、質実剛健な王子だ。

 

 現在はサリパ軍の最高責任者として、国王(ちちうえ)の代わりに軍務をこなしている。

 

「修正してまた持ってまいります。はぁ、やはり兄上や姉上のように上手くできませんわ」

「ジケイやルゥルゥと自分を比べるな。あの二人は、特別なのだ」

 

 サリオ兄上は俺が持ってきた書類を一瞥すると、すぐに記載漏れを指摘してくれた。

 

 天才二人に隠れてるだけで、サリオ兄上も十分優秀なんだよなぁ。

 

「にしても、まさかリシャリが軍を持つことになるとは」

「おほほ、名前を貸しているだけですけど」

「感慨深いものだ。あの小さかったリシャリが……」

 

 サリオ兄上はそう言って目を細め、俺の頭を撫でてくれた。

 

 年の離れた男に髪を触られているのに、イヤな気持ちは一切湧いてこない。

 

 むしろ、安心感すら感じることがある。

 

「……っと、すまん。子ども扱いするのはよくないな」

「いえ、私はいつまでもサリオ兄上の妹ですから」

 

 サリオ兄上は、実務能力では天才二人に及ばない部分が多い。

 

 しかしルゥルゥ姉上やジケイ兄上にはない、『王としての器』が備わっていると思う。

 

 国王になるための一番大切な資質は、この人が継いでいるように思う。

 

(われ)にとって一番の幸運は、お前が(われ)の妹に生まれてきてくれたことだ」

「そんな、言いすぎですわ」

「言い過ぎなどではない」

 

 そんな王の器たるサリオ兄上は、俺を溺愛してくれていた。

 

 俺も、一番相性がいい兄姉はサリオだと感じる。

 

「先の戦いでの外交手腕、新たな人材を登用する手管。実に見事であった」

「サリオ兄上も、勇敢に奮戦されたと伺っていますわ。兄上が先頭に立ったから、兵士も逃げずに持ちこたえたのだと」

「よせ、(われ)など大したことはしていない」

 

 王族たるもの、国に滅私奉公すべきという価値観も似通っていた。

 

 俺が男に生まれていたら、サリオ兄上みたいになっていたかもしれん。

 

「ジケイがお前を褒めているところなど初めて見たぞ。アイツと、上手くやれているのか?」

「あ、あははは。ジケイ兄上は、その、もうちょっと優しさがあると」

「優しさか。……まあ、あやつには無用なのだろう」

 

 一方で、ジケイ兄上とは相変わらず苦手意識がある。

 

 アイツも俺に情などなく、こき使うことしか考えてねぇ。

 

「サリオ兄上こそ、ジケイ兄上と上手くやっているのですか?」

「吾か。うむ、最近はだいぶマシになった」

 

 なおサリオ兄上とジケイ兄上は、ちょっと関係が改善したらしい。

 

 まだまだ仲良しとは言えないが、短い会話を交わすようになったそうだ。

 

「アイツは優秀だ。だからこそ、惜しいのだ」

「期待していらっしゃるのですね」

「勿論だとも」

 

 俺の見ていた限り、サリオ兄上がジケイ兄上を避けている素振りはなかった。

 

 サリオ兄上を、ジケイ兄上が疎んで逃げていただけだ。

 

「アイツも、可愛い弟だからな」

 

 サリオ兄上の言葉に嘘はなかった。

 

 ジケイ兄上みたいな弟がいたら、小憎らしくてたまらないと思うんだが……。

 

 こういった人間としての器のでかさゆえに、サリオ兄上を尊敬している。

 

 こういう人物こそ、王にふさわしいのだろうと。

 

「ああ、そうだリシャリ。数日後、恥知らずな使者がサリパに訪ねてくるそうだ」

「恥知らずな使者、ですか?」

「ああ。良ければ、同席してくれないか」

 

 そんなサリオ兄上が、珍しく俺にそんな頼みごとをしてきた。

 

 恥知らずな使者、とはどういうことだろう。

 

「デケン帝国からの、同盟の使者だ」

「……はい?」

「先日の侵攻はジャルファ王子の独断だった、再び同盟を組んでほしいという旨らしい」

「それは確かに、恥知らずですわ」

 

 どうやらデケンが、再びサリパと同盟を組みたいと言ってきているらしい。

 

 それはちょっと、ウチを舐めすぎなんじゃないか?

 

 国王(ちちうえ)とパウリックが、デケン皇帝じきじきにサリパ侵攻命令を下したところを見てたわ。

 

「サリパは弱国。デケンから歩み寄れば再び屈する……、とでも思われているのでしょうか」

「思われていないと使者など送ってこぬ。あるいは、何かしら策謀の布石なのか」

 

 そんな交渉、迷うことなく却下である。

 

 デケン帝国なんぞ、二度と信用できるか。

 

「リシャリには使者に何か裏の意図があるのか、デケンがただ舐め腐っているのかを見定めてほしい」

「分かりましたわ! 私でよろしければ」

「ジケイはヤイバンに外遊している。お前が頼りだ、リシャリ」

「おお、そうなのですね」

 

 そういやジケイ兄上を見ないと思っていたが、ヤイバンに行ってるのか。

 

 デケンとの戦いについて、打ち合わせでもするのだろう。

 

「お前の真面目さ、ひたむきさにはいつも助けられている。これからも、サリパのためによろしく頼む」

「了解です! このリシャリ、身命を賭して国に尽くしますわ!」

 

 俺が元気いっぱいにそう答えると、サリオ兄上は柔らかい笑みを浮かべた。

 

 よし、その使者とやらは俺が見定めてやる。

 

 少しでも、この誠実で立派なサリオ兄上の助けになれれば幸いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここで一度、サリオという王子について語っておこう。

 

 サリオ・サリパールは真面目な努力家で、素直でまっすぐな少年だった。

 

 また同世代と比較して、優秀な人間といえた。

 

『これは、なかなか難しい問題だな』

『ええ、学者ですら苦戦する難易度です。諦めて、答えを申し上げましょうか』

『いや、もう少し挑戦させてくれ』

 

 性格は負けず嫌いで、向上心も十分にあった。

 

 そんなサリオを見て、国王も『サリパの未来は明るい』とほほ笑んだ。

 

 

『なにこれ、簡単じゃない! こーしてこうしてこうでしょ!』

『……む、ルゥルゥ?』

『ほら、できた!』

 

 そんなサリオにとって、最初の挫折。

 

 それは二歳年下の妹、ルゥルゥとの出会いだった。

 

『ね、簡単でしょう?』

『……』

 

 当時五歳のルゥルゥは、サリオが半日悩んだ問題を数秒で解き終えてしまった。

 

 まだ習ってない範囲だというのに、いとも簡単に。

 

『ルゥルゥ様は、凄まじい才気でいらっしゃる』

『学者顔負けの発想力、知識量』

『まさに、神童』

 

 決して、サリオが怠惰だったわけではない。

 

 ただ、相手が悪かったのだ。

 

『この水魔道具、二重底にした方が良くない? 魔力のロスが減るでしょ』

『言われてみれば、確かに』

『それと、いちいち水を加熱したら時間がかかるわ。加熱したお湯と、してない水を混ぜ合わせるようにしたら────』

『お、おお! この設計は、なるほど素晴らしい』

 

 彼の妹ルゥルゥは柔軟な発想で、次々に発明を行った。

 

 サリオが物理の講義を受けている間に、ルゥルゥは新たな物理法則を発見した。

 

 ……モノが違う。

 

 ここでサリオは、人間には才能があることを知った。

 

 努力では届かない、凡人と天才の隔絶に気が付いてしまったのだ。

 

『サリオ様もよく頑張っておられるが、ルゥルゥ様が凄すぎる』

『ルゥルゥ様が、王位を継げないのが残念だ』

『ああ、ルゥルゥ様が男ならばな』

 

 臣下は、そんなルゥルゥを褒め称えた。

 

 サリオは、妬ましくないわけがなかった。

 

 しかし彼は妹を苛めたりせず、より自らの努力に拍車をかけた。

 

 才能に差があるなら、努力で埋めれば良いと自らを叱咤したのだ。

 

 だというのに。

 

『やっぱ、今日は研究はしたくない。それよりケーキを食べたいわ!』

『ルゥルゥ様、ですが研究室に行く約束では』

『気が変わったもーん。さ、紅茶とケーキを用意しなさい!』

 

 ────天才(ルゥルゥ)は、何の努力もしようとしなかった。

 

 

 

『サリオ、お前は王になるのだ。ルゥルゥのように自堕落になるなよ』

『分かっております、父上』

 

 しかし、サリオは折れなかった。

 

 才能の差、天才と凡人の差、それらを理解してなお努力を続けた。

 

 彼は王になるのだ。姫として嫁ぐ運命にあるルゥルゥとは、立場が違う。

 

 姫が無能でも民は傷つかないが、国王が無能なら民が苦しむ。

 

 ならばサリオは、真面目にひたむきに修行をしなければならない。

 

『吾は貴方の後を継ぎ、立派な王になって見せます』

『期待しているぞ、サリオ』

 

 ────吾こそ、王だ。それが、サリオの自負であった。

 

 そのプライドに支えられ、サリオは宿命から逃げなかった。

 

 

『え、あれ兄さん』

 

 そんな彼が、とうとう折れてしまったのは。

 

『……偉そうなこと言っておいて、そんなに弱っちかったの?』

 

 それは五歳も年下の(ジケイ)に、剣術でコテンパンに叩きのめされた日だった。

 

 

『こら、またお前はサボって……』

『書類仕事ならもうやったよ、五分で終わった』

 

 天才は、ルゥルゥだけではなかった。

 

 その弟ジケイもまた、怪物であった。

 

『兄さんこそ、いつまでそんな仕事やってるの』

『……』

『まだそれだけしかやってないんだ。兄さんこそサボってたんじゃない?』

 

 それもルゥルゥのように、学問的な能力が高いわけではなく。

 

 王にとって何より大事な、政務能力に特化した怪物だった。

 

『兄さんの書類、要点がまとまってないんだよね。もっと短くすりゃいいじゃん』

『文書には、正確な記載が必要であるのだ』

『正確さと煩雑さは違うよ。この文章、ないほうが誤解されにくいだろ』

 

 ルゥルゥが発想力だとすれば、ジケイは合理性の天才だった。

 

 提起された問題に対し、解決するにはどうすれば良いかを導くことに長けていた。

 

『剣術だってそう、兄さんは狙いが分かりやすいんだよね。工夫すりゃいいのに』

『剣術は基本に忠実であることが大事で』

『それで俺に負けてるんじゃん。倍くらい体格に差があるのにさ』

 

 五年間。サリオはジケイより、努力を積み重ねてきた。

 

 王になることを期待され、宿命づけられて、もがいてきた。

 

『兄さんは教えられたことしか出来ない。工夫するっていう、脳みそがないんだよ』

『……吾は』

『弟にここまで言われて、情けなくないの? ま、何も言えないか!』

 

 ルゥルゥの才能に嫉妬しない日はなかった。

 

 しかし、自らが凡人であることを受け入れ、努力を続けた。

 

『さー、俺は余った時間で遊んでくるよ! 兄さんはお仕事、頑張ってね!』

『……』

『土下座するなら手伝ってあげても良いよ、ふふっ』

 

 何せルゥルゥは、女性だったから。

 

 彼女に王は継げない。

 

 だから、サリオは自我を守ることができた。

 

『おお、ジケイ様に任せた計画はやはり完成度が高いな』

『本当に、ジケイ様は優秀だ』

『すでに国王様より、仕事が早いんじゃないか』

 

 しかしジケイの才能に気付いてしまったことで。

 

 サリオはとうとう、心がポキリと折れてしまった。

 

『次の王は、ジケイ様の方がふさわしい!』

『サリパの将来は安泰だ』

 

 どれだけ努力を重ねようと、才能には敵わない。

 

 サリオは積み重ねてきた努力(モノ)を、否定されたのだ。

 

 

 

 

 

 

『────少し、部屋を出る』

 

 ジケイの優秀さを目の当たりにして、見せつけられる日々が続いて。

 

 サリオは、とうとう調子を崩してしまった。

 

『サリオ様、まだ仕事が……』

『すまぬ。どうやら体調が優れぬ』

 

 頭が痛く、何も考えられないようになった。

 

 体が重く、歩くことさえ疲れるようになった。

 

『そうですか。では、ジケイ様にお願いしておきます。ジケイ様なら、すぐに仕上げてくれましょう』

『……ああ』

『お大事になさいませ、サリオ王子』

 

 吾に、才能があれば。

 

 ルゥルゥやジケイに与えられた天賦の才の、半分ほどでも貰えていたら。

 

 サリオが、ここまで苦しむことはなかっただろう。

 

『……』

 

 繰り返すが、サリオは決して無能ではない。

 

 ただジケイ、ルゥルゥの才気はあまりにも突出していた。

 

 百年に一人の天才が、たまたま王家の弟妹に生まれただけ。

 

『ああ、どうして吾じゃないのだ……』

 

 彼は優秀な弟に、仕事を全て投げ出して。

 

 フラフラと、考えの纏まらない頭脳を冷やそうと一人、庭を歩き始めた。

 

 

 

 最初は、ただ少し休憩するだけのつもりだった。

 

 サリオにとって人生で初めての、サボりである。

 

『吾は部屋に、戻らねばならぬだろうか』

 

 彼は今まで、仕事をサボったことはない。

 

 しかし、それはサリオが王にならねばならないからだ。

 

 ジケイが王になるのであれば、サリオは努力する必要などない。

 

『……どこか』

 

 しかし庭を歩くにつれて、良くない考えが纏まってきた。

 

 サリオは、サリパ国王の長兄だ。

 

 だからこそ、王を継ぐことが宿命づけられた。

 

『どこか遠くへ、行ってしまおう』

 

 では、サリオがいなくなればどうなる?

 

 その場合、きっと大騒ぎになるだろう。

 

 しかしサリオが失踪すれば、ジケイが王を継ぐことになる。

 

 ジケイは優秀だ。サリオが王になるより、上手に民を導くはず。

 

『その方が、サリパの国益になる』

 

 では、ジケイという優秀な王の誕生を邪魔しているのは誰だ?

 

 ────先に生まれただけの無能、(サリオ)ではないか。

 

『サリパの跡継ぎ、サリオは死んだ。これからは、ただの凡夫サリオとして生きていこう』

 

 それがサリオの出した結論だった。

 

 今までの努力を、信頼を、期待を、裏切ってしまうことになる。

 

 だけどそれでも、サリオには。ジケイに国を任せるより、いい結果を出せると思えなかった。

 

 

 

 粉雪の振る季節。

 

 サリオは、人気の少ない王宮の庭を散策し。

 

 ひそかに王宮を出る決意を、固めた。

 

 

 

『……うー』

 

 しかし。そんな彼を、引き留めるかのように。

 

 庭の隅、草むらの陰から可愛い声が聞こえた。

 

『うーですわ! うーですわ!』

『む……?』

 

 それは何やらイライラとした、癇癪を起すような声。

 

 何ごとかと思ってサリオが近づくと、そこには、

 

『どうした、何をしている』

『あっ……さ、サリオ兄上!?』

 

 防寒着を着て、鼻水をたらし。

 

 悔しそうに地団太を踏む、末妹のリシャリが座り込んでいた。

 

『は、恥ずかしいところを見られてしまいましたわ』

『リシャリ、何かあったのか』

『えーっと、その、うー……』

『吾で良ければ話を聞くぞ』

 

 サリオは、あまり末妹と関わったことはなかった。

 

 年下の弟妹に対し、苦手意識を持っていたのかもしれない。

 

 だが、癇癪を起こしている娘を前に立ち去るほど薄情ではなかった。

 

 これで彼女に会うのも、最後になるかもしれない。

 

 そんな気まぐれから、声をかけた。

 

『何か、嫌なことがあったのではないか?』

『それが、ですね』

 

 リシャリはまだ、十歳になったところ。

 

 嫌なことでもあったのだろうと、サリオはあたりを付け聞いてみると。

 

『……できませんの』

『む?』

『習った水魔法が、上手に出せませんの。練習していたんですけど、全然でして』

 

 すると、リシャリは悔しそうに。

 

 サリオに、そう伝えた。

 

 

 

 

 

『ほら、大きく息を吸ってみろ』

『すぅー、はぁー、ですわ』

 

 リシャリの魔法は、拙かった。

 

 十歳なのだ。拙いのが、当然だ。

 

『基本に忠実に。心を落ち着けるんだ』

『こう、でしょうか』

『ああ、よくできている』

 

 彼女は、要領もあまり良くなかった。

 

 同じようなミスを、何度も繰り返した。

 

『……ぐぬぬ、またダメでした』

『今日はもう、良いんじゃないか?』

『まだですわ!』

 

 サリオはそんなリシャリの様子を見て、すぐに気が付いた。

 

 末の妹、リシャリは……。

 

『ルゥルゥ姉上は、習ったらすぐ出来たと聞きました。私も、負けたくないのです』

 

 サリオと同じ、凡人であるということを。

 

『せい、せいっ! もう一回ですわ』

『……』

 

 決して無能ではない。むしろ努力をしている分、普通の子供よりは優秀だ。

 

 しかし、比較対象が天才ルゥルゥやジケイだから悩んでいる。

 

 ならばこそ、サリオは不可解に感じた。

 

 ────どうして、この娘は頑張るのだ?

 

 王になる宿命もない、ただの第二王女がなぜ?

 

『どうして、そんなに頑張るのだ?』

『私だって王女ですから』

 

 サリオは、末妹の言葉にハッと息を飲んだ。

 

『私には、兄上や姉上のような才能はありません。ですが民の血税で、生かされているのです』

『……っ』

『ならばこの血肉の一滴に至るまで、サリパのため使われるべきですわ』

 

 リシャリが語った、その価値観は。

 

 サリオが、ずっと信じてきた理想そのものだった。

 

 王になるかどうかなど関係ない。王族である限り、努力する責務がある。

 

『えい、えいっ! ……何か、掴んだ気がしますわ』

『今の感じは良かった。もう少しだ』

 

 だから少女は、努力を止めない。

 

 サリオに教わった通り、愚直に練習を続けた。

 

『えい、えい! うーん、えい!』

『また、息が乱れてきている。落ち着け』

 

 サリオも、そんなリシャリの練習にずっと付き合った。

 

 付き合わなければならないと、そう感じたのだ。

 

『……あっ!!!』

 

 サリオに教えてもらってから、およそ一時間後。

 

 彼女はとうとう、成果を掴みとった。

 

『で、出来た。出来ましたわ!』

『お、おお!』

 

 リシャリが広げた掌から、キラキラと水滴が吹き出したのだ。

 

 水魔法を見事に成功させたのである。

 

『や、やった! やりましたサリオ兄上!』

 

 少女は、狂喜乱舞する。

 

 講義が終わったあと練習を続けた結果、ついに成し遂げたのだ。

 

『……お、おお』

『サリオ兄上?』

 

 そんなリシャリを見て、気付けばサリオは泣いていた。

 

 どうして涙が出てきたのかは、分からない。

 

『私が何か、傷つけてしまいましたか』

『違うのだ。そう、感極まったというべきか』

 

 しかしリシャリが、魔法を成功させたのを見て。

 

 サリオの人生は間違っていなかったと、肯定されたような気がしたのだ。

 

『よくやったな、リシャリ』

『ありがとうございますわ!』

 

 不器用でも才能がなくても、努力すれば成果は掴める。

 

 誰が王になるかなど関係ない。サリオが王になれないのであれば、王を支える男になればいい。

 

 そしてサリオが王になるのであれば、ジケイをも御せる器を持てばいい。

 

『兄上が練習に付き合ってくれたお陰ですの』

『いや、お前の努力の成果だリシャリ。お前がやる気を見せねば、練習に付き合ったりはしなかった』

『違いますわ!』

 

 サリオはリシャリの、ひたむきさを褒めた。

 

 今日の成功は、リシャリ自身の手でつかみ取ったものだと強調した。

 

 しかし、彼女は。

 

『私はずっと、サリオ兄上が頑張っているのを見ていました。だから、諦めてはいけないと自らを戒めたのです』

『吾を?』

『サリオ兄上が誰よりも頑張っている姿は、騎士たちやメイドが見ておりますのよ』

 

 リシャリが真面目であろうとする、その姿勢は。

 

 ずっと、サリオの背を追っていたのだと語った。

 

『そしてメイドが、家庭教師が、王宮騎士が、みんな私にこう言いますの。ルゥルゥ姉上でもジケイ兄上でもなく、サリオ兄上のような人になりなさいと』

『────』

『サリオ兄上の人望は、本当に素晴らしいですわ!』

 

 ……そんな、妹の言葉が終わるかというタイミング。

 

 気づけばサリオは、リシャリを抱きしめていた。

 

『……え、兄上?』

『すまぬ、ありがとう』

 

 サリオの声が震えていた。

 

 堪えようとしていた涙が、再びあふれ出してきた。

 

『少しだけこのまま、抱かせてくれ。顔がクシャクシャで、恥ずかしいのだ』

『ああ、そういうことですか』

 

 サリオの努力を、見てくれている人はいた。

 

 彼が今まで積み重ねてきたものは、末妹リシャリにまで響いていた。

 

『サリオ兄上って、案外に涙もろいのですわね』

『そのようであるな』

『情に厚いのは良いことですわ』

『……なるべく、言いふらさないでくれると助かる』

『承知しましたわ!』

 

 サリオの歩んできた道は、間違っていなかった。

 

 リシャリはそのことを、思い出させてくれた。

 

『さて、そろそろ吾は戻らねばな』

『サリオ兄上、まだ仕事がありますの?』

『ああ、少し息抜きをしていたんだ。ありがとう、リシャリ』

 

 涙を拭き、サリオは再び立ち上がった。

 

 いつまでもこんなところで、サボっているわけにはいかない。

 

『頑張ってください、兄上!』

『ああ』

 

 サリオは、考えを改めた。天才は、凡人の気持ちが分からない。

 

 そして天才は一握りの存在。世の中の大半は、リシャリのような凡人だ。

 

 ならば凡人のまま、努力して王になろう。

 

 それが、人の心を理解できる王様だ。

 

『……おお、リシャリ。今日もお前は可愛いな』

『ですわ!!』

 

 ────そして、この日以降。

 

 サリオは、リシャリを溺愛するようになった。

 

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