【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
「……へっくち!!」
再び、真っ暗な檻の中。
冷たい霜が浮かぶ金属の檻で、俺は波に揺られてブルブル震えていた。
「あばばばばば、さ、寒い……ですわ。想像以上の……寒さ……」
これは、人が死ぬ環境だ。ガチガチと歯が鳴って、両腕の血管が縮み上がっている。
檻の床、お尻の素肌が触れる部分がしもやけで赤く腫れてきた。
「うう、うぅぅぅぅ……」
だけど、だとしても。俺は服を着るわけにはいかない。
倉庫に置かれた檻の中、俺はただ一人で下着姿で体育座りしていた。
すぐ傍らに、奇麗に畳んだ防寒ドレスを置いて。
「この度の非礼、どう謝罪をしても足りません。お赦し頂けるとは思いませんが」
アイギスランドの事情を聴いた俺は、ドレスを脱いで平伏した。
俺がしでかしたことは、無礼というラインではない。絶許レベルの大失態である。
俺にとって『サリパの領民をぶっ殺し、その皮でドレスを作って着ている』ようなもの。
温厚で冷静な俺でも、怒り狂ってしまうだろう。
「……その謝罪を受け入れよう、サリパの姫」
「ハンネ様!?」
「謝る気持ちがある、というのは大事なことだ」
そんな俺の態度を見て、女王ハンネは抑揚のない声でそう言った。
あっけにとられるフロリネフの前で、俺の肩に手を置いて、
「リシャリ姫の処遇は、重臣会議で決める」
「この女のために、会議を?」
「他国の姫の処分だ。他の臣下の意見も、問わねばならない」
寒さに凍える俺を、励ますようにそう声をかけた。
「反対されるやもしれませんが、よろしいのですか。ハンネ様」
「いい」
「だって貴女の親友の雪精は、デケン軍に無惨に─────」
そんなハンネの対応に、フロリネフは不満そうではあった。
しかし、自らの女王の行いに文句は言えない。
「余は女王。だから余に意志は必要ない」
「……」
「臣下たちがどう考え、どう判断するか。余はその決定を下すための機構にすぎぬ」
ハンネ・ヴィ・リトリオーラは、流れるようにそう宣言したあと。
怒りも、憎しみも、喜びも、何も浮かんでいない瞳で俺を見つめた。
「リシャリ姫の処遇を決めるのは、余ではない。アイギスランドという国家が決める」
と、いう話をされたあと。
俺は再び、この暗い倉庫の檻に取り残されたのだった。
「……ふぅぅ」
そんな話を聞かされ、あのドレスを着ていられるはずもない。
俺は自らドレスを脱ぎ、冷たい檻の中で体育座りをして待つことにした。
「ガクガクガクガクブルブルブルブル」
……そこまでは良かったのだが、俺はアイギスランドの寒さを舐めていた。
ドレスを脱いだ瞬間、凍り付くような空気が俺の肌を切り裂いたのだ。
部屋の隅には露が出来ていて、吐く息は白く曇っている。
気温はおそらく、氷点下に近いだろう。
風のない屋内ですらこの有様だ、外に出たら数時間で凍死してしまう。
「ハァーハァーハァ-、ガチガチガチガチ」
そんな中、俺は下着姿で両足を抱えて震えていた。
仮にも敵船の中で下着姿になっているのに、羞恥を感じる余裕はなかった。
寒い、死ぬ、助けて。その三つの言葉しか考えることができなかった。
しかし、我慢せねばならない。こんな状況に陥ったのは、俺のミスが原因だ。
一つ、アイギスランドの文化や事情を知らず、外交の席に立とうとしたこと。
アイギスランドのことを知らないなら、調べてから応対するべきだった。
二つ、安易にデケン産のドレスを着ていったこと。
ヤイバンもアイギスランドも、デケンの敵対国である。
そこにデケン産の服を着て話し合うってこと自体が、過ちだった。
せめてヤイバン産の礼服に着替えるなどした方がよかった。
「これは自業自得、これは自業自得、これは自業自得」
俺は自分に言い聞かせるように、何度もそう呟いた。
ふと気を抜けば、寒すぎて心が折れそうになる。
このまま意識を投げて、眠ってしまいそうになる。
そうなったら、凍死してしまう。
「……ガクガクガクガクブルブルブルブル」
チラリと雪精の皮を剥いで作られた、防寒ドレスに目が行く。
あの服はとても暖かかった。着れば、この寒さからは解放される。
さすがはデケン産の防寒ドレス。製造方法こそ残酷だが、便利なものには変わりない。
そして今、誰も俺を見ていない。
少し服を着て、体温を取り戻してもいいんじゃないか。
そうしないと死んでしまう。仕方がない。
あのドレスのために使われた雪精の命は、もう戻ってこないのだ。
だったら、有効活用してやる方が弔いになるんじゃないか。
「……ガチガチガチガチ、カタカタカタカタ」
────ああ、また心が折れそうになっていた。
駄目に決まっているだろう、そんなこと。
アイギスランド人が、雪精という生き物をとても大切にしていて。
あのドレスは、その雪精を犠牲にして作られたものであると。
あのドレスを着ている限り、俺はまともに話を聞いて貰えない。
これが友好の第一歩。会話ができるかどうか、最初の土台。
俺は着ない。何があっても、どんなにつらくても。
再びドレスを着たら、きっと取り返しがつかないことになる。
そう考えた、直後。
「きゃあ!?」
左の太ももを、何かザワっとしたものが走り抜けた。
「ひ、ひ、ひぃ!?」
また出た、たぶん鼠だ。小さい毛玉のようなソレが、走り抜けていくのが見えた。
鼠は、非常に恐ろしい生き物だ。
鼠そのものに殺傷力はない。だが、恐ろしい感染症を媒介する。
噛まれたら、怖い病気に感染してしまうかもしれない。
「……」
それを防ぐには、やはり服を着るしかない。
鼠の歯は、決して強くない。厚手のドレスであれば、防ぐことも可能だ。
やはり、着るべきか。意地を張らず、ドレスに袖を通すべきか。
「う、う、う」
ああ、改めて実感する。
衣類とはなんと頼もしく、心強いものだったのだろう。
そして何も着ていないということが、こんなにも心細いものなのか────
「……はえ?」
「……キュ?」
世界の厳しさと寒さに絶望し、ドレスに手を伸ばそうかと思い悩んだ直後。
暗い檻の中、俺は謎の毛玉と
「……」
「……キュ!」
目がある。お手玉サイズの白い毛玉に、目が付いている。
ソレは謎の鳴き声を放って、すりすりと俺の太ももをさすって来た。
「???」
え、ナニコレ。鼠かと思ったが、鼠じゃない。
くすぐったいが、不思議と追い払う気になれない。
「もしかして……」
ポーン、と。その毛玉が小さく飛び跳ね、俺の肩に着地した。
そして遊んでいるように、俺の首筋をくるくる走り回った。
動物特有の、ちょっと毛皮臭い匂いが鼻についた。
「あなたが、雪精ですの?」
「キュー」
雪精はまるで返事をするかのように、俺の頭の上で鳴いて跳ねた。
「……暖かいですわ」
雪精は、とても不思議な生き物だった。
俺の身体を走り回ったり、ぴょんと跳ねてぶつかったりと様々な行動を見せた。
「雪精に触られた部分が、じんわりあったかいですの」
そしてなんと、雪精が走った部分が寒くなくなったのだ。
あのドレスの防寒魔法と同じように、俺を寒さから守ってくれた。
「なるほど。これは確かに、人間の友ですわ」
こんな生物がいたなら、そりゃ友達とみなすだろう。
それにどうやら雪精とは、本当に意思疎通ができるらしい。
足がとても寒いですわとお願いしてみたら、ヒューっと両足の上を走りぬいてくれた。
最後は得意げに、ポンポンと頭の上で飛び跳ねていた。
「ありがとうございます、雪精さん」
「キュッキュ」
俺を言うと、当たり前のように返事が返ってきた。
そして甘えるように、俺の髪の上でゴロゴロ転がり始めた。
……最初は面食らったが、慣れるとめちゃくちゃ可愛いな。
「この船には、あなたの他にも雪精はいますの?」
「キュキュ」
「おお、いらっしゃるのですね」
話してみると、なんとなく雪精の言葉もわかった。
鳴き声のトーンから、肯定なのか否定なのかが分かるのだ。
「キュッキュー!!」
「あらあら」
この雪精は俺の頭がお気に入りのようだ。
ポンポンと無遠慮に、俺の頭上を跳ねて楽し気に鳴いている。
髪型が乱れるのはご愛嬌と思ってあきらめよう。
「よしよし、ですわ~」
「……その」
雪精は奇妙な声で鳴き、歌うように飛び跳ねる。
俺は苦笑して新しくできた友人、雪精に頭を貸してやっていると。
「時間をもらっていいだろうか、リシャリ姫」
「……あっ! は、ハンネ女王様、失礼しましたわ」
いつの間にか、ハンネ女王が檻の前に立っていた。
「君の処遇についてだ」
「は、はい!」
「今日の重臣会議で、結論が出なかった」
俺はハンネ女王に跪き、言葉を返した。
雪精は俺の頭から離れてくれず、ピョンピョン跳ねているが。
「君を処刑する派と、敵を作りたくない派で割れている」
「な、なるほど」
「そこで一度、君から話も聞いてみようという流れになってね」
どうやら満場一致で、俺を処刑する流れにはなっていないらしい。
慎重派と過激派で論戦になり、話の決着がつかなかったようだ。
「街に到着したら、君は裁判にかけられる」
「裁判、ですか」
「君をどう処分するか決める裁判だ」
そして結局、俺の処分は裁判で下されることになった。
有無も言わさず処刑も覚悟していたので、少し安心した。
「君の弁明、健闘を期待する」
「ありがとうございますわ」
ハンネ女王は無感情にそう言った。
彼女は俺に、敵愾心があるわけではないらしい。
「にしても、リシャリ姫。君の頭で跳ねているソレは、野良の雪精だね」
「はい。寒さに震えていたら、この雪精が助けてくれたのですわ」
「そうか。珍しいものを見た」
ハンネ女王は、不思議そうに俺の頭の上の雪精を見た。
雪精を見つめる瞳はどこか、優し気な雰囲気を帯びていた。
「キュー!!」
「……へぇ、そうなんだ」
「キュッキュキュー」
「それは、どうだろうね」
彼女は雪精の鳴き声に、穏やかに応じている。
……初めてハンネ女王の瞳に、感情が浮かんだ気がした。
「なるほど。珍しい。本当に珍しい」
「この雪精が何を言ってるのか、分かるんですの?」
「ああ。余は雪精と話ができる」
キューキューと鳴く毛玉に、ハンネ女王はウンウンと相槌を打つ。
彼女の言葉に嘘はない。本当に、会話できているっぽい。
「リシャリ姫、君は死にかけていたみたいだな」
「え、死にかけですか?」
「放っておいたら凍死するから、この子が助けたらしい」
「私を助けてくれたのですか、その雪精は」
そのハンネ女王の言葉に、雪精はキューと肯定の意を示した。
……この雪精は、俺の命の恩人だったのか。
「ありがとうございますわ」
「キュッキュキュー」
「……すごい、こんなの初めて見る」
俺が感謝の意を示すと、雪精は得意げな声を上げ、俺の頭に飛び乗った。
そして不思議な鳴き声を上げながら、何度もピョンピョンと飛び跳ねる。
そんな雪精を見たハンネ女王は、意外そうに口元を手で覆った。
「何がすごいんですの?」
「だって雪精は普通、こんなことをしないから」
「こんなことをしない?」
ハンネ女王は、やや困惑しているようだった。
俺は雪精の生態を知らないので、何が珍しいのかよくわからない。
「こんなこととは、なんでしょうか」
「それはだね」
……もしかして雪精は、アイギスランド人以外には冷たいとか?
雪精はデケン軍に狩られまくったと聞く。他国の人間に敵対的でも不思議じゃない。
この雪精に特別なだけで、普通は俺なんかを助けてくれないのかも────
「雪精はとても人懐っこい。どんな人にもすり寄る」
「はあ」
「自分たちを殺しに来たデケン兵にすら、甘えようとして近づいたという」
と、いうわけではないらしく雪精は人懐っこい生き物のようだ。
じゃあ何がおかしいのかと聞くと、女王ハンネは、
「だから、こんなに雪精に舐め腐られている人は初めて見た」
「私、舐め腐られていましたの!?」
そう教えてくれた。
「先ほどの会話は、『コイツ超弱いッス! 俺の子分にするッス!』『ハンネ様! 別にいいですよねッス!』って感じだ」
「確かに舐め腐られてますわ!」
本来、雪精は人間を軽んじたりしない。
雪精は人を慕い、よく甘えるそうだ。
しかし、
「雪精は舐めている相手の頭で、飛び跳ねる習性がある」
「舐めている相手の頭で飛び跳ねる習性」
「死にかけたリシャリ姫を救ったことで、下に見ているようだ」
「下に見ている」
この雪精は、俺を舐め腐っているようで。
どうやら俺は、子分と認識されてしまっていた。
「余から説教しておこうか?」
「い、いえ。子分にはなれませんが、命を救われましたし」
ちょっと腹立たしいが、恩人相手に怒るのも情けない。
さっきまでかわいく思えていたのに、小憎らしくなってきた。
「それとリシャリ姫、そのドレスは着ないのか?」
「あんな話を聞かされては、とても着れませんわ」
「そうか、それも一つの選択だ。代わりの服を持ってこさせよう」
俺の頭でピョンピョン跳ねる雪精を眺めながら、ハンネ女王はそう言った。
イキる雪精が珍しいのか、少し口元が緩んでいるように見えた。
「ただ、それでフロリネフの気が済むとは思わない。甘く考えないことだ」
「分かっておりますわ」
「ならばいい」
ハンネ女王はそういった後、視線を外し。
呟くように、話を続けた。
「余は、君を処刑するべきではないと思っている」
「……そうなのですか?」
「敵を増やすだけだ」
ハンネ女王は、俺を殺さない方がいいと思ってくれているらしい。
しかし、
「だけどそれを決めるのは議会だ。余は意思を表明すべきではない」
「それは何故ですの?」
「王の役目は、不正がないか監視することだから」
彼女はそれを議会で表明する気はないらしく。
議会で処刑すると決めたら、処刑になるらしい。
「サリパと、戦争になりますよ」
「余は避けたい。だが、戦争になってもアイギスランドが勝つ」
「えー、あー……」
「フロリネフは一騎当千だから、戦争になっても問題ではない」
どうやらアイギスランドは、『最悪戦争になってもいい』と考えているらしい。
確かにフロリネフは強い。パウリックを一撃でやっつけられるほどの化け物だ。
だけど、
「サリパには、フロリネフさんより強い者もいましてよ」
「ホラを吹かれるのは好きではない」
「いや、その」
─────それでもやっぱり、タケルの方が上と思う。
フロリネフは『パウリックを殺す気で攻撃したのに』殺しきれなかった。
一方でタケルは、『殺さないよう手いっぱい手加減して』殺しかけた。
確かにフロリネフも化け物だろうが、おそらくタケルの方が格上だ。
「フロリネフは、史上最強だ」
「あー……」
だが、口で「どっちが強いか」なんて言い合いをしても仕方がない。
今はまず、俺が生き残ることを集中しないと。
「フロリネフさんってどんな方なのか、教えてもらっても良いですか?」
「構わない」
せっかく裁判という場で、俺に弁明の機会が与えられたんだ。
このチャンスを逃さないために、彼女のことを聞いておこう。
「彼女は、余のお婿さんだ」
「ファッ!!?」
返ってきた返答は、いろいろぶっ飛んでいた。