【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
「フロリネフは本日の夕刻、貴様に面会に来るそうだ」
「ありがとうございますわ、ハンネ女王」
誓約姫フロリネフ。彼女は事実上、現在のアイギスランドの『王』である。
すでに現王族はハンネ以外に死に絶えた。
そして同性婚である以上、ハンネ女王は子を産めない。
フロリネフが男と結婚し、子をなして次世代の王とするのだ。
それは『王の血筋』の簒奪に他ならない。
「……君の弁舌の健闘を期待する」
「はいですわ、ハンネ女王」
しかしハンネ女王は、それを受け入れた。
アイギスランドを守るために、フロリネフに国を明け渡した。
その決断に葛藤がなかったはずがない。
きっと迷いに迷った末の、フロリネフとの婚約だったはずだ。
ただ俺は、その判断に口を挟むつもりはない。
他国のお家騒動に口を挟んだところで、ろくな結果にならない。
「必ず、説き伏せて見せますの」
俺がフロリネフと話すべき内容は、ただ一点。
サリパとヤイバンの同盟を敵に回す、そのことの無意味さだ。
「では、余は部屋に戻る。あとで、その成果を聞きに来よう」
「了解ですわ、ハンネ女王陛下」
ハンネ女王の話を聞いて、俺は一つの違和感を覚えた。
それは、フロリネフが俺の服装に激怒した理由だ。
彼女は雪精に避けられる、
デケンとの戦争を避けるために雪精を引き渡そうと主張する
そんな
何か、そこに対話の糸口があるような気がする。
例えばデケンへの憎しみから、敵意を向けてきた可能性がある。
だとすれば、我々もデケンを憎んでいると説明すればいい。
どうしてフロリネフが、俺を処刑しようとしているのか。
その真意を今こそ、聞き出してやる。
「きゅっきゅっ~」
「もう、あまり頭で跳ねないでくださいな」
ハンネと別れたあと、俺は夕刻まで雪精と戯れた。
なんだかんだで、雪精との時間は楽しかった。
コイツは俺を舐め腐ってるらしいが、それはそれとして可愛いから仕方ない。
肩に頭にと飛び回る雪精を苦笑しながら眺めていたら……
「すぴきゅっ!!?」
「おや?」
突然、雪精が驚いたように跳ね上がり。
そのまま部屋の隅の穴に、一目散に駆け込んでいった。
「入らせて貰うぞ」
まもなく、冷たい女性の声が聞こえてきて。
同時に、ガシャンと重苦しい金属音が部屋に響いた。
「私に何の用だ、サリパの姫」
「お待ちしておりましたわ、フロリネフ様」
真っ赤な髪を逆立てた、アイギスランドの『本当の王』。
誓約姫フロリネフが、険しい顔で檻に入り込んできた。
「良ければ少し、お話をしていただきたく」
「私は貴様に話などない。ハンネ女王の頼みだから、仕方なく来てやったが」
「それで充分ですわ」
改めて、フロリネフと向き合う。
年頃はおそらく、二十から三十代。
凛々しく、雄々しく、それでいてどこか寂し気な女性。
「フロリネフ様に、聞きたいことがありまして」
「ほう? ああ、何も言わずとも良い。言いたいことはわかる」
人となりは見ている限り、直情的で短絡的。
そして傲岸で不遜、お世辞にも善性とは言い難い。
俺がどんな意見を述べても、聞く耳も持たないだろう。
「どうしてお前を殺したがっているのか、そう聞きたいのだろう?」
「……」
「簡単だ。お前が気に食わないから、それだけだ」
彼女は、俺を殺すことをもう心の内で決めている。
俺がどんな弁舌を尽くしても、それがひっくり返ることはない。
「命乞いなら聞く気はない。震えて待ってろ」
そしてフロリネフが事実上、アイギスランドの最高権力者だ。
王の資格無き者が権力を握ってしまった、そういう状態。
「いえ、違いますわ」
「違うのか。では何が聞きたい」
また彼女は頑固な性格だ。
いかに議会で反対意見が出ようと、きっとゴリ押しで主張をするはず。
フロリネフ以外の全員が反対しようと、意見を曲げることはない。
「ちょっとフロリネフ様と、コイバナでもどうかと思いましてね」
「はぁ?」
だがたった一人だけ、フロリネフにも無視できない存在がいる。
それは現在の王であり、彼女の婚約者でもあるハンネ女王だ。
もしハンネが婚約を破棄すれば、フロリネフはその権力の後ろ盾を失う。
「ハンネ様と婚約していると聞きまして、気になったのですわ」
「……そんな話をするために私を呼んだのか?」
「ええ、大事な話ですの」
フロリネフに、俺の命乞いを聞けとお願いするのではなく。
ただハンネの意見を尊重するよう、説得すればいい。
「お前が、私とハンネ様の婚約に何の関係がある」
「それが実は大アリですの。まぁ、ちょっと話を聞いてみなさいな」
「むむぅ、意味が分からんな」
ニコニコと笑顔を作って、フロリネフにちょっと座れよと促してみる。
すると彼女はドカっと胡坐をかいて、檻の前に座り込んだ。
「で、お前は何が言いたいんだ」
「ハンネ様への結婚、フロリネフさんから申し込んだと聞きましたわ」
「まぁそうだが」
まずは、フロリネフとハンネ女王の関係性を推測する必要がある。
フロリネフはただ王位が欲しくて、ハンネに婚約を迫ったのか。
多少なりとも、情はあるのか。
まず、そこを見分けないと……。
「そこで少し、気になったことがありまして」
「気になったこと?」
なぜそんなことを知りたいのかといえば、『禁じ手』を使うための準備だ。
それは知力に差がある場合のみ使える、俺の交渉技術の奥義。
その名も相手の不安を煽って要求を飲ませる、
やってることが悪役だから封印していたが、処刑されるとなれば使わざるを得ない。
「ええ、今の状況だと『フロリネフ様が王になれない』可能性がありますわ」
一般的に王位継承は、王族であるハンネの血筋が重視される。
なのでフロリネフが王位を継ぐには、ハンネに子供が出来てはまずい。
「私が王に、なれない?」
「はい」
どんな約束があろうと、ハンネに子供ができた瞬間に王位継承権は割れる。
だからフロリネフの子を王にするためには、フロリネフが王位を継いだ後にハンネを殺す必要がある。
そこを突いて、フロリネフの気持ちを探る。
「大丈夫ですわ、私の言うとおりにすれば問題はありませんから」
彼女はハンネを殺す気なのか、それとも信頼関係があるのか。
それによって、洗脳のための文言は変えねばならない。
「つまりハンネ様がこの先、ご懐妊された場合ですね……」
「お前は何を言ってるんだ」
人の心は不安に弱い。いかに身体が強くとも、心が折れれば動けない。
フロリネフの不安を煽り、信頼を掴み、そして懐柔を……
「私が何で、王様にならなきゃいけないんだ?」
「おっと?」
フロリネフから帰ってきた答えは。
心底、よくわかっていないという微妙な顔だった。
……あれ?
「王様は、ハンネだろ?」
「フロリネフ様は、ハンネ様が女王で構わないんですの?」
「ああ、あのお方こそ王に相応しかろう。私はそう思ってるぞ」
フロリネフの口ぶりに、嘘の気配はない。
彼女は微塵も、王様になれないと言われて『動揺していない』。
何とこの女……。王位簒奪を成し遂げておいて、王になる気がないのである!!
「あ、じゃあどうしてハンネ様に求婚を? もしかして、その」
「……綺麗だって、思ったんだ」
じゃあどうしてフロリネフが、ハンネと婚約したのかを聞くと。
あの傍若無人なフロリネフが、顔を真っ赤にして……、
「えー、いや、な。ハンネのこと、最初は、見てられないなって、くらい可哀そうで」
「はい」
「家族とか失ってな、もう、すごく哀しいはずなのに。気丈に振る舞って、凛と背筋を伸ばす、そういうところが凄く……」
俺に向かってしどろもどろに、惚気始めた。
「……ハンネ女王、とても可愛らしいお顔立ちですものね」
「そう、だが可愛らしいだけではなくて。格好良さを内包しているというか」
「フロリネフ様は、ハンネ女王を愛しているのですね」
「勿論だ」
ああ、思っていたのと違う。
どうやらフロリネフは王位の簒奪を目的に、ハンネ女王と婚約を結んだわけではない。
「……どうして、フロリネフ様が婿になられたのですか?」
「当たり前だ、あのハンネ様が他人に汚されるなど耐えられない!」
「あぁ」
確かに、妙だと思ったのだ。
単細胞な彼女が、王位簒奪などという野心を抱くだろうか。
「あの美しいハンネ様と結婚できるだなんて、夢のようだ……」
結果的に、王位を奪ってしまってはいるが……。
彼女の思考回路はもっと単純で分かりやすかった。
「私は、彼女に婚約を交わした時に決めた。一生、何としても彼女を守り抜くと。彼女の笑顔のために生涯を捧げると」
この女はただ、ハンネに惚れたから求婚しただけ。
何の策謀も下心もない、純粋な好意からの婚約だった。
「素晴らしい覚悟ですわ」
「それが臣下として、夫としての責務だろう」
フロリネフに『自分が最高権力者だ』という意識はない。
彼女はハンネ女王に、従っているだけだ。
……さっきまでの俺の、真っ黒な思考回路が恥ずかしくなってきた。
「ありがとうございます。話したいことは、これで終わりですわ」
「……こんな話がしたかったのか?」
「ええ、その。すごく大事な話でしたわ」
だけどこれは、一気に話が簡単になった。
というか勝ち確ですわ。何も難しい交渉はしなくていい。
「例えばハンネ女王が、私を殺すなと言ったら?」
「もし、そんなことを仰るなら従うが。ま、ありえないだろう」
俺はただ、ハンネ女王に『真意をフロリネフに伝えてくれ』と言えば解決する。
……ふぅ、良かった。
「お前を処刑すれば、さぞハンネ女王も喜ぶだろう」
「……どうして、そんな風に思うのですか?」
「ハンネ女王は、デケンに復讐がしたいと、仰ったんだぞ」
フロリネフは、俺を処刑すればハンネが喜ぶと思っているだけだ。
おそらく、サリパとデケンを
よくもわるくも彼女は、一途で単純のようだ。
「私はまだ、笑顔を見たことがない。家族を処刑されて以降、笑わなくなったそうだ」
「……」
「心神喪失、というのだろう。彼女は感情らしい感情を失ってしまった」
ハンネ女王が無感情なのは、俺も気になっていたが……。
どうやら彼女は家族を殺されたショックで、感情を表に出せなくなったらしい。
会話中、まったく感情が読み取れなくて不気味だった。
「そんなハンネ様も、時折感情をあらわにする時がある」
「それは?」
「私が、デケン軍を倒したと報告する時だ」
しかし、ハンネ女王がすべての感情を失ったかと言えばそうではなく。
デケン帝国に対する昏い感情─────復讐心は、グツグツと煮えたぎっているらしい。
フロリネフがデケン軍を圧倒し、その戦果を報告したその時。
『─────そうか、よくやったフロリネフ』
人形のように無表情な彼女に感情が差し込んだ。
「笑ったんだ、少しだけだけど確かに笑った」
「……」
「だからお前を処刑する時も、きっと笑ってくれるさ」
そう呟くフロリネフの顔には、複雑な感情が詰まっていた。
こいつ、頭は弱いだけで忠誠心は本物というタイプか。
「好きになった女の笑顔のためなら、私はなんだってやってやる」
「なるほど、分かりましたわ」
こいつはハンネを愛するがゆえに、俺を殺そうとしている。
そしてハンネ女王は、同情したくなるような辛い境遇。
ようし、俺が一肌脱いでやるか。
「別に私を殺さずとも、女王を笑わせることはできると思いますわよ」
「何?」
解決の道筋は見えた。俺がハンネ女王を笑顔にして、フロリネフを満足させる。
そうしたら、俺を殺す理由もなくなる。
「面白いこと言うじゃねえか、テメェ。どうやるってんだ?」
「簡単です」
彼女のトラウマを完璧に消し去るのは、難しいだろう。
しかし、少し笑わせるくらいならできるはず。
「……真心ですわ」
俺は自信満々に、フロリネフにそう宣言をした。