【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ!   作:まさきたま(サンキューカッス)

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75話「デケン七英雄の筆頭レジン」

 

 結局、デケン軍は数時間と経たずに敗走していった。

 

 大地を覆う炎の防壁を前に、彼らはどうする事も出来なかった。

 

「な、フロリネフは強かろう?」

 

 ハンネ女王は自慢げに、鬨の声を上げるフロリネフを見てそう言った。

 

 ああ、文句のつけようがない。彼女はレヴィやタケルに引けを取らない怪物だ。

 

「余らがこの地に陣取る限り、デケン軍はどうしようもあるまいさ」

「確かに、そうですわね」

 

 アイギスランド軍が、開けた場所に陣取っている意味が分かった。

 

 周囲に何もないと、フロリネフの視界が遮られないのだ。

 

 背後は海、周囲は陸地。ここなら絶対、奇襲を受けない。

 

 だからこの町が、フロリネフにとって理想の防御拠点なのだ。

 

 

 

「さすがフロリネフ様!」

「アイギスランドの大英雄!」

 

 その晩フロリネフは街に凱旋し、民衆から喝采された。

 

 デケン軍を恨んでいる人からすれば、胸がすくような思いだろう。

 

「見ていてくれましたか、ハンネ様!」

「ああ。今日も見事だった」

「貴方のために、頑張りました! 私の方が、サリパの姫より役に立ちます!」

 

 誓約姫フロリネフは、凱旋が終わるとすぐハンネの下に飛んできた。

 

 まるで、褒めてくれと飼い主にせがむ子犬のようだ。

 

「して、デケンの連中は引き返したのか?」

「いえ、射程外に下がっただけです。おそらく、まだ撤退していません」

「そうか、懲りない連中だな」

 

 しかし、デケン軍は撤退した訳ではないらしい。

 

 遠距離に陣取って、性懲りもなくこの街を狙っているのだという。

 

「きっと意地になっているんだろう」

「デケンでは、撤退した将は殺されると聞く。向こうも引けないのだろう」

 

 ……デケン軍が撤退しない。その報告が、俺には気になった。

 

 フロリネフは最強だ、勝ち目などないだろう。

 

 なら、どうして撤退を選ばない?

 

「警戒は怠るなよ」

「分かりました、ハンネ様。私の炎で焼き尽くしてやりましょう」

「うむ」

 

 だって、相手はあの『ジャルファ王子』だ。

 

 処刑されることも分かっていただろうに、国益を優先し撤退した男。

 

 そんな男が、まだここに居座り続ける理由は?

 

「……本当に、気を付けた方がいいかもしれませんわよ。ハンネ様」

「リシャリ姫?」

 

 今日のデケンの進軍は、ただの敵情視察に過ぎなくて。

 

 何か、フロリネフを封殺できるような策が用意してあるのかもしれない。

 

「不安になるのも分かるが心配するな、リシャリ姫。フロリネフは最強だ」

「はい……」

 

 確かに、フロリネフはとても強い。

 

 彼女さえいれば負けないという、ハンネ女王の気持ちもわかる。

 

 だが、この言い様もない『嫌な予感』は何なんだ?

 

「君は我らに守られていると良い」

「ありがとうございますわ」

 

 俺はそんなハンネの言葉に、笑みを返すことしか出来なかった。

 

 

 

 ……そんな俺の嫌な予感は、最悪な形で的中してしまった。

 

「リシャリ姫。サリパから国書がきた」

「どんな内容でしょうか」

 

 フロリネフのお陰で、デケン軍を圧倒しているアイギスランド戦線。

 

 その一方で、デケン軍とサリパ軍の戦いは……。

 

「劣勢のため、リシャリ姫の迎えが遅れると」

「劣勢、ですか!?」

 

 デケン主力軍により、サリパ側は押し込まれてしまっているようで。

 

 ヤイバン方面との戦線も分断され、窮地に陥っているようだ。

 

「同盟を組んだのであれば、アイギスランド軍も救援に来てくれと」

「……そうですか」

 

 頭が真っ白になる。あのタケルやベルカがいて、苦戦してしまうのか。

 

 デケン主力軍はどれだけ強いんだ。偽報やデマじゃないんだよな?

 

「我が軍が、サリパが、本当に押されているのですか?」

「無理はなかろう。サリパ方面の将は、あの読心術師(テレパス)レジン元帥なのだろう?」

 

 レジン元帥。それはデケン軍で最強の男で、デケン七英雄の筆頭。

 

 この大陸で一番頭が切れると言われ、生涯無敗の化け物。

 

「レジンだけは、デケン軍で別格だ」

「そんなにヤバイのですか?」

「ああ。ヤツは心を読んでいるかのように戦う」

 

 かつてハンネの父を殺し、アイギスランドを大陸から追い出したのもレジン元帥らしい。

 

 アイギスランドの軍事行動は全て看破され、封殺されてしまったそうだ。

 

「どういう手品かは分からんが、ヤツはこちらの動きを全て察知する。レジンと戦うなら、作戦は筒抜けと思っておいた方がいい」

「恐ろしいですわね」

「父も兄も、レジンに殺された。思い出しても、怒りで震える」

 

 デケン軍がここまで勢力を拡大できたのは、レジン元帥の力が大きかった。

 

 圧倒的武力で敵を蹂躙する『槍斬(デケン)王』と、圧倒的知力で戦場を支配する『読心術師(レジン)』。

 

 この二人の怪物によって、デケン帝国は今の広大な領土を得た。

 

「……サリパにも腕の良い軍師がいますが」

「レジンが相手だと、本領を発揮できまい」

 

 しかしあのベルカが、そんな良い様にやられるだろうか。

 

 アイツも防衛戦に関しては、この世界でトップクラスの化け物のはずだが。

 

「しかもまずいのが、パウリック殿に代わるサリパの主力『龍殺し』タケルだ」

「タケルが、どうかしましたか?」

「自軍の参謀と大喧嘩して、まともに機能していないらしい」

「ファッ!?」

 

 

 

 

 

 ハンネが聞いた話によると。

 

『どうしてリシャリ様を迎えに行ってはいけないんですか!』

『デケン軍を追い払うのが優先だ!』

『今もアイギスランドに囚われ、辱めを受けているのですよ!』

 

 俺が誘拐されたと聞いて、タケルはアイギスランドへ飛び出しかけたらしい。

 

 しかし、ベルカはそれを断固として止めた。

 

『お前、たった一人で広いアイギスランドに行って、リシャリ殿下を探し出す自信あるか?』

『そこら中に人に聞いて回れば……』

『向こうの地理も分からんのに、上手くいくわけないだろう』

 

 タケルは強いかもしれないが、情報収集は得意ではない。

 

 拐われた場所が『ブユルデスト』と分かっていた前回とは事情が異なるのだ。

 

 情報集めの時間を含めると、俺を迎えに行くにはかなり時間がかかるだろう。

 

『それにタケル、お前が抜けると軍が機能しない。いや、もっとはっきり言うか』

『……』

『お前がここを離れたら、デケン軍を押しとどめられない。サリパが滅ぶ』

 

 それに、デケン軍が侵攻しようとしている最中の出来事だ。

 

 タケルがいなければ、デケン軍を追い返すのは不可能。というか、サリパは滅びる。

 

『だけど、リシャリ様が……』

『リシャリ殿下を迎えに行けたとして、サリパが滅んでいたらあの姫様はどう言うだろうな? 私を助けるより、祖国を守ることを優先してほしかった。そう告げられるのではないか』

 

 その説得を聞いたタケルは、悔しそうに唇を噛んだ。

 

 ベルカの言うことが正しいと、納得したのだ。

 

『……うぅ』

『心配するな、(おのず)らの主を信じろ。アイギスランドでもきっと無事だ』

 

 それでタケルは、不満タラタラながらサリパに残った。

 

 ベルカの立てた策の下で、防衛戦に参加したのだが……。

 

 

 

『おかしい』

 

 ベルカの立てた作戦は、ことごとくレジンに看破された。

 

『タケル、次はここに隠れるんだ。そしてデケン軍の側面を突いて奇襲しろ』

『分かりました』

『ここが兵站の要だ、ここを落としたら有利になる』

 

 ベルカはタケルを、軍としてではなく攻城兵器として運用した。

 

 敵の戦略的要所にぶち当て、戦闘継続を不可能にしようとした。

 

 タケルが突撃した後に、軍で拠点を制圧していく。

 

 彼の圧倒的な武勇を生かすには、これが最適の筈だった。

 

『ベルカ参謀! タケル将軍が突入した瞬間、毒霧が噴射されました』

『げっ、撤退だ! タケルを退かせろ!!』

 

 しかし、その作戦がことごとくうまく行かない。

 

 心を読まれているんじゃないかというくらい、綺麗に作戦を阻まれた。

 

『タケル、無事か!?』

『げほ、げほ。はい、何とか……』

『すまん、(おのず)の作戦ミスだ。数日、休め』

 

 レジン元帥は、タケルの対策を立ててきていた。

 

 彼の弱点ともいえる『毒』を最大限に活用し、タケルを封じ込めたのだ。

 

 こういった敵に対する対応力もまた、デケン軍の強みと言えた。

 

『タケル、次はここに布陣しようと自は思う』

『……こんな辺鄙なところにですか?』

『ああ、意味不明だろう。何せ(さい)を振って決めたからな。この布陣は読まれまい』

 

 あまりに作戦を綺麗に読まれたので、ベルカは諜報や内通を警戒した。

 

 その対策として、タケルと二人きりで作戦会議をするようにした。

 

『このことは作戦決行直前まで、誰にも言うな』

『分かりました、けど』

 

 機密保持の徹底、賽を投げて決めた意味不明な作戦。

 

 こんな策を読める筈がない。次こそ勝てるという確信がベルカにはあった。

 

 しかし、それでも……。

 

『毒ガスが周囲から炊き上がった!?』

『くそ、陣地が完全に読まれてる!』

『撤退だ、逃げるぞ!』

 

 ベルカの脳が見透かされているように、レジンに完璧に作戦を読み切られた。

 

『諜報の対策は、している筈なのに』

 

 ベルカの打ちひしがれた声が、陣中に響く。だが、どれだけ諜報を警戒しても無意味だった。

 

 何せレジンは、諜報によって動きを掴んでいたのではなかったから。

 

 

 そろそろベルカの策が、王道を外すこと。賽を振って、作戦を決めること。

 

 ベルカが賽を振る時の、力の強さ。時刻にタイミング。

 

 怪物(レジン)は持ち前の頭脳で、ベルカの行動を読み切っていただけだ。

 

『こんなはずはない、何かがおかしい……』

 

 サリパ陣中で、ベルカは呆然自失で立ち尽くしていた。

 

 ベルカはレジンという男の器を、測り損ねていたらしい。

 

 確かにベルカは、戦術の天才だろう。しかしレジンは『何十年も研鑽を積んだ戦術の天才』だ。

 

 ベルカは格上の怪物と戦っていると、自覚していなかった。

 

『やっぱり、ベルカが作戦負けしているんじゃないですか!』

『タケル、いや、その』

 

 この不甲斐ない結果に、タケルのストレスは頂点に達した。

 

 放心するベルカの胸ぐらを掴み、周囲のサリパ兵が慌てる中、大声で怒鳴った。

 

『もうあなたの指示に従いたくありません!』

『待て、どうするつもりだ』

『僕が一人、突っ込みます。それが一番、手っ取り早い』

『やめろ! お前に万が一があれば、サリパは─────』

 

 タケルは一刻も早くデケン軍を追い返し、リシャリを迎えに行きたかった。

 

 そんな焦りからベルカを怒鳴り、仲たがいを始めてしまったのだ。

 

 国王も仲裁をしているが、タケルが熱くなって聞く耳を持たない。

 

 ─────リシャリ姫がここにいれば、と国王は頭を抱えているという。

 

 

 

 

 ……と、言う話であった。

 

「まずい状況ではないですか」

「ああ、その通り。まずいんだ」

 

 俺が誘拐されたせいで、酷いことになっとる!

 

 ベルカがレジンに負けてる上に、タケルの悪い部分が出ちゃってる。

 

「ハンネ女王、どうかサリパに救援を!」

「ああ、余もサリパの救援に向かいたいのだが」

 

 あのベルカが完封されてしまうなど、信じたくない。

 

 しかしそれが事実であれば、ここでのんびりしている暇はない。

 

 ハンネにお願いして、サリパに援軍を出してほしい所だが……。

 

「デケン軍が、退かないんだ」

「……どうして。勝ち目なんてないはずなのに」

 

 デケン軍がいるのに、守りを放棄することはできない。

 

 そこで、俺はハっと気が付いた。

 

 どうしてジャルファ王子は、今回に限って撤退してくれないのか。

 

「もしかしてジャルファ王子、アイギスランド軍を釘付けにするのが目的では」

 

 ジャルファ王子の目的は、アイギスランドに勝つことではない。

 

 サリパに侵攻しているレジン元帥への援護として、ここに布陣しているのだ。

 

 アイギスランドがサリパと同盟を結んだことを察知し、足止めをしている。

 

 そういうことであれば、納得がいく。

 

「だとすれば、彼らの軍はハリボテですわ! おそらく、攻め込む気はないはず」

「その可能性はあるが」

 

 いやらしい一手である。デケンの国力を存分に利用した多方面作戦だ。

 

 そうだとすれば、ハンネには勇気を出して援軍を送ってほしいが……。

 

「この状況、フロリネフをサリパに送るわけにはいかん」

「そうですわよね」

 

 足止めと分かっていても、サリパに援軍を差し向けるわけにはいかない。

 

 デケン軍が目の前にいる状況で、アイギスランドを危険に晒せない。

 

「私だけでも、サリパに帰ることは出来ないでしょうか」

「戦争中だから、安全は保障しにくいな」

 

 俺さえサリパに戻れば、二人を説得できると思うのだが……。

 

 こちらも戦闘中なので、俺が安全にサリパに戻ることも難しい。

 

「すみません、わがままを言いました。保護して貰っておいて」

「いや、祖国が心配なのは当然だ。奴らが去れば、すぐ援軍を差し向ける」

 

 ハンネはそう言って、フロリネフを一瞥した。

 

 フロリネフは威風堂々、アイギスランド陣中に佇んでいる。

 

「フロリネフ、この戦いが終わったらリシャリ姫と共にサリパに向かってくれるか」

「もちろんです、ハンネ様。サリパ方面のデケン軍も、蹴散らしてまいります」

「ありがとう、フロリネフ」

 

 フロリネフは、応じるように頷いた。

 

 彼女が来てくれれば、間違いなくデケン軍を追い返せるだろう。

 

「安心しろリシャリ姫。私が向かえば、万の大軍だろうとひと捻りだ」

 

 フロリネフは自信満々に、燃えるような瞳を俺に向けそう言った。

 

 最初は恐ろしかった彼女の尊大な態度も、今はただ頼もしい。

 

 ボソっと『というか、さっさと帰ってくれ……』と呟いたのは聞かなかったことにしよう。

 

 

「デケン軍は大軍だ、兵站の維持は難しい。いずれ帰るだろうさ」

「はい」

「それにサリパに万が一のことがあったとしても、余が君を保護する。だから、安心してくれ」

「いやいやそうはさせません。この私がサリパの窮地を救ってやります、だからマジで帰って」

 

 俺はハンネに諭されて、静かに唇を噛んだ。

 

 ただ、悔しかった。俺はフロリネフのように戦うことも、ハンネのように臣下を纏める事も出来ない。

 

 どこまで行っても俺は、一介の姫でしかない。

 

「リシャリ姫、そう落ち込まないでくれ」

「すみません。我が身の無力が、悔しいのですわ」

 

 タケル、ベルカ。近くにいてやれなくてすまない。

 

 どうか協力して、サリパを守ってくれ。

 

 そう願いを込めて、俺は空を見上げた。

 

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