【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ!   作:まさきたま(サンキューカッス)

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78話「ほ、本当に大丈夫なのですわー!!」

 

「─────さよならだ」

 

 槍はフロリネフに向かって、真っすぐに振り下ろされた。

 

 アイギスランドに生まれ、たった一人でデケン軍を苦しめた女将フロリネフ。

 

 燃え尽きて倒れた彼女は、振り下ろされる槍を見つめることしかできない。

 

「待て!!」

 

 彼女の死は、アイギスランドとデケンの戦いの決着を意味する。

 

 フロリネフに頼る以外に、アイギスランドに勝ち目などない。

 

 

「デケンの戦士よ、その勝負を余に預けよ!」

「……おっ」

 

 

 そんな婚約者(フロリネフ)の窮地に、声を張り上げたのは。

 

 まだ弱冠13歳の、若き女王ハンネだった。

 

「何だ、アンタ」

「余はアイギスランドの女王。ハンネ・ヴィ・リトリオーラである!」

 

 フロリネフが倒れてからの、ハンネの行動は早かった。

 

 短剣を一本引っ提げて、周囲の制止も聞かず、監視塔を飛び出した。

 

 そして陣地の門前で、アガロンにそう怒鳴った。

 

「待ってください、ハンネ女王!」

「陣の外に出ては危険です!」

 

 そんなハンネを、臣下たちが必死で追いかけていた。

 

 ハンネは生き残った唯一のアイギスランド王族、殺されるわけにはいかない。

 

「大丈夫だ。君たちは、下がっていてくれ」

 

 しかしハンネは、そんな臣下たちを手で制し。

 

 フロリネフに槍を振り下ろそうとしていたアガロンに、声を張り上げた。

 

「それで俺になんの用だい、お嬢ちゃん!」

「戦争の勝敗を賭けて、一騎打ちを申し込む!」

「ハンネ様!!?」

 

 臣下を携えず、一人でアガロンに向けて剣を抜く。

 

 少女王のその肩は、かすかに震えていた。

 

「余の首は不足か、デケンの将」

「……へぇ?」

 

 アイギスランドの女王が、首を賭けて一騎打ちを挑む。

 

 その申し出の意味を、アガロンは察した。

 

「いいね」

 

 ハンネの剣の持ち手は不器用で、そして震えている。

 

 明らかに、剣術を嗜んでいた者の構えではない。

 

「や、やめ……。ハンネ、さ、ま」

「後は余に任せよ、フロリネフ」

 

 ハンネは姫として育てられてきた。

 

 剣を振った経験はおろか、訓練所に入ったこともない。

 

「今まで忠節、ご苦労だったフロリネフ」

「あ、ぁ……」

「余が負けたならば 今後はデケンに従え」

 

 ではなぜ、ハンネが一騎打ちを仕掛けたのか。

 

 それは、つまり─────

 

「戦争の決着をつけるってこったな」

「ああ。我が臣下たちは、余が討たれればデケンに頭を垂れる」

 

 自分の首で臣下を見逃してくれという、事実上の降伏宣言だった。

 

 

 

 騎士は忠節を重んじる。

 

 たとえ勝ち目がなくても、主君のために華々しく死ぬのが名誉。

 

「やめて、やめてください。ハンネ様」

「……どうか、お考え直しを」

 

 ハンネが生きている限り、戦争は終わらない。

 

 彼女の臣下は死ぬまで、デケン軍と戦わねばならない。

 

 ハンネは、それを嫌った。

 

()なんかに付いてきてくれて、ありがとフロリネフ」

「ぁ─────」

 

 ハンネが今まで通り『お飾りの姫』であったなら、きっとこんなことは言いださなかっただろう。

 

 しかしハンネは、王として覚醒(・・・・・・)してしまった。

 

 アイギスランドのために、自らを捧げる君主となってしまった。

 

「さあ、余の首を取ってみよ!!」

 

 彼女はアイギスランドの王として、この戦争の始末を付けねばならない。

 

 デケン皇帝は残忍だ、降伏してもハンネは処刑されるだろう。

 

 運が悪ければ『屈辱的な形で』生かされてしまうかもしれない。

 

 ならばハンネは決闘という形で、アイギスランドの誇りを持って死のうと考えた。

 

 

「臣下が良い女なら、王まで良い女と来た」

 

 ハンネの名乗りを見て、アガロンは微笑んだ。

 

 それは決して、嘲笑ではない。美しいものを見た、感動から来る微笑みだった。

 

「分かった、お前を子供扱いはしない。敵国の王として、敬意を表しよう」

「……」

「安心しろ、なるべく綺麗に首を落としてやる」

 

 ガチガチガチ、と少女の歯が鳴っていた。

 

 背後にいる俺からは、ハンネの表情は見えない。

 

 だが、どれほどの恐怖に耐えているのかは想像がつく。

 

「その一騎打ち、受けた」

 

 アガロンがその言葉とともに振り向くと、彼の仲間が首肯して。

 

 カツカツと、ハンネとアガロンの間に立った。

 

「では僭越ながら、龍殺しの五人(ファイブパーティ)、装甲のメリュリンが見届る」

 

 アイギスランドの敗北、そしてデケンへの降伏。

 

 この圧倒的な窮地に、俺は……。

 

「両者、構えを─────」

「お、お待ちください」

 

 声を張り上げて、二人の間に割り込んだ。

 

「……貴様は?」

「サリパ王国の第二王女、リシャリ・サリパールと申します」

「サリパ? どうしてサリパの姫がここにいる」

「それは大した話ではないので、後で説明をいたします」

 

 俺はすぐさま、自分の身分を名乗った。

 

 サリパの第二王女、と聞いてアガロンは意外そうな顔をした。

 

「この決闘の見届人、この私にお任せください。両国に所属していない私こそ、見届け人にふさわしい」

「……、まあそうだな」

 

 決闘の見届人は、中立な勢力が良いとされる。

 

 この場では、アイギスランド人でもデケン人でもない俺が最適だ。

 

「だがサリパの姫よう、俺の前に出てきてよかったのかい。悪いが、あとで拘束させてもらうぞ」

「構いませんわ、ハンネ様が心意気を見せたのです。この決闘を隠れて盗み見るなど、野暮ですわ」

「そうだな、分かってんじゃん」

 

 まぁアガロンの言う通り、俺はサリパの王族。敵国であるデケン軍に捕まるのはよろしくない。

 

 そのため隠れてやり過ごす方が良いのだが……。

 

「この決闘が終わった後、私の身柄は好きにしてくださいませ」

「ヒュー、手間が省けていいね」

 

 俺の場合(・・・・)は逆に、身分を明かす方が得策と考えた。

 

 人の口に戸は建てられない。サリパの姫(おれ)がここにいたことなどすぐアガロンに伝わる。

 

 俺の体力では、デケン軍から隠れて逃げきれるとは思えない。

 

 どこかで捕まって、酷い扱いを受けるのがオチだ。

 

「その代わりこの決闘、近くで見届けさせていただきますわ」

「よし、分かった。見届人はお前に任せる」

 

 ならば好印象を持たれたまま捕まる方が、ずっと生存率が高い。

 

 このアガロンという男は、『誇り』や『名誉』を重んじる性格に見える。

 

 彼ならば、自ら出頭した俺を酷く扱ったりはしないだろう。

 

「ハンネ様」

「君が見届けてくれるか、リシャリ姫。勇気が湧いてくるよ」

 

 それに、これは単なる俺の想いでしかないが。

 

 俺はハンネに対する敬意として、決闘を近くで見届けたかった。

 

「行ってくる。余がアイギスランドを、この剣で守り抜く」

「……御武運を」

 

 ここ最近は、ずっと姉妹のように親密に接してきた女王ハンネ。

 

 彼女は泣きそうな目で、数秒だけ俺にしがみ付き、儚げな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 溶けてドロドロになった槍を、悠然と構えるアガロン。

 

 おろしたての、新品の短剣を構えるハンネ。

 

 俺とルリちゃんはその二人の中間に立って、手旗を掲げた。

 

「これより、一騎打ちを執り行います」

 

 俺に出来ることは何もない。

 

 歴戦の勇士アガロンを前に、構えるハンネを見つめるだけ。

 

「この決闘はサリパ第二王女、リシャリ・サリパールが見届けせていただきます」

 

 戦争の決着とは、王の首を取って掲げ、勝利を宣言すること。

 

 今日、十年以上にわたるアイギスランドとデケンの戦争が終わるわけだ。

 

「お互い、一騎打ちの前にすべき宣言を」

 

 アイギスランド貴族の老翁が、地面に突っ伏して泣いていた。

 

 つい先日、議会でハンネの覚醒に感涙していた貴族だ。

 

 彼は嗚咽を零し、声を震わせ、この世の終わりのような声を上げて泣いていた。

 

「俺は正々堂々、デケンの誇りを胸に戦うことを宣言する」

「……アイギスランドの誇りと共に、戦うことを宣言する」

 

 戦いの前の、緊張と静寂。

 

 俺がこの手旗を振り下ろした瞬間、一騎打ちは始まる。

 

「リシャリ。これ、どういう状況?」

「静かに。大事な決闘ですわ、口を挟んではいけません」

 

 状況が呑み込めていないのか、首をかしげるルリちゃんを手で制し。

 

 俺は胸が締め付けられる想いで、決闘開始の宣言をした。

 

「それでは、これより─────」

「ねーねー、リシャリ」

「だからルリちゃん、ちょっと今は……」

 

 そんな俺の服を、クイクイと引っ張り続けるルリちゃん。

 

 まったく、どうして彼女がここにいるんだ。

 

 彼女に悪気はないのだろうが、この神聖な決闘の邪魔をさせてはいけない。

 

 保護者のベルカは一体、どこで何をやっているんだ─────

 

 

 

「……あれ、ルリちゃん?」

「はい、私です」

 

 そう。本当にどうして。

 

 ルリちゃんが、ここにいるのだろうか。

 

「ちょ、ちょっとこの決闘タンマですわ!」

「おいおい、どうした。しらけちまうだろ」

「いや、その。何故か、この子が」

 

 影が薄すぎて気が付かなかった。

 

 気づけばいたという感じで、ルリちゃんが俺の傍らに立っていた。

 

「ん? そいつ誰だ?」

「……私は、えっと。リシャリこのえ軍、斥候隊長のルリだよ」

「私の臣下ですわ」

 

 頭が真っ白になる。なんで、ルリちゃんが?

 

 俺を助けに来てくれたとか、そういうヤツか?

 

「おい、何でそんな奴がそこにいる」

「さあ……? ルリちゃん、どうしてここにいますの?」

「……リシャリのきゅうしゅつ」

 

 ああ、やっぱりそういう感じか! 

 

 俺が決闘の見届人として名乗り出たから、慌てて姿を見せたのか。

 

「見届人は二人もいらん。無粋だから下がらせろ、サリパの姫」

「え、えーっと。だそうですわ、ルリちゃん」

「ううん、さがらない」

 

 いかん、ちょっと頭がパニクってる。

 

 俺は、どうすれば良いんだ? とりあえずルリちゃんを下げて、一騎打ちを─────

 

「おむかえのじゅんびがととのった」

 

 そんな俺の混乱は、彼女の暴挙によりますます加速する。

 

 なんとルリちゃんは俺にそう伝えるや否や、空へ火薬筒を打ちあげたのだ。 

 

 パァァン、と晴天に小さな爆発が巻き起こる。

 

「貴様ら、何をしている!」

「神聖な決闘に、無粋な真似を……」

 

 直後、アガロンの配下たちが俺に向かって一斉に抜刀した。

 

 今の行動を、『敵対行為』とみなしたらしい。

 

「……ルリちゃん、何をしてますの!?」

「あいずだよ」

 

 俺は大声をあげて、ルリちゃんの肩を揺さぶった。

 

 ねえ、なんでこんなことするの!? 俺をそんなに窮地に陥らせたいの!?

 

 

「ああ、本当に無粋が過ぎるな」

 

 まもなく、不機嫌そうなため息が聞こえ。

 

 デケンの英雄、アガロンの怖い声が戦場に響いた。

 

「サリパの姫、お前が先に死んどくか」

「ご、ごめんなさいですわ!」

 

 めっちゃ怒ってる、殺してやる状態に入ってる!

 

 せっかく生き延びれそうな雰囲気だったのに、どうして!?

 

「ちょ、ちょっと謝ってくださいルリちゃん! 早く」

「ふわぁ~」

 

 絶体絶命の窮地だというのに、ルリちゃんはあくびをしていた。

 

 どうしてそんなに余裕なの。ルリちゃんは姿消せるから大丈夫かもしれないけどさぁ!

 

「わ、私の首などに価値はありませんわよ! ほら、笑顔笑顔。愛と平和(ラブアンドピース)!」

「大いにあるだろ。お前の首が届けば、レジンのオッサンもさぞ喜ぶ。珍しく手を焼いてるっぽいしな」

 

 まずい、俺の王女微笑み(プリンセスマイル)(命乞い)が通用しない。

 

 脅しじゃなく本気の百パーセントで俺を殺そうとしている。

 

 もう、説得で何とかするのは不可能な感じだ。

 

 ─────だけど、気になることを言ったような。

 

「え、デケン軍は苦戦してるんですか?」

「聞いてないのか、お前」

 

 いや、ハンネからある程度は聞いてたけど。

 

 タケルとベルカが大喧嘩して、サリパが苦戦してるんじゃなかった?

 

「冥途の土産に教えてやる、もう一カ月は戦線が停滞しているらしい。祖国の奮戦を誇ると良い」

「は、はあ……」

 

 聞いていた話と違う。ベルカの作戦も、それなりに通用してたのか?

 

 それともやっぱり、タケルが無双してるのかな。

 

「ただサリパ軍のやり口は卑怯と言うか、狡賢いというか。あらゆる嵌め手を駆使する戦い方は、俺は好まないね」

「大軍を相手にしてるんだから、仕方ないでしょうに」

「あのタケルとかいう化け物を先頭にして、正々堂々戦えばいいじゃねぇか」

 

 ……いや、違うな。どうやらベルカの戦術がちゃんと通用しているっぽい。

 

 じゃあ、俺が聞いた『サリパは苦戦している』って情報は、何だったんだ?

 

「ま、そのタケルを封じ込められてるから、仕方ないのかもしれんが」

「タケルは封じ込められてるんですか」

「ああ、ヤツの弱点はお伝えしておいたからな。攻撃前の隙、未熟な精神性、毒や病……」

 

 アガロンはそう言うと、不敵な笑みを見せた。

 

 この男、タケルの弱点を見抜ける程度には実力者らしい。

 

「レジンのオッサンは、敵にいつも通りの戦いをさせないのが得意だ」

「……」

「お前のところの龍殺しは離間策に嵌って、ほぼ活躍させず封殺されている」

 

 そしてアガロンから情報を得ていたレジンは、タケルを完全に封殺することに成功。

 

 お互いに決定打がないまま、ジリジリと睨み合いが続いているそうだ。

 

「そんな状況でアイギスランド敗北の報と、お前の首が届いたらどうなるだろうな?」

「……」

「きっと、戦況が傾くぜ」

 

 一歩、また一歩とアガロンが俺に近づいて。

 

 ドロリと溶けた槍先が、俺に突き付けられる。

 

「お前の首が、サリパを滅ぼすんだ。じゃ、死ね」

 

 俺の命は、まさに風前の灯火だ。

 

 だけど、俺はそんなアガロンに……。

 

「あ、ぁ。そういうことですのルリちゃん!?」

「うん」

 

 一切目もくれず、頭を抱えていた。

 

「サリパの姫。遺言はねえんだな」

「……遺言はいらねぇんですわ」

 

 ああ、もう心配することはない。

 

 ベルカが何を考えていたか、理解したからだ。

 

「おい、サリパの姫。何を言っている」

「ああ、なるほど。さっそく活用されてるんですね……」

 

 ルリちゃんがここにいる理由。

 

 彼女が一騎打ちに目もくれず、花火を打ち上げた理由。

 

「ベルカさん、レジンの行動を読み切ってるじゃないですか……」

 

 つまりこの戦場すら(・・・・・・)ベルカの掌の上だったということ。

 

 

 

 

「─────ァァァ!!」

 

 まもなく、ドスンと。

 

 アイギスランドの大地が、大きく軋んだ。

 

「えっ!?」

「何事!? 地震!?」

 

 呆れて、声も出ない。何もかもベルカの読み通りに進んでいたのだ。

 

 つまりベルカは、あの男は……。

 

「ルリちゃん。つまりもう」

「……うん、来てるよ」

 

 レジンの策でタケルと仲たがいし、釘付けにされていたのではなく。

 

 レジンの策に『ベルカ側から引っ掛かりに行って』、前線にタケルがいるように見せかけた。

 

 そして、本物のタケルは─────

 

「タケルはさいしょから、リシャリにむかって走ってた」

 

 と、いうことだった。

 

 

 

 実際のところ。

 

『リシャリ殿下が攫われた!?』

 

 リシャリがアイギスランドに誘拐されたという情報を受け。

 

 出陣の準備をしていたタケルとベルカは、大いに慌てた。 

 

『すぐに助けに行かないと』

『だが、デケン軍も接近しています』

『……』

 

 もちろん、二人はリシャリを救出しようと考えた。

 

 しかし、そこで待ったをかけたのは……。

 

『ベルカさん。ここは、目の前のデケン軍に集中しましょう』

『なに?』

『リシャリ様なら、きっとこう言います。私を救うより、祖国を優先してくださいと』

 

 何と、タケルの方であった。

 

 彼は、(リシャリ)なら『国を守ることを優先してください』というと考えたからだ。

 

 これは彼なりの成長の証、悩みぬいた末の結論だった。

 

『却下だ。リシャリ殿下の救援を優先する』

『ベルカさん?』

『前も言ったろ。あの姫様に万一があったら、この国はおしまいなんだ』

 

 しかしベルカは、そんな(・・・)タケルの(・・・・)意見を(・・・)一蹴した(・・・・)

 

『タケル、お前にルリを預ける。彼女に諜報を任せ、リシャリ姫を探し出せ』

『え、でも……』

『阿呆。あの姫様が何を言おうが、彼女以上にサリパに必要な人がおるか』

 

 助けに行こうとしたタケルを、ベルカが止めたのではない。

 

 逆にベルカがタケルに、(リシャリ)を救出するよう命じていた。

 

『でもそれじゃあ、デケン軍に……』

『自を舐めるな。お前がいなくとも、デケン軍を足止めするなど容易だ』

 

 それにベルカには、タケルがいなくてもデケン軍を防ぎきる自信があった。

 

 何せ彼の手元には、俺からの置き土産があったからだ。

 

『デケン軍も馬鹿じゃない。前線にタケルがいると思い込んでいる限り、強引な攻勢には出ん』

『……僕がいると、思い込んでいる限り?』

『そこで、コイツを使う』

 

 それは登用したばかりの、主が置いて行ったペテンの駒。

 

 ベルカはニヤリと笑うと、調理室で下ごしらえをしているシガレットの肩を叩いた。

 

『……ん、何スか? 今仕込みで忙しいんですけどぉ?』

『ちょうどよく、我らが主は影武者(シガレット)を雇ってくれていただろ』

『おお、なるほど』

『え、何なんスか?』

 

 

 

 ……その夜、タケルとルリは兵舎を出発してアイギスランドに向かった。

 

 そして料理長だったシガレットは、

 

『今日からお前はタケルだ。陣頭に立ってみんなを鼓舞してくれ』

『え、いやちょっと』

『あと、仲間割れしてるように敵に見せたい。(おのず)との喧嘩の台本も書いたから、覚えておくように』

『意味分かんないんスけど』

『あと何度か毒を噴射されてくれ。タイミング良く息止めろよ』

『何でええええ!?』

 

 レジンの策略で『封殺』されているタケルの演技をさせられていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の移動音は、耳をつんざく。

 

 一度聞けば、二度と聞き間違えない。

 

「……まさか」

 

 だから、アガロンもすぐに分かっただろう。

 

 ズドン、ズドンと地響きが続き大地が揺れる。

 

 まっ平らだった大地が、耕されるように陥没していく。

 

「この気配。この魔力量。まさか、まさか、まさか─────」

 

 ─────アガロンの顔から、血の気が引いていく。

 

 ああ。もう、これで安全だ。

 

「アガロン様、これはまさか!」

「……緊急集結、迎え撃つぞォ!」

 

 地鳴りに対する、アガロンの反応は速かった。

 

 彼は即座に部下に声をかけ、爆音の轟く方角へ槍を構えた。

 

「構えろ!!」

「「うおおおお!! 緊急出動(スクランブル)!! 緊急出動(スクランブル)!!」」

 

 飛びあがった五人の戦士は、龍鎧を光らせて五角形を形成する。

 

 そして再び、アイギスランドの青空に五芒星(ペンタゴン)が顕現した。

 

「辿り着く前に、撃ち滅ぼせ!」

「出会い頭に、ぶちかませ!」

 

 それは龍殺しの英雄、アガロンの編み出した秘奥義。

 

 龍の鱗によって極限の硬度を得た、デケンで最強の突撃技法。

 

「あの男が来た!」

「今度こそ、今度こそ討ち果たす!!」

 

 龍はこの世界で、最も硬い生物と言われている。

 

 その防御力と質量で、巻き込んだ何もかもをドリルで削いだように粉砕する。

 

「「受けよ、龍鎧五芒星(ペンタグラム)を!!」」

 

 世界で最硬とされる龍鎧の防御力を、攻撃に利用するのが龍鎧五芒星(ペンタグラム)という技だ。

 

 その威力はまさに絶大で、フロリネフの煉獄の炎すら無傷で突破した。

 

「出し惜しむな、初撃に最強の技を─────」

 

 おそらくこの大陸で、いやこの世界で最も強力な突撃技といっても過言ではないだろう。

 

 やがて五芒星は高速で回転を始め、近づいて来る地鳴り(・・・)に向かって矢のように直進した。

 

 

 

「「ウオオオオォォォォォォ!!!!」」

 

 しかし、その超巨大な五芒星(ドリル)が何かにぶつかると。

 

 鈍い打撃音(・・・)とともに、火花が散って大地を焦がした。

 

 やがて地震のような大地の振動が、アイギスランドに響き渡り─────

 

「「オオオオオ、ォォォォ……」」

 

 まもなく高速回転を続ける龍鎧五芒星(ペンタグラム)は、真っ二つに割れて崩れた。

 

 まるで崩落する宮殿のように。零れ落ちる砂時計のように。

 

 世界で最強の突撃技は、たった『ひと蹴り』で粉砕されたのだ。

 

 

 ─────ズシィィィン、と。

 

 まもなく大きなクレーターを作りながら、何かが俺の前に到着した。

 

 

 

「た、タケルー?」

「ここに」

 

 爆音とともに、土と雪が捲り上がって降り注ぐ。

 

 ハンネもフロリネフも、目の前の光景が理解できないのだろう。

 

 瞳をぱちくりと開き、降りかかる雪と土を微動だにせず受け止めていた。

 

「お迎えに上がりました。リシャリ様」

「ありがとうございます。ご苦労様ですわ」

 

 まもなくボトリ、ボトリと星が落ちてくる。

 

 それは自慢の龍鎧を叩き割られた、龍殺しの五人(ファイブドラゴンキラー)たち。

 

「……では」

 

 つい先ほどまで、この周囲は見渡す限り焼け野原だった。

 

 しかしタケルが走ってきたあとは、ボコボコに大穴の開いた荒れ地に様変わりしている。

 

「リシャリ様を攫った不届き者はどこに?」

「あ、えーっと……。それは、だ、大丈夫ですわ!!」

 

 やはり、コイツは何もかも格が違う。

 

 タイマンであればどんなヤツにも負けない、世界最強の男だ。

 

「どこに?」

「ほ、本当に大丈夫なのですわー!!」

 

 

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